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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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眼下に見える孤島。

その中央に存在する崩れた城砦跡。

瓦礫の中で点のようだった人影が、降下するにつれて次第に輪郭を帯びていく。


倒れている者。血を流している者。動かない者。

一人として無事な人間が見当たらない。


そして、その瓦礫の中央で悠然と鎮座しているのは双頭の黒いドラゴンだった。

二つの顔が同時にこちらを見上げている。

爬虫類特有の冷たい瞳が、降下してくる俺と赫竜を捉えていた。


直感的に、あれがロレーヌだと認識した。

船上で飄々と笑っていたあの女の面影は微塵もない。

性格の悪さがそのまま、おぞましい姿に反映されているなと思う。


赫竜が翼を広げて減速し、城砦跡地の瓦礫の上に着地した。

衝撃で周囲の石片が弾け飛ぶ。


俺は要石の面々に背を向ける形で降り立った。

声が聞こえた、笑い声だ。


それもこの状況に似つかわしくない、心底愉快そうな大笑い。


「なんで笑ってるんですか?」

俺は声の主である水龍へと振り返った。


膝が人間の構造を無視した方向に折れ曲がっている。

足元からは止まる気配のない血が地面に広がり、赤黒い水溜まりを作っていた。

上体だけをどうにか起こしてはいるが、立ち上がれる状態ではないのは一目でわかる。


ロレーヌの足元に目を向けると、血だらけのヒナが倒れていてどう考えても笑っている状況ではなかった。


「いやな、ロレーヌの思い通りには、何一つならんのだなと思ってな」


水龍はそう言って、砕けた膝のまま愉快そうに口元を歪めた。


その言葉に応えるように、ロレーヌが両翼を大きく広げた。

広げた翼が城砦跡地に巨大な影を落とす。


「アキィィ!! お前から殺すぞォォ!!」


特に名乗った覚えのない名前を叫ばれた。

俺はロレーヌの絶叫を合図にするかのように、傍に立つ赫竜を回収した。

赫く黒い巨体が光の粒子となって消えていく。


「これで、最終決戦だよなァ」

俺は黒い薔薇の腕輪へ意識を注ぎ込んだ。


腕輪から力の奔流が流れ出す。

黒薔薇の花びらが辺りに舞い上がり、夜空を黒い花弁で埋め尽くしていく。


虚空が裂けた。


現れたのは赫竜よりもさらに一回り大きな体躯を持つ竜だった。

頭部から二本の角が天を衝くように伸び、全身を覆う漆黒の鎧のような鱗の隙間から、赫い光が脈動するように漏れ出している。

その存在が立っているだけで周囲の空気を塗り替えていく。


黒薔薇の名を冠する遺物。

簒奪者が今、虚空から顕現した。


簒奪者は着地と同時にロレーヌへ飛びかかった。

赤い鱗と黒い鱗が激突し、凄まじい衝撃波が瓦礫を吹き飛ばす。


二体の竜はもつれ合うようにして地面を蹴り、そのまま上空へと舞い上がっていった。

黒薔薇の花びらと、ロレーヌの鱗から剥がれた黒い破片が、夜空に入り混じって降り注ぐ。


俺はその空中戦を見送ると、すぐさまミルと捻れへ駆け寄った。


