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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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捻れは先ほど、自分の使える遺物は一つだけだといっていた。


俺の特性ほど極端では無いにしろ、階位に不釣り合いなほど身体能力の強化幅が低い彼が、そのたった一つの遺物だけで第五階位まで戦い抜いてきたのだ。

ならば、自ずとその戦闘スタイルは前衛で殴り合うような近距離戦では無いはずだ。


先ほど俺に見せた、彼の周囲を囲む炎。

あれが彼の全てだ。


俺は背後からの援護を信じて一切振り返らず、一直線に部屋の奥にいる巨大な猿の魔物へ向けて全力で突き進む。


部屋の天井から無数に吊るされた、仲間たちと同じ顔をした偽物の死体の森。

猿の魔物は俺が向かってくるのを見ると、人間を嘲笑うように嬉しそうな顔をして、その巨体で死体の隙間をスイスイと縫うように後退し、俺から距離を取ろうとする。


――絶対に、逃しては駄目だ。

こいつをこの死体の森から離れさせると、あとは俺たちが死体の間を通過するタイミングを見計らって付近を爆破されるだけだ。


この知能の高い魔物は理解しているのだ。

自分が姿を現して挑発すれば、怒りに駆られた俺達が必死になって後を追う事を。

自らこの死体の森の中へ足を踏み入れてくる事を。


猿の魔物は、その巨体に似つかわしくない異常な俊敏さで、奥へ向かって逃げていく。


今まで俺自身が敵に対して向かっていくときは、常に相手も確かな殺意を持って俺へ迎撃の構えを見せていた。

これほどあからさまに背中を見せて、一目散に逃げていく魔物を追いかけた事はない。


そして、その単純な追いかけっこにおいて、俺の身体能力と第五階位の魔物の速度とでは、歴然として覆しようのない差があった。


内心の焦りとは裏腹に、魔物との距離は絶望的なほどに開いていく。

手持ちの召喚獣だけでは、どうしても埋められない距離。


だが、この逃走劇において、猿の魔物にとって完全に予想外だった出来事が二つある。

一つは、追ってくる先頭の人間の速度が、大きく遅かった事。

そしてもう一つは――。


「ギァァ」


鼓膜を劈くような耳障りな悲鳴を残して、魔物が突然バランスを崩して床に無様に倒れ込んだ。

その異様に長い両足の太ももには、何か超高温の物体が完全に貫通したような、黒く焦げた丸い穴が空いていた。


振り返らなくともわかる。

背後で足を止めている捻れの援護である。


あれが『呪われた遺物』の効果なのか、あるいは捻れ本人が元々持っている特性によるものなのかは分からない。


ただ確かなのは、捻れの放った炎は、まるで意志を持っているかのように天井から吊り下がった数多の死体の隙間を正確に掻い潜り、逃げる魔物の急所だけを的確に撃ち抜いて攻撃していたという事実だ。


今度は俺の真横を、熱波を伴った太い炎の渦がすり抜けていく。

その炎は、足をやられて床でもがく魔物の両手に狙い違わず貫通した。

肉の焦げる嫌な臭いと共に、魔物が再び激しい悲鳴を上げる。


これなら、俺でも追いつける。

足が止まった今、あの距離まで追いつけさえすれば攻撃が通る――。


俺が勝利を確信した、その時。

地面に無様に這いつくばりながら、魔物がこちらを振り返って明確な悪意を持って俺と目を合わせた。


直後。

俺の真横、視界の死角にあった上下逆さまに吊り下がっていたヒナの顔をした遺体が、突然痙攣するように動き出し、皮の剥がれた両腕を伸ばして俺の二の腕を強く掴もうとする。


俺は遺物によって極限まで研ぎ澄まされた超人的な反射神経で、即座に黒兵士を一体召喚し、俺とその死体の間へと壁として割り込ませて防ぐ。


だが、遅かった。

俺のすぐ目の前、至近距離で、強烈な閃光と共に爆発が起こった。


――顔の皮膚が焼けるように熱い。頭が激しく揺さぶられてくらくらする。周囲の音がひどく遠く感じる。


キーンという耳鳴りの奥で、遠くで俺の名前を呼ぶ捻れの悲痛な叫び声が聞こえるような気がした。


俺は霞む視界の奥で、魔物を見る。

両足を焼かれながらも、奴はこちらの無惨な姿を見て、また口を三日月型に歪めて下劣に笑っている。


俺はゆっくりと立ち上がり、自身の被害状況を確認する。

五体満足。手足は動く。

爆発のダメージと飛散した肉片の大半は、咄嗟に間に入れた黒兵士が肩代わりしてくれたおかげで、致命傷には至っていない。


だが、MaDの自爆の時とは違い、距離が近すぎた。

顔の左半分は熱で酷く爛れ、鼓膜からは血が流れ落ち、左耳は爆風で半分近く吹き飛ばされて無くなっている。



――この程度の怪我で、俺の気勢が削がれるとでも思ってるのか?


