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俺は繋がりが途絶えていた赫竜、灰流鳥、そしてバルガロンの感覚が戻るのを確認した。
三体同時に接続が復帰する。
先ほどまでの完全な断絶が嘘のように、召喚獣たちのおおよその位置と状態が脳内に流れ込んできた。
目の前で立ち尽くしているバルガロンが嗤っていた。
その手元をよく見ると、黒い鎖を握っていた。
見覚えのない鎖だ。
バルガロンの魔法は黒い矢と龍光のはずだが、鎖など使った所を見た事はない。
そのまま鎖の繋がった先を目線で辿ると、先ほどまでヒナと騎士団が攻撃を通せず苦戦していた芋虫のような赤ん坊の魔物へと繋がっていた。
赤ん坊は既に動いていない。あの巨大な単眼は潰れ、複数の腕は全て付け根からちぎれ落ちている。
「知らない魔法だな」
鎖を使ってこの魔物を殺したのか。
召喚魔法は奥が深い。
高階位の召喚獣になるほど知能が高くなる傾向にある。
細かく指示を出さずに、端的に命じた方が良い結果に繋がりやすいのは重々承知していたつもりだった。
それでも、召喚獣のポテンシャルを全て引き出せていなかったのだろう。
バルガロンは独力でここまで辿り着き、魔物を単独で仕留めた。
この悪魔の知能と判断力は、俺が考えていたよりも遥かに高い。
俺はその場でバルガロン以外の召喚獣を一度回収した。
遠方に展開していた赫竜も灰流鳥も問題なく回収できている。
繋がりが完全に復旧した証拠だ。
バルガロンだけをそのまま引き連れて、赤ん坊の魔物の死体へと向かう。
ゴブリンを召喚して魔石を剥ぎ取らせるつもりだったが、それよりも早くバルガロンが動いた。
手元の黒い鎖を、一気に引っ張る。
金属が床を擦る重い音が広間に響き渡り、赤ん坊の胴体に食い込んでいた鎖の先が、肉の内側から大きな魔石が赤い肉片を纏ったまま転がり出てきた。
だが、引きずり出されたのは魔石だけではなかった。
魔石と共に転がり出た金色の光に、俺よりも先に反応した者がいた。
「おぉ! それは!」
デラボネアだった。
短い脚で駆け出し、赤ん坊の死体の傍に膝をつく。
水掻きのある手が拾い上げたのは、掌に収まる程度の大きさの金色の杯だった。
表面に細かな装飾が施されており、デラボネアの手の中で、杯は薄く光を帯びている。
探していた物。
デラボネアがずっと追い求めていた遺物が、今、手の中にある。
デラボネアは杯を抱えたまま、こちらに背中を向けて動かなくなった。
俺とヒナは視線を交わした。
ヒナが先に、デラボネアの背中へ声をかける。
「デラちゃん、よかったね。ようやくお目当てのものが出てきて」
ヒナは前に回り込んでデラボネアの顔を覗き込んだ。
一瞬だけ表情を強張らせた後、口元をきゅっと結んでこちらを見やる。
少し苦い顔をしているヒナを見て、俺はお目当ての遺物が違っていたのだろうと思った。
何度も期待を裏切られてきた商人が、また肩を落としている。そういう状況だと。
「まぁ、今回も違っていても、また一緒に探しましょうよ」
だが、デラボネアから返ってきた言葉は、俺の予想とは違っていた。
「いや、あっちょる」
声が震えている。
「わかっとるつもりだったんじゃ、ちゃんとな……ワシが探しちょる遺物はこれで間違いない。……わかっとったんじゃ」
デラボネアがゆっくりとこちらを向いた。
顔を歪ませ、目から涙を零しながら、俺へと杯を差し出す。
「――ワシら、召喚獣は、遺物を使えん事はな」
差し出された杯に触れる。
情報が流れ込んでくる。
【媒体:金色の杯】
効果:遺物を強化する。
「最後に……」
デラボネアは涙を拭い、息を整えてから続けた。
