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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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全員が深い眠りに落ちている異常な客室の中で、唯一目を覚ました捻れは、目を擦りながらゆっくりと立ち上がった。

そして、俺と共に床で眠りこけている要石のメンバーやミルを確認すると、すぐさま付近の他の部屋の状況確認へと動いた。


「どうでしたか?」

俺が草薙剣の客室扉を開けて状況を確認して戻ると、ちょうど反対側の部屋の扉を開けて捻れが出てくるところだった。


「草薙剣も、全員死んだように寝てますね」

俺が自身の確認した事実を短く伝えると、捻れは少し思案するように目を伏せた。


「旭技巧連は、三人とも全員起きている」

捻れがそう言って体を少し横へ退けると、開いたままの扉の奥、部屋の隅に固まるようにして怯えた表情でこちらを見ている旭技巧連の三人の姿が見えた。


「失礼」と短く一言だけ言うと、捻れはそのまま静かに彼らの部屋の扉を閉める。


この階層の状況はおおよそ把握できた。

俺たちはそのまま二人で足音を殺して中央の階段を降り、下の階層にある食堂の状況を確認しに向かった。


下の階へ着くと、いつものように食堂の大きな両開きの扉は開けっぱなしになっており、その扉の両脇に管理所の黒スーツの人間二人が完全に寝入っていた。


そして、彼らの監視対象であるはずのロレーヌは、開け放たれた扉の奥、食堂のテーブルで優雅にデザートのような物を食べていた。


こちらの視線に気がつくと、やけに嬉しそうな満面の笑顔を作ってこちらへ向けて小さく手を振った。


俺は舌打ちをして食堂の分厚い扉を閉めると、アンクレットから呼び寄せた泥人形でその扉の隙間や蝶番を強固に固める。


「これで、最低でもこの扉から外へ出たかどうかは確実に分かります」

食堂からの出入り口はこの正面の扉のみである。もし中から強引にこじ開けようとすれば、泥人形が即座にその破壊を知覚出来る。


封鎖を終え、俺達は再び階段を登って二階の客室へと戻る。


「選択肢は二つあります」

俺は自分にも言い聞かせるように捻れへ向けて今後の行動を提案する。


「――勿論、先へ進むだ」


俺が最後まで言うよりも早く、捻れは断言した。


先ほど、俺が警戒のために張り込ませていた泥人形は一階の客室の廊下で何者かの足音を知覚したがその足音はすぐに途切れて消えた。

この船のどこかに潜伏している、MaDの生き残りか、あるいは全く別の何か。


この客船に乗っているほぼ全員が深い眠りに落ちているというこの異常事態も、恐らく下の階にいる『ソイツ』が何らかの遺物か能力を使って引き起こした物で間違いない筈だ。

全員を無力化した上で奴らは何らかの決定的な行動を起こそうとしている。


このままここで寝たふりでもして、敵が二階へ上がってくるのを待ち構えるという手もある。

だが、このまま後手に回り続けて状況が悪化するのを待つのは面白く無いだろう。


「お前はここに残れ」

捻れは俺の顔を見て、感情の読めない淡々とした声で続ける。


「眠っているみんなを、無防備なまま放置するわけにはいかない。誰かがここで守ってもらう必要がある。……俺が一人でいく」

そう言い切った捻れに対し、俺は即座に首を振って否定する。


「いえ、自分も一緒に行きますよ」

俺がそう言うと部屋の傍らに黒薔薇の冥馬が音もなく召喚される。


同時に、その巨大な黒馬の装甲から無数の半透明のイバラが伸び、壁や天井を這うようにしてゆっくりと部屋全体が覆われて行く。


