63
「え? 管理証に権限がない?」
寝耳に水とはこのことか。
集合時間までに余裕があった為、俺はいつもの通りに探索者専用の総合施設であるDCBへと足を運んでいた。
目的は一つ。先日の襲撃で叩き折られてしまったゴアデビルの杖の代わりを調達することだ。
しかし、高階位の探索者向け装備や遺物が取り扱われている専用フロアへ移動しようと管理証を提示したところ、警備の係員に進行を止められてしまったのだった。
「調べて欲しい。そんなわけない」
俺がそう食い下がると、係員は申し訳なさそうな顔をしながらも、インカムを使って上層部へ再度確認を取ってくれた。
だが、返ってきた答えは変わらず、再びフロアへの出入りを明確に断られてしまう。
自分の探索者としてのランクや権限が剥奪されるような心当たりは全くない。
信じられなかった俺はその場で家長へ電話をかけたが忙しく通じなかった。
仕方なく、俺はダンジョン管理所の竹村へ直接確認の連絡を入れることにした。
『いや、こっちのデータベースではアキさんの権限は普通に生きてますけどね。凍結や制限の履歴も一切ありませんよ』
業務中であったにも関わらず、竹村はすぐさま端末を叩いて調べてくれた。
異常がないという事実だけを確認し、俺は彼に礼を言って通話を切ると、忌々しい気分でDCBを後にする。
失ったゴアデビルの杖の代わりを探そうとわざわざ足を運んで来たというのに、とんだ無駄足である。
仕方がないので、俺は一般人でも入場可能で買い物ができる下層の食料品コーナーへと向かった。
手持ちが無くなってしまった保存食の類や、手軽にカロリーを摂取できるチョコレートバーなどをしっかりと買い揃えてから、俺は管理所へと帰還した。
「アキさんの今回の襲撃とも関係はありそうですね」
管理所へ戻ってから、俺は家長に対して、DCBで入場を拒否された今回の不可解な事情を事細かに話した。
俺の管理所の権限をロックしたと言うよりは、何者かがDCBという組織そのものに圧力をかけて、俺個人を出入り禁止に近い強引な処理で弾き出させている。
「そうですね。それにしても、犯行の手口に粗がありすぎるので、あまりこちらに隠す気がないように感じます」
俺が自身の推察を口にすると、家長は腕を組んだまま深く頷いた。
なんにせよ、俺の目的はダンジョンの攻略だけだ。
目の前に控えているAランクダンジョンから無事に生還して帰ってくる頃には、家長が動いてこの程度の小競り合いは解決しているだろうと彼の手腕を信頼してこの話題を切り上げた。
その後、俺は職員に案内されて新栄のダンジョン管理所の奥にある、厳重にロックされた会議室へと向かった。
扉を開けると、既に今回のAランクダンジョン攻略にあたるチームのメンバーは揃って来ているようだった。
俺は開けてくれた扉を潜り、室内へと足を踏み入れる。
入室と同時に、幾つもの鋭い視線を全身に浴びた。だが、その中には見知っている者の姿も確実に存在していた。
まず視線がぶつかったのは、壁際で静かにもたれかかっている、肩のラインで切り揃えられた特徴的な癖のある青髪の女性。ミルだ。
以前、同じくAランクダンジョンを攻略した、今や彼女一人となってしまった『メルトアの森』である。
ミルは未だに特定のパーティに所属することなく、ソロの探索者として活動を続けているらしい。
向こうが俺の姿に気がついて、まず小さく手を軽く振って来たので、俺も目立たないように軽く手を振り返しておく。
彼女がいるなら、これほど心強いことはない。
その次に目が合ったのは、部屋の片隅に陣取っている三人組のパーティーだった。
伊勢ダンジョンで出会った『要石』のメンバーたちだ。
たしか、『捻れ』と呼ばれていた背の高い魔法使いのような、深いフード付きのローブを被った男性。
以前会った時は、自身の身の丈ほどもある巨大な金槌を軽々と担いでいた、ピンクの髪の快活そうな女性。
そして、以前と変わらずに抱き抱えるようにして身の丈以上の長大な日本刀を持った、顎髭を蓄えた背の低い男性。
以前、仲間から社長と呼ばれていたその顎髭の男性はこちらの視線に気がつくと、親しげにニヤっと笑いかけてきた。
