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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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産まれ落ちるその魔物には見覚えがあった。


三本の足。五本の腕。顔のない、滑らかな曲面だけの頭部。

体表を覆う粘液のような光沢。


「キモ!」


ヒナの率直な感想が空間に響いた。

同感だった。


魔物はウネウネと動き出す。

肉の蕾から這い出るように床に落ち、三本の脚で不安定に立ち上がる。


一体ではなかった。

天井に張り巡らされた肉のツタの至る所で蕾が裂け、次々と同じ魔物が産み落とされていく。

五体、十体、まだ増える。


つい先日のダンジョンでの異変調査。

水没したあのダンジョンの神殿で、フジツボから産まれてきた得体の知れない魔物に酷似していた。

あの時はバルガロンの黒い矢で一掃したが、全く別のダンジョンに同じ魔物がいる。


「何じゃあの魔物は」


デラボネアからも困惑の声が漏れる。

デラボネアですら知らない魔物だということだ。

この半魚人はダンジョン間を渡り歩き、俺よりも遥かに多くの魔物を見てきているはず。それでも知らない。


似た魔物の亜種がたまたま別のダンジョンに出現することや、同一の魔物が異なるダンジョンに生息していることはよくある。

だが俺は、この魔物に作為めいたものを感じていた。

二つの全く関係のないダンジョンに、同じ未知の魔物がいる。

偶然ではない気がする。


だが今はそれを考えている場合ではなかった。


「――殺せ。全部だ」


俺は騎士団へ指示を出した。


五体の騎士が散り散りに駆け出す。

強化された長剣が一閃するたびに、魔物が両断されて崩れ落ちる。

以前の騎士団なら手こずった肉密度の高い体表も、今の長剣なら一太刀で切り裂ける。

黒薔薇の剣による強化が、明確に戦闘力の底上げとして機能していた。


「きんもいな〜、もぉ〜」


ヒナはそう言うと踏空を使って跳躍し、天井に張り付いた肉の花を潰しにかかった。

元を絶つ判断は正しい。

産まれてくる魔物をいくら殺しても、蕾が咲き続ける限り際限がない。


大槌が天井の肉の花に叩きつけられた。

想像を絶する膂力から放たれた一撃。

だが、肉の花ははち切れんばかりに揺れただけだった。

潰れていない。衝撃を吸収するように弾力で耐えている。


「何だコイツ!」


ヒナが驚いた声を上げた直後、落下する体に向かって肉のツタが襲いかかった。

壁面を這っていたツタが鞭のようにしなり、空中のヒナを捉えようとする。


ヒナは空中で大槌を盾にしてガードした。

だが受け止めた衝撃は予想以上だったらしく、そのままの勢いで壁に吹き飛ばされた。

石壁が砕け、瓦礫がヒナの体を埋める。


だが俺はヒナが壁に激突する瞬間、黒い眼帯を外すのを見逃さなかった。

金色の瞳が一瞬だけ光っていた。

ヒナは大丈夫だ。


自分の周囲に意識を戻す。


得体の知れない魔物を切り倒していく騎士団に、肉のツタが襲いかかる。

だがツタは騎士団の長剣で即座に切り落とされ、ダメージを与えることはできていない。

騎士団は問題なく制圧を続けている。


問題は俺自身だった。


壁面から伸びた肉のツタが、俺に向かって殺到してくる。

守護者を召喚して壁にした。

巨大な体がツタの群れを受け止める。


――守護者では足りない。

ツタの数が多すぎる。四方から伸びてくる肉の触手を、一体の守護者だけではこのまま全てを防ぎきれないだろう。


騎士団を一体引き寄せるか。

だがそうすれば魔物の殲滅速度が落ちる。


いや。

俺はベルトに差した剣に目を落とした。

ここぞという時に抜け、と。


今がその時だ。


ゆっくりと、柄に手を添えた。

鞘から引き抜いていく。


最初に見えたのは、漆黒の刀身だった。

黒薔薇の騎士団の鎧と同じ、光を吸い込むような深い黒。

