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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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島の森へ近づくにつれ、空気の質が変わった。

昼間に踏んだ砂浜とは別の場所に来たかのように、潮の匂いの奥から湿った土と腐葉の臭気が漂う。


冥馬の蹄が砂から土へと変わる境目で、俺は手綱を引いて足を止めた。


木々の隙間から、無数の眼がこちらを見ていた。


黒い毛並みの狼のような魔物が、低い体勢で地面に腹を擦りつけるようにして、こちらの出方を窺っている。

その奥、木の幹と幹の間に、白骨化した巨大な鹿が佇んでいた。

枝分かれした角の先端に、青白い炎がゆらゆらと灯っている。

その灯火が暗い森の中に幾つも浮かんでいる光景は、さながら墓場に並ぶ蝋燭のようだった。


俺は口元が僅かに緩むのを自覚した。


「ようやく、いかにもダンジョンといった魔物が出てきたな」


ロレーヌのダンジョンに入ってからというもの、相手にしてきたのは人間の悪意を利用する類の脅威ばかりだった。

猿の魔物は人を嘲笑い、MaDの人間を爆弾に変え、遺跡は精神を蝕んだ。


だが、目の前にいるのは違う。

暗がりの中で牙を剥き、爪を研ぎ、殺意を隠しもせずにこちらを睨む魔物の群れ。


冥馬に跨がったまま、俺は右手の指輪へ意識を集中させた。


黒薔薇の騎士団を召喚する。


黒い霧が周囲に立ち込め、虚空から五つの影が実体化していく。

騎士たちは、身の丈を超える大剣を片手に携えていた。

それはいつもと変わらない。

だが、その足元が違う。

五体全員が、漆黒の馬に跨がっていたのだ。


俺が乗っているものと、寸分違わぬ冥馬。


召喚時に騎士団の姿勢を細かく意識はしていなかったが彼らは常に徒歩で顕現し、徒歩で戦っていた。

だが今、俺自身が冥馬に騎乗した状態で召喚を行ったことで、騎士団もまたその形態に倣ったのだ。


俺は驚きながら、冥馬の首筋をゆっくりと撫でた。


「お前、増えられたのか」


問いかけるような手つきに、冥馬は低く鼻を鳴らしただけで何も答えない。

だが、その沈黙が肯定に思えた。



突撃しろ。

短く命じた瞬間、五騎の冥馬が一斉に駆け出した。


距離を詰めるよりも早く、それぞれの冥馬の全身から凄まじい電気が迸る。

五条の紫電が同時に放たれ、木々の幹を貫通しながら森の奥へと突き刺さった。

着弾と同時に雷光が炸裂し、木の破片と焼けた葉が宙に舞い上がる。

黒狼の群れが悲鳴すら上げる暇もなく薙ぎ倒され、白骨の鹿が衝撃で横転する。


骨鹿は倒れながらも角の先端から青白い炎を切り離し、弾丸のようにこちらへ飛ばしてきた。

だが、騎士団の冥馬から伸びた黒薔薇のイバラが鞭のようにしなり、飛来する炎を次々と叩き落としていく。


先陣を切った騎士団に続き、俺も遅れて森の中へと踏み込んだ。


冥馬の蹄が土を蹴り上げ、木の根を踏み越えていく。

黒狼の残党が、死角となる冥馬の影から実体化し飛びかかってきた。


俺がその存在を知覚するよりも早く、冥馬の胴体から伸びたイバラが狼の首に巻き付き、一瞬で地面へと叩きつける。

鈍い衝撃音と共に、狼は動かなくなった。


島の中央にあるという遺跡は、まだ遠い。


先頭の騎士団は勢いを緩めなかった。

雷撃で遠方の敵を焼き払い、接近してきた骨鹿には馬上から身の丈ほどの大剣を振り下ろして両断する。

騎乗したまま大剣を片手で扱うその膂力は、元の黒兵士の時とは比較にならない。


