四次元ストア ―終章―
継承者との出会い
四次元ストアの店内は、暖白の光に満たされ、埃が金色に浮いていた。老主人は帳簿にインクを落としながら、ランプの芯を整える。
「今日で、灯を渡す」
彼は棚を一巡りする。小さな光が瞬く瓶「望んだ未来」。丸められたフィルム「榊原守」。未使用の観覧チケット 「A-12」。返却できない「懐中時計」。黒い封筒「綾瀬カイの影」。
老主人:「後悔、愛、選択、執着、虚像――――すべて、ここに眠る」
「カラン……」ドアベルの音と共に、不幸を一度も体験したことがないであろう女性・灯が入ってきた。服装は、肩から小さな郵便鞄を下げ、キャスケットにシャツ、蝶ネクタイ、ジーパンと一体のサスペンダーなど、イタリアの少年を思わせる。
灯「お約束の時間に」
老主人は微笑んだ。「ようこそ。最後のお客様は――――あなたです」
鍵と帳簿
老主人は問いかけた。「時間は、売り物かね?」
灯は少し考え、答えた。「……受け渡しの道具。誰かから誰かへ渡すもの」
店の奥、壁一面の鍵の部屋。中央には古いランプ。「店は、灯りの持ち主を選ぶ」。
老主人は革表紙の帳簿を灯に差し出した。灯は両手で受け取る。帳簿の見開きには、記憶・時間・選択の列。
老主人「書かれていない行が、いつもいちばん多い」
店の奥から小さな囁きが聞こえる。「ありがとう」「ブラボー」「今日の光を、忘れない」。過去の客たちの声だった。
老主人「ここは、誰かの続きを受け取る場所だよ」
老主人が二つの品を差し出す――――小瓶と砂時計。
「どちらを選ぶ?」
灯は、砂時計を両手で受け取った。
さらさらと、音もなく砂が落ちていく。
「……流れてしまうんですね」
自分に言い聞かせるように、そう呟く。
老主人は、すぐには答えなかった。一瞬だけ、視線を棚の方へ向ける。
並ぶ瓶や箱。
望まれた未来。
返却できなかった時計。
薄れていった影。
「止められないからこそ、人は欲しがる」
その言葉は、教えというより、言い訳に近かった。
灯は、砂時計から目を離さずに言った。
「……私も、間違えますか」
問いというより、確認だった。
老主人は、はっきりとは答えなかった。ただ、小さく息を吐き、こう言った。
「間違えない者は、ここには来ない」
最初のお客様
扉がコン、コンと鳴る。少年が立っている。手には割れた腕時計。
「行きなさい。最初のお客様だ」
灯は、一瞬だけ、立ち止まる。それから、カウンターのランプを見た。
炎は、揺れている。安定してはいない。それでも、消えてはいなかった。
灯は少年の元へ向かい、しゃがんで目線を合わせる。灯のうごきから、話を聞いてくれる人だとわかったのか、最初の小さなお客様は口を開く。
「これ……直して」
少年から灯に、割れた宝物が手渡される。
「戻したいの? 進みたいの?」灯は尋ねる。
少年は迷っていた。そこで、灯は砂時計を少年の手に握らせる。
「落ちる砂は止められない。でも、集めて好きな形にできるよ」
少年が去り、老主人は静かにカウンターに鍵を置く。鍵は自然に灯の方へ滑った。
老主人は棚を一巡り撫でて歩き、一つひとつに目礼をする。
そして、扉の外へ。背に朝の街。頬には冷えた空気。上は空が、どこまでも、どこまでも広がっている。
自身を縛っていたものがなくなったとき、それを求め始めるのは本当だろうか。
「ながい、長い暇つぶしになりそうだ。」
開店
カウンターのランプは新しい炎で揺れる。
扉を、コン、コン、と叩く音がする。
灯は、扉へ向かいながら、思う。
――選ばなかった方を。
――また、誰かが探しに来る。
それを、止めることはできない。
灯は深く息を吸い、ドアを開けた。
「いらっしゃいませ、お探しの時間は何でしょうか?」
声は、少しだけ、震えていた。
四次元ストアの灯りが、外の夜に、にじんだ。




