第9話 (12月 9日のおはなし)
呼び名も決まり、彼の傷の具合も診て深手だが傷口の状態は悪くないことを確認したのち、ティーゼルはあらためて『死に損ない』の装備について尋ねてみる。これから共に旅をするなら、必要な情報だ。
「は? 食糧がない?」
相手の言葉にティーゼルは我が耳を疑った。
「……もう食べ尽くしてしまった」
「そもそも何日分持ってきたんだ」
ティーゼルは幾分自身の声が低くなるのを自覚しつつ尋ねたが、『死に損ない』はそれには気付かず、頭の中で数えるような素振りを見せてから淡々と答えた。
「……三日分くらいかな」
「はあ!?」
それを聞いたティーゼルは思わず立ち上がる。この荒野の奥地に至るまで、どの方角からやってきたにせよ、最低四日はかかる。そんな場所を経由してどこかへ行こうというのなら、それこそ十日以上かかることを覚悟しなければならない。
「やっぱり死にに来たんだろうが!」
座り込んでいる『死に損ない』を見下ろしてそう指摘したが、彼は大真面目に首を振った。
「もっと早くここを抜けるつもりだったから……。まさかそんな奥深くまで来ているなんて思わなかった」
「たったの三日でどうにかするつもりならわざわざ踏み込むな! 迂回する道はいくらでもあったはずだ」
「それはその通りなんだけど、ちょっと……どんなところか見てみたくなって」
「……は……」
ティーゼルはこれ以上の言葉を紡げなくなった。絶望がひたひたと足元から這い上がってくる。
(馬鹿だ……こいつはとんでもない馬鹿だ! 物見遊山のつもりでこんなところに踏み込んだ挙句、昼も夜も空を見りゃ方角が分かる土地で迷っただと?)
空に雲がかかることが滅多にないとすれば、昼は太陽、夜は星々という目印が常に天に示されているということである。少なくとも方角だけは見失わずに済むはずなのだ。
にも拘らず奥地に来ていることすら分かっていないということは、そもそも方角の読み方を知らないのだろうか。
(どんな育ちなのか知らないが、とんだ世間知らずか。甘く見るにもほどがある)
そんなのはティーゼルからすれば、当人が何と言おうと「死にに来た」以外の何ものでもなかった。
自身の抱いた呆れと怒りをそのまま相手にぶつけてやろうと、ティーゼルはあらためて眼前の若者を叱り飛ばすために息を吸い込む。
……が、怒声を浴びせる前にティーゼルは口を噤んだ。
『死に損ない』のどこを見ているか判然としない瞳には、光も無く、ただただ虚無が広がっていた。
その眼差しが目に入るなり、ティーゼルの中で急激に怒気が萎んでいく。
どう考えても、彼が物見遊山などという浮ついた行動を取り得るようには見えなかったのだ。




