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そこで彼らは見た。
轟音が響き、絶え間なく戦闘音が反響する。
救助隊が到着したのかは定かではないが、少なくとも自分たち以外の誰かがこのフロアで大規模な戦闘を行っていることは断定できた。
第四階位であるリーダーが所持する『不可視』の魔法が使用出来る遺物。
その遺物によって、彼らは辛うじて透明化し、魔物の目から逃れていた。
しかし、唯一の帰り道である通路は、今や八つ裂き百足と毒蟲の巣窟となり、撤退は不可能だった。
不可視の魔法は視覚に頼る生物には有効だが、熱や振動、フェロモンを探知する虫には効き目が薄い。
一歩でも踏み出せば、八つ裂き百足の群れに感知され、文字通り八つ裂きにされるだろう。
進むも地獄、戻るも地獄。
八方塞がりの中で、彼らは轟音の正体を確かめるべく、ダンジョンの黒いレンガが穿たれた穴の奥へと慎重に進んだ。
そこで彼らは目撃した。
見たこともない異形の魔物たちに囲まれるようにして、一人の男が立っている姿を。
その男の傍らには、両手を突き出した悪魔が控えている。
向けられた先には、地面に無様に倒れ、立ち上がろうとしているあの蛙――彼らを壊滅寸前まで追いやった元凶がいた。
瞬間、龍光。
暴力的なまでの光の奔流が、蛙の上半身を消し飛ばした。
一撃だった。
あの悪夢のような蛙が、抵抗すら許されず塵となった。
男の周囲を固める戦力も異常だった。
肩口に黒薔薇の装飾を施した、威圧的な黒い巨人が周囲を警戒している。
足元には泥のような不定形の悪魔が蠢き、背後には見たこともないほど筋骨隆々なゴブリンが控えている。
さらに後方では、規格外の大きさを誇る白銀の狼と、奇妙な仮面を被った使い魔たちが、傷ついた仲間をテキパキと介抱していた。
明らかに、ユニーク遺物を多数所持した第五階位以上の実力者。
俺たちを助けに来てくれたのだと直感した。
だが、安堵は一瞬で凍りついた。
蛙の死体から魔石を回収しようとした悪魔が、唐突に首を斬られ地に伏したのだ。
そして現れたのは、生物としての格が違いすぎる魔物。
紫色の甲冑を纏った首なし騎士。
その圧倒的なプレッシャーに、俺たちは息を呑み、その場から動けなくなった。
第四階位である俺でさえ金縛りにあったかのように竦んでしまう。後ろのメンバーに至っては、恐怖で意識を保つのがやっとだろう。
絶望が支配しかけたその時、男が動いた。
空間を裂いて現れたのは、暴力の化身とも言える漆黒の竜。
あんなもの、人間が勝てるわけがない。
俺は第三階位を超え、第四階位に至った時、「人を超えた」と思った。
だがそれは思い上がりだった。
単純な戦闘力だけでは蛙の奇襲性に勝てず、仲間を一人失ったと思っていたし奴は姑息だったと、自分を慰めていた。
しかし目の前の化け物はなんだ。
小細工など必要としない、純粋な破壊の権化。
その身の毛もよだつような咆哮は、騎士よりもよっぽど生物としての本能的な恐怖を呼び起こす。
――――
蝕燐竜は目を血走らせ、殺意の塊となって騎士に激突した。
衝突の瞬間、騎士の体から青い炎が血飛沫のように大量に撒き散らされる。
だが、押し勝ったのは蝕燐竜であった。
生物としての質量、そして突進の運動エネルギーが違いすぎる。
騎士は吹き飛ばされ、更に壁際に叩きつけられた。
レンガが砕け、そこでも騎士は青い炎を激しく噴き出す。
中空に撒き散らされた青い炎は蝕燐竜にも降りかかり、その漆黒の皮膚を焼いている。
だが蝕燐竜は一切気にする素振りを見せない。
元々召喚獣は痛みを感じないが、それとは別に単純な耐性の高さもあるのだろう。
いけるな。
俺は確信を持って蝕燐竜に次なる指示を出す。
その魔物の名前の由来となったのは、対象を侵蝕する炎を口から吐き出す特性にある。
その炎は火力こそ低い特殊な性質を持つが、本来燃えにくい遺物や無機物にも着火し、じわじわと燃え広がり崩壊させる。
蝕燐竜の背中の棘が、一層強く燐光を放ち始めた。
大きく開かれた顎。
そこから吐き出されたのは、元になった蝕燐竜の出す炎よりも更にドス黒く変色した、闇だった。
空中に黒の絵の具をぶちまけたように、不規則に、そして立体的に広がる。
それは炎が燃え広がる物理的な動きではない。
何か、もっと根源的で、まずいモノがこの世に吐き出されたように感じる。
空間そのものを汚染するかのような黒い炎は、壁際の騎士に容赦なく降り注いだ。
騎士が、声なき絶叫を上げるように身をよじる。
鎧が、肉体が、そして周囲のレンガすらも、黒い炎に侵蝕され、ボロボロと崩れ落ちていく。
燃やすのではなく、存在を喰らい尽くす炎。
騎士は黒い炎に巻かれ、苦悶にのたうち回るが、炎は決して消えない。
やがて動きが鈍った騎士を、蝕燐竜は太い首を伸ばして口に咥えた。
バリバリ、と硬質な音を立てて噛み砕く。
鎧ごと粉砕された騎士は青い残火を溢しながら動かなくなり、その場には静寂だけが残された。
鎧の隙間から竜の足元に拳大の魔石が転がる。
レンの魔石よりも一回りは小さい物だ。
俺はそこでようやく竜を回収する。
巨大な竜は満足げに鼻を鳴らし、黒い霧となって消え去った。
横の入り口に向かって、待機させていた森林狼が吠えており目を向ける。
そこには、呆然と立ち尽くす数人の人影があった。
恐らく探していたパーティーメンバーだろう。
これで全員と合流できた。
指名依頼は成功だ。




