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最終話    (12月31日のおはなし)

 荒野を西へ、ひたすら進み続ける。それは血風を掻い潜るような過酷な旅となった。

 三つの昼と三つの夜を越えた。その間、ならず者や盗賊に襲撃されることいったい何度であったか。

 カンファーの貴族にけしかけられたらしい礼金目当ての者たち、毛色の良い二人を上玉と狙う人買いとその雇われ武装集団、単に身なりの整った彼らの荷を狙う、偶然行き会った無法者たち――。

「勘弁してくれ……」

 ぐったりと剣を抱えてへたり込み、ティーゼルは零した。四度目の昼を迎えようという日、どうにか休息場所を確保したところである。荒野の終わりが近いことを示すように、ところどころに灌木が姿を見せ、また頼りなく乾いた姿の草が無気力に風に揺れていた。

「ティーゼルって……強いね」

 皇女の粋な計らいにより、重傷を抱えたまま無法者たちから逃げ続ける旅を余儀なくされたヴィーは、すっかり感心した様子でティーゼルを見る。何しろ、その無数の各種襲撃者は大部分を彼が撃退し、なおかつ着実に荒野の端にヴィーを導いているのだ。

 早急に荒野を脱出しメリッサ姫の状況を確かめたいとの切望と、恩人の皇女から託されたヴィーを守らなくてはならないという使命感によるものか、行きの彷徨ではほとんど本気を見せることのなかった彼の闘いが、今は別人かと疑いたくなるほどの冴えを放っていた。

「……べつに。一応俺は本職の騎士だったからな……ならず者相手におくれを取りはしない」

 とはいえ如何せん数が多すぎる。しかもいつ襲われるか分からない日々が続くという、まるで行軍中の兵士の気分だ。

 今は自分たちが荒野を出てしまえば振り切れる相手ばかりであるので、ヴィーもいちいち襲撃者の命を取ろうとはせず、火の粉を振り払うことを優先している。

 しかしそうは言っても、特に礼金目当ての連中はしつこく、ある程度の怪我を負わせて戦闘不能にしないとらちが明かない。結果流血は避けられず、気付けばヴィーは再び『死に損ない』の頃のように返り血に染まってしまっていた。

 ティーゼルは剣を鞘から抜き、血に塗れた刀身を磨き始める。ヴィーも同様に剣の手入れを始めた。

「あともう一歩で街に着く。休んだら夜を待たずに出発するぞ」

 しばらくののち、輝きを取り戻した剣を鞘に納めながらティーゼルは言い、その場にごろりと横になった。

 ヴィーはティーゼルの隣に座ったまま、少しの間何やら考え事をしていたが、やがて虚空を見つめたまま口を開いた。

「……ティーゼル」

「なんだ」

 ティーゼルは目を閉じてはいるものの眠ってはいなかったらしく、返事はすぐに返ってきた。

「……ずっと考えていた。なぜトレフォイル侯とメリッサ姫がアガスタキの遺構を訪れたのか」

 ティーゼルは目を開けてヴィーを見遣る。ヴィーは相変わらず考えながらといった様子で、こちらを見ずに続けた。

「遺構の被害者はトレフォイル侯と姫が初めてじゃない。恐らくその前に……伯父上が……陛下が訪れていて、そこで伯父上にニームの罠が襲いかかったんだ」

 ティーゼルは険しい顔で身を起こす。到底、横になったまま聞いていられる内容ではなかった。

「この数ヶ月陛下のお加減が良くないらしいことは聞いていたんだ。ただメリッサ姫と陛下では恐らくニームの力への耐性が違う。陛下はメリッサ姫ほど呪符の影響を受けなくて、意識はすぐに戻られたんじゃないかな。ただ身体に受けた毒による不調はまだ引き摺っておいでで……。トレフォイル侯は陛下の密命で遺構の調査に訪れたのだと思う。メリッサ姫が同行したのは、彼女は母君が王族の血を濃く引く方だったから、彼女自身父君より王家の血が濃い。より遺構の深くに踏み入れるには姫の血統が必要かもしれないということで、協力を請われたんじゃないかな。そこまでが陛下の命なのか、研究者だったトレフォイル侯の独断だったのかは分からないけど」

「……陛下がなぜ遺構に?」

「アガスタキは王妃の実家ウィロウ家の明礬みょうばん石鉱床に近いから、もしかすると採掘の関係で偶然遺構が見つかってしまったのかもしれない。あるいは、そのことについてリツェアから警告を受けたか――。ソレルが視察に行ければ良かったのだろうけど、彼、相変わらず王宮に引き籠って公務どころではなさそうだからね。陛下が自ら動かれたということは、たぶんリツェアから直接何らかの申し入れがあったのだと思うよ」

