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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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血の匂いが、まず鼻を打った。


旭技巧連の客室の扉を開けた瞬間、澱んだ空気が廊下へと流れ出してくる。


三人は、仲良くベッドの上で肩を寄せ合って死んでいた。


首を掻き切った跡が三つ。

乾きかけた血が寝具に広く滲み、暗い赤が布地の繊維に深く吸い込まれている。

顔の表情は穏やかとは言い難く、断末魔を叫んだような歪みがある。

そういう死に様だった。



何度も人の死体は見てきた。戦闘中に目に入る死はそれを処理する前に次の判断へ意識を引っ張っていく。

だが静かな部屋の中で、音もなく目に入る死はそうじゃない。

脳がきちんとそれを認識して、きちんと気分を滅入らせる。


俺は深く息を吐いて付近の棚を順番に開けて確認していった。


引き出しの中身。小物。背嚢の中身。


何かある、という確信があるわけじゃない。

ただ、この三人が自害するまでの経緯に、どうしても引っかかりがあった。



「お前も勘か?」


背後から唐突にかけられた低い声に、俺は反射的に扉の方へ視線を向けた。


黒く長い髪を後ろで縛った偉丈夫が、廊下から静かにこちらを見ていた。水龍だった。


「勘では……ないです。違和感ですかね」


「カンじゃねぇか」


俺の言葉を切るように言い放つと、彼はズカズカと遠慮なく部屋へ入ってくる。


「みんなが見た死の追体験で、自害するほど発狂したっていうのが、そのまま信じられなくて」


俺は言いながら、ベッド脇の棚を開ける。中には何もない。


「俺たちには雑魚の事はわからんよ」


水龍は言葉強くそう言うと、続ける。


「俺は最強だが、()()ではない。いつかは死ぬ。その時は負けてな。だが、今回ではなかった」


言葉の裏に、彼なりの不器用な感謝が透けていた。

直接礼を言う気質ではないのだろう。俺も特に何も返さなかった。


「何を探してる?」


「わかりません。ただ、何か遺したものがあるんじゃないかと」


水龍は俺の返答に何も言わず、俺を横切って三人の死体へ向かった。死体に対して一切の遠慮がない。

ためらいなく死体をまさぐると、一人の女性の耳から赤いピアスを外し、こちらへ放った。


俺は空中でそれを受け取る。


手に触れた瞬間に、情報が流れ込んできた。


【媒体:ピアス】

効果:見たものを保存する。


「それだったろ?」


水龍が自慢げに声をかけてくる。


「旭技巧連の人造遺物――」


咄嗟に俺が声を出すと、水龍はパチン、と指を一つ鳴らした。


このダンジョンでは、死体となった探索者の遺物はことごとく効果を失う。

太陽もMaDも、他の死体も全て同じだった。死と同時に遺物は抜け殻になっている。


それなのに、旭技巧連の死体からは効果の残った遺物が出た。


人間が作った遺物には、その法則が適用されない。そういうことだろう。


ご丁寧に両耳分存在していた。水龍がもう一方を手に取り、俺へ目配せをする。

頷いて、俺は遺物の効果を使用した。


脳内に強制的に映像が流れ込んでくるような、奇妙な感覚があった。


最初に映ったのは、整った顔立ちのスーツ姿の男だった。髪を左右にしっかりと固め、真剣な目でこちらへ話しかけてくる。


「わかっているな。このダンジョンで必ず役目を果たせ」


一拍おいて、続ける。


「何も成せず、戻ってくるな」


その言葉を受けて、強い覚悟の感情を感じた。

場面が切り替わる。


甲板。ロレーヌによる最初の説明の場面だ。映像元の本人の感情に、不安が薄く混じっている。


また切り替わる。


第一の島に着いた直後、MaDの三人が死んでいた場面。俺たちの間ではすぐに偽物だという結論が出た死体だ。

だが映像元の本人はそれを知らない。本物だと思い込んだまま、顔を抉られた死体を見ている。

不安に、明確な恐怖が滲み始める。


また切り替わる。


猿の魔物を倒した後だ。

MaDが本当に死んだ後の場面だろう。

爆死した一人を除き、残りの二人は頭部を撃ち抜かれて死んでいる。捻れの魔法によるものだ。


映像元の視点が、その死体に近づいていく。


皮を剥がされた人間。爪も歯もない。元は第五階位の探索者だ。人間の能力の上澄みに近い存在が、拷問を経て死の末路を迎えた。


その凄惨な事実を、この映像元の人間はひどく近い距離で長く見つめていた。