ミルは片膝をついた状態でこちらを見ている。

体のあちこちに裂傷があり、服は血で重く湿っていたが、目には力が残っていた。

捻れはフードの奥から静かにこちらを見据えている。彼もまた無傷とは言い難い状態だった。


「援護を頼む」


俺はそう言いながら灰流鳥を召喚し、二人を乗せようとした。

だが、ミルが首を横に振る。


「魔法が通じないのよ、あいつには。何を撃っても消される」


どうやら、俺が不在の間に全員がそれを痛感させられたらしい。

俺は腰に手を当て、灰流鳥の背に飛び乗りながら言った。


「今は通じる。黒硝子玉を追加で砕いた」


その言葉に、最初に反応したのは地面に伏せていた水龍だった。

壊れた膝を庇いながら上体をもたげ、こちらを見上げる。


「魔法が効くようになったんだな」

俺は頷いて肯定を返した。


ミルの目の色が変わった。

捻れもフードの奥で僅かに顎を引く。

二人が灰流鳥の背に乗り込むのを確認し、俺は上空へと送り出した。


簒奪者とロレーヌが絡み合う空域へ向けて、灰流鳥が白い灰の軌跡を引きながら上昇していく。

これでミルの火球も捻れの炎も、ロレーヌに届くはずだ。


ロレーヌが上空へ移動した事で、地上には束の間の静寂が訪れていた。


社長がすぐにヒナの元へ走り、その体を確認している。

俺はその背中見ていた。


「アキ、少し話をしたい」


水龍は俺の顔を見ると、砕けた膝からは想像できない力強さで目を合わせてきた。


ヒナを優しく抱き上げた社長が、水龍の傍へとやってきた。


「回復……できないんですか?」


俺はヒナの状態を一目見て、社長に問いかけた。

指が一本も残っていない両手。千切られた右耳。抉り取られた右目。

ここまでの重傷を負いながら、まだ息があること自体が信じられなかった。


社長は首を横に振った。


「俺の遺物ならどんな傷でも治せてきたが、今回はできなかった」


ロレーヌがつけた傷は回復できないらしい。

俺はこの社長の治癒の遺物にすでに二度、治療されている。


ヒナの顔を見る。

死んでいるようにすら見えた。


「逆に、ロレーヌを殺しさえすれば助かるんですね」


俺は上空で戦闘が起きている方を見上げた。

雲の間で黒い影が二つ、激しくぶつかり合っている。

時折、捻れの炎とミルの火球が夜空を赤く染めるのが見えた。


現状で最強の手札、黒薔薇の簒奪者。

時間制限が付いた遺物は、一度回収してしまうとすぐには再召喚できず、丸一日を空けなければならない。

出しっぱなしでの運用が前提になる。


どの道、666秒以内に決着がつくだろう。

勝つにしろ負けるにしろ。


水龍は上体を完全に起こしきると、背中を瓦礫の壁に預けた。

折れた膝から流れる血は止まっていないが、その目には先ほどの笑いとは異なる、静かな確信が宿っていた。


「アキが来た事で、出来なかった事が出来るようになった」


「出来なかった事?」


水龍は一呼吸、深く吸った。

そして続ける。

「皆を空へ避難させられるか?」


その問いへの答えは、出来るだろう。

灰流鳥と赫竜を使えば、この場にいる全員を空へ退避させることは可能だ。


しかし、何のために?