「ワシの主は『自由に生きて』と言った。ワシはその言葉を考えて、考えて、考えて……出した結論じゃった。主のような『人間』になりたいとな」
遺物の強化。
すなわち、自分自身である遺物を強化しようとしたのか。
デラボネアは召喚獣だ。遺物によって形を与えられた存在だ。
その遺物を強化すれば、人間に近づけるかもしれないと、そう考えたのだろう。
だが、召喚獣は遺物を使えない。
探し出すことはできても、手に取ることはできても、その効果を発動する事だけは永遠にできない。
自分では使えないと、最初から分かっていた。
それでも探さずにいられなかった。
見つけたかった。
見つけて、この手で触れて、確かめたかった。
自分が追い求めた夢の形を、この目で見届けたかったのだろう。
「その……デラボネアさんが良ければ。俺がデラボネアさんを召喚して、強化しましょうか?」
デラボネアは静かに首を振った。
「アキ、気持ちはありがたいが、それではダメなのだ」
穏やかだが、迷いのない声だった。
「ワシも、ヒヨリも、トリノも、元は同じ主の遺物じゃった。主が召喚したからワシらに明確な自我と知能が宿ったんじゃ」
デラボネアの召喚主である人間の特性。
俺の特性が『召喚生物の元々の階位を一段階上げる』ように、その人物は『知能を与える』や『自我を宿す』といったものを持っていたのだろう。
そしてヒヨリもトリノも、同じ主の召喚獣だった。
何らかの手段で遺物を強化出来るヒヨリを間近で見てきたからこそ、遺物を強化する遺物を探すという発想に至ったのかもしれない。
仲間の能力を見て、自分にもできるかもしれないと思ったのだろうか。
「すみません、軽率に……」
「いいんじゃ、ありがとなアキ」
デラボネアは無理矢理のように笑った。
涙の跡が残る顔で、それでも笑おうとしている。
「その遺物はそちらへ譲渡する。お嬢さんとアキ、どちらかが使えば良い」
俺はヒナに目を向けた。
ヒナは静かに首を振る。
「私はもう、デラちゃんから二つ貰ってる」
踏空の遺物と身体能力の遺物。
これ以上は受け取れないという意思だった。
「ありがとう」
俺はデラボネアとヒナ、両方に向けてその言葉を口にした。
手の中の金色の杯に意識を向ける。
杯の表面に刻まれた装飾が光を帯び始めた。
縁から細かな亀裂が走り、崩れるように形を失っていく。
金色の粒子が手の中から零れ落ちた。
その光は散らばることなく、導かれるようにして俺の手首へと向かう。
俺はてっきり、以前使用したスロットの効果を強化する遺物のように対象を選べるのかと思っていたが光は俺の意思など一切聞かなかった。
黒い腕輪。
黒薔薇の守護者の遺物が、待っていたかのように金色の光を吸い込んでいった。
杯の力が、最も強化を求めている遺物へと自ら流れていったように見える。
理屈はわからない。だが、腕輪が変質していくのを確かに感じ取れた。
情報が書き換わる。
【媒体:黒い腕輪】
効果:黒薔薇の守護者『ヴィジルローゼ』を召喚する。
ヴィジルローゼ。
守護者に、名前がついた。
今まで「黒薔薇の守護者」としか認識されていなかった召喚獣に、固有の名が与えられている。
俺はデラボネアの顔を見た。
半魚人の目は穏やかだった。
泣いた跡が残っているが、その奥にある感情は不思議と穏やかに見えた。
自分では使えない遺物を、人間に託した。
それが、デラボネアなりの答えだったのかもしれない。
「デラボネアさん」
俺は呼びかけた。
「この力は、大切に使います」
デラボネアは何も答えなかった。
ただ水掻きのある手で、一度だけ目元を拭った。
「叶うのならばアキ、お前は死なんでくれ」
デラボネアはしっかりとそういった。
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