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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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最後にゲートを抜けると、そこは一面に板張りの床が広がる船の上であった。

ただの船ではない。

テレビの特集番組や映画の中でしか見た事がないような、装飾が施された豪華客船。

俺たちは今、その甲板の上に立っていた。


鼻腔をくすぐり、漂ってくるのは紛れもない海の匂いである。

見上げれば雲一つない青空が広がり、水平線が太陽の光を反射して眩しく輝いている。

ダンジョンでありながら、ここは完全に洋上の世界として独立して構築されているらしい。

だだっ広い甲板には、先ほどまで殺風景な会議室にいた探索者のメンバーが一人残らずそのままの姿で集まっていた。


「治ったの? それ」


横のすぐ近くで声がしたので目を向けると、同じく周囲を警戒していたミルが、俺の左手をまじまじと確認しながら声をかけていた。


「さぁ? ただ、まったく問題ない」


俺は左手を強く握ったり広げたりを繰り返し、骨にも腱にも一切の違和感がないことを確認しながら短い言葉を返す。


改めて辺りを見渡すと、異質な存在が混ざり込んでいることに気がついた。


周囲の警戒を解かない探索者たちとは対照的に、黒いスーツを隙なく着こなした男性が二人。


そして、広い甲板の最前列、中央の開けた場所には、見覚えのない小柄な少女が立っていた。

雪のように真っ白な髪で、腰のあたりまで届くほどの長さがある。

精巧な作り物のような顔立ちをしている。


――スーツの男二人も、あの異様な存在感を放つ少女も、先ほどの管理所の会議室には絶対に居なかったはずだ。


その少女は、俺の後ろにある巨大なゲートが完全に閉まることを確認すると、ゆっくりと口を開いた。

声を張り上げているわけではない。


だというのに、一番後ろの遠い位置にいる俺の鼓膜にも、すぐ耳元で囁かれたかのようにその言葉がはっきりと伝わってきた。


「これで、全員ね」


少女は辺りを見渡し、甲板に集まった探索者たちの顔ぶれを確認する。


「あのスーツは、管理所からの派遣人員よ。先に入ってたみたい」


俺の内心の疑問を見抜いたように、隣に立つミルが静かな声で補足をつける。


都市伝説のような噂は聞いた事がある。

――ダンジョン管理所が抱える、非公式の『対人』に特化した組織。

高階位の探索者を制圧する武力。

初めて実物を目にするが、それでは中央の少女は何なのだろう。


「このダンジョンへようこそ。私の名前はロレーヌ――このダンジョンの案内役としてこれからよろしくね」


少女は両手でドレスの裾をつまむような仕草を見せ、芝居がかった動作で大袈裟にお辞儀をして言葉を続ける。


「早速、この場所のルールの説明をするわね」


家長は事前に、作戦会議はダンジョンの縛りがあるため中に入ってからすると言っていた。


「これからこの船は、海を渡って合計三つの島を巡るわ。そして、それぞれの島には必ず一つずつ、強力な魔物が存在する」


ロレーヌは背後に広がる広大な海を指し示しながら、淡々と説明を続ける。


「一つの島の滞在時間は二十時間ピッタリ。そこから次の島への移動にかかる時間が四時間……合計二十四時間毎に、一つの島を進んでいくスケジュールよ」


ちなみに、初めのスタート地点から一つ目の島に到着するまでの時間も四時間かかるわ、と彼女はまるで旅行の添乗員のような口調で補足を入れた。


「つまり、あなたたちが最後の三つ目の島にたどり着く時は、ここからおよそ二日後になるわね」


何かを言おうと前に出かけた他の探索者を、ロレーヌは手で制して言葉を遮り、さらに続ける。


「疑問は分かるわ。あなた達の最終目的は、最後の三つ目の島にいる魔物を倒す事……とても簡単でしょ?」


その言葉に、探索者たちの間に明確な困惑が広がる。

ようやく、前列にいた探索者が代表するように手を上げる。

ロレーヌは嬉しそうに彼を指名して当てた。


「道中にある、二つの島のボスは倒さなくてもいいのか?」


男の至極真っ当な質問に対し、少女は満面の笑みを浮かべて頷いた。


「もちろんいいわ。このダンジョンは、最後のボスを倒せるかどうかが全てであり、それが最も重要なの」


そう言うと、少女は両手を広げてさらに続ける。


「あなた達人間が、ダンジョンの性質を『洞窟型』だとか『解放型』などと区別して呼んでいるのは知ってるわ。なら、このダンジョンは言うならば、そうね――」


ここで少女は初めて言葉を区切り、一呼吸おいてから、どこか楽しげに声を張り上げた。


「ツアー型よ」


うふふふと、無邪気に笑う少女の姿に俺は少し引きながら、おずおずと右手を上げる。

少女の視線がこちらを向き、当てられて発言権を貰った。


「ところで、あなたは誰なんですか?」


案内役を名乗り、この異常な空間のルールを熟知している存在。