 ティーゼルは渋面を作る。

「そんなことで陛下の身に危険が及んだなんて冗談じゃないが……」

「そう。この事態は恐らく、リツェアとしても本意ではなかったと思う。ただ難しい問題だよ。遺構がエレカンペイン国内にある以上、リツェアも直接干渉はできない。ニームに関わる話は王家としかできないから、当然陛下が直接関わることになる。本来なら、それこそ私の父上あたりが調査におもむくのが適任だったと思うけど、処刑されてしまっているからね」

「……いきなり重い話挟むのやめてくれないか……どう反応していいか分からん」

 実父の処刑というあまりに繊細な話を持ち出されたことに対し、疲労のためか遠慮や配慮など一切無しにティーゼルはきっぱりと抗議する。ヴィーはそんな彼を潔く感じたのか、声をあげて笑った。

「はは、それはそうだね。もう私の身にはあれやこれや起きすぎていて、どこか他人事のように話してしまうところがあるんだ。いちいち感情を差し挟んでいられないから……」

 彼の言葉に、ティーゼルは皇女がこの地を呪ってしまったと淡々と語っていた姿を思い出す。

(こいつ、見た目はバルサムに似ていると言われていたが……中身は皇女似かもしれないな)

「――だからね、恐らくレティがこの地に何かある、と教えてくれた、その情報源もリツェアなんじゃないかと思う。陛下がリツェアから受け取って、それをメリッサ姫を預かるレティに託したんじゃないかな。陛下やトレフォイル侯の事故から時間がかかったのは……それだけリツェアとしても開示が難しい情報だったということだと思う。そして陛下にとってもね」

「そりゃ、あんなとんでもない秘密が隠されてるんじゃな」

「そう。――だからね、恐らく陛下は表立ってはティーゼルに対しても何もできないかもしれないけど、貴方が何かの折に助力を請えば、陛下は配慮を示してくださるのではないかと思う。特にメリッサ姫のことが絡む場合は」

 ティーゼルははっとしてヴィーの顔をあらためて見た。彼はようやくこちらに視線を合わせ、意味深に微笑む。

「……リサのことで一族とめるようなら、陛下に助けを求めろということか?」

「……姫が目覚めたのなら、揉める原因は無くなると思うけど……次期メリロット公爵夫人の座を狙う者は多いだろうからね」

「まっぴら御免だ!」

 ティーゼルは頭を抱えた。そんな彼に、ヴィーは再び声を出して笑う。歳相応の、屈託のない笑顔だった。



 二人は数刻ほど睡眠を取ると、どちらからともなく起き出して糧食をかじる。それも一段落すると旅嚢りょのうを背負い、剣を腰にいた。

 いよいよ出立というところで、おもむろにヴィーが切り出した。

「ティーゼル……私たちはここで別れよう」

「なに?」

 少なくとも荒野を出るまでは彼の面倒を見るつもりでいたティーゼルは、驚いて聞き返す。

 ヴィーは穏やかな顔で言った。

「マルベリー卿が蟄居中のウォータークレス公と国外で接触してるなんて、どう考えても問題だからね。人に知られるわけにはいかないよ。だから影の者がいない今のうちに別行動にするべきだ」

「それは……分かるが……」

 なおも逡巡するティーゼルに、ヴィーは懐から折り畳まれた羊皮紙を取り出し、彼に差し出した。

「なんだ?」

「これを奪われると一番問題だから、念のため預かっていてほしい。エレカンペインに帰ったら、レティに頼んで僧院に送ってくれないかな」

 ティーゼルは怪訝な顔で羊皮紙を受け取り、開いて中に目を通し始める。途端、彼の眉間にはっきりと縦皺たてじわが表れた。

「おい、カンファー国王の署名があるぞ。しかもメリア」

 書面の下半分を占める、円形に形作られた、神聖文字に良く似たメリア文字。つまりこれは公的に効力を持つカンファー国王の勅令だ。

 ヴィーはこともなげに答える。

「礼金目当ての者たちが狙っているのが、私の命とこれ。例の幼馴染の姫を死なせた一門――つまり私の母方の縁者なのだけど――がこれ以上勝手をしないように、宗主権を私に委譲するようカンファーの国王陛下に迫ったんだ。陛下にも責任のあることだったからね。で、これはその勅令状というわけ。これが失くなったからといって王命がくつがえるわけではないけど、彼らはどうにかして私と共にこの世から消したいみたいだ」

 そう語るヴィーの瞳が冷たく凍る。彼がその件に対してどれほどの怒りを抱えているか、ティーゼルにも如実に伝わってきた。

「万が一私が死んでも勅令状を手に入れられなければ彼らの望みが完璧に叶うこともない。巻き込んで悪いけれど、私を心配してくれるならどうか協力してほしい。――それに、それが私の手許に戻ってきたら、ティーゼルが無事に戻れたという知らせにもなるから……」