俺もすぐに彼らへ向けて会釈を返し、部屋の隅の適当な空きスペースへ入り込みながら、改めて周囲の状況を見渡す。
会議室とは言うものの、ここは長机などもなく、ただの殺風景な大部屋のようで、座るための椅子などは一つも用意されていない。
各々が自分の所属するチームごとに自然と固まり、武器の手入れをしたり、静かに目を閉じて集中を高めたりしているだけのようだ。
だが、その人数は俺の想定よりも遥かに多かった。
これら全てが、一斉に今回のダンジョンへ入るのか。
そんな疑問を抱いていると、部屋の前方に用意された小さな壇上に家長が上がった。
どうやら彼がそのままこの場の司会進行を務めるようだ。
「時間はまだですが、皆さん揃いましたかね」
家長のよく通る声が会議室に響き渡り、室内のざわめきが静まった。
「ありがとうございます。今回は総勢七チームが、この危険な指名依頼への参加を決意してくれました」
本当に感謝します、と家長が壇上で深々と頭を下げて言葉を続けている最中、俺の背後にある重厚な扉が勢いよく開かれた。
振り返ると、入り口の枠に頭をぶつけそうなほど巨大な、二メートルを超えるような長髪を一つに括った大男が足音を荒立てて入ってきた。
「すまん、想定より遅れた」
大男は家長の言葉を遮ることも意に介さず、そう短く言い放つなり、会場の中を歩き抜けて『要石』の面々の所へと合流した。
どうやら、彼も要石に所属する人間らしい。
そのまま家長の司会の元、各チームごとに前へ出て自己紹介とチーム名を言う流れとなった。
俺たちに事前に知らされている情報は極端に少ない。
今回入るAランクダンジョンは、その性質が非常に特殊らしく、外部での事前の作戦会議は一切行わずに、中へ入ってから詳細を説明するとのことである。
ダンジョン攻略の命綱とも言える作戦会議を、ダンジョン内部でやるのか。
当然の疑問が浮かんだが、家長の説明によれば、それはダンジョンそのもののルールによる縛りが原因らしい。
縛りにより対象となるダンジョンの情報を共有する事が制限されているのだという。
縛り、という概念の単語が出た時点で、俺は内心で深く警戒を強めた。
純粋な物理的脅威だけでなく、ルールや法則そのものを押し付けてくるようなダンジョンは、決まって一筋縄では行かない悪辣な構造をしている事がわかるからだ。
この場は、各々の名前とパーティー名を端的に述べるだけの自己紹介で終わった。
全員の自己紹介が終わり、張り詰めた空気が満ちる中、家長は早速右手の指をぱっちんと鳴らした。
それを合図にするように、大部屋の中央の空間が大きく歪み、漆黒の渦を巻く巨大なゲートが出現する。
「それでは、先ほど自己紹介をしていただいた順番から、中へ入って下さい」
先導する家長は、ゲートのすぐ近くに陣取っていたパーティーへ向けて声をかける。
だが、その静かな進行を遮るように、異様に明るく通る声を上げる者が居た。
「これはこれは、初めてお会いしますね。『太陽の檻』の太陽と申します。噂に聞く、要石の水龍さんで間違い無いでしょうか?」
やけに仰々しい芝居がかった口調でそう言うのは、先程一番最初に自己紹介をした、モデルのように整った顔立ちの青年であった。
太陽と名乗ったその男は、ゲートへ案内しようとする家長をわざわざ手で制止させると、ツカツカと気取った歩みで遅れてやって来た『要石』の大男――水龍へと声をかけたのだ。
「そうだが……」
急に距離を詰められた水龍は、自身が水龍であることを認めるものの、背の低い太陽から発せられる異様なほどの自己主張の圧に、やや引き気味の表情を見せている。
「今朝も、別のAランクダンジョンへソロで潜ったとお聞きしましたよ……まさか、たった一人で踏破を?」
「あぁ、まぁな」
太陽がわざとらしく周囲に聞こえるような大声でそう聞くと、水龍は面倒くさそうに短く肯定した。
その言葉に、室内の探索者たちの間にどよめきが走る。
「さすがですね! 他にもAランクダンジョンを既にクリアしたような凄腕のパーティーも居ますし、本当に心強い! 私は今回がAランクへの初の挑戦でして……是非とも、中では宜しくお願いしますよ」
太陽はそう言って、水龍の丸太のような大きな手を両手で取り、大袈裟に上下に振って握手をした。