俺が至極真っ当な疑問を投げかけると、少女は何でもない日常の会話をするかのように、あっさりとその正体を口にした。


「私? 私は()()よ――二日後、最後の島であなたたちと殺し合う。このダンジョンの最終目標よ」


その一言が放たれた瞬間。

広い甲板の空気が、一気に限界まで膨れ上がるのを感じた。

集められたのは、高階位の探索者ばかりだ。


目の前に最終目標がいるのなら、二日も待つ必要はない。今ここであの少女の首を刎ねて、ツアーを終わらせればいい。

誰もがそう考え、武器の柄に手をかけ、あるいは強力な遺物の発動に入ろうとした。

だが、これだけの高階位が密集している状況だ。下手に動いて他のチームと攻撃がかち合えば、互いにただでは済まない。


――そんな一瞬の躊躇を断ち切るように、殺気立つ探索者たちの正面へ飛び出して来たのは、黒いスーツを纏った老人と青年だった。


「この場は、私たちが仕切らせてもらいます」


よく通る声でそう言うと、青年は懐から手帳を取り出し、ダンジョン管理所の権限を示すロゴが入った分厚い紋章を高く掲げて見せた。


「まぁ、ちょっと待っとくれ。こいつへの攻撃は後回しにしてくれんか。今ここで全員が全力を出し合って戦えば、確実に被害が出る」


青年の隣に立つ、背の低い老人が冷静に探索者たちを制止させた。


「あとでチーム毎にちゃんと攻撃する時間を取るからの」


老人は間延びした穏やかな口調でそう言った。

背が低く、細身の体躯。

しかし、その動きや立ち振る舞いは素人目に見ても一級品だろう。


洗練された無駄のない所作。

それは、未知の魔物と泥臭く命のやり取りをしてきた我々のような『探索者』が持つ荒々しい空気感とは全く異なっている。

武人の持つ空気感だった。


「――じゃあ、しゅっぱーつ!」


当てられた殺気も何処へやら、ロレーヌは無邪気に号令をかけると、船は進み出す。


案内役が最終目標の魔物。

逃げ場のない客船で最悪の領域を巡る、二度目のAランクダンジョンが開始される。





ーーーー


『探索者に向かない探索者』と言う、身も蓋もない占いのようなものがある。

その最たる例として挙げられるのは、過去に何らかの格闘技をしていた人間である。


探索者の階位昇格に伴う身体能力の向上は、それまで培ってきた肉体の使い方の感覚や、血の滲むような反復練習による努力を容易く無碍にする。

対人能力を極限まで磨いた人間ほど、その感覚のズレに適応できず結果としてダンジョンでは成功しにくい。


以上が通説であるが、矛盾する事に第三階位への到達者は圧倒的に何らかの格闘技経験者が多いのが事実だ。

ではなぜ、そのような事が言われているのだろうか。


探索者の強さとは――。

ダンジョンで求められるのは生き残る生存能力であって、決して人と戦う力ではない。それが俺の明確な考えであった。

強さとは、必ずしも目の前の相手を正面から打倒しうる力ではない。

正直、人間同士の争いなど俺にとっては心底どうでもいい事だと思っている。


「最後になりましたが、アキさんですね」


甲板の柵に肘を置いて、眼下の海を静かに眺めていると、黒いスーツの青年が俺を呼びに来た。

仕立ての良いスーツの上からでもはっきりと分かるほどの、分厚く鍛え上げられた胸板だった。

まさに、対人能力を極限まで磨き上げた人間の体つきだ。


俺は青年に導かれるまま、甲板を降りて客船の一室へ向かう。


中に入るとそこは広い食堂のようになっていた。

熱線で黒く焦げた壁や、水浸しになった床、無惨に砕かれて部屋の隅に散乱しているテーブルや椅子の残骸。


俺が室内へ足を踏み入れると、背後で重い扉を閉める音がした。


「やけに萎えてるじゃない」


破壊の爪痕が残る部屋の中央。

無傷のまま立ち尽くし、俺を出迎えたロレーヌが不満げに言った。


「まぁ……楽しみにしていたプレゼントの箱を開けたらさ、実は全く別の物でしたって言われたら、こんな気持ちにもなるさ」


俺の嫌味を含んだ返答を聞いて、ロレーヌは少し不快そうに顔を歪めた。


「――で、あんたはやらないの?」


ロレーヌは両手を軽く広げ、攻撃してこないのかと促してくる。

俺は小さく息を吐き出した。


「無駄なんだろ?」


俺がここへ来る道中、すれ違った他のパーティーの連中は皆一様に、あの少女には()()()()()()()事を忌々しげにぼやいていた。

かつてあのレンの肉体に風穴を開けたミルの魔法ですら、彼女には傷一つ付けることができなかったらしい。


「少し話をしたい」


俺はそう言うと、散乱する残骸の中から奇跡的に無事だった椅子を一つ手元へ引き寄せ、深く体重を預けて座り込んだ。

そして、部屋の中央に立つ少女の目を真っ直ぐに見据えて、口を開く。


「裏切り者は誰なんだ?」


俺の唐突な一言に。

ロレーヌはほんのわずかだけ、片方の眉を跳ね上げた。


魔物であると自称するその存在が見せたのは。

実に、人間臭い仕草だった。








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