66話
「じゃあね〜」
背後から声がして振り返ると、船の最上階の甲板から手を大きく振りながら島へ上陸する俺達を見下ろしているロレーヌの姿があった。
これから二日後に殺し合うはずの人間たちを見送る、ひどく無邪気で場違いな態度。
その両脇にはロレーヌの監視役として残る黒スーツを着た管理所の二人が、微動だにせずに立っていた。
乗客を島へ降ろした船は、二十時間後に再びここを出発するまで、錨を下ろしてこの海域に停泊し続けるらしい。
「ったく、ようやくついたぜ。俺達の本業だってのによ」
上陸用のタラップを降りた直後、不満げに愚痴をこぼしたのは『草薙剣』のリーダーである草薙だ。
メディアへの露出が多く、ネットなどでは実力よりも外見重視のアイドル探索者と揶揄されている。
かつて同じダンジョンに潜った紅蓮人には人気に見合う確かな実力と実績があったが、この草薙剣は完全に草薙のワンマンチームだと聞いている。
チーム名に自身の名前をそのまま入れているあたり、その顕示欲の強さが透けて見えた。
草薙は不機嫌そうに肩を回しながら、近くにいた俺の方をチラリと一瞥した。
そして、まるで自分たちの獲物や手柄が他人に取られる事をひどく気にするように、背後に控えていた自身の仲間達を急かして呼び寄せ、周囲のチームよりも早く、そそくさと鬱蒼とした森の中へ入って行った。
「何か、気になるのか?」
上陸した俺が、一人で船の船体、その白い外壁を手で触って感触を確認していると近くで不意に声がした。
あまり聞き慣れない低い声だが、誰のものかの識別はできる。
背が高く、いかにも魔法使いのようなローブを纏い、目元までフードを被っている男性。
要石のパーティーに所属し、捻れと呼ばれている男だ。
「そうですね。この船体も、あのロレーヌと同様に傷一つ付いてなかったので」
俺は船の壁をコンコンと軽く叩きながら言葉を返す。
食堂であれだけ激しい攻撃が飛び交い、壁やテーブルが黒焦げになっていたが、船体自体には一切の傷がついていなかった。
捻れは俺の言葉に対して、明確な答えを持っていなかったのだろう。
フードの奥で少し考えるような素振りを見せると、どこか絞り出したように言葉を言った。
「……今は、手探りでも自分たちにやれる事を一つずつやっていこう」
俺はその言葉に深く頷くと、船の調査を切り上げて少し先を歩いて森へ入っていった要石の面々とミルの後を追って合流した。
この第一の島は、歩いて回れるほどの小ぶりな無人島といった所だ。
与えられた滞在時間は、ロレーヌの宣言通り二十時間。
島の中央に小高い山と深い森が存在するが、逆に言えば地形的な特徴はそれしかないと言える。
隠し通路や古代遺跡のような特筆すべき点が他に何もなく、自然とチームごとに進む探索ルートが別れたおかげもあり、島全体の地形をおおまかに探索し終えるのに三時間もかからなかった。
「うぜぇ〜」
木陰で岩に腰掛け、心底気怠そうにそう言って吐き捨てたのは水龍だ。
そこに、ヒナが深く賛同するように何度も頷く。
今は森の開けた広場でミルと要石のメンバーで集まって情報交換を行っている。
だが、共有すべき有益な情報が本当に何一つ見つからないのだ。
俺が放っている森林狼の嗅覚をもってしても、魔物はおろか、動物の匂いすら全くしない。
普通なら、どれほど小さな島であっても何かしらの生物の痕跡、あるいは独自の生態系があるはずなのに、この島にはそれらが完全に欠落している。
まるで、急造で作られたただの無機質な空間だ。
初めの島で、これだ。
あの少女はツアー型と言っていたが、本当にただの観光旅行のように時間潰しのツアーをするだけなんてことはあるまい。
必ずどこかに致命的な罠や、意味があるはずだ。
「いざとなったら、海から逆走できるか?」
社長は顎髭を撫でながら、独り言のように最悪のケースを想定した策を口にするが、水龍が即座にそれを否定する。
「この海は結構きついぜ。俺一人なら何とかなるかもしれないが捻れやヒナは無理だ」
「その事なら、自分も先ほど考えました」
俺はそう言うと水龍の意見に賛同するように、近くで周辺の探索をさせていた森林狼を呼び寄せ、労うように首元を撫でる。
「空と海を探るために召喚獣を放ちましたが……どちらも死亡しました」
俺のスロットに組み込まれている、宝食ワニと灰流鳥。
俺の特性込みで階位が引き上げられ、どちらも元の魔物より遥かに強力になっているにも関わらずあっさりと殺されたのだ。
空へと放った灰流鳥は攻撃を知覚すらせずに唐突な死の感覚があった。
