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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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第五階位へと到達している太陽の速度は、常軌を逸するほどに異常だった。

瞬きをする間すら惜しい極限の死地。

手も足も動かせないほどに圧縮された時間の流れの中で、俺は自身に組み込んだ遺物により強化された圧倒的な反射神経の恩恵を受け、虚空から黒薔薇の騎士団を召喚する。


太陽が俺の喉元へ鉤爪を振り下ろすよりもコンマ数秒早く、俺と奴の間の空間が黒い霧によって歪む。


闇より顕現するその五体の騎士は、初めから背中の大剣を両手でしっかりと保持した状態で出現し、猛然と突っ込んでくる太陽と正面からぶつかり合った。


重い衝撃が空気を震わせる。

漆黒の鎧から伸びた半透明の黒薔薇のイバラが、蛇のようにうねりながら太陽の四肢や胴体に絡み付く。

だが、ダンジョンによって引き上げられた常人を超えた膂力により、完全拘束には至っていない。


イバラが千切れそうに限界まで引き伸ばされる中、太陽の手にしている湾曲した鉤爪の先端から、視界を赤く染め上げるほどの猛烈な炎が噴き出た。


俺は即座に傍に召喚した森林狼によって、服の背中を強く引かれ、後方へ向けて強引に地面に座り込むようにして体勢を低くする。


頭上を灼熱の熱波が通り過ぎていく。

その猛火は、俺と太陽の間に入っていた騎士三体の上半身を、分厚い鎧ごと跡形もなく焼失させていた。

残された下半身が黒い霧となって霧散していく。


恐るべき火力だ。だが、太陽の足は止まった。

第五階位へ至った人間を、俺は決して舐めていない。そしてそれは向こうも同じだろう。


薄ら笑いを浮かべて軽薄に振る舞ってはいたが、心の奥底では俺と同じように、あいつも俺という人間の危険性を探索者として明確に認めているはずだ。


このタイミングで、太陽が俺へ直接仕掛けてきたのには明確な理由がなにかあるはずだ。


ダンジョン帰りに襲撃者をけしかけ、DCBの入館を拒否させたにも関わらず、こんな島に上陸して早々に俺を狙ってきた。

俺への復讐心による我慢の限界だから、などという理由だけで動くのは違和感がある。


俺をこの場で確実に殺せるだけの算段がついたと考えるのが普通だ。

例えば、あの客船の個室でロレーヌという魔物から()()()()()ばかりの未知の遺物。


第五階位に至った人間が元々持ち得る遺物だけでは、直接行動に移さなかったのだ。


俺という存在を殺し切るために受け取ったその遺物の性能は、規格外の代物だと思った方が良い。


尻餅をついて座り込んだ俺を、炎の残滓の中から太陽が冷たい目で見下ろす。

一瞬の視線の交差。


その刹那、俺は残った二体の黒薔薇の騎士を、太陽の両脇から後ろへ下げるよう指示を出した。

そして、それと入れ替わるようにして太陽の完全に無防備な背後へ向けて巨大な黒石の巨人を顕現させる。

巨人の丸太のような岩の拳が、太陽の胴体へ向けて死角から容赦なく横薙ぎに入る。


直撃。

水風船が限界を迎えて破裂したように、大量の血液があたり一面に凄まじい勢いで撒き散らかされた。

太陽の体は巨人の質量の暴力に耐えきれず空中を吹き飛んでいく。


俺はすぐに立ち上がりながら巨人を回収し、数十メートル先へ吹き飛んで地面を転がった太陽へ目を向ける。


感触がおかしい。

巨人の拳を通して伝わってきた手応えが、肉や骨を砕いた時のそれとは全く異なっていた。

なんだ、この地面を濡らしている大量の血液は――。


吹き飛んだ太陽は、苦しむ素振りすら見せずにゆっくりと立ち上がると、突如として自身の口から大量の吐瀉物を地面に吐き出した。

異様な光景だった。

服や顔に大量の血が付着しているが、その体自体には打撲の痕や骨折など傷一つ付いていない。


「お前――何を吐き出した?」


俺の問いかけに答えることなく、口元を拭いながら笑い声を上げて立ち上がる太陽。

彼は再び、燃え盛る炎が噴き出る鉤爪を手に俺へと駆け出してくる。


太陽が口から吐き出した吐瀉物の残骸。

そこには人間の目玉や、長い髪の毛のようなものが見えた。


人を食ったのか?