 どこか寂し気な口調でそう言われ、ティーゼルは頭を乱暴に掻いた。

「……分かったよ、預かる。……お前にはずいぶんと助けられた。お互い立場があるのは分かってるが、それでも……そんなものは関係無しに、感謝している。まあ、余計な酷い目にもずいぶん遭わされた気はするがな! ……いつか、恩は返す」

 最後は真剣な表情で言われ、ヴィーは柔らかく微笑んだ。

「私を助けてくれたのはティーゼルだよ。その礼をしただけだって、前にも言ったと思うけど。でも……そうだね。今は表立っては親しくできないけれど、いずれ……この繋がりが互いを助けることになればいいと思っている。どうか……ソレルと、レティを支えてあげてほしい」

 ティーゼルは無言で頷く。

 二人は別の方角に向かって歩み始めた。ティーゼルは西へ、ヴィーはそれより北向きに。

「死ぬなよ」

 少しずつ離れていく相手の姿に向かって、ティーゼルは叫んだ。

「そのつもりはないよ!」

 すぐに向こうから返ってくる。その足取りはここで出会ったときより随分しっかりと、力強くなっていた。



「……オーリチ。もうそろそろその拷問みたいな薬草茶やめてくれません?」

 差し出されたゴブレットから、ヴィーは心底厭そうに顔を背けた。

 司教の豪奢な僧服をまとった険しい顔の相手は、断固として首を振る。

「貴方には色々な意味で薬が必要です。文句は聞きません」

「うえ……」

 ヴィーは情けない声を出すが、到底拒めるものではないというのも分かっており、どうやったらここまで不味いものができあがるのかと思う薬草茶を一息にあおった。

 気の毒なのは、眼前のオーリチの横で虚ろな目をしている修道僧である。彼は毒見役としてこの酷い出来の薬草茶を、この場で飲まされたばかりであった。

 毒見役は毎日替わるのだが、いずれもその後の反応がまともでなく、正直毒見としてどこまで役に立っているのかヴィーにもよく分からない。

「貴方、もう私の従者でも主治医でもないのですから、放っておいてくれません?」

 彼はかつて、ヴィーがこの僧院に身柄を預けられた際、最初に付けられた従者だった。その後ヴィーが内密に騎士修行のため一時的に僧院を出た際、その役目を終えている。

 しかし先月、ヴィーが傷を負ってここに戻って以来、良い実験体を見つけたとばかりにオーリチは足繫く彼の部屋に現れては、嫌がらせとしか思えない薬草茶を振舞い続けていた。

 あのとき皇女がティーゼルの願いを聞き入れて、傷を治してくれさえいたら……と今さら彼女を恨めしく思いつつ、もしこれで日焼けもあのままだったらどうなっていたことかと、更なる恐ろしい事態を想像しては、一人で背筋を寒くしていた。

「できない相談ですね。……ああ、明日は大主教猊下の御供がありますので、別の者に運ばせます」

「猊下が外出されるのですか?」

 ヴィーが小首を傾げて問うと、オーリチは首を振る。

「いえ、そうではありませんが、メリロット公爵家の方々との会議が聖堂内でありまして」

 ヴィーはわずかに動きを止めた。

「……メリロット?」

「ええ。惣領であられるマルベリー卿と、大主教猊下の姪の姫君の婚礼の日取りを決めるとか。次期公爵の婚礼ですからね。恐らくケンプフェリアで執り行われることになるでしょう」

「……ふうん。慶事は喜ばしいことですね。それも猊下の縁者の方となれば」

「ええ。――ですから、私がいなくてもきちんとお飲みください。では、失礼いたします」

 オーリチが毒見役の修道僧を従えて退出し、ヴィーは部屋に一人になる。

 彼は足音が遠ざかるのを確認してから、子供のように勢いよく寝台に飛び込んだ。

「あっ、痛……!」

 脇腹に疼痛とうつうが走り、思わず声を上げる。

 はしゃぎすぎた。しかしそれもすぐに湧き上がる喜びに搔き消される。

 荒野での詳しいことは、彼の妹のスキレットにも語っていない。ティーゼルに預けた勅令状は厳重な封がされた状態で彼の手許に送られてきた。

 それが何かはスキレットにも秘されている。ゆえに彼女との手紙で話題に出すこともできず、結局メリッサ姫がどうなったのか、ヴィーはあらためて確認する術もなかったのであった。

(おめでとう、ティーゼル……心から祝福するよ)



   ― 完 ―

ここまでお読みいただきありがとうございます。

アドベントと言いつつ大幅に期間をオーバーしてしまいましたが、これにて完結となります。

後日あとがきを更新予定です。

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