そして水龍から手を離すと、今度は一直線に、迷いのない足取りで部屋の隅にいる俺の所へと向かってやって来た。
まさか、あの目立つ男が唐突に俺の所へ来るとは思わなかった。
目の前に対峙して間近で見下ろされると、そのイヤに面の良い完璧な笑顔が、見る者に無条件で好印象を与えるように作られているのがわかる。
要石の面々だけじゃなく、会議室にいる他の参加メンバーたちの視線も、一様に目立つ行動を取る太陽へと注目が集まっているのを感じた。
「アキさん。あなたもAランクダンジョンの踏破者の一人ですよね。この度は、是非ともよろしくお願い致します」
太陽は爽やかな笑みを崩さぬままそう言うと、俺に向けて左手をスッと差し出してきた。
断る理由もない。俺も無言のまま、彼の差し出した左手をすぐに握り返した。
直後。
ゴリゴリ、という硬い物が無惨に砕け散る不快な音が室内に響き渡り、床に水滴が落ちるような水音が響いた。
音の出所は、他でもない、太陽と固く握手をしている俺の左手であった。
「――おっと、これは失礼しました。まさか、第五階位にまで登り詰めておきながら、ここまで脆弱とは思わず。大変申し訳ございません」
太陽は眉一つ動かさず、心配するような声色を作りながらそう言うが、決して俺の左手は離さない。
握り込まれた彼の指の隙間へ圧壊した俺の手のひらから溢れ出した血がぼたぼたと流れ落ち、床を赤く汚している。
明らかな悪意。
周囲への自身の格付けの誇示と、俺への明確な敵意を持った暴力だった。
俺の左手のひらと指の骨は完全に砕け、脳を焼き切るような激痛が走っていた。
だが。
俺は顔を歪めることも、痛がって悲鳴を上げることもなかった。
ただ、完全に無表情のまま、目の前で薄ら笑いを浮かべる太陽の目を真っ直ぐに見つめ返し、彼という生物の構造を値踏みするように、冷徹に観察していた。
それに気がついた太陽は、貼り付けたような笑顔がほんのわずかに引き攣った。
「――俺が、マナーから教えてやろうか? 今まで一度もAランクダンジョンへ挑戦した事なかったんだろ?」
俺は割れた骨の感触を無視し、逆に太陽の手を握り返しながら至って冷静に返す。
俺から発せられる異常性に本能的な恐怖を覚えたのか。
太陽は屈辱に顔を歪ませ、弾かれたように自ら俺の手を離した。
「ええ……中では、よろしくお願いしますよ」
背中を向けて吐き捨てるようにそう言うと、太陽はそそくさと家長の待つゲートの方へ歩いていき、漆黒の渦の中へと姿を消した。
静まり返った室内で、ミルが心配そうにこちらへ歩み寄って来ようとする。
だが、それよりも早く、要石の社長と呼ばれていた長刀の男が、顎髭を触りながら悠然とした足取りで俺の目の前へとやって来た。
「治してやるよ」
社長は短い言葉と共に、赤い鞘に収まったままの自身の長刀を、血まみれでぐちゃぐちゃに潰れた俺の左手へ向けてトン、と軽く当てた。
――直後、俺の左手が猛烈な勢いで炎上した。
驚いて反射的に腕を振り払いそうになったが、燃え盛る赤い炎に包まれているにも関わらず、一切の熱を感じない。
それどころか、骨が砕けた激しい痛みまでもが大幅に緩和されていくのを感じた。
不思議な現象にそのままじっと待っていると、一分もしないうちに炎は自然と鎮火し、俺の左手は血の汚れすら消え去り、完全に無傷同然の状態へと修復されていた。
俺が軽く手を握り込んで完全に治癒していることを確かめ、社長に向けて短く礼を言うと、彼は何も言わずに片手を軽く挙げて応えた。
そして、自分たちのチームの順番が来たため、要石のメンバーを引き連れてゲートへと潜っていく。
俺は歩み寄ってきたミルに無事だというサインを送り、彼女がゲートへ入るのを見送った。
そして最後、ゲートの傍らで一連の騒動を心配そうに見つめていた家長に対して、問題ないという意思を込めて軽く笑いかける。
俺も深く息を吐き出し、最悪の領域へと繋がる漆黒のゲートを潜った。
────────
お読み頂きありがとうございます。
お気に召しましたら星やいいね、フォロー大変嬉しいです。
────────
お読み頂きありがとうございます。
お気に召しましたらブクマや評価、レビューなど大変嬉しいです。




