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只人の『召喚魔法』運用法  作者: 上昇線


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ゲートから足を踏み入れると、芝生のような柔らかい感触が足裏に伝わった。


吹き付ける冷たい風が頬を撫でる。

風に温度がある。


辺りを見渡して、先ほど聞いた「浮島型」という言葉に納得する。


空中に、いくつもの島が浮かんでいた。

大きさは様々で、家一軒分ほどの小さなものから、サッカーコート数面分はありそうな大きなものまで。

それぞれが独立して空に浮かび、緩やかに漂っている。


今立っている島の縁から下を覗き込むと、足元には何もなかった。

白い霧のような靄が遥か下方に広がっているだけで、底は見えない。


「ちょっと寒いから、体動かしたいかも」


後ろからゲートを潜ってきたヒナがそう言うと、体をほぐすようにストレッチを始めた。


「空中はいけるんです?」

同じ要石の仲間ではあるが、他のメンバーと比べて交流が少ない。

距離感がまだ掴めておらず、ぎこちなく聞いてしまった。


「もちろん、この程度ならね。水の中は無理だけど」


水中に完全に適応する遺物は種類が少ないが、空中への対応遺物なら種類は比較的豊富だ。


そもそも高階位なら強化された肺活量で何十分も潜っていられるし、水圧にも常人より遥かに耐えられる。

需要が少ないから市場に回らないだけかもしれない。


踏空(とうくう)


