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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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「成った……?」


俺はデラボネアが漏らした言葉を、聞き返すように繰り返した。

手の中の黒いベルトは、先ほどまでとは明らかに異なる気配を放っている。

黒薔薇の紋様が革の表面に浮かび上がり、指先から伝わる情報が書き換えられた後のものだという確信がある。


だが、デラボネアの「成ったか」という呟きが引っかかった。

まるで、こうなることを予測していたような口ぶりだ。


「よし! 商売じゃ!」


俺の問いを無視するように、デラボネアは手を叩いて立ち上がった。


「して、値段じゃが魔石の質にもよるな! 遺物一つ、第三階位の魔石で五千ぐらいは欲しいの〜」


五千。

第三階位の魔石五千個分。

途方もない量だが、デラボネアの出す遺物の質を考えれば法外とは言えない。


俺は傍に張り切り妖精を召喚した。

妖精が背負っていたバックパックの口を開けると、中から大量の魔石が地面に溢れ落ちる。

道中でゴブリンと妖精に回収させていた分と、以前宝食ワニが吐き出した分を合わせた蓄えだ。


「おぉ! 結構質の良い魔石がたんまりとあるじゃないか」


デラボネアは魔石を一つ手に取り、光に翳すようにして検分し始めた。

食いつきは良い。だが俺には魔石の質による価値の差がいまいちわからなかった。


「しかし、足りないの」


デラボネアはそう言って魔石を布の上に戻した。

俺はいつも持ち歩いているバックパックのポケットからチョコバーを取り出そうとした。


だがデラボネアは、水掻きのついた手のひらを俺に向けて指を立てた。


「チッチッチ」


わざとらしく人差し指(水掻きがありよくわからないが多分人差し指)を左右に振る。


「足りないのはわかっちょる」


デラボネアはそう言うと、表情を少し改めて続けた。


「ここで一つ、わしと賭けをせんか?」


賭け。

予想していなかった提案だった。


「お主が勝ったらこの遺物を全て渡す。逆に負けたらわしの頼み事を一つきく。きいてくれるなら格安で譲ろう。どうじゃ? 損はない」


確かに損はない。

勝てば遺物が全て手に入り、負けても頼み事を聞く代わりに格安で買える。

わざわざ賭けなどせずとも、頼み事を聞いて格安で譲ってくれるならそれでいいのだが、せっかくの申し出なら乗ろうかと思う。


すると、これまで黙っていたヒナが慌てたように口を挟んだ。


「待って! どう考えても罠じゃない?」


ヒナが俺の二の腕を掴んで引き寄せた。

無意識だろうがその握力が尋常でなく強い。


「この魔物はそもそも知り合いなの? 出てる遺物の質がよすぎるんだけど! 踏空四十回なんて聞いたことないし!」


完全に置いてけぼりになっているのだろう。

俺にとってデラボネアとの商売は二度目であり、この半魚人の人柄も大体把握している。

だがヒナから見れば、ダンジョンの中で突然現れた正体不明の魔物が破格の遺物を並べて賭けを持ちかけているのだ。

警戒するのが当然だった。


「多分大丈夫だよ」


俺は過去にデラボネアに結果的に助けられている。

信頼はある。


「受けるか? 受けないか? どちらじゃ?」


「受けますよ」


俺が即答すると、デラボネアは「ヨシ!」と声を上げた。


「ルールは凄く簡単じゃあ」


デラボネアの目が、真っ直ぐ俺を捉えた。


「わしの正体を言い当てろ。チャンスは一度きりじゃ」


背の低いデラボネアは必然的に俺を見上げる形になる。

だが、その顔はいつもの飄々とした商人の表情ではなかった。

引き締まり、真剣そのもの。

この半魚人がこんな顔をするのを、俺は初めて見た。


「……それは、どの程度までなんですか? 正解が曖昧では?」


俺がそう聞くと、デラボネアはいつものように笑いながら答えた。


「わしが答えに納得すればじゃ! 肉!とかはダメじゃぞ」


確かにデラボネアは肉だが、そういう話ではないだろう。

俺は過去の出会いから記憶を辿った。


初めて会ったのは、ダンジョンの中にある隠し部屋だった。

そこでデラボネアは遺物を並べて商売を持ちかけた。

あの時、デラボネアはあの場所を「ボーナス部屋」と呼んでいた。


ボーナス部屋。

後に大量のスケルトンとゴアデビルに追い詰められた場所だった。


他に分かっていることはなんだ?