静かなその侵食は、やがて全ての箇所を覆い尽くすと、最後に部屋の中央に集められて眠っているミルや要石の面々を、強固なドーム状の檻として何重にも覆い隠した。


「これで、自分達が下の階を探索してる間の十分な時間稼ぎにはなるでしょう」

俺がそう言って冥馬に待機を命じると、捻れはその提案を了承した。


現在、俺の手持ちの戦力は決して万全とは言えない。

宝食ワニと灰流鳥は、島に到着した直後に船外の索敵に使用し、即座に殺されている為、あと数時間は再召喚出来ない。


黒薔薇の騎士団も、先ほどの森での太陽戦で使用している為半日近くは使えないし森林狼も殺されているので同じく半日使えない。


泥人形は食堂の封鎖に使い、黒薔薇の冥馬は仲間を守るためにここに残しておく。

結果として、今の俺に同行できる戦力は大幅に削がれている状態だ。


要石のパーティーは、メンバー全員が第五階位だと聞いている。

目の前にいる捻れも、当然俺と同等の階位に位置する実力者だ。今の状況では、俺も彼に頼らざるを得ない。


俺達は眠る仲間たちを冥馬に託して廊下に出ると、そのまま階段を使って一階へと向かう。

薄暗い階段を足音を殺して降りている途中、前を歩いていた捻れがポツリと口を開いた。


「……呪われた遺物というものを知っているか?」


呪われた遺物。

それは探索者界隈で、文字通り呪いの装備とも呼ばれている特殊な代物だ。


一度装備すると使用者の意志では外せなくなったり、あるいは他の遺物を一切装備出来なくなったりといった、強烈なデメリットが大きく出た遺物の総称である。


その数は希少なユニーク装備よりもさらに少なく、俺も知識として噂に聞いたことがある程度で、実際にどのような効果を持っているのかは詳しく知らない。


「存在を知っている程度ですね。実物は見たことがありません」

俺は正直に自身の知識を答える。


「俺は、その『呪われた遺物』しか持っていない」

捻れは静かな声でそう言うと、自身の左手を持ち上げ、指に嵌められた一つの指輪を俺に見せるように掲げた。


それは赤と青の細かい装飾が施された指輪で、真ん中が数字の八の字のように複雑に捻れるような奇妙なデザインをしていた。

一見しただけでは、それが呪われた遺物だとは思えない。


呪われた、とは言うもののそれはあくまで便宜上そう呼んでいるだけで、遺物は手に触れた瞬間にその効果と代償を使用者の脳内に直接理解させる性質がある。


つまり、捻れはそれが呪われていると最初から分かった上で、自身の意志で覚悟を決めてその指輪を装備している筈なのだ。


「気を遣っていますか?」

俺は前を歩く捻れの背中へ向けて、その真意を問いただす。


「――ただ、不公平だと思ってな。俺はお前の召喚獣を複数体見ている」

捻れはただそれだけを言うと、再び口を閉ざす。


今になって思うが、捻れのこの言葉は不器用ながらも俺へと歩み寄ってきてくれていたのだと思う。


しかし、すまないが俺もコミュニケーションを取るのがひどく苦手なのだ。


やけに静かな船内を進み、泥人形で固めた食堂の扉を通り過ぎて、さらに階段を降りて一番下の一階へと到着した。


一階の構造は、俺たちが拠点にしている二階と全く同じで、中央に一直線の長い廊下があり、その左右に客室の扉が六個ずつ向かい合って並んで付いている。合計十二室だ。


MaDの三人が死んでいたのは、その最奥にある右側の部屋。

そして、俺が警戒のために泥人形を張り込ませていたのは、今自分たちが立っているこの中央階段を降り切ったすぐの場所だ。


一階と二階を行き来するには必ずこの階段を使う必要がある為、誰かが通れば分かるようにこの付近に張り込ませていたのだが、泥人形が知覚した微かな足音は、階段からではなく、明らかにこの()()()()の方からしていた。


