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俺は手に入れたばかりのお椀型の土器から対象となる効果を抽出し、自身のスロットへと装備した。
脳の奥底で目に見えない歯車が噛み合うような確かな感覚が走る。
これで第四階位へ昇格して以来、ずっと持て余していた空きスロットがようやく埋まった。
――灰流鳥。
たしか数十年前、九州の南端に位置する鹿児島のダンジョンで初めて存在が確認された特殊な魔物だ。
この魔物は当初、国が定めた脅威度において第三階位に区分されていた。
だがその後、ある特異な性質が判明したことで第四階位への格上げが行われた。
探索者の間でも知れ渡っている稀有な昇格例であるため、俺の記憶の引き出しにもしっかりと保管されていた。
その特異な性質とは、強力な魔法耐性である。
自分に向けられた魔法攻撃を文字通り『受け流す』ことができるのだ。
一方で受け流せないような攻撃にはめっぽう弱く、一度でも重い一撃を貰えば容易く墜落する極端な弱点も併せ持っている。
攻撃性能自体も、決して単体で戦局をひっくり返すほど強力とは言えない。
だが、ゴアデビルや俺が騎乗する黒馬のように魔法を行使できる貴重な魔物でもある。
俺は灰流鳥を三体召喚した。
空間が歪み、視界が灰色の羽毛で満たされる。
俺の保有する特性によって階位が一段階昇格した姿で現れたその鳥は、元の記録にある姿よりも遥かに巨大化していた。
大柄な馬と同等の体躯を持ち、背中には大人二人が跨れそうなほどの面積がある。
全身を覆う灰色の羽毛は滑らかで、頭頂部から首すじにかけては漆黒のトサカが冠のように流れていた。
三体の巨鳥が一斉に羽ばたき、上空へと舞い上がる。
その巨大な翼が空気を叩きつける視覚的な圧力に反して、俺の頬を撫でる風は不気味なほどに穏やかだった。
鳥が空を飛ぶための運動力学に則って飛翔しているわけではないのだろう。
その飛翔の軌跡をなぞるように、灰のような物体が静かに舞い落ちてくる。
雪のように空を舞うその物質こそが「灰流鳥」という名前の由来であり、この魔物の脅威度を第三階位から第四階位へと押し上げた最大の要因でもあった。
性能を確かめるための魔物を探す。
ちょうど都合よく、遠方の芝生を焦がしながら徘徊している火焔土器の姿が見えた。
俺は上空を旋回する三体の灰流鳥へ意識を向け、火焔土器へと飛ばす。
接近を感知した火焔土器が、猛烈な炎の塊を上空へと撃ち放った。
黒石の巨人であれば、その硬質な岩の体で難なく無効化して歩みを進められる程度の攻撃だ。
だが、俺の手持ちの召喚獣の中でその実体を伴う高熱を無傷で受け止められるのもその巨人のみである。
普通なら回避行動を取らせる場面だが、俺は灰流鳥にわざと攻撃を行わせず、回避も禁じて真っ向から炎の弾を被弾させた。
燃え盛る火球が、先頭を飛ぶ灰流鳥の胴体を正確に捉えるが、肉を焼き焦がす凄惨な結果は訪れなかった。
炎は灰流鳥の体表面にぶつかった瞬間、まるで幻影を通り抜けるかのように急速に熱量を失い、鳥の背後へと霧散して消え去った。
直後、遠くの空を飛ぶ灰流鳥が残した軌跡――宙を舞う灰の群れが、赤熱する炎を吸い込んだように夜空の星のごとく輝き始める。
灰流鳥は自身に向けられた魔法を、背後に撒き散らす灰へと受け流し、無効化したのだ。
当時、明確な魔法耐性を持つ魔物の発見例は極めて少なく、この事象が確認された時は探索者界隈が騒然としたと聞く。
防御性能の確認を終えた俺は、遠方から次なる指示を出した。
反撃の許可。
空中を悠然と旋回していた三匹の鳥が、一斉に下方の火焔土器へと鋭い視線を向ける。
直後、火焔土器の足元の芝生を突き破り、純白の杭が数本同時に跳ね上がった。
それは元の灰流鳥が使うとされる魔法の規模を遥かに凌駕していた。
大木の幹ほどもある太く鋭利な白杭が、硬質なはずの火焔土器の胴体を容易く貫き、そのまま地面へと縫い留める。
抵抗を封じられた火焔土器を中心に、周囲の瑞々しい芝生が一気に変色し、燃え上がり始めた。
初めは、火焔土器自身が発する炎が引火したのかと思った。
だが、視界に映る現象はそうではない。
白い杭から放たれる異常な熱量が、周囲の空間そのものを焦がしているのだ。
燃え上がった芝生は瞬く間に灰へと変わり、空へ舞い上がる。
灰で真っ白に染まった大地の奥底には、マグマのように赤く色づいた灼熱の層が形成されていた。
残火。
純白の杭に縫い留められた火焔土器たちが、熱に耐えきれずに次々と内部から崩壊を始める。
素焼きの陶器が限界を超えた熱を浴びてひび割れるように、崩れ落ちていく。
常に自らの体を燃やし続けている火焔土器を、内側からさらに燃やし尽くして粉砕するほどの火力だった。
俺はそのまま何体かの魔物を残火で跡形もなく消し炭にすると、この新たな戦力の性能に満足して深く頷いた。
戦力の確認と昇格への糧を拾い集めながら海辺の芝生を進む。
やがて俺の目の前に、天を貫くようにそびえ立つ巨大な構造物が姿を現した。
空の彼方、遥か上空の雲にまで届くような巨大な螺旋階段。
二階層への入り口である。
この伊勢ダンジョンは地下深くへと潜っていくタイプではなく、上層へと向かって登っていく構造をしており、一層上がるごとに必ずボス級の魔物が出現する。
俺は黒馬の手綱を引き直し、天空へと続く果てしない階段に向けて静かに歩みを進めた。