ヒナがぼそりと魔法を唱えた。

足元に一瞬だけ薄い光の円が浮かぶ。


踏空は空への適応にあたっての定番魔法だ。

遺物の性能によって効果は異なるが、空を足場のように踏み締めることができる。

擬似的に空中戦が行える手段の一つだった。


ただし、これは第三階位以上の身体能力がなければ成立しない。

空中で一瞬だけ生まれる足場を蹴って移動するには、常人離れした脚力が必要になる。

移動距離も自らの身体能力に依存するため、同じ遺物を使っても使用者によって性能が全く変わる。


「私の特性を先に伝えておこう」


実に胸を張って、ヒナは続けた。


「私の特性は実にシンプル! 『魔法の能力が著しく下がる代わりに、遺物の強化倍率が上がる』というもの。意味わかった?」


「……?」


何が言いたいのか掴めていない俺の顔を見て、ヒナは補足した。


「今の踏空もね。他の人が使えば一度に三十回は空を踏めるような最高級の遺物なんだけど、私が使うと三回だけ」


魔法の能力が著しく下がる。

つまり遺物に付与された魔法の効果が、ヒナが使うと大幅に減衰する。

三十回踏める遺物が三回しか踏めなくなるというのは、確かに著しい低下だ。


「そして私のスタイルは、近づいて殴るのみ。シンプルでしょ?」


ヒナが虚空に手を差し出すと、腕輪の表面が波打つように変形し始めた。

金属が粘土のように伸び、膨らみ、形を変えていく。

数秒後にはヒナの身の丈を超える巨大な大槌が完成していた。


以前、初めて要石を見た時にヒナが抱えていた、あの大槌だ。


近くで鳥の鳴き声のような甲高い声がこだました。

上空の浮島の影から、三羽の赤い怪鳥が姿を現す。

翼を広げた全長は冥馬に匹敵する大きさだ。

鋭い嘴を突き出し、編隊を組んでこちらへ突っ込んでくる。


ヒナは俺にニヤリと笑いかけると、怪鳥へ向き直り大槌を振りかぶった。


一閃。


先頭の怪鳥に槌が直撃し、そのまま後続の二羽を巻き込んで薙ぎ払った。

三羽の怪鳥が一振りで原型を留めない肉塊へと変わる。


それは攻撃というより、破壊だった。

技術も戦術もない。圧倒的な膂力に任せた、純粋な暴力。

俺の知る戦い方とは全くの対極にある。


「私はコレしか出来ないから、後の事はよろしくね」


第六階位。

なるほど、これは強力だ。

同時に、捻れが引っ張りだこだった理由が分かって笑う。


「じゃあまずは別の浮島に行きましょうか」


俺は三羽の残骸に向けてゴブリンを召喚し、魔石の剥ぎ取り用に妖精も出しておいた。

剥ぎ取りが終わるのを待つ必要はない。後で遠隔回収すれば魔石も一緒に戻ってくる。


赫竜を召喚してその背に跨がる。


俺が何かを言う前に、ヒナは両足に力を込めて跳躍した。

地面が陥没するほどの踏み込みから放たれた跳躍は、人間の動きとは思えない速度で舞い上がる。


空中で一度踏空を使い、更に上昇し浮島の端に着地した。


――とんでもないな。


俺は自らの戦闘スタイルとは全くの真逆を行くヒナの動きに、素直に驚いた。


遅れて赫竜を飛び立たせて後を追う。


そのまま浮島間を飛び跳ねるようにしてヒナが先行し、俺は赫竜に乗って追従する。

どちらに進めば正解なのかは分からないが、浮島が連なっている方向へと進んでいった。


道中で現れる魔物は、ヒナの大槌が一蹴するか、赫竜が顎で食い千切って処理していく。

死体が浮島に落ちた場合はゴブリンと妖精を召喚して回収を任せ、島を離れる際に遠隔で回収していく。


いくつ目かの浮島を越えたところで、ヒナが足を止めた。


「アレってさ、なんだと思う?」


ヒナが指差す先、次に渡るべき浮島がゆっくりと漂っている。

他の浮島と同じように見えるが、よく観察すると違和感に気がついた。


島の底面から、亀のような手足が生えている。


四本の太い脚が島の下側からぶら下がるように伸びており、その先端には鉤爪のようなものが見える。

体躯は当然ながら浮島と同じ大きさであり巨大だ。


他の浮島と同様にゆっくりと漂っているように見える。

どう考えても、うかつに近づけばこちらを飲み込むだろう。


「魔物ですかね」


「だよねー」


ヒナは大槌を握り直すと、俺に目線を送ってきた。


俺はヒナの目線の意味を理解しきれていなかったが、次の瞬間にはヒナが大きく踏み込んで跳躍していた。


――こいつッ!躊躇なく飛び込みやがって!

踏空は一度に三回と聞いている。


ヒナの足が浮島の表面へ到達する直前、地面がばっくりと割れた。


予想通りだ。

地面が口のように開き、巨大な顎が姿を現す。

島の半分ほどが口だったのか。その顎の内側に並ぶ歯は、岩を噛み砕くための臼歯のように平たく巨大だ。


ヒナの笑い声が空中に響いた。


踏空を一度使い、右へ逸れる。

閉じかけた顎の横を紙一重で回避し、すかさず二度目の踏空で空を蹴った。

体が回転する。空中で姿勢を整えたヒナは、虚空に足場を得たその一瞬で、開いた口の側面に大槌を叩き込んだ。


本気の一撃だった。


浮島の魔物の顎の付け根あたりの肉が、大槌の衝撃で大きくえぐれ飛ぶ。

赤い肉片が空中に散った。


その瞬間、ヒナは俺の方を一度だけ振り返った。

位置を確認している。

だが、戻ってこない。


空中で体勢を崩した浮島の魔物に向けて、ヒナは最後の踏空を行った。三度目。

次の瞬間には足場がない状態で、更に追撃を選択している。


大槌が二度目の打撃を魔物へ叩き込んだ。

更に肉片を抉りながら魔物の巨体が衝撃で傾く。


ヒナは空中で完全に足場を失い、落下が始まる。


同時に、殴られた勢いで体を回した魔物が、死角で見えていなかった太い尻尾をヒナ目がけて振り抜いた。

巨木を薙ぎ払うような一撃が、無防備なヒナへ迫る。


俺は既に召喚していた灰流鳥にヒナの回収を命じる。


灰流鳥が急降下し、落下するヒナの背中の下に潜り込み、ヒナの体が灰流鳥の背に乗る。

尾の一撃が空を切り、灰流鳥の羽毛を数本だけ散らして通過していった。


同時に、大きく空振りした魔物の脳天へ向けて、黒薔薇の守護者を顕現させた。


虚空から現れた巨大な黒い巨人が、腕にイバラを巻いた拳を振り下ろす。

ヒナの大槌に勝るとも劣らない質量の一撃が、魔物の頭頂部を叩き潰した。

大きな亀裂が走り、魔物の巨体が沈み込む。


ふと見ると、灰流鳥に乗せたはずのヒナがもういない。

乗っていた灰流鳥の背を踏み台にして跳躍し、大槌を頭上に振り上げている。



三撃目の大槌が、守護者の拳で陥没していた亀裂に直撃した。


鈍い破砕音が空に響き渡った。

亀裂が一気に広がり、魔物が内側から弾けるように崩壊していく。


浮島の魔物は非常にタフだった。

硬度は上空から質量を乗せた守護者の拳でようやく罅が入る程度で、ヒナの大槌も三撃を要した。

魔物には地の利もあった。


だが、単純な力押しで潰されていった。


崩壊した魔物の残骸が、ゆっくりと虚空に沈んでいく。

甲羅の欠片と肉片が白い霧の中へ消えていった。


灰流鳥が落下するヒナを再び回収する。

今度はおとなしく背中に座ったまま、ヒナは満足そうに大槌を肩に担いでいた。


「ナイスフォロー」


ヒナがそう言って片手を上げた。


俺は赫竜の上から軽く手を振り返した。




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