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第21話    (12月21日のおはなし)

「レティからね、貴方が放浪してるという話は聞いていたんだ。――ああ、聞くというか、手紙でのやりとりなんだけど」

「そうですか……」

 頭痛を堪えて、ティーゼルは呑気な口調で語られる相手の言葉に投げやりな相槌を打った。

 周囲は相変わらずの赤茶けた無骨な地表が広がっており、あの大量の水はどこへ行ったのか、微かな流れの筋が頼りなく強烈な陽光にあぶられていた。干上がるのも、そして自分たちの身体が乾くのも時間の問題だろう。

 ただ、地形は先ほどまでの峡谷とは一変し、四方を岩壁が取り囲む窪地になっていた。あの前方に立ちはだかっていた岩盤を水流が穿うがち、自分たちをその向こうに運んだとでもいうのだろうか。

 ひとまずふたりは濡れ鼠の身体と衣服を手っ取り早く乾かすために、陽光を浴びつつぶらりと歩き、ついでに周囲を検分することにした。

 そして、どこから情報を整理したものかと悩むティーゼルとは対照的に、『死に損ない』――もとい、ウォータークレス公ヴァーヴェインは、屈託のない様子で語りだしたのだった。

「妹と文通を?」

「私が僧院に蟄居ちっきょを始めて以降、ね。元々はソレルに書いていて、それは今でも続けているのだけど……読んでもらえてないから……」

 一抹の寂しさが混ざる彼の言葉に、ティーゼルは混乱する頭で口を挟んだ。

「ウォータークレス公……訊きたいことが」

「昔みたいにヴィーと呼んで。『死に損ない』でもいい。それから……今まで通りに接してくれないかな」

「お前呼ばわりしてたが……」

 ついでに言うと、こんなことなら『死に損ない』などというふざけた呼び名も受け入れないでいてほしかった。

「そんなの、慣れてるから平気だよ」

 ティーゼルは首を傾げる。いったいこの、大陸でも指折りの高貴な若者を、誰が「お前」などと呼びかけるのか。

(そもそもこんなところにいること自体、冗談みたいなものだが……)

 そう考えると、確かにかしこまった態度を取るのが馬鹿馬鹿しくなってくるから不思議である。それは、相手がごく自然に、これまでのこちらの態度を受け入れていたからか。

「……せめてヴィーと呼ばせてもらう」

 さすがに『死に損ない』と呼び続けられるはずもない。

 ティーゼルの言葉に、彼は心なしか口許をほころばせて頷いた。

「うん。……それで、質問は?」

「……王太子殿下のことを……どう思ってるわけ?」

 このヴィーの父である王弟シダーウッドは、ソレルの母の一門ウィロウ家との確執が原因とされる内乱に敗れ、斬首の刑に処されている。かれこれ五年ほど前のことだっただろうか。

 以降、その嗣子であるヴィーは家督こそ継承したものの、バルサム教会の僧院に蟄居を命じられており、宮廷の表舞台には一切出ていない。

 普通に考えればウィロウ一門をはじめ、その血を引くソレルに対して遺恨があってもおかしくない。ソレルの婚約者と定められている妹スキレットや、その兄である自分も当然、ヴィーからすればソレルの陣営の人間である。こちらの素性を知っていてなお、どうしてここまで親しげに接してきたのか、理解に苦しむというのが本音だった。

 色々と訊きたいことはある。しかしまずこの点をはっきりさせなければ、彼とどのような関係も築くことは難しい。

 もちろん、笑顔のまま腹に黒いものを抱え続ける人間はいくらでもいる。彼がそうであったとしても、その立場を思えば当然とすら言えるし、責める気もない。

(それでも……)

 この数日、彼がこちらに見せてきた態度が装ったものではないと、信じたい気持ちがあった。そんなことを思う自分も、貴族としてはいい加減甘いと分かっているのだが。

 妹と違い、元から高位貴族として育てられていたわけではなかった自分は、どうしても真っ当な人間としての付き合い方を相手に求めてしまう。生まれながらの王族である彼に、同じことを期待するなど愚かなことだと分かっているのに。

 複雑な表情を浮かべてただじっと自分を窺うティーゼルに、ヴィーは彼の不安まで読み取ったのか、ふ、と笑った。

 これまで浴びた血に紛れ、読めていなかった表情の変化が見えるようになったせいか、ずいぶんと柔和になった印象を受ける。

「あのときたったの八歳だったソレルが……私たちに何をしたというのだろう、というのが私の正直な気持ちだよ。だからもちろん、ウィロウ一門の者たちに対して抱いている感情とはまったく違う。ティーゼルは覚えているのか分からないけれど、私はソレルを従弟として愛していて……それは今でも変わらないんだ。大人たちの思惑でこうして引き裂かれて、そのことが悲しかった。――ただ、いい加減(かたく)なというか、臆病が過ぎやしないかとそろそろ思ってきてはいるけど」