冥馬の機動力と雷魔法、そしてイバラによる防御。

騎士団と冥馬が合わさることで、攻防走の全てが一段階引き上がっている。



森は深く、遺跡とまでは言えないが、孤立した岩場がそこかしこに点在している。

苔むした岩の表面に、何か白いものがぶら下がっているのが見えた。


布を被せたような、てるてる坊主に似た白い人型。

それが岩場の突起から吊り下がるようにして、風もないのに微かに揺れている。


目が、合った。


白い布の下に隠れた、黒い二つの穴。

それが眼だと認識した瞬間、俺の視界が完全に消失した。


暗転。


上下の感覚が消え、自分の体がどこにあるのかすら分からなくなる。

胃の中身がせり上がるような嘔吐感と、脳を直接揺さぶられるような不快な浮遊感が全身を支配した。


馬上から投げ出されそうになった体を、冥馬のイバラが咄嗟に巻き付いて支える。

背中と腰を締め付けるイバラの圧迫感だけが、今の俺にとって唯一の空間的な基準点だった。


視覚が戻るまで、およそ十秒。

たった十秒だが、戦闘中にこの空白が生じれば間違いなく致命傷になる。


目が合うだけで視覚を奪い、平衡感覚を根こそぎ破壊する魔物。


流石はAランクダンジョンだ。

猿のボスといい、出てくる魔物は全て俺の知識にないものばかりである。


俺は騎士団へ即座に命令を飛ばした。

白い人型を見つけ次第、優先的に排除しろ。

冥馬の雷撃で、視界に入る前に焼き尽くせ。


命令を受けた騎士団の冥馬から放たれた紫電が、岩場に吊り下がる白い影を次々と撃ち抜いていく。

着弾した白い人型は、布が焦げ落ちるように崩れて地面に落下し、そのまま塵となって消えた。


空を見上げると、巨大な蛾が複数体、こちらへ向かって滑空してくるのが視認できた。

広げた翅が月光を遮り、その下に暗い影を落としている。



即座に召喚した三体の灰流鳥が白い灰の軌跡を引きながら夜空へと舞い上がる。

蛾の群れへ向けて急上昇した灰流鳥は、接触する寸前で鋭く旋回し、蛾を叩き落とし、錐揉みしながら森の中へ墜落していく。


地上では骨鹿の群れが物理的な壁のように立ち塞がり、数で押してくる。

厄介なのは、骨鹿の影から不意に湧き出る黒狼だった。

骨鹿の巨体を盾にして接近し、影から実体化して一気に喉元を狙う連携。

統率された動きではないが、本能的な狡猾さがある。


森の奥から、さらに二体の魔物が姿を現した。


軽装ではあるが金属製の鎧を身に纏い、片手に巨大な戦斧を握った二体の巨人。

身長は冥馬に騎乗した俺の目線とほぼ同じ高さだ。

鎧の隙間から覗く肌は灰色で、眼窩には赤い光が揺らめいている。


巨人はこちらを認識するなり、地面を踏み割る勢いで駆け出してきた。


俺はあえて、騎士団を左右に開かせた。

巨人の進路を塞がず、真っ直ぐ俺の元へ来させる。


冥馬に乗ったまま、正面から向き合う。


一体目の巨人が戦斧を大きく振りかぶり、俺の頭上へ叩き下ろす動作に入った。

その腕が最高点に達した瞬間、俺は腕輪へ意識を送り込む。


黒石の巨人が、俺と敵の間の空間に出現した。


顕現と同時に、黒い巨大な拳が敵の顎を真下から殴り上げる。

重い衝撃が空気を震わせ、鎧の巨人が仰け反って体勢を崩した。


だが、もう一体が止まらない。

相棒の横をすり抜け、斧を水平に薙ぎ払いながら俺へと迫る。


俺は黒石の巨人を即座に回収した。

光の粒子となって消えた巨人を、間髪入れずに再召喚する。

二体目の巨人の眼前に、再び黒い岩の塊が虚空から実体化し、その勢いのまま拳を叩き込んだ。


元来、黒石の巨人は動きが鈍重だ。

一撃の威力は凄まじいが、攻撃後の隙が大きく、連続した攻撃が出来ない。

