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「ありゃ? あんなもんを渡した記憶はないぞ」
独り言のように聞こえた声のする方へ目を向けると、天井が歪み、そこから顔だけを覗かせたデラボネアがいた。
眼下で暴れ回る黒薔薇の守護者を見下ろして、ひどく感心したような表情を浮かべている。
「ヒヨリさんとトリノさんに強化してもらいまして」
俺が事実を告げると、デラボネアは愉快そうに笑った。
「懐かしい名前だな」
一言、過去を噛み締めるようにつぶやき「じゃ、あとはよろしくな」と、それだけ言い残しデラボネアは再び天井の奥へと潜って消えていった。
期待に応えようじゃないか。
灰流鳥の背から眼下を見下ろせば、黒石の巨人をベースに変異した『守護者』が、自身と同じぐらいの体躯を持つ巨大なワニの顎を正面からかち上げていた。
凄まじい水飛沫が上がり、空間が揺れる。
さらに遺跡の奥からは武装したシーナイトがゾロゾロと湧き出してくる。
シーナイトの群れの中に、一際巨大な個体が混ざっているのが見えた。
豪華な装飾が施された鎧を纏い、手には禍々しい長槍を握っている。
どう見ても親玉だ。
ダンジョンにおいて、ボスが複数存在するタイプは決して珍しくはない。
先ほどの巨大ワニと、あのシーナイトの強化個体――シーキングとでも呼称しようか。
俺の存在に気がついたシーキングは、苛立たしげに腕を振り上げ、周囲のシーナイトたちに空を指し示した。
ボスの指示を受けたシーナイトの弓兵部隊が一斉に弦を引き絞り、空中にいる俺へ向けて大量の矢を射掛けてくる。
雨のように降り注ぐ矢の軌道。
――空からは近づけない。
灰流鳥の巨体では的が大きすぎるし、無駄な被弾は避けるべきだ。
俺は灰流鳥に命じて距離を離して降下し、遺跡の端、敵の射程外となる安全な地面へと降り立った。
右手側の戦場では、守護者が群がるワニどもを相手に大立ち回りを演じている。
そして左手側からは、無傷のシーキングが率いる軍勢が、地響きを立てながらこちらへ向かって進軍してきていた。
――全力戦闘だ。
俺は拳を握りしめて指輪に意識を集中させる。
背後から、光を遮るほどの巨大な影が落ちた。
轟く咆哮。
顕現した蝕燐竜は、丸太のように太い後ろ足で地を蹴り砕き、シーナイトの軍勢へと単騎で突撃していく。
それに少し遅れるようにして、五体の黒薔薇の騎士団が虚空から現れた。
背負った身の丈ほどの大剣を抜き放ち、全身の鎧に黒い薔薇の蔦を這わせながら、弾かれたように前線へと駆け出していく。
先陣を切った蝕燐竜が、シーナイトの軍勢と正面から激突する。
第五階位相当の圧倒的な質量が、前列の盾兵を紙切れのように吹き飛ばした。
さらに竜は、黒をぶちまけたような粘着質の黒炎――侵蝕する炎を吐き出し、数多のシーナイトを燃やし、その肉体を根源から崩壊させていく。
開いた穴に、狂戦士と化した騎士団が雪崩れ込む。
一個人が無双の働きを見せ、雑兵を切り伏せるが如く、第四階位であるはずのシーナイトたちを大剣で次々と両断し、殺戮していく。
左の戦線が安定したのを確認し、俺は右手の戦場へと意識を向ける。
群がる巨大なワニのような魔物を相手にしている守護者。
元の黒石の巨人からどれほど強化されているのか、その真価を確かめる時だ。
「お前の本気を見せてみろ」
俺の求めに応じるように、守護者は大きく一歩を踏み込み、岩盤のような右拳を背後へと振りかぶった。
直後、その巨大な拳に半透明の黒薔薇の蔦が幾重にも巻き付き、分厚く覆っていく。
それはまるで、棘の付いた黒いスパイクハンマーのような凶悪な形状へと変化した。
守護者はその拳を、迫り来る巨大ワニの頭部へ向けて容赦なく叩きつけた。
黒い衝撃が空間を走る。
衝突の瞬間、半透明の黒薔薇の花びらがあたり一面に美しく舞い散った。
本来の巨人の破壊力すらも遥かに凌駕するその一撃を受けた魔物は、自身の莫大な質量を維持することすらできず、一瞬にして大量の肉片へと変換され、四方八方へと撒き散らされた。
即死。
文字通りの粉砕だった。
破壊力は十分以上。
ダンジョンにおいて、相性というのは非常に重要な要素となる。
数多の高難易度ダンジョンを踏破してきた実力派である紅蓮人が、あるダンジョンであっさりと全滅したように。
俺自身も、たった一羽の黒煙鳥を見逃しただけで追い詰められたように。
戦術と手札。それが全てだ。
「上の警戒を怠ると痛い目みるぞ」
俺は前方の視線の先、軍勢の後方で指揮を執っているシーキングへと向けて、聞こえるはずもない忠告を口にする。
シーキングは自軍を蹂躙する蝕燐竜を最大の脅威と認識したのか、自身の持つ長槍を掲げ、何らかの強力な攻撃を放とうとしていた。
直後、シーキングの足元の地面が突如として爆ぜた。
下から生え出た大木のような白い杭が、シーキングの強固な鎧ごと全身を串刺しに貫く。
足元からの奇襲。
灰流鳥の放つ残火の効果によって内部から焼き尽くされ、シーキングは絶命し崩れ落ちた。
親玉の死によって統率を失ったシーナイトの軍勢は、もはや烏合の衆に過ぎない。
右の戦場を制圧した守護者が、蝕燐竜と騎士団のいる左の戦場へと合流する。
強大な質量による殲滅戦。
ボーナス部屋での圧倒的な蹂躙劇は、間もなく終幕を迎えた。
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