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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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俺は背後の茂みへ向けて即座に振り返り、手に溜めていた魔法を解き放つ。

万を超える数多の針が空間を埋め尽くし、茂みの奥の全てを串刺しにする。

人を殺すのに、あの龍光のような派手で大仰な魔法は必要ない。

逃げ場を潰し、対処不可能な数の暴力で制圧できる魔法であれば良いのだ。


手応えは確実だった。

直前まで、あいつが悪魔の召喚に失敗したとばかり思っていた。

だが実は、俺が杖を奪い取るよりコンマ数秒早く召喚を完了させており、この一瞬の死角からの奇襲のために温存していたのだと悟った。

だからこそ、最大の警戒をもって針を放ったのだ。


しかし、串刺しになった死体を見て俺の背筋が凍りついた。

茂みから崩れ落ちたのは、悪魔ではない。

ただの脆弱な魔物、ゴブリンであった。


――初めてか?

そう聞こえたような気がした。


俺の背後、完全に無防備な背中側から顔を歪ませて笑っているような気配がした。

既に距離は三メートルほどしかない。

初めの接敵時の意趣返し。

奇襲を仕掛けたつもりが完全に裏をかかれ、騙されていたのは俺の方だったのだ。


強引に俺は振り返る。

眼前の男の姿にふと、昔の記憶がフラッシュバックした。

まだ俺が純粋な探索者としてダンジョンに潜っていた頃に隣に居た、大切な相棒だ。


そいつはどんな初見殺しのような理不尽なダンジョンの罠にも、決して絶望せずに笑顔で赴き、何度も死にそうになりながらも決して諦めることをしなかった。

俺はそいつをイカれていると思った。

そして同時に、無敵なんだと信じていた。


こういう対応力を持った奴が、いずれ高階位と呼ばれる領域に登り詰めるのだと。

だが、そいつは呆気なく死んだ。


事前に分かるわけのないような悪辣な罠だった。どんな天才でも対応できるわけがないような、理不尽な死だった。


俺はお前を認める。

お前のような、どんな盤面からでも全てに対応して乗り越えようとする奴が、真の探索者と呼ばれる人種なんだろう。

ならば。

お前のその全ての足掻きを超えれば、俺はあの相棒を超えられる。乗り越える事ができる。


あいつが次に出してくるのは、最初の防御に使ったあの黒いゴーレムのはずだ。

俺はそのゴーレムの一撃を掻い潜り、無防備な本体に一撃を喰らわせるだけでいい。


何も、変わらない。

俺は気合いを込める為に獣のような雄叫びを上げながら、長剣を召喚して握り込み、男へと正面から向かい合う。


既に男の周囲に黒い霧が顕現し、新たな召喚獣が形を成していた。

現れたのは俺が予想していた鈍重な岩の巨人ではなかった。


漆黒の鎧を纏った五体の黒薔薇の騎士達であった。


振り返り崩れた体勢のまま、俺は叫んだ。

全く問題ないッ。


初速の勢いのまま、一番手前にいた騎士の剣を弾く。一合。

続く二体目の斬撃を身を捩って躱し、反撃の刃を打ち込む。二合。

いける。

だが、三合目。

致命的な隙を突こうと踏み込んだ瞬間、騎士の鎧から伸びた半透明のイバラが俺の長剣に絡みつき、動きを完全に封じ込めた。


自由を奪われたわずかな一瞬。

長剣が俺の腹部を深々と貫いていた。

鉄の冷たさと熱い激痛が走り、口から血を吐き出す。


「あれ? 舌治ってるな」


男は自身の顎をさすって平然と言い放った。


「危なかったよ、ようやく意識を外してくれた」

男は感心したように続ける。


「雇い主を言うなら、治療してやるぞ」


腹部から血を流す俺に向けて、男は取引を持ちかけてくる。

突き刺さったまま動かない長剣の柄を、俺は震える両手でしっかりと握りしめた。

嘘を言うな。

治療できるような遺物を持っているなら、さっき俺が舌を切った時に使用する素振りを見せたはずだ。


