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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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その場で少し休憩を取ることにした。


張り切り妖精を召喚して食事を用意させる。

妖精の収納から取り出した保存食を広げ、ヒナと二人で腰を下ろした。

宮殿の廊下は戦闘の痕跡で荒れていたが、座る場所ぐらいは確保できる。


デラボネアにはチョコバーを渡した。

だがデラボネアは受け取ると手の中で確認するだけで、その場では食べなかった。

風呂敷の端に丁寧に包んで、荷物に加えるだけだ。


いつもと同じ行動だった。

以前チョコバーを渡した時も同じだった。

当時は後で食べるのかと思っていた。


だが、召喚獣だとわかれば、その行動の意味が全く変わってくる。

召喚獣には食事も、排泄も、睡眠も、全て不要だ。


「これか?」


俺の視線に気がついたのか、デラボネアは風呂敷に包んだチョコバーに目を落としながら言った。


「いつも墓前に供えているのだ。『ちょこれーと』が好きだったからな」


それ以上は語らなかった。

俺も聞かなかった。


デラボネアは水掻きのある手を握り締めて、地面に当てた。


「だめだな、やはりわしの能力が全て働かん。声も何も聞こえんし、潜ることもできん」


デラボネアの言う「能力」が何を指すのかは詳しくわからないが、主にダンジョン間を移動する力のことだろう。

この空間では、デラボネアの本来の能力が封じられているらしい。


「自分の遺物もおかしいです」


俺はヒナとデラボネアにも、現状を整理するために事実を列挙した。


「外に残してきている召喚獣の回収を何度も試みているのですが、一切反応がありません。同じダンジョンとして認識されていないのか、繋がりそのものが断絶しています」


赫竜、バルガロン、灰流鳥の一体。

転移前の空間に残した召喚獣との接続が完全に途切れている。

通常、同じダンジョン内であれば距離に関係なく召喚獣の位置と状態は把握できる。


「私は全く異常ないね」


ヒナはさらりとそう言った。

遺物も特性も問題なく機能しているらしい。


だが考え込んでいても答えは出ない。

とりあえずやることは変わらなかった。


食事の後片付けを全て張り切り妖精に行わせ、回収する。

立ち上がると、デラボネアがとことこと俺の方へ歩いてきた。



デラボネアを加えた三人で、宮殿の奥へ向けて出発する。


デラボネアから貰った黒い薔薇のベルトは既に腰に装備していた。

革の表面に浮かんだ薔薇の紋様が、歩くたびに微かに揺れるように見えるだろう。


俺はいつものように騎士団を召喚しようとしたがその前に、デラボネアが口を挟んだ。


「順番があるじゃろ。まずは主が先じゃ」


初めは何のことかわからなかった。

だが「順番」という言葉で、一つ思い当たる。


冥馬の時もそうだった。

俺が先に冥馬に騎乗した状態で騎士団を召喚すると、騎士団は全員が騎乗した状態で顕現した。


ならば、この剣も同じか。

俺が先に剣を手にした状態で騎士団を召喚すれば、何かが変わる。


ベルトに意識を向ける。

――黒薔薇の剣の召喚。


手元の空間が裂けて、黒い薔薇の奔流が溢れ出した。

花びらが渦を巻き、その中心から一振りの剣が姿を現す。


美しい芸術品のように装飾された鞘に収められた剣。

鞘の表面には黒薔薇の意匠が精緻に彫り込まれており、柄頭には小さな黒い宝石が嵌め込まれている。


だが、その大きさは予想よりも遥かに小さかった。

黒薔薇の騎士団は今や全員の体躯が大きい。あの巨大な騎士が振るう剣にしては、明らかにサイズが合わない。


人間の体格に合わせたような剣だ。


俺はその剣を手に取った。

想像していたよりもずっと軽い。

黒薔薇の奔流が収まり、花びらが床に散っていく。


「まだ抜くんじゃないぞ。ここぞという時に抜くんじゃ」


