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影を売った男

初投稿:完璧な虚像

「今日も完璧な朝から始まる。」

SNS総フォロワー200万を超える人気インフルエンサーの綾瀬カイ(28)は、毎朝8時に生配信を行っている。

タイトルは決まって「#完璧な朝」。

元々は、フィットネス系インフルエンサーとして、朝の筋トレ生配信で投稿を始めたカイであったが、スタイルの良さと、時折見せる子犬のような笑顔で一躍有名になった。

「飼ってるワンちゃんと同じ表情www」「いま、しっぽが見えた」視聴者のコメントと共に、画面にはハートが滝のように流れる。

――期待されている。

それが、何より心地よかった。


8時30分、いつもの配信を切ったあと、部屋は急に静かになる。

ソファに寝転がる。

撮影用に借りたこの部屋は、白を基調として、余計なものは何一つ置いていない。部屋も無駄がなく、完璧でないといけないからだ。

「今日も、完璧をやる」

あやうく、眠りに落ちそうになった時、マネージャーの楓がコーヒーを差し出す。「寝てないでしょ」

カイは笑ってごまかす。「完璧には、睡眠がいらないんだ」


完璧であることは、選択だった。

疲れても、眠くても、弱さを見せない。

それが、求められている役割だからだ。

そして何より、

不完全な人間を、少しだけ見下ろせる位置にいられる。

それを、手放したくなかった。


撮影帰りの裏路地。

自宅まで、ジャスト5分の道を歩きながら、前までは心地よかった日の光が目の奥を刺すのを感じる。「年かな……」

自宅まで残り一つの角を曲がったとき、見慣れない建物が、異物として視界に入ってきた。

「四次元ストア」の看板。建物の外観は白を基調としていたコンビニだった。無駄なポスターはなく、周辺には葉一枚すら落ちてない。その完璧さに、カイは目を奪われた。普段であれば、どんな店も事前に調べて入るのだが、この時ばかりは、好奇心と疲労、そして、完璧さから中に入った。

店主らしき男は、逆光の中に立ち迎える。

「お探しの時間は?」

カイは、鏡を見るように店主を覗き込んだ。「僕が思う、完璧な時間を、過ごしたい」

店の床に落ちる彼の影は薄かった。


二投稿目:影売渡契約

店内もカイの完璧さに近かった。

画面を通して見た時の内観の余白が、広くも狭くもない完璧な面積で、配置されている商品がカラフルできれいに整頓されている。どこまでも続く商品棚が、サムネ映えする。

何より、店主のキャラクターが話題を集めそうだ。

180㎝ぐらいの長身に、全身黒のスーツ。堀の深いモデルのような整った顔立ちに、影のある表情が、若い女性の需要を満たしそうだった。

その店主がカイに黒い封筒を差し出す。

黒い封筒には「影売渡契約」と書かれていた。

「影を手放せば、光はあなたを選び続ける」

そして、男より代償が告げられる。

「ただし、影の濃さはあなたの輪郭。薄れるほど、人はあなたを見失う」

カイはサインした。

どうせ、人は見たいものしか見ない。

床に落ちていた影が、わずかに薄くなる。

その瞬間、胸の奥で、小さな優越感が芽生えた。

――選ばれた。

床の影が薄くなり、店主が黒い封筒を棚に置く。封筒には「綾瀬カイの影」と書かれている。


店出た直後、カイの動画は爆発的に拡散され、次々と企業案件が舞い込んできた。

フィットネス系から、誰もが知っている高級ジュエリーまで、種類は問わず、カイに広告塔を依頼した。その影響か、普段の視聴者層から離れたファンもでき、総フォロワー数は、400万人を超えた。

