第2話 (12月 2日のおはなし)
「……っ、この……」
呻くような声が、剣に狙いを定められた男の喉奥から絞り出される。
男の視界で酷薄な光を放つ刀身は、全体が丁寧に磨かれている様子でありながら、ところどころに鉄錆色の翳りを映していた。つまりはそう遠くない過去に何者かの肉体を抉り、その血を啜った事実を窺わせており、男はいささか顔色を失くす。
そこまで具には剣の様子が見えていない残りの二人は、それぞれに短剣を抜いて『死に損ない』に向けた。
一気に険悪度が増した空気の中、その張本人たる『死に損ない』は相変わらず気怠げな口調で言う。
「ねぇティーゼル。彼らの要求を聞くに、これまでにもたくさんの戦利品を貯め込んできているに違いないよ。始末して奪ってしまおうか」
「なに? その悪魔の囁き」
ティーゼルが呆れ顔で指摘するのと、激高した様子で両側のならず者たちが武器を振りかぶるのはほぼ同時だった。
「ガキがっ! 舐めてんじゃねぇぞ」
ティーゼルは咄嗟に身を沈めた。その直上の空気を『死に損ない』の剣が薙ぐ。鋭い風切り音が響いた。
既に腰が引けていた正面の男は、自身の首から剣が離れたのをよいことに、覚束ない足取りで後ろに退きかける。……が、身を低くしたティーゼルに足払いを掛けられ引き倒された。
『死に損ない』の横薙ぎに払われた剣は、その軌道のままに彼の右手から迫る男の額を掠める。
眉の辺りを斬られた賊の皮膚から、傷自体の深さとは裏腹な量の血が溢れ出した。男は、自らの顔面に剣の切っ先が至ったという事実と、視界を染める鮮紅そのものに戦意を殺がれ、後退る。
既にそれには目もくれず、『死に損ない』は突っ込んできた左手の男の短剣を払い、返す刀で弾き飛ばした。
もとより長剣と短剣の対峙、人数で勝っていたとはいえ、懐に潜り込めない限りは長剣に分があるのは明らかだ。そして武器としての優位性に加え、そもそも長剣を引っ提げてうろつく人間は身分を問わず、戦いを生業としている人種が大半であろうということを、このならず者たちは考慮すべきであった。さしたる護身の術も心得ない旅人を相手に略奪を働くのとは、訳が違う。
自分より強い相手に喧嘩を売らない。それは特にこの過酷な地では鉄則だった。わずかな傷も命取りになるからだ。
ゆえに、この地での戦いが長引くことは少ない。群れをなす獣に似て、どちらがより優勢かさえ明らかになれば、弱い者は早々に退くものだ。
しかし、他の仲間たちとは違い、武器を奪われてもこの男はまるで怯む様子を見せなかった。剣筋を読んだのか、流れるような動作で地面に転がり『死に損ない』の次手を躱すと、起き上がりざま何かをこちらに投げつける。
「!」
『死に損ない』は咄嗟に外套を翳して身を庇った。繰られた布に行く手を阻まれた飛来物が地面に落ちる。礫のようだった。その隙に相手は身を翻し、この場から去るべく走り出す。
「ティーゼル!」
即座に『死に損ない』は叫んだ。