下劣に笑う魔物にとって、ここで最大の予想外があった。


耳を吹き飛ばされ、顔の半分と全身を真っ赤な血に塗れさせた人間の男が、痛みに怯むどころか、逆に眼光を鋭くしてさらにその前進する勢いを強めた事だ。


錯覚するな。追い詰められているのは俺達じゃない。お前だ。

後ろに控える捻れの炎によって、あいつはその両足を完全に抉られて、地に伏せているのだ。


先ほどの至近距離での爆発。

あれは追い詰められた魔物が、発動した魔法か何かの能力だ。


もしあんな爆発をポンポンと無尽蔵に遠隔で使えるなら、最初からこの死体の森に入った瞬間に全ての死体を使って俺を爆破すれば良いだけの話だ。


そうしないのは、『出来ない』からに他ならない。

一度に起爆できる数に制限があるか、再使用時間のクールタイムのようなものが存在する証拠だ。


それに、先ほどの至近距離での爆発で、俺のすぐ近くにあった他の死体に誘爆を起こさなかったのも、俺にとってはこの上なく好都合な事実だった。


「俺が怯むとでも思ってんのか?」

俺は血だらけの顔のまま、低く唸るように声を出し、さらに前へ進む。


前へ進むべきだという確信を得ている今。

俺は残りの誘爆の危険すら一切顧みず、最短距離を阻む偽物の死体に肩をぶつけながら、血の足跡を残して真っ直ぐに魔物へ向けて突き進む。


途中、死体の森の陰に隠れるようにして、MaDの生き残りが皮を剥がれた姿で這い出てきたが、俺が対応するよりも早く、後ろから正確に飛んできた捻れの援護の炎によって頭部を撃ち抜かれて倒れた。


完全に退路を塞がれた魔物の足掻きは、もはや俺の歩みを止めるために一切の気を取られるような脅威ではない。


そしてついに、たどり着く。

自分を殺しに来る血まみれの悪鬼のような俺の姿に、明確な死の恐怖を顔に貼り付けて後退りする魔物の元へと。


「お前は、下手に頭が良いからな……自爆なんていう覚悟は出来ねぇだろ」

俺は右手を固く握り込み、自身の最大の暴力が眠る遺物へと意識を向ける。


俺自身の足で、ゆっくりと、確実に魔物を殺すために向かう。


横になって後退りする魔物の、手が届くすぐ近くまで。


死の恐怖に狂った魔物が、最後の悪足掻きとばかりに両手で勢いよく地を叩き、その反動を利用して跳躍し、鋭い牙を剥き出しにして俺へと飛びかかってくる。


だが、それよりも早く。

俺が召喚した黒薔薇の守護者の巨大な拳が、空中に飛び上がった魔物の顔面を完全に捉え、殴り抜く。

その拳には、イバラが何重にも分厚く巻き付き、凶悪な打撃兵器と化していた。


重い衝撃音。

魔物の醜悪な顔面が血肉となって撒き散らされると共に、美しい黒薔薇の花びらが宙に散る。


たった一撃。


その容赦のない一撃で、声を発する事もなく完全に絶命した。


気が付けば、魔物の死と同時に部屋の天井から無数に垂れ下がっていた悪趣味な偽物の死体は、幻のように全て綺麗に消え去って無くなっていた。


そして、首から上が消し飛んだ魔物の死体のすぐそばには、空間が歪むようにして特有の黒いもやが発生していた。

以前、別のダンジョンでも見かけた、遺物の発生である。


俺は、後ろの方で限界を迎えたのか力尽きて倒れ込んだ捻れの姿を視認すると。

すぐさまその黒いもやの中へ躊躇なく右手を突っ込み、戦利品である遺物を乱暴に掴み取って回収し、捻れへと向かった。


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