「……俺は――」


口から血を出してゆっくりと体を後退させ、自身の腹部から強引に長剣を引き抜く。

地面に倒れ伏す直前に脳裏に浮かんだのは、かつての相棒への尊敬の念だった。

俺はやっぱり、お前を超える事はできなかったよ。


視界が黒く塗りつぶされ、俺は意識を手放した。



ーーーー


腹から大量の血を流して倒れ込んだ男の傷口へ、黒薔薇の騎士団のイバラを使って強引に縫合処置を施す。

そんな細かいことが召喚獣にできるのかと疑問だったが、俺の意志に呼応して、黒薔薇は傷口を塞ぐように機能してくれた。


咄嗟に騎士に命じて急所は外させたはずだが倒れる前に吐血していたので、内臓のどこかを掠ってしまったのだろうか。


俺はそもそも、ダンジョンに潜る探索者だ。

生身の人間と血みどろのやり合いをするのはごめんだし、ましてや人殺しをするのは嫌だ。

ただ、この男の命を助けるのには理由があった。


こいつは恐らく、これまで人を殺した事がない。

襲撃の瞬間から最後まで、こいつには人間を確実に殺害するという冷徹な殺意が欠けていたように思える。


根っからの悪人というわけでもないのだろう。

だから、ここで見捨てて死なすほどの事ではないと判断した。


悠長にしている暇はない。

黒薔薇の騎士団の持続時間は666秒。

今からすぐに出口を見つけて脱出しないと、騎士団が霧散して消えるのと同時に、男の傷口を縫合している薔薇も消滅してしまう。

傷口が開けば、次こそ確実に失血死する。


俺は倒れた男を森林狼の背に乗せ、すぐに全力で脱出口を探して外へ出た。


走りながら、男とのやり取りを思い出す。

俺の舌が突然切り落とされたのは、遺物による幻覚のようであった。


【媒体:指輪】

効果:声を聞かせた者へ幻覚を見せる。幻覚は声をより聞かせた方が、痛みや感覚が鮮明なものとなる。


俺が手に入れたなら迷わずハズレ認定をするような、探索には使えない遺物であった。


空間の揺らぎを抜け外に出ると、そこは伊勢ダンジョンから程近い未登録の小さなダンジョンだったらしい。


すぐに俺は近くのダンジョン管理所へ連絡し、保護を要請する。

彼らの手配した医療班には本物の治療用の遺物もあるとのことだった。これでこの男が死ぬことはないだろう。


事情聴取の際、俺はこの一件を殺人未遂ではなく、ダンジョン内での単なる暴行として扱ってもらう事にした。


第四階位。それがこいつの正確な階位であった。

強化により引き上げられた黒薔薇の騎士団を相手に見せた、あの洗練された立ち回り。


結果として三合で決着はついたが、もし初めから魔物を殺す時のような本気の殺意で剣を振るっていたならば、結果がどうなっていたかはわからない。

あいつは結局、人間ではなく魔物に対してだけ本気を出した男だったのだ。


決していい奴とは言わないが、根っからの悪い探索者ではないのではと、そう思った。


不意打ちで受けた最初の蹴りのダメージは想像以上に深く、骨が折れていたようで俺もそのまま病院へと入院することになった。


病院のベッドで退屈な時間を過ごし、無事に退院して家長に正式に召集されたのは、それから間もなくの事であった。


「黒幕が誰か分かっていないが、いいのかい?」

襲撃犯の男はまだ目を覚ましていないらしく、家長は依頼主についてそう言ったが、俺はもう別にどうでもよかった。


今回の襲撃で分かった事。

奴は俺を第四階位だと認識し、俺の特性まで把握していた。

何より、市販で買ったゴアデビルを異常に警戒していた。


この三点から推測するに、情報が漏れた出処はおそらく管理所だろう。


「家長さん、自分の本業はダンジョンなので……後の調査はよろしくお願いします」


それよりもAランクダンジョンだ。

俺はいよいよ、国からの極秘指名依頼である最悪の領域への二度目の挑戦をするのだから。




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