全員が空に逃げたところで、ロレーヌから逃げ切れるとは思えない。


俺が口を開くよりも早く、水龍は断言した。


「俺がロレーヌを確実に殺すために、だ」


水龍は自らを最強だと言っていた。

初めて会った時からずっと、そう豪語していた。


しかし、今この瞬間の水龍は膝を壊され、大量の血を流し、地に伏している。

三又戟も折られているようで、武器すらない。

そんな人間が「確実に殺す」と、なんの理屈でそこまで言えるのか。


「ようやく、()、起きたんだ」


水龍はそう言った。

その言葉の意味を問い返す前に、水龍の目が閉じた。

そのまま、糸が切れたように倒れる。

起きたと言いつつ、倒れた。


俺は焦って肩を掴んだが、呼吸はある。

社長が即座に口を出す。


「水を大量に持って来れないか?」


水を。

その言葉の意図を俺が汲み取るより早く、背後からいきなり声がした。


「出来るぞ」


一切の気配もなく現れたボロボロの黒服の老人が、すぐ後ろに立っていた。

全身に瓦礫の粉塵がこびりついている。


俺が驚いて振り返るのを見て、老人は何でもないような顔をしている。

だが、社長は老人の申し出を否定するように言った。


「遺物や魔法による水ではだめだ」


そう言うと、社長はヒナを優しく地面に横たえ、腰の長刀を抜いた。

刀身を水龍の傍の空間へ向け、横一文字に切る。


空間を切った軌跡に沿って、炎が走った。

その炎が虚空に伝染するようにして広がると、それまで見えなかったものが浮かび上がった。


水龍の全身に、異常な量の鎖が巻き付いていた。


黒く錆びたような、しかし金属とも違う質感の鎖が、水龍の両腕、胴体、首に幾重にも巻き付き、雁字搦めに拘束している。

通常の視覚では見えない、魔法による呪縛だった。


「ロレーヌによるものだ」

社長は鎖を見据えながら、静かに言った。


「ロレーヌは水龍を一番、恐れている。そして、安易に殺せなくもいる」


鎖の先端は地面に向かって伸び、地中へと消えていた。

まるで島そのものに縫い付けられているかのようだ。

水龍が立ち上がれなかったのは膝を壊されたからだけではない。


ロレーヌは水龍を殺さなかった。

嬲るためだと思っていたが、違う。

殺せなかったのではなく、殺さずに封じることを選んだ。

それほどに、水龍の何かを警戒していた。


水龍は動かせない。

魔法や遺物による水ではだめ。

ここは孤島だ。周囲に海ならいくらでもあるが、この鎖に繋がれた状態では海まで運べない。


「どうすればいいんです?」


俺がそう問いかけると、社長は黙り込んだ。

答えがないのだ。

誰にも。


沈黙が降りた城砦跡地に、瓦礫の隙間から声が聞こえた。


「終わりなんだよォ。お前が来てもォ……」


掠れた、泣き声混じりの声。

「お前、まだ生きておったか」


老人がその声のする方へ向かおうとしたが、俺が手で制して代わりに向かった。


瓦礫の隙間に、草薙がいた。

両腕が肩の付け根からなくなっている。

くしゃくしゃの顔で泣いていた。

しかし、切断面は既に塞がっていた、手持ちの遺物で治療したのだろう。

治せるということは、ロレーヌにつけられた傷ではないということだ。

これで大体の状況は察することができた。


俺は草薙の前にしゃがみ込み、その泣き顔を見据えた。


「お前は俺がここに来るのも()()いたのか?」


草薙は涙を流しながら、壊れたように頷く。


「見たさ! 様々な死に方をな! お前が来ても結局みんな死ぬんだよォ!! この島ごと――全て海に沈むんだ」


その悲痛な叫びを聞いて、俺の口元に笑みが浮かんだ。

自分でも意外だった。だが、笑ってしまった。


「ほぉ〜、それでそれで? どんな未来だった? 何が起きてた?」


「お前の竜は敗れて、空は荒れ狂い、この島は全て沈む! 何も希望なんてない!」


島が沈む。

海水が、島を飲み込む。


俺は草薙に「ありがとう」と短く礼を言うと、立ち上がって社長と水龍の元へ戻った。


「海水でもいいんですよね? 目処が立ちました」


社長が目を見開いた。

俺はそれ以上の説明をせず、灰流鳥を召喚してその背に飛び乗った。


上空では簒奪者とロレーヌの戦闘が続いている。

空中でぶつかり合う二体の竜の衝撃波が、下界の瓦礫を揺らしていた。


簒奪者は既に傷を負っていた。

黒い鎧の鱗の数箇所が剥がれ、その下から赫い肉が覗いている。

あれほどの上位の竜でも、ロレーヌとの単純なスペック差は埋められないのか。


ロレーヌの方には目立った損傷がない。

捻れの炎が二つの首の間を正確に抜けていき、ミルの巨大な火球がロレーヌの胴体に直撃しているが、鱗を焦がす程度で決定打には至っていなかった。


魔法は通じるようになった。

だが、通じることと効くことは別の話だ。