「数字が、僕の体温」

一方、撮影スタジオでは、スタッフが一瞬カイを探す場面が増えた。「あれ、カイさん……どこ?」

カイは気づいていた。

自分の影が、ほとんど映っていないことに。

それでも、気にしなかった。

影は、邪魔だった。


撮影終わり、いつもの道を歩く。隣を自分のグッズのキーホルダーを、カバンに下げたファンが通り過ぎる。

「似てる人かと思った」


三投稿目:認知のほころび

東京ガールズコレクションに、トークゲストとしての仕事が入った。

「インフルエンサーとしての名刺になる」マネージャーの楓に言われ、前半の終わり間際に会場に入る。雰囲気を感じるため、カイは裏口から顔を出した。

地鳴りのような歓声がドーム全体を揺らしていた。空気は既に熱狂で満たされている。

画面と自分の目で見るのは、まるで違った。

巨大なランウェイは、異世界への滑走路のようで、天井からは無数のスポットライトが降り注ぎ、眩い光のシャワーが観客席の興奮を煽る。客席を埋め尽くす観客は、思い思いのおしゃれを楽しんだ、トレンドに敏感なティーンや若い女性たち。誰もがスマホを構え、この一瞬の魔法を見逃すまいとしている。


モデルたちの表情は真剣そのものだ。一瞬のポーズ、指先の動き、視線の先に、今シーズンの流行が凝縮されている。カジュアルなストリートファッションから、フリルやレースが豪華なドレッシーなスタイルまで。彼女たちが纏うのは、ただの服ではない。

「なりたい自分」---完璧で理想的な自分だ。

会場の熱気に触発され、完璧な自分への期待が膨らむ。カイの鼓動が、呼吸が速くなる。

それに合わせるように、カイの影が濃く薄く、点滅していることに誰も気づかなかった。


出番間近、控室でメイクをしてもらうカイに異変が起きた。楓が話しかけても、焦点が合わない。「ねえ、聞こえてる?」「あ、あぁ、、」

不安が胸に滲みながら、カイの出番を見送る。目もくらむスポットライトに入るカイの姿を楓は、つい見失ってしまった。

カイの手がマイクを掴むと、手の影が完全に消えた。

大型ステージのイベント。眩しいライトの中、カイは最高の笑顔を見せる。

「見えてる。まだ、彼らは僕を見ている」

しかし、MCの紹介で言葉が途切れる。「本日のゲスト、綾瀬――――」

モニター上のカイの姿にノイズが走り、観客が一斉に首を傾げた。「空席?」

楓は叫ぼうとするが、彼の名前が喉でほどける。「――――イ!」

ライトは彼を素通りし、床に落ちるはずの影はなくなっていた。カイがマイクを落としても、音は響かない。ステージ中央に一人、歓声は止まないのに、誰も彼を見ない。

完璧なまでに、人が、この世界が、彼の存在を認識しない。

カイは笑顔を作ろうとする。

だが、その表情を、誰も受け取らない。

「……あれ?」

このとき、理解した。

影が薄れたのではない。

自分が、他人を見るのをやめていたのだ。

人を、数字でしか測らず、称賛でしか世界を見なかった。

店主の声が薄くなった影の中から響く。「影は、光がある者にだけ宿る」


四投稿目:完璧な透明

街に戻ったカイは、人の流れをすり抜ける。

撮影部屋までの、いつもの道を歩く。隣を自分のグッズのキーホルダーを、カバンに下げていたファンが通り過ぎる。

「いま横、誰か通らなかった?」


ベンチに座る楓の頬には、涙の跡だけが残っていた。

「私は、何を、誰を、忘れたんだろう」


「#完璧な朝」

カイはスマホを構え、日課の朝の生配信を行う。画面には「接続中」の文字。視聴者は0。コメント欄は空白。

カイはつぶやく。

「不完全だ。」

スマホが手から滑り落ちる。床を映す画面から、綾瀬カイの存在が、背景に溶け込み、やがてフレームから消えた。カイが生み出す音も、匂いも、人々への記憶も、意味を失った。

前までは心地よかった日の光が、目の奥を刺すのを強く感じた。


五投稿目:暗転

四次元ストアの棚。

黒い封筒「綾瀬カイの影」の埃を、店主は払う。

「憧れに殺されたものは、幸福か。」

扉の外、次の来客の影が差し込んだ。


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