いや、違う。もし本当に死体などを食うなら、目玉ぐらいは咀嚼して胃に収めるだろう。原形を留めている事自体がおかしい。

極限の有り得ない状況下で、俺の脳は逆に冷え切り冷静に考える。


巨人で殴り飛ばした瞬間に体から異常なほど噴き出た大量の血液。

無傷の肉体。そして人間の部位が混ざった吐瀉物。


俺はさらなる情報を得る為に近くの黒薔薇の騎士を一体、奴へ向けて突撃させる。


「お前の攻撃なんざ、効いてねぇぇぞぉぉ」


狂気に満ちた叫び声を上げながら迫る太陽の気迫は、さっき巨人に殴り飛ばされる前よりも、明らかに膨れ上がっていた。


先行させた泥人形が奴の足首に絡みつき、わずかに体勢を崩させた。そこへ迫った騎士が大剣を上段から振り下ろして斬りかかる。


だが、その異常な身体能力に任せて体勢が崩れた空中の状態から太陽は体を強引に捻り、もう一度鉤爪の炎を騎士へ向けて至近距離から放った。

炎の直撃を受け、四体目の騎士が跡形もなく焼失する。


しかし斬撃こそ躱されたものの、騎士の鎧から伸びたイバラは太陽を拘束まで出来なかったが、奴の上半身の被服を大きく破り捨てることには成功した。


そして、それが俺の狙いであった。


服が破れ、露わになった太陽の上半身。

第五階位の探索者らしく、綺麗に割れた腹筋に均整のとれた無駄のない身体付きをしている。


しかし、その胸から腹部にかけての肉体には本来あるはずのない不気味な隆起が存在していた。

二体の人間の顔が、皮膚の内側から押し上げられるようにして浮き出ていたのだ。


人面瘡(じんめんそう)とも呼ぶべきそのおぞましい顔。

一つは顔面が潰れており、もはや原形を留めていなかった。

そしてもう一体の顔は苦痛と悲壮感に満ちた表情で、目尻から涙の代わりにどす黒い血を流して声なき泣き声を上げていた。


「あぁ、もういらないんだった。こいつ」


太陽は自身の胸に浮かぶ潰れた方の顔を鬱陶しそうに見下ろすと、まるで幽体離脱でもするかのように自らの体から女性を一人、物理的に分離させて引き摺り出した。


重い音を立てて地面に落ちる、全身が血まみれの裸の女性の死体。

骨は砕け、全身の皮膚が弾け飛んでいる。


客船の部屋で死んでいたMaDの面々が頭をよぎった。

しかし、違った。


俺はこの一連の攻防の中で、常に警戒していた事が二つある。

一つは、ロレーヌから受け取った得体の知れない強力な遺物。

そしてもう一つは、太陽の所属するチーム『太陽の檻』――そのチームメンバーの残り二人だ。


これは一対一の決闘ではない。

伏兵を警戒して全戦力を出さずに手元に残していたが、太陽の胸に浮かぶ顔にはかすかに見覚えがある。


「……お前のパーティーメンバーだろうが」


思わず俺は無造作に置かれた女性の死体を横目に、太陽へ向けて言葉を吐く。


太陽はその俺に対する言葉の代わりに、再び鉤爪から猛烈な炎を放つ。


すぐ近くで待機していた森林狼が俺の服の襟首を深く咥え込み、強靭な脚力で横へ大きく飛び退いてずれる。


地面を引きづられるようにして熱線を避けると、俺はそのまま森林狼の背に飛び乗って騎乗し、最後の一体の黒薔薇の騎士と左右別々の方向へと別れて距離を取る。


あの規格外の鉤爪の炎は強力だが、連続して乱射出来るような類のものではない。

その推測はおおよそ間違いではないはずだ。


左右に別れた騎士と俺。

太陽は標的を俺に絞り、再び地を蹴って駆け出してくる。


――こいつッ! さっきより更に速くッ!


