第3話 (12月 3日のおはなし)
「んん?」
転ばせた男を踏みつけ武器を取り上げていたティーゼルは、突如呼ばれて怪訝な声を出す。
「あの男を捕まえて! 絶対に逃さないで」
「はあ?」
口ではそう言いながら、ティーゼルは奪ったばかりの短剣を鞘から抜くと、駆け去っていく男に投げつけ、次いで自身の懐から取り出した小刀も投擲する。過たず、短剣は男の肩口辺りに、そして小刀は脚に突き刺さり、人影が地面に倒れ伏すのが見えた。
種類の異なる武器を矢継ぎ早に放って標的を仕留めるという離れ技を見せたティーゼルは、涼しい顔で『死に損ない』に伝える。
「ほらよ、脚は止めたぞ」
「捕まえてきて……」
「人遣い荒いな! こいつはどうするんだ」
「そっちはいいよ……放っておいて」
「やれやれ」
文句を言いつつ、ティーゼルはそれでも彼の要求に従ってやった。なぜなら、その声がかなり力無いものになりつつあるのを感じ取ったからである。
恐らく、『死に損ない』はこれ以上あまり動けない。
ティーゼルは自身の剣をいつでも抜けるよう左手で鍔元を押さえつつ、足早に倒した男の方に向かった。
脚をやられて倒れて以来、その人影が動く様子がない。それはそれで不自然である。
慎重に近付いたティーゼルは青灰色の瞳を見開いた。
「……なんてこった」
男を覗き込んで、彼は思わず独り言ちる。驚いたことに、相手は絶命していた。
『死に損ない』は勿論、ティーゼルも彼に致命傷など与えていない。にも拘らず……である。
「おおい、こいつ死んでるぞ」
脈や呼吸の有無、瞳孔など一通り調べてから、声を張り上げ『死に損ない』に伝えてやる。『死に損ない』より他のふたりの方が衝撃を受けた顔をした。
「……そう。どのみち殺さなくてはと思っていたから、手間が省けたかな?」
表情に乏しい声音でそう呟く『死に損ない』に、すっかり戦意を喪失していた彼らは慄く。
ティーゼルに踏みつけられていた男は顔を斬られた仲間に肩を貸し、ふたりのならず者は震えながらこの場から逃げ出した。
『死に損ない』は彼らのことは全く追おうとしなかった。