映像が砂嵐のような乱れに変わる。

だが、音声は続く。


「オワルオワルオワルオワルオワル」


壊れたように繰り返す声が、脳内を反響した。


俺は現実へ引き戻された。

肩をゆっくりと回してポキポキと鳴らし、深く息を吸う。

水龍も見終えたのか、こちらへ顔を向けた。


「これで何がわかったんだ?」


「確かな事は言えませんが、最後の言葉で一つの仮説は出来ましたね」


俺がそう言うと、水龍は不思議そうな顔をした。

俺は水龍を連れ、今や一人きりになった草薙剣の客室へと向かった。


扉をノックする。応答はない。もう一度。やはり沈黙だ。

この船内の扉に鍵はない。俺はそのまま開けて、中へ入った。


草薙は部屋の隅にいた。膝を抱えるようにして床に座り、壁に背を預けている。

目は虚ろで、さっき食堂で見た時から何も変わっていない。

代わりに、膝の上で手が細かく震えていた。


「勝手に入ってすまないが、本題を言う」

俺は近づきながら、静かに語りかけた。


「あの時に、何を見たんだ?」


草薙の体が、ぴくりと反応した。そして次の瞬間、ガタガタと震えが激しくなる。


「起こり得た死の追体験じゃないのか?」

隣に立った水龍がそう尋ねる。


俺たちが遺跡で経験した内容は、生存している全員でおおよそ共有済みだ。

各々が自分の過去の分岐点における死を体験した、という点では一致していた。

唯一、草薙だけは除かれている。当時話せる状態になかったからだ。


俺は草薙の正面に屈み込み、震える肩を両手でしっかりと掴んで揺さぶった。


「あの時に見たのは、過去の起こり得たかもしれない死の追体験ではないですよね」


草薙の目が俺を見た。焦点が合っているのか定かではないが、確かに視線が動いた。


「全く別の何かですか?」


微かに、首が横に振られた。否定だ。


「あなたが見たのは、これからの――未来ですか?」


一瞬の静寂の後、草薙は首を縦に振った。

それだけ答えると、何を聞いても反応しなくなった。

俺は手を離し、立ち上がった。


ロレーヌはふるいにかけられたと言っていた。


生き残った全員は死の追体験を見ていたと思っていた。

だがそうじゃない。俺たちが過去を見せられた一方で、草薙達は未来を見た。


笑えるほどに悪辣なダンジョンだと思う。


「まだ残ってたぜ」

俺がその後もいくつか草薙への返ってこない問いかけしていると、水龍が別の遺物を放り投げてきた。


空中でそれを掴む。


【媒体:腕時計】

効果:一人分のゲートを作成する。現在は第二の島へ繋がっている。


最後の島への到着まで、残り十分を切っていた。


「どうするかは、お前に任せるよ」

水龍はまっすぐな目で俺を見ていた。


俺は頷き、その遺物を使用した。


ロレーヌはこのダンジョンのルールについて、一部嘘をついていた。


第一の島のボスとされた猿の魔物。あれは最初から客船の中に潜んでいたはずだ。


根拠は順序だ。

MaDの偽死体が発見されたのは、第一の島へ到着するより前の話である。

偽死体を作る能力は猿の魔物のものだ。つまりあの時点で、猿はすでに船の中にいた。


踊り場でロレーヌに鎌をかけた際、MaDへ渡したのは効果のない只の指輪だったと白状した。

あいつの性格からして、その部分は恐らく本当だろう。

そうなると、自ずと辻褄が合う。

MaDは指輪を信じて猿に近づいた。

猿が客船に潜んでいたなら、全て筋が通る。


そのあと猿を倒した時に出た遺物が確かな効果を持っていたことは、俺自身が理解している。

ロレーヌの説明の根幹、遺物を集めてロレーヌを弱体化させるというルール自体は本物だ。


ならば、第二の島にボスが存在するという点も本当のはずだ。

確証はない。だが逆算すればそうなる。


ルールの構造に嘘がないなら、島にボスがいるという前提も崩れないだろう。


旭技巧連は希望を遺していた。


第二の島での探索からすでに二十時間以上が経過しており、移動の四時間ももうすぐ終わる。俺の召喚獣は全て回復している。コンディションは良好だ。


遺物を使用した事で周囲の空間がぐにゃりと歪み、視界が一瞬で切り替わった。


夜の浜辺に、俺は立っていた。


波の音だけが、静かに周囲を満たしていた。島全体が昼間とは別物の気配を帯びている。

ダンジョンの変質――。

何かがいる。確実に。



黒薔薇の冥馬を静かに召喚する。その漆黒の巨体が夜の浜辺に現れ、俺の隣に静かに立った。


俺は冥馬の背に乗り、島の中央を見据えた。





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