刀身の表面に薔薇の紋様が刻まれており、抜くにつれてその紋様から黒い稲光が周囲に撒き散らされていった。


静電気のような微細な放電ではない。

空間を引き裂くような、黒い雷だ。


――完全に抜き放つ。

その刀身から放たれる気配は、バルガロンや簒奪者にも匹敵する禍々しさを帯びている。


抜いた瞬間、黒い刀身は空に溶けるように消えていった。

手の中から実体が消失する。


そしてそれに呼応するように、空間全体に黒い雷鳴が轟いた。


発生源は、黒薔薇の騎士団だった。


前方で戦っていた五体の騎士を、黒い稲光が全身を覆うように走り抜けた。

鎧の表面を電流が奔り、一瞬だけ全身が黒い光に包まれる。


光が収まった時、騎士団の装備が変わっていた。


盾が消えていた。長剣も消えていた。

代わりに五体全員が両手で一振りの大剣を構えている。


以前の大剣とは比較にならない。

刀身は黒く、太く、刃の表面に薔薇の紋様が浮かんでいた。

俺の手から消えた剣の紋様と同じものだ。


――漆黒の大剣。

俺が抜いた剣の力が、騎士団に分配されたのだ。


同時に、騎士団の足元から伸びるイバラの侵食が加速した。

足元から這い出したイバラが、壁面を覆う肉のツタに向かって猛烈な速度で伸びていく。

肉のツタを上から覆い、押さえ込み、絞め殺していく。

異常な侵食速度だった。


イバラに触れた得体の知れない魔物が、黒い稲光で感電して倒れていく。

イバラの棘が帯びた黒い雷が、触れただけで魔物を焼き殺している。


「くそがァ!」


壁の瓦礫を吹き飛ばしてヒナが復帰した。

金色の瞳。首元と腕に浮かぶ黒い鱗。

龍化した状態で大槌を構え、再度天井に向かって跳躍する。


先ほどとは速度が段違いだった。

一度の踏空で肉の花に到達し、全身の力を乗せた大槌を叩き込む。

今度は肉の花が大量の赤黒い血液と共に弾け飛んだ。

龍化した膂力と、新たに手に入れた身体強化の指輪。

その相乗効果が、先ほどは耐えた肉の花を一撃で破壊する。


踏空の残り回数はまだある。

ヒナは空中で体勢を整え、近くの肉花にもう一撃を叩き込んで潰してから着地した。


騎士団のイバラは肉のツタと根を完全に覆い尽くし、押さえ込んでいた。

肉の組織がイバラの下で痙攣するように蠢いているが、もう動けない。

俺に伸びてくるツタは存在しなくなっていた。


その時だった。

天井の一際大きな蕾が、ゆっくりと開いた。

他の蕾とは規模が違う。人間が丸ごと入れるほどの巨大な肉の塊が、血液を滴らせながら花開いていく。


中から産み落とされたそれは、先ほどまでの出来損ないとは明らかに異なっていた。


明確な形を持った肉体。

体躯は守護者と同程度で、騎士団よりも更に大きい。


赤い。

全身が赤い肌で覆われている赤ん坊。

しかし、そう呼ぶにはあまりにも歪だった。


顔のように見える部分には、大きな目玉が一つだけあった。

瞳孔も虹彩もない、黒い球体のような眼球が正面を向いている。


腕は複数ある。

胴体の左右から芋虫の脚のように何本も生えており、それぞれが独立して蠢いていた。


そして、それは泣いた。


人間の赤子をより邪悪にした泣き声だった。

空間全体に響き渡る、甲高く、悲痛な声。


ヒナは一切躊躇しなかった。

龍化した状態のまま大槌を振りかぶり、赤ん坊の頭部めがけて全力で叩き込む。


しかし手応えがなかった。


大槌が赤ん坊の体を素通りしている。

幻影ではない。確かにそこに実体がある。だが打撃が透過する。

物理攻撃が通じていない。


「はぁ?」


ヒナが困惑の声を上げた。


距離は離れているが、泣き声が頭の中に直接響いてくる。

気分が悪くなっていく。

頭痛ではない。吐き気でもない。

体の力が抜けていくような、意志が溶けていくような、不快な脱力感だった。


俺は耳を抑えて、召喚した妖精から気付け薬を受け取り噛み砕いた。

苦味が口の中に広がる。

少しだけ意識が明瞭になったが、泣き声の影響は止まらない。


この泣き声は確実に何らかの効果を及ぼしている。

精神への直接干渉か。


耳栓を嵌めてみたが、全く効果がない。