向かってくる太陽の速度は、先ほどよりもさらに一段階速くなっていた。

森林狼ですら、このまま走っても易々と背後から追いつかれるほどの圧倒的な速度。

一番最初にぶつかった時は、あれでもまだ本気じゃなかったのか――。

俺の脳内に一つの可能性が浮かび上がる。


いや、違う。

こいつの性格的に、俺の事を舐めている訳ではない筈だ。

最初の攻防で必ず確実な殺意を持って俺を殺そうとする筈だし、持てる全力をぶつけてくる筈だ。


だが、現実に今の方が明らかに速い。

何が違う? 何が変わった?


自らの体から死んだ男性を物理的に抜き取って、重量が軽くなったから速くなったのか?

ダメージを仲間に肩代わりさせたことによる、単純な攻撃の無効化だけではないのか?


目まぐるしく移り変わる森の視界の中で、背後から飛びかかってくる太陽へ向けて、俺は再び召喚した黒石の巨人に迎撃の拳を振るわせる。

巨大な岩の塊が太陽の胴体を捉えようとする。


だが、太陽は速度を緩めず防御の姿勢すら一切とらない。

自身の胸に残った最後の一人の仲間にダメージが肩代わりされる事がわかっているからだ。


状況を考えるに、身代わりはあと一回きりの無効化だろう。

普通のまともな思考なら、致命傷を避けれる機動力を得たのなら、いざという時の保険として無効化のストックは最後まで残しておかないか?

俺ならそうする。


回避する素振りすら見せずに、むしろ自ら巨人の拳に当たりに行こうとする太陽の狂気じみた行動に違和感を覚え、俺はその攻撃をすんでのところでやめて、巨人を素早く回収した。