つまり、犯人は階段を降りてきたのではなく、最初からこの一階のどこかの部屋に潜伏していた可能性が高い。


俺たちは廊下の入り口から、手前の扉を順番に、召喚した二匹のゴブリンを使って左右同時に開けていく。

一列目の左右の扉が開く。中は薄暗いが誰も居ない。

二列目の扉も、開け放つが誰も居ない。


客室の奥にはそれぞれ浴槽やトイレが備え付けられた狭い扉も付いているが、今はただ入り口の扉を全て開けて、部屋の大まかな安全を確認する事を優先している。


もし隠れていたとしても、一部屋ずつ中に入ってじっくり時間をかけて索敵するのではなく、まずは一度全ての部屋の扉を開け放ち、廊下から順番に追い詰めていく考えだ。


「体調は、大丈夫ですか」

俺はすぐ隣の捻れに小声で声をかける。


捻れは無言のまま、短く首を振って肯定を返す。


「――恐らくですが、この異常な睡魔はダンジョンによる身体能力の強化の度合いが強い人間ほど、眠気が強く作用していってると推測しています」


俺は極力音を立てないように小声で自身の考えを口に出しながら、目の前で左右の扉を次々と開けていくゴブリン達の背中を追う。

三列目。……やはり、何も居ない。


「ダンジョンの階位昇格による身体能力の強化は、同じ階位であっても、個人の資質によってその上昇幅に顕著な差が出る」


かつて、同じ第四階位であったにも関わらずレンにミルが勝てないと言っていたのを思い出す。

同じ第五階位の探索者たちの中でも、この睡魔への耐性に差が出ているのはそれが理由だろう。


二階で怯えて起きていた旭技巧連の三人は、そもそも自ら俺達に仲間になりたいと保護を求める申し出を出すぐらいだ。


つまり、彼ら自身の純粋な戦闘能力や基礎的な身体能力は、この船に乗っている他の参加者に比べてそれほど高くない事が考えられる。だからこそ、睡魔の影響が薄く起きていられた。


横で同じように付近を警戒している捻れへチラリと目を向けると、フードの奥のその表情は深刻で、時折頭を振って眠気を散らすように辛そうだ。

対して俺は、一切の眠気が無い。


これは俺が第五階位でありながら、肉体そのものは一般人と同等という特殊な特性を持っている事が大きく影響していると考えられる。


捻れも恐らく、俺ほど極端ではないにせよ、身体能力の強化幅が他の探索者の標準より低いのだろう。


「ここで自分達が敗れると、全滅って事です」


「……勘違いするなよ」

捻れは重い口を開くと、歩みを止めて振り返った俺の顔を、フードの奥からしっかりと見据えた。


「今までそんな事は何度もあった。俺達はそう言うダンジョンに潜ったんだ。これからもな」


捻れは静かにそう言い切ると、力強い視線ですぐに廊下の先を顎で指し示す。

俺もその言葉に安心感を覚え、深く頷くと、先行するゴブリン達へ向けて再び指示を出す。


四列目、居ない。

静寂だけが廊下に響く。


俺達がこうして扉を開け放ちながら一階に降りて来ていることは、確実に敵にバレているだろう。

俺が二階や食堂に残した召喚獣達は、誰もきていないと伝えている。

つまり、敵は今もこの一階の奥で、俺達が来るのを待ち構えているはずだ。


本当に全員を眠らせたと思っていたら、必ず向こうも既に行動を起こしていただろう。

何も行動が無いのがその根拠だ。



五列目、居ない。

左右の扉を開けたゴブリンは、中に誰もいない事を確認して無事に廊下へ戻ると、いよいよ一番奥にある、最後の扉二つへ向けてゆっくりと歩を進める。


あの右側の部屋で、MaDの三人は死んでいた。

しかし、水龍はその死体が偽物であるとも言っていた。


(MaD)が出るか、それとも(別の何か)が出るか。

開ければ、これで全て分かる。


俺と捻れが緊張感を高める中。

左右の扉の前に散った二匹のゴブリンは、ノブに手をかけ、ゆっくりと最奥の部屋の扉を開けて行く。








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お読み頂きありがとうございます。

お気に召しましたらブクマなど大変嬉しいです。

いつも感想などありがとうございます。




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