デラボネアは何かの遺物を探している。

伊勢ダンジョンの宝物庫で金の杯を見つけた時、「これじゃない」と深く落胆していた。


今回このダンジョンに来ているのも、その何かの遺物を求めてのことだろう。

俺に頼みたいことも、恐らくそれに関連している。


――他には……。




「アキ?」


近くで声をかけたヒナによって、意識が引き戻された。

相当長い間考え込んでいたらしい。

ヒナが心配そうにこちらを見ている。


「あぁ、すみません。集中していました」


俺はヒナにそう言って、デラボネアに向き直った。


「答えは出たか?」


「はい」


デラボネアが実は――元人間だった。

そんな答えではないだろう。

もっと別の、もっと根本的な何か。


ダンジョンの中に存在し、ダンジョン間を移動でき、何かの遺物を探し続けている。


「デラボネアさん、あなた。()()()ですよね」


沈黙が落ちた。


デラボネアは目をぱちくりと開けて、口を半開きにした。

数秒間、完全に固まっている。


「驚いた」


絞り出すようにそう言ったデラボネアの声には、演技の色がなかった。

本当に驚いている。


その反応を見るに、俺の考察は当たっているのだろう。

しかし分かるわけがないのだ。

今まで微塵もそんな素振りを見せていなかったのだから。


俺自身、確信があったわけではない。

わかったのは、デラボネアがわざわざこれをクイズにしてきたからだ。

当ててほしかったのだろう。

自分の正体を、誰かに知ってほしかった。


「どうしてかは……今までの情報と、勘ですね」


「水龍みたいなこと言わないで」


ヒナが俺の言葉にすかさず突っ込んだ。


俺は苦笑しながら、デラボネアに向き直った。


「これで、遺物は貰えますか? でも、デラボネアさんの頼み事も最大限聞きますよ。どの道、このダンジョンは踏破するので」


デラボネアは硬直から立ち直ると、大きく頷いた。

いつもの飄々とした表情が戻りつつあるが、目の奥にはまだ揺れが残っていた。


「このダンジョンの遺物の所有権は、要石の場合どうなりますか?」


俺がヒナにそう聞くと、ヒナは俺とデラボネアを交互に見て、ため息をついた。


「その、デラボネアさんに渡したいの? 別にいいと思うよ。本来は一度持って帰って〜、とか色々あるけど」


俺はデラボネアからもらった遺物のうち、踏空の腕時計と身体強化の指輪をヒナに手渡した。

一気にヒナの顔が明るくなる。


身体強化と踏空。共に俺では無用の遺物だ。

身体能力が一般人の俺が1.2倍になっても一般人のままだし、踏空は第三階位以上の脚力がなければ成立しない。

ヒナの特性ならば、どちらも俺が持つより遥かに効果を発揮するだろう。


「わしの召喚主とか、気にならないのか?」


デラボネアが静かにそう聞いてきた。

俺は少し考えてから答えた。


「気にならないわけではないですが、恐らく言いたくないのかなと思いまして」


一拍置いて、続けた。

「もう、居ないんですよね?」


俺は召喚獣を良く扱う人間だ。

だからこそ、分かることがある。


召喚獣は同じダンジョン内であれば、どれだけ距離が離れていてもおおよその位置感覚や思考が共有される。


デラボネアが召喚獣であるならば、ダンジョン間を行き来している時点で、召喚した人物との繋がりはとうに途絶えているはずだ。



だがデラボネアは人物を探しているのではない。

何かの効果の遺物を探していると、明確にそう言っていた。


恐らく既に亡くなった召喚主の、最後の命令。

デラボネアはその命令を、今も果たし続けているのではないかと俺は思っている。


「そうだ」

デラボネアは短く答えた。

それ以上は語らなかった。


「心遣い感謝するぞアキ。そして、ありがとう」


デラボネアの声が震えていた。


「本当に。アキという人間に出会って、わしは嬉しい」


小さな体躯が、微かに震えている。

半魚人の灰色の肌に感情の色は見えないが、声の揺れが全てを伝えていた。


俺は何も言わずに、デラボネアの前に腰を下ろした。

目線の高さを合わせて、手を差し出す。


デラボネアは水掻きのある手で、俺の手を握り返した。

小さくて、冷たくて、だが確かな力がそこにあった。











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