海中へと放っていた宝食ワニに関しては、状況が少し違う。
単純に水棲の魔物が多すぎたのだ。海を泳いで脱出など、現状自殺行為に他ならない。
「そうか……」
社長はそう言って重い息を吐き、考え込む。
俺は少し頭を休めようとチョコレートバーを食べようとした。
その時、森の少し離れた場所から巨大な木が複数本同時にへし折れて倒れる轟音が響き渡った。
魔物がいたのか。
俺たちは即座に武器を構え、音のした方向へすぐに向かった。
だが、強大な魔物との戦闘音だと思ったその緊迫感は、木が扇状になぎ倒されている根本で、一人で苛立たしげに叫んでいる草薙の姿を見た瞬間に霧散した。
どうやら、探索が手詰まりになった事へのただの鬱憤晴らしだったようだ。
馬鹿馬鹿しい。
俺達は彼らを放っておいて船に戻ろうと踵を返した。
だが、進行方向の先には意図的に道を塞ぐように立ち塞がった一人の男性が居た。
――太陽の檻。
そこのリーダーである、太陽だ。
太陽はじっと俺の目を見て、無言のまま動こうとしない。
その異様な空気を察してか、要石のメンバーたちは他人のいざこざに興味がないとばかりに、さっさと足早に船の方へと戻っていった。
「手を貸そうか?」
俺の隣に並んだミルがそう言ってくれるが、俺は片手を上げてそれを断る。
ミルは俺の意思を尊重してその場を離れた。
遠くでわめいていた草薙のパーティーも、いつの間にか別の方向へ消えている。
木漏れ日が落ちる森の静寂の中。
俺は再び、因縁の相手である太陽と一対一で対峙していた。
先に口を開いたのは、俺だった。
「俺もさっさと決着つけたいと思っていたんだ。お前の方から真っ向からくるのは意外だな」
「……意外? いずれこうなると思っていたような口振りですね」
太陽は薄ら笑いを浮かべたまま、そう言ってゆっくりと一歩前へ出る。
俺は太陽の言葉に深く頷いて、明確な肯定を返す。
「そりゃあそうさ。先日、ダンジョンの帰りに俺へ襲撃者をけしかけたのも、あんただろう? DCBのゲートに圧力をかけて、俺をビルに入れなくしたのも」
俺がはっきりと事実を突きつけると、こいつは白々しくとぼける表情を作ったが、俺の中ではほぼ確定だ。
あの時の襲撃者は、俺の特性を正確に知っていた。
さらには、俺のゴアデビルの杖を執拗に警戒し、真っ先に奪い取って破壊した。
俺のメディア露出はゼロだ。他の探索者と交流を持たない
俺の特性や、買ったばかりの武器の情報が広く世間に露呈されているわけがない。
初対面の会議室での挨拶の時。
こいつは俺の身体能力が一般人以下であるという特性を、あらかじめ知っていたからこそ、いきなり手を握り潰すという強気な態度に出られたと考えるのが自然だ。
「ただ、一つだけわからない事がある。やり合う前に、それだけ教えてくれないか?」
そう、一つだけどうしてもわからないのだ。
「なぜそこまで、俺へ執着する? 俺は今まで、お前に恨みを買うような事は何をしたんだ?」
俺が純粋な疑問を投げかけると。
常に貼り付けたような余裕の笑顔を浮かべていた太陽の顔が、この時初めて、激しい憎悪に大きく歪んだ。
「なにもしてないさ。俺には、な」
「じゃあ――」
「俺の名前を教えてやろう」
俺の言葉を遮り、太陽は深く一呼吸おいてから、地を這うような声で言った。
「俺の本名は、牧村太陽。かつてお前が直接その手で殺した……牧村レンの、実の兄だ」
あぁ。
ここで、俺の頭の中で全てのピースが綺麗に噛み合い、完全に納得がいった。
太陽は、俺が納得の表情を浮かべたのを見て、ギリッと歯を食いしばりながらさらに言葉を続けた。
「探索者の死は、全て自己責任。……いい言葉だ。 しかし、この言葉は常に生きて帰ってきた勝者のみが口にする」
太陽は憎しみを込めて、更に一歩、俺との距離を詰めるように踏み込む。
「ここでお前を殺しても、それはお前の行動による自己責任だろう?」
目の前。
相手が腕を伸ばせば届く、二メートルもない致死の距離。
俺に太陽を殺す動機は何もない。だが、逆ならある。
「確かにそうだな。お前がここで俺に返り討ちにあって、無様にメソメソと泣き喚いたとしても、それは全てお前自身の自己責任だ」
俺の言葉が言い終わるやいなや。
太陽はいつの間にかその両手に握り込んでいた、鋭く湾曲した三本刃の鉤爪を、俺の喉元へと向けて容赦なく振りかぶった。
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