巨人の拳が消えた空間をすり抜け、太陽の冷酷な鉤爪が俺の眼前にまで迫る。

騎乗していた森林狼が空中で身を捩って俺を庇ってくれたおかげで、俺の体は無傷のまま冷たい土の地へと投げ出された。


地面を激しく転がりながら、俺は即座に受け身を取って体制を立て直す。

視線を向けると、近くの地面には背中から腹部にかけてを鉤爪で大きく抉られた森林狼が、血を流しながら黒い霧となって回収されていくところだった。


「なぜやめた? ……まぁいい。どう足掻いても、死ぬ」


そう言って、土に塗れて倒れた俺へ向けて、勝利を確信した太陽が迫る。


――油断なく俺を見下ろす太陽の背後には、禍々しい装甲で武装された巨大な黒馬に乗った一体の騎士が、両手に持った大剣を静かに上段に構えていた。


俺は既に召喚していたのだ。

黒薔薇の冥馬は、生き残っていた最後の一体の騎士をその背に乗せて太陽の背後を取っていた。


デラボネアは、騎士が共に戦場を駆けるこの馬を求めていたような口振りだった。


この遺物には背景(ストーリー)があるのだと。

ならば、彼らが揃った時にこそ、その真価が発揮される。


背後に立つ強大な魔物の気配に気がついた太陽が、驚愕に目を見開いて振り返ろうとする。

だが、それよりも疾く冥馬の突進の勢いを乗せた大剣の一撃が太陽の肩口から深く切り裂いた。

衝撃と共に、黒い半透明の薔薇の花びらが美しくあたりに散る。


大剣の刀身と、冥馬の装甲から伸びた無数の薔薇のイバラが太陽の全身へ強固に絡み付き、そこから逃げる事を一切許さない。


俺は奴の能力について一つ仮説を立てた。


このロレーヌから与えられた遺物はダメージの肩代わりによる攻撃の無効化が主目的ではない。


身代わりとなった人間を喰らい、ダンジョンによって引き上げられた彼らの『身体能力の向上』そのものを、自身の肉体へと吸い取るのが真の能力なのではないかと言うものだ。


だからこそ、攻撃時に吹き飛ばすような一撃はダメなのだ。

こいつは黒薔薇の騎士団の斬撃は自ら避けて、炎で消し飛ばした。


だが、黒石の巨人の攻撃は敢えて身代わりで受けることで、一人目の仲間を消費して自身を強化したのではないか。


俺はゆっくりと立ち上がる。

俺の足元の土を濡らすように、大量の血液が水たまりを作って流れ込んでくる。


大剣の直撃を受けた太陽本人は、やはり無傷であった。

だが、遺物によるダメージの肩代わりが発動し、奴の胸にいた最後の一人が破裂した様に弾け飛んでおり、絶望の鮮血が滝のように流れてきていた。


「成ったぞ! これで俺はァァ最強の力を――」

太陽は全身から仲間の血液を滴らせて狂喜の叫びを上げる。


そして、拘束する騎士が二撃目を馬上で振り下ろすよりも先に、二人の人間の命を吸い上げて手にした圧倒的な膂力で、体に巻き付く強靭なイバラを力任せに引きちぎろうとする。

イバラの繊維が千切れる音が森に響く。


ここでこの拘束から逃げられると俺の負けだ。


――その瞬間。

冥馬は、雄叫びを上げるように大きく体を震わせると、激しい音を立ててその漆黒の体に強烈な紫電を帯電させた。

それは以前俺が使っていた黒馬の雷よりも遥かに高圧縮でより濃い、極限の紫の雷であった。


冥馬は容赦なく放った。そのすべてを焼き尽くす紫電を。


太陽に絡みつくイバラを強固な導線として通し、逃げ場のない紫電は太陽の肉体へと直接叩き込まれる。


視界を真っ白に染め上げるほどに明滅する激しい光。

その効果は劇的で完璧だった。


太陽の顔に浮かんでいた狂喜の笑顔は、瞬時に消え失せた。

薔薇の檻を力任せに抜け出す寸前だったその体は、紫電の直撃によって完全に神経を焼き切られて動かなくなり、指先からドロドロと溶けるようにして炭化し、焼失していく。


「……俺は、お前を殺す気はなかった」


俺は黒焦げになっていく太陽へ向けて、誰に聞かせるわけでもない独り言の様に、静かに言葉を吐き捨てる。


「だが、今のお前は危険すぎる」


俺の胸の中に、懺悔や謝罪の気持ちは一切ない。

探索者の死は自己責任。

彼自身が口にした通り、俺たちが住む世界で最もよく言われる言葉だ。


俺もいつかはこうやって死んでいくのだろうか。


燃え尽きようとする太陽の命の残火を断ち切るように、馬上から冷徹に見下ろしていた黒薔薇の騎士が、最後に大剣を静かに振り抜き太陽の首を音もなく切り落とした。





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お読み頂きありがとうございます。

お気に召しましたらブクマやいいね、レビュー大変嬉しいです。

いつも感想などありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
すげー似たものクズ兄弟じゃん。弟は爽やかヅラしたストーカー粘着基質。兄貴はブラコンで権力振りかざしてしまいにゃ逆恨みで仲間も俺がスッキリするためだけの餌なのだあああって。
元々仲間の犠牲を厭わないイカれ野郎だったのか、復讐心でおかしくなってたのか どっちにしても他者を巻き込んでの仇討ちはただの殺人でしかないんですよね
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