 王太子ソレルは従兄の怒りと恨みを恐れ、こちらから届く書簡を自分で開く勇気も持てないらしい、とヴィーは続けて語った。

「そこはレティが教えてくれていることなんだけれどね。ソレルの様子なんて、本来私の許に伝わるはずがないのだから」

「それは……そうだな」

 いったい妹は何をやっているのか、とティーゼルは若干呆れた。表面的に見れば、婚約者の立場を利用し、王太子の様子を最も危険な政敵に漏らしているという捉え方もできるのだ。

「――だから、レティは私の数少ない理解者でもあるんだ。ティーゼルとは……疎遠にならざるを得なかったけれど、レティが時折話題にしてくれたから、彼女が信頼する兄上なんだってことは知ってた」

 そこまで言って、彼は若干剣呑な表情を作り、ティーゼルを横目で見上げた。

「だのに本人は私のことなんかすっかり忘れて思い出しもしてくれないものだから……正直拗ねてたよ。ただでさえこれまでの人生で最高に機嫌が悪かったというのに、旧知のはずの相手にそんな仕打ちをされて……」

「ま、待て……」

 突然恨み言を連ね始めたヴィーに、ティーゼルは慌てて釈明を始める。

「妙な既視感はあったんだ」

「ソレルに似てたからだよね?」

 すかさず返され、うっと言葉に詰まる。

「それは……確かにそうだが、だが考えてもみてくれ。陛下から蟄居を命じられているウォータークレス公が国外を――それも無法者が横行する荒野で単身行き倒れてる、なんて想像できるほうがどうかしているぞ。そもそも何やってたんだ一体! 蟄居はどうしたんだ!? 誰がならず者をけしかけてお前を消そうとしていた。ウィロウ一派か!?」

 畳み掛けられたヴィーは彼の迫力に若干気圧され気味になり、いささか仰け反りながら答えた。

「……悪かった、八つ当たりして。ええと、順番に答えるね。カンファーからエレカンペインに戻るところだったんだけど、カンファーで物凄く嫌なことがあって……平たく言うと幼馴染の姫が私に関わる政争に巻き込まれて死んでしまって。二度とあの国にそんな真似はさせないように処置してきた帰りなんだ。でも心の整理がつかなくて、気付いたら荒野に入っていたというか……」

 平たくと表現された内容があまりに重く、ティーゼルは絶句した。

 カンファーとはこの荒野の北とエレカンペインに接する小さな王国である。ティーゼルもそこからこの荒野に入ってきたのであるが、その国でそのような騒動が発生していたとは知らなかった。

 確かヴィーの母がカンファー国王の従姉であったとはティーゼルも聞いている。政争が発生するほどに彼があの国に深く関わっていたとは知らなかったが。

「……だから恐らく、ならず者たちを動かして私を消そうとしたのは、私の対抗措置が気に入らないカンファーの者たちだと思う。ウィロウじゃない」

「ウィロウの他にも敵がいるのか……」

「味方のはずの相手だったんだけどね……」

 ヴィーの口から零れる事実の一つ一つがやたらと重く、ティーゼルは何とも言えない気分になった。

 自分の抱えている問題が小さく感じられる――いや、決してそんなことはないのだが。

「ティーゼルは……」

 ヴィーがそう切り出したときだった。

 突然、足元の地面に光が走った。

「っ、なんだ!?」

 驚いたティーゼルが声を上げる。ヴィーも驚愕に口を噤んだ。

 この円形の窪地の地面全体が白く光り始める。

 よくよく見ると、光る線が地表に細かな文様を描き出していた。

「……メリア文字!?」

 その意匠に何やら見覚えがあるような気がしたティーゼルが叫ぶ。高位貴族だけが署名に使う装飾文字である、メリア書体に酷似していたのだ。

 しかし注意深く光る地面を凝視していたヴィーが首を振る。

「……よく似てるけど違う……。これは……ニームの神聖文字だ」

「ニーム!?」

 ティーゼルがそう言った直後、さらに驚くべき事象が起こった。

『……用があるというから招き入れてやったというのに、いつまでも何をしている』

 高圧的な女性の声が響く。

 二人は周囲を見回したが、人影はない。いや、これがこの場で誰かが喋った声でないことは、最初から分かっていた。その声は彼らの鼓膜を震わせたのではなく、頭の中に直接響いてきたのだから。

『早く参れ……私は気が短い』

 窪地の一角がさらに眩く光り始める。

「ティーゼル! 行こう」

 ヴィーが叫んだ。

「ああ」

 応じて、ティーゼルはヴィーと共に、白昼の陽光すらも退けるような強烈な光の中に飛び込んだ。

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