音を遮断しても止まらない。鼓膜を通じた聴覚ではなく、もっと根本的な部分に作用している。


俺は更に距離を取るために後退した。


「大丈夫か?」


デラボネアが駆け寄ってきた。


「大丈夫です。それよりもヒナの援護をしないと」


俺は遠くで戦っているヒナに目を移した。


大槌を何度振り下ろしても、全て透過する。

蹴りも、体当たりも、何一つ赤ん坊に届いていない。

騎士団を差し向けても同様だった。大剣もイバラも、赤ん坊の体をすり抜けていく。


ヒナの動きが目に見えて鈍ってきていた。

至近距離であの泣き声を浴び続けているのだ。

龍化した状態でもこの影響は防げないらしい。


唐突に、赤ん坊が泣き止んだ。

空間が静寂に包まれる。

先ほどまでの泣き声が嘘のように消え、耳鳴りだけが残った。


赤ん坊の巨大な単眼が、ゆっくりと動いた。

ヒナでも騎士団でもなく、俺の方を一点に見つめている。


産まれて初めてハイハイをするかのように、複数の腕で体を持ち上げ、ウネウネと動き出した。

俺に向かって。


俺は逃げようとした。

だが足がもつれて地面に倒れる。

泣き声の影響が体に蓄積しているのか、脚に力が入らない。


デラボネアが懸命に俺の体を引っ張っぱる。

ずるずると移動するが、小柄な半魚人の力では限界がある。


守護者に回収を命じようとしたがそれより早く、ヒナが駆け寄ってきた。

俺とデラボネアをまとめて片腕で抱え上げ、大きく跳躍して距離を取る。


「全くもぉ〜」


ヒナの声が頭上から聞こえた。

礼を言う気力すら湧かない。


赤ん坊に視線を戻すと、先ほどまで俺がいた場所に向かって何本もの腕を伸ばしていた。

何かに向けて、虚空へ一生懸命手を伸ばし、あやすような仕草を繰り返している。



伸びたその手が、徐々に捻じ曲がっていった。

関節の方向を無視して、内側に折れ込んでいく。

次の瞬間、全ての腕が順に付け根からちぎれ飛んだ。


大量の血が噴き出す。

赤ん坊が泣き声を上げる前に、その顔が内側から潰れ、一つだけの巨大な目玉が破裂し、赤い肉体が崩れ落ちる。


攻撃が一切通じなかった赤ん坊が、何の前触れもなく破壊された。


俺は何故か、その殺し方で直感した。

――バルガロンだ、と。


俺たちが迷い込んだ転移先の裏とも言うべきこの空間とは別に、転移前の表の空間にも同じ宮殿が現れて、存在していたのだろうか。

命令が断絶し、俺との繋がりが切れたバルガロンは、独自の判断で表側の宮殿を進み、ここまで辿り着いており、自身に戯れついた目障りな赤子の魔物を殺した。


全ては想像だが、大きく間違っていないように思えた。


「何が起こった?」


いきなり死んだ赤ん坊を見て、デラボネアとヒナが不思議そうにしている。


説明する暇はなかった。

宮殿が崩れ始めていたからだ。


天井に亀裂が走り、壁が崩壊していくがその速度が異常だった。

認識した瞬間には、既に周囲の構造物が跡形もなく崩れ落ちている。


視界が白く明滅し、足元の感覚が変わった。

気がつくと、ボロボロの宮殿跡地のような場所に立っていた。


天井の隙間から空が見えた。

浮島型ダンジョンの、あの広い空が頭上に広がっている。

裏の空間から、元の空間に戻されたのだ。


広場の真ん中に、死んだ赤ん坊の残骸がいまだに残っていた。

崩れた肉体が赤い水溜まりを作り、冷たい風に晒されている。


ヒナがいる。デラボネアがいる。

騎士団も守護者も、全員がこの場にいた。


そしてもう一体。


「ようやく戻ってきたか」


黒い二本の角。異様に長い腕。猫背の体躯。

口の端を大きく裂けさせながら、バルガロンが嗤っていた。










────────

第100話です!

今までお読み頂きありがとうございます。

これからもよろしくお願いします!


ブクマや星も本当にありがとうございます!

更新の励みとなっております。

感想もありがとうございます!!!


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