俺は灰流鳥を捻れとミルの近くまで寄せた。


「なに?」

ミルが風に髪を靡かせながら、短く口を開いた。


「作戦変更だ、水龍になんとかしてもらう」


捻れは一瞬の沈黙の後、無言で頷いた。

察したのだろう。俺の言葉の裏にある意図を。


草薙の言う通り、簒奪者でさえ届かない境地にロレーヌはいる。

ここにいる誰の力でも、正面からロレーヌを殺すことはできない。

それでも水龍が「殺す」と言ったなら、それに賭けるしかない。


俺は捻れとミルに灰流鳥を預け、地上の社長たちを回収して上空へ退避するよう指示を出した。

二人が降下していくのを見送りながら、俺は上空の戦闘に目を向けた。


簒奪者とロレーヌが高速で絡み合っている。

黒薔薇の花びらがロレーヌの鱗に触れるたびに、微かにだが鱗の光沢が失われているように見える。

だが、それ以上に簒奪者が受けているダメージの方が大きかった。


ロレーヌに簒奪者を殺されるのは癪だ。

俺は上空で交錯する一瞬の隙を見計らい、簒奪者を回収した。

傷だらけの巨体が光の粒子となって消える。

直後、代わりに赫竜を召喚し、灰流鳥から乗り換える。


赫竜の背に乗った俺を見て、ロレーヌが空中で静止した。

二つの首が同時にこちらを向く。

その表情は――笑っていた。


「アハハハハ!!」


ロレーヌの甲高い笑い声が夜空に響き渡る。

俺は笑い返す代わりに、右手の中指をロレーヌへ無言で立てた。


そのまま赫竜の首筋を叩く。

合図を受けた赫竜が翼を翻し、ロレーヌから離れる方向へ、島の外の海へ向けて全力で飛翔した。


追ってくる気配は、すぐに背中に感じた。


「アハハハハ、もう絶望ってことね!!!」


ロレーヌはやけに愉快そうだった。

獲物が逃げる姿を追いかけることが、この怪物にとっては最高の娯楽なのだろう。


俺は何も言わなかった。

振り返りもせず、赫竜の背に伏せたまま、ただ海の方角へ向けて飛ばした。


眼下に黒い海が広がる。

月光を反射する波の表面が、薄く白く光っていた。


やがて、空に異変が起こる。


雷が轟いた。

一度ではない。連続して稲光が空を走り、穏やかだった夜空が一瞬にして荒れ狂い始める。


雲が渦を巻く。

その渦の中心から、巨大な顔が降りてきた。


目玉のない顔。口だけが異様に大きい。

第二の島からの飛行中にも遭遇した、雲の中に潜む化け物だ。


顔はロレーヌに追いかけられている俺へ向けて降下してくる。

あの顎に噛まれれば、赫竜ごと噛み砕かれる。


だが、俺は全力で引き離すのではなく、わざと海面すれすれまで高度を落とした。


顔が追ってくる。

巨大な口が限界まで開き、俺たちを丸呑みにしようと迫る。


赫竜が海面を掠めるように急旋回した瞬間、巨大な顔はその勢いのまま海面に激突し、海に齧りついた。


想像を絶する水量が一瞬で吹き飛んだ。

海面に驚くほど巨大な穴が開き、穴の縁から海水が滝のように流れ込んでいく。


そして、その水の崩壊が波を生んだ。


最初は小さな波だった。

だが、齧りとられた海水の体積があまりに膨大だったために、押し戻された海水が行き場を失い、巨大なうねりとなって四方へ広がっていく。


その波は、島を包み込んだ。


草薙が見た未来の通りだろう。

空は荒れ狂い、島は海に沈む。


だが、草薙の見た未来と違うのはここからだ。


波が島を飲み込み、城砦跡地が海水の下に沈んでいく。

瓦礫が波に攫われ、地面が水没し、やがて島全体が海の中に消えた。


その水の中から、何かが現れた。

規格外に巨大な、長い尾を持つ蛇のような魔物。

いや、魔物ではない。


それは水の龍だった。


海水を纏い、水そのものを体の一部として取り込んだ、龍としか呼びようのない巨大な存在。

全長は簒奪者を遥かに超え、島を飲み込んだ海水がそのまま鎧のように全身を覆っている。

長い尾が海面を叩くたびに、周囲の海が柱のように隆起した。


水を得た龍。

その威容は確かに、最強を豪語するだけのものだった。


上空にいる俺の乗る赫竜と、黒い双頭のドラゴン。

そして海面から身を起こした水の龍。


俺はロレーヌの方を向いた。

二つの首が、どちらも初めて不愉快ではない表情を浮かべていた。

驚愕。そこに、僅かな恐怖が混じっている。


「完全に形勢逆転か? これで俺達は龍二匹だ。その細い首で二対二だな」


俺は皮肉まじりにロレーヌへ言葉を投げた。











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お読み頂きありがとうございます。

いつも感想など大変嬉しく思っております。


ブクマや星も本当にありがとうございます。更新の励みとなっております。


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