だが、回収と再召喚を繰り返すことでその後隙を消し、出現の瞬間を攻撃に転用すれば話は変わる。


二体の巨人が同時に斧を振るっても、黒石の巨人が消えては現れ、現れては殴るその手数の前では、数的優位が機能しない。


身体能力において大きく劣る自分が、逆に近距離でこそ召喚魔法の真価を発揮する。

召喚と回収を戦術の根幹に据えたこの戦い方は、俺がこれまでで辿り着いた一つの答えだ。


黒薔薇の守護者を温存したまま、二体の巨人は地面に沈み込むようにして絶命した。


その屍を越えて、さらに森の奥へ。


騎士団と冥馬による遠近両面の火力を得た今、個々の魔物に苦戦する場面はほとんどない。

だが、問題は時間だった。

黒薔薇の騎士団の召喚維持時間は666秒。およそ十一分強。

この時間内にボスへ到達したいというのが、俺の本音だった。


そんな時に異変に気がついたのは偶然だった。

敵の物量が多く、思うように進軍できていなかった焦りもあり、周囲の地形を注視する余裕が薄れていた。


折れた木が目に入った。

前方で騎士団が破壊した余波だろうと一瞬思ったが、すぐに思い直す。

その木の幹は、斬撃ではなく殴打によって陥没していた。


これは、先ほど俺が骨鹿を攻撃する際に召喚した黒石の巨人の拳で折れた木だ。


周囲を見渡す。

全てに見覚えがある。


――同じ場所を回っている。


空間を歪曲させ、侵入者を同一区域に閉じ込め続ける類の魔法。

他のダンジョンでも稀に確認される、転移魔法の亜種だ。


俺は温存していた切り札へと意識を向け、蝕燐竜を召喚する。

背中の棘から燐光を放つ漆黒の竜が、夜の森に顕現した。

その全長は冥馬の三倍を優に超え、開いた顎からは熱ではなく、空間そのものを蝕むような黒い炎が零れ落ちている。


竜が地面を踏み鳴らし、前方の敵集団へと突撃した。


黒炎が吐き出される。


骨鹿も黒狼も、黒炎に触れた瞬間にその存在ごと侵蝕され、灰すら残さずに消えていく。

そして、蝕燐竜の黒炎は俺たちの進路を阻む不可視の障壁にも届いた。


目に見えない膜のようなものに黒炎が引火し、炎が虚空を舐めるようにして広がっていく。


結界の向こう側には、それまでとは全く異なる景色が広がっていた。

暗い森ではない。


月光が直接降り注ぐ、開けた空間。

その中央に、昼間見たストーンサークルの遺跡が、夜の闇の中に静かに佇んでいる。


ロレーヌは島のボスの出現方法について嘘をついていた。


正確には、「島にボスがいる」という説明そのものが虚偽だった。

猿の魔物は島ではなく船内に潜んでいた。

ロレーヌ自身も第三の島には居ない。


この第二の島のボスもまた、俺たちが船で出発した後に出現したと考えている。

昼間の探索で何も見つからなかったのは当然だ。

あの時点では、まだ何も存在していなかったのだから。


結界は壊された。


俺は冥馬の首筋を軽く叩き、蝕燐竜と騎士団を従えたまま、その開けた空間の中へと進んでいった。








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お読み頂きありがとうございます。

いつも感想など大変嬉しく思っております。


ブクマも本当にありがとうございます。更新の励みとなっております。


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― 新着の感想 ―
ゲームマスターがルール説明で嘘つきまくってるの性悪にも程がありますね そりゃ前潜った面子も全滅するはずだ
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