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俺は太陽の首を、召喚したゴブリンに持たせ、他の肉の塊のような死体を黒兵士に担がせて森を歩く。
殺すつもりはなかった。
この逃げ場のない密閉された空間において、参加者同士の殺人は理由がどうあれ、他のチーム間に決定的な不和と疑心暗鬼の種を撒き散らす影響が極めて高い。
重い足取りで船に戻ると、そこには要石の面々とミル、それに黒服の青年が深刻そうな顔で立ち話をしていた。
森から現れた俺の姿と、後ろの召喚獣たちが運ぶモノを確認した瞬間、彼らは一様に息を呑む。
「――太陽に襲われたので殺しました。そっちの死体を殺したのは俺ではないです」
俺は余計な感情を交えず、端的に事実のみを報告する。
黒服の青年が一歩前へ出て、冷徹な業務の顔で口を開いた。
「報告は聞いているが、念のため死体の状況を確認したい」
俺は死体を地面に寝かせると、森で起きた戦闘のおおよその概要を一つ一つ時系列順に説明した。
その間に、森の探索を終えた他のパーティーも続々と船に帰還してきており、凄惨な死体を見て辺りは騒然となる。
だが、要石の面々やミルが俺の状況の正当性を保証する証言者として口を開いてくれたおかげで糾弾する空気にはならなかった。
最悪の場合、俺はこの場で管理所に拘束される事も視野に入れていた。
状況的にも意外とあっさり解放され、遠巻きに見ていたロレーヌに「あーあ、人殺しだぁ!」と酷くうざったらしく煽られたぐらいで済んだのは幸いだった。
ロレーヌから太陽へ渡された遺物が、一体何の媒体だったのかは最後まで不明なままだ。
あるいはスロットに直接装備していたのかもしれないが、水龍が言っていたように、太陽が装備していた鉤爪も他の装飾品の類も、触ると全て【効果なし】の抜け殻になっていた。
自然と、この船に乗っているすべてのパーティーの中に、裏で強力な遺物を配られた内通者が潜んでいる可能性がある事を全体に伝える事になった。
この不確かな情報は、ただ無闇に参加者全体を疑心暗鬼にさせる可能性もあるため、俺としては本当は出したくはなかったのが本音だ。
現在は最低限の情報共有も終わったので一時解散となり、二階の広い客室に集まって要石とミル達と共に食事をとっている。
危険なダンジョンの中だと言うのに、下の食堂を行きがけに覗けば常に豪華な料理が用意されており、ロレーヌがこれみよがしに美味しそうに食事をして参加者の神経を逆撫でしていた。
結局、第一の島で二十時間近くを費やしても、目的であるボスは全く見つからなかった。
第五階位のパーティがこれだけ集まって島中を探したのに、影も形も見当たらないのだ。
俺の森林狼のように、探索や感知に使えるような特殊な遺物を持っている者も複数いるだろうに、それでも何も見つからないのは明らかに異常な事態であった。
重い空気の中で食事をしていると、部屋の扉が控えめにノックされた。
俺は皆に目配せで確認を取ると、召喚したゴブリンに扉を開けさせる。
廊下に現れたのは、三人の男女。
現実世界で大手の企業がバックに付いている、このダンジョン参加者の最後のパーティー『旭技巧連』だ。
彼ら個人の顔は知らないが、その組織の名前は業界でも広く有名だ。
独自の研究により、魔石を使用した人工的な遺物の作成に成功したという噂を聞く、技術と資本を持った連中だ。
「何か?」
ソファに深く座ったまま、社長が鋭い視線を向けて尋ねる。
彼等はその視線に少し怯みながらも、意を決したように口を開いた。
「私たちも、あなたたちの仲間へ入れてくれませんか?」
その唐突な一言を聞いた瞬間、俺の脳内に急速な赤信号が点滅した。
この旭技巧連まで俺達に合流してしまうと――
「だめだ。それなら草薙剣の連中も連れてこい」
俺が口を開くより早く、社長がピシャリと冷たく言い放つ。
草薙剣は四人パーティー。
対してこちらは要石の四人と、俺とミルを合わせて六人。すでに最大派閥だ。
そこに旭技巧連の三人まで吸収してしまうと、残された草薙剣にとっては、知らぬ間に船の中で自分たちだけが除け者にされ、敵対関係に置かれている様に強く感じるだろう。
ただでさえこちらの方が既に人数が多い状況なのだ
太陽の檻が全滅した直後のピリピリとした空気の中で、他者を孤立させて無闇に刺激するのは絶対に得策じゃない。
「……分かりました」
旭技巧連の三人はそれだけ言うとすごすごと廊下を引き返して帰っていく。
「いいの? これで向こうが草薙剣と結託しちゃうかもよ」
ヒナが少し心配そうにそう口にすると、社長ではなく、ベッドに横になっていた水龍が口を挟む。
「仲間に入れて下さいって、そもそも俺たちは敵同士じゃねーんだ。結託したからってどうなるんだ」
水龍は当たり前の事実を冷静に言い放つと、その巨大な体を少し窮屈そうにしながら、客室のベッドで静かに目を閉じた。
そんな時、船の低い汽笛が外から鳴り響く。
二十時間の滞在時間を終え、次の島への出発の時間である。
俺たちは一人一部屋与えられた豪華な客室で個別に寝るのではなく、この広い一つの部屋に全員で集まって休憩を取る事にした。
俺も他の空き部屋から取ってきた毛布を頭から被りながら、少しでも体力を回復させるために目を閉じた。
ーーーー
――MaDが死亡した一階の客室廊下にて何者かの気配を感じ取り、俺はハッと目を覚ます。
どのぐらい寝ていただろうか。
二階の客室で寝ているにもかかわらず俺がその微かな動きを知覚できたのは、単純に泥人形を警戒のために一階の廊下に張り込ませていた為だ。
「ミル、起きろ」
俺はすぐ近くの床で同じように毛布を被って横になっているミルへ問いかける。だが、全く反応が無い。
少し疑問に思い、無防備な女性の寝顔に触れるのは悪いとは思いつつ、毛布を軽く剥がして彼女の肩口を強くさする。
その緩いウェーブの掛かった特徴的な青髪が揺れるが、規則正しい寝息を立てるミルの寝顔は凄く穏やかなものであり、起きる気配は微塵もなかった。
「ミル、起きろ。一階で何かの気配がする」
俺は再度、今度は少し声を大きくして呼びかけるが、やはり一向に目を覚ます気配がしない。
――おかしい。
俺は急いで周りで寝ている要石の人間たちにも目を向ける。
俺がこれだけはっきりと声を出し、ミルを揺さぶって呼んでいるにもかかわらず、社長も、ヒナも、水龍も全員が深い泥の底に沈んだように眠りこけていた。
異常だった。
どんなに疲労していても、彼らは第五階位だ。
ここまで眠りこけるだろうか。
俺の胸の中で、嫌な警鐘が鳴り響き、心臓が早打つ。
「起きてくれ! 誰か!」
俺は立ち上がり、部屋全体に響く声で叫んだ。
それでも、反応する者は誰もいなかった。まるで死んだように眠っている。
ただ、一人を除いて。
「……うるさい」
要石のメンバーの中で最も影が薄く、普段は自ら喋ることの少ない捻れが、深いフードの奥から低く抗議の声を上げて、ゆっくりと上半身を起こした。
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