デラボネアが横から口を出した。

「何かご存知で?」


俺が問いかけると、デラボネアは少し間を置いてから答えた。


「産まれは違うが、同じ遺物同士じゃからなぁ」


そう言って顔を背ける。

デラボネアはあまり多くを語ろうとしない。

だがこうしてちょくちょくヒントを出してくることがある。


「――来い」


俺は鞘に収まったままの剣をベルトに差し込み、騎士団の召喚に意識を向けた。


虚空が裂け、黒い薔薇の花びらが舞い上がる。

五体の騎士が宮殿の廊下に顕現した。


だが、その姿はいつもと違っていた。


最初に目についたのは、背中だ。

いつもなら身の丈ほどの大剣を背負っているはずの背中に、大剣がない。


代わりに、盾が変わっていた。

以前の黒薔薇の紋様だけが刻まれた盾ではなく、金の縁取りがあしらわれた、より重厚で大きな盾。

表面に施された薔薇の意匠も、以前より精緻で、格が上がっている。


手に持つ長剣も変化しており、刀身が長く、太くなっている。

何よりも、体躯が更に一回り大きくなっていた。


順当なる強化。

より強固でいて、より強力。

その身に宿る力は、一騎当千というべき精鋭のものだった。


「明らかに強いね、その召喚獣」


近くのヒナが騎士団を見上げてそう言った。

ヒナが召喚獣を見て感想を漏らすのは珍しい。

それだけの威容なのだろう。


俺は騎士団を先行させて行動を開始した。


廊下を進んだ先に、黒鎧の無貌の兵士が複数現れる。


騎士は長剣を使わなかった。

金の縁取りが施された重厚な盾を構え、兵士の槍や大刀を受け止めると同時に、盾そのものを武器として叩きつけた。

かちあげるような打撃。

黒鎧の兵士が盾の衝撃で浮き上がり直後の攻撃で壁へとそのまま叩き潰された。


純然たる戦力の差に、後続の無貌の人形が後退しようとする。

だが足元に這い出したイバラが足首をしっかりと拘束していた。


騎士は実に軽やかに長剣を滑らせた。

撫でつけるように一閃。

無貌の人形が両断されて崩れ落ちる。


バルガロンや赫竜とは異質な戦闘力だった。

圧倒的な火力で焼き尽くすのでも、ただ暴力で叩き潰すのでもない。

技が見える。

剣の振り方、盾の使い方、足の運び。そのひとつひとつに練度が宿っている。


順調に宮殿内を進んでいく。

黒鎧の兵士が何度か現れたが、強化された騎士団の前にはもはや障害にならなかった。


更に階下へ降りる階段が現れた。

デラボネアとヒナを伴い、降りていく。

階段は長く、螺旋状に地下へと続いていた。

壁面の装飾が少しずつ変わっていく。

金と白の豪華な意匠が消え、代わりに無機質な石壁が増えていった。


やがて階段が途切れ、長い廊下の先に大扉が見えた。


「いよいよね」


ヒナは腕輪を大槌に変化させ、肩に担いだ。

その目には、戦いへの高揚が浮かんでいる。


俺は騎士団を扉の両脇に配置し、ヒナに目配せした。

ヒナが大槌で扉を押し開ける。

重い石の扉が軋みながら左右に開いていった。


扉の向こうは、広く大きな空間だった。

宮殿のどの部屋よりも広い。天井も高い。


だが、その空間を満たしているものが異常だった。


壁や天井に、赤く脈動する何かが張り巡らされている。

植物のツタのような形状だが、その質感は明らかに肉だった。

赤い肉の繊維が壁面を這い、天井を覆い、床の隅にまで根を下ろしている。


肉と肉が擦れ合うような、湿った音が空間全体から聞こえていた。

生きている。この空間そのものが、生きた肉で覆われている。


天井から垂れ下がった肉のツタの先に、蕾のようなものが幾つもぶら下がっていた。

拳二つ分ほどの大きさの、赤黒い塊。

それが一つ、また一つと脈動し始める。


やがて、一番大きな蕾が裂けた。


大量の血液を伴って、花が咲くように開いていく。

飛び散った血が床を濡らし、生臭い匂いが空間を満たした。


蕾の内側から現れたものを、俺は黙って見つめた。







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