第17話 (12月17日のおはなし)
「何てことしやがる!」
首領の死に一度は動きの止まった一党であったが、ひとりがいち早く我に返って叫んだ。
「殺す気で来たのにおかしなことを言う奴らだ」
ティーゼルが呆れて言う。
『死に損ない』は無言だった。その様子をちらりと横目で見遣り、ティーゼルは内心で渋面を作る。
(……まずいな)
恐らく『死に損ない』は立っているのがやっとの状態だ。年齢的にもまだ成長途中であろう彼の身体は、これまでの旅の過酷さのためなのか、ティーゼルから見ても細く頼りない。それが大の大人相手にまともに剣で打ち合い、負かすまでには相当な負担がかかったはずである。当然、脇腹の傷にも響いているだろう。
しかしここで膝をつけば、彼の容赦のない反撃に怯みを見せたこの連中も、一斉に攻勢に転じるに違いなかった。大金が懸かっているとあっては、弱った獲物を見逃すはずがない。
それが分かっているからこそ、『死に損ない』も気力を振り絞って踏みとどまっているのだろう。とはいえ、このままでは嬲り殺しにされるのも時間の問題である。
(殺すも已むなし、か……)
やたらと思い切りがよく、もはや血に飢えていると言われても文句は言えないであろう『死に損ない』とは違い、ティーゼルは基本的に、この教会の加護の届かない地で他者を殺めることには抵抗がある。悪人と言えど、進んでニームの餌食にしたくはないのだ。
しかしただの掠奪ではなく、明確に『死に損ない』を標的と定めている彼らが簡単に退くとは思えなかった。多勢に無勢、手段を選んでいる場合ではない。
右手で剣を構えて敵を牽制しつつ、ティーゼルは外套の陰で密かに左手で小刀を握る。
さして距離も無く、的も大きいこの状況では、自分なら利き手でなくとも狙いは外さない自信があった。
「おい、動けるか?」
ティーゼルは小声で『死に損ない』に耳打ちした。相手が微かに頷くのを気配で感じる。
「俺が血路を開くからついてこい。とにかくこの包囲から抜ける」
「待って」
意外なことに『死に損ない』が制止した。
「小刀であいつらの気を逸らしたら、すぐに鼻と口を塞いで」
『死に損ない』の意図が分からず、ティーゼルは一瞬眉根を寄せたが、ここで問答に時間を取るわけにはいかない。
「……分かった」
短く答えると、彼は左手を一閃させた。
吸い込まれるように標的めがけて銀色の刃が飛んでいくのを見届けて、すぐさま外套の端を掴み、顔の下半分を覆う。
ティーゼルの小刀が喉に突き立った男が声もなく頽れ、他の仲間たちが驚いてそちらに顔を向けた瞬間、『死に損ない』が左手で懐から取り出した何かを、自分の正面の男たちに向けて勢いよく撒いた。
虚空に散る粒子が傾いた陽光を受けて乱雑に反射する。不規則な輝きに得体の知れない禍々しさを感じた。
(『ニームの息吹』……!?)
『死に損ない』の手に握られていたのが先ほどの小瓶であることに気付き、ティーゼルは目を見開く。煌めくそれが男たちの顔に届くなり、彼らは次々と意識を失い倒れ始めた。
「な、なんだ!? どうした!」
残った男たちは状況が飲み込めず、あちらとこちらに倒れた仲間を交互に見遣る。
完全に標的である二人から注意を逸らした男たちに、『死に損ない』が一歩踏み出し一人の頬に剣をひたと据えた。
「ひ……っ」
こちらを振り向きざま、相手が悲鳴を飲み込む。
「毒を使った。死にたくなければ退け」
血塗られた剣を向け、また自身も先ほど屠った首領の血で濡れたまま冷たく言い放つ彼の姿は、もはや死神のように男の目に映った。
「ニ、ニームだ……!」
男は唇を戦慄かせ、ぎくしゃくと『死に損ない』から顔を背けると、情けない悲鳴を上げつつ一目散に逃げ出す。
それを皮切りに、他の仲間たちも慌てて立ち去った。
「何人殺したんだ……」
折り重なって地面に横たわるならず者たちを見下ろし、ティーゼルは頭を抱える。
「死んでないよ」
すかさず『死に損ない』が言った。
「これは発動した術の残骸だろうし……量も加減したから。眠ってるだけだ」
「……そうなのか」
意外にも理性的な対応をしたらしい『死に損ない』に、ティーゼルはほっと胸を撫で下ろす。
「いつ目覚めるか……そのまま死に至るのかは分からないけど」
「おい」
一瞬でも彼を見直した自分が間違っていた。
非難めいた顔を向けられ、『死に損ない』は憮然とする。
「さすがに……こんなもの、さっきまで実在するとも思ってなかったんだから、そこまで器用に扱えない」
『死に損ない』の言葉にティーゼルはがっくりと項垂れた。なんというか、心が疲れた。
「……お前さ、適応力がありすぎじゃないか……?」
ティーゼルからすれば、ニームに関わるものを持ち歩こうという神経がどうかしているし、ましてや自分で使ってみようなどとは……。
「使えるものは……使うのが鉄則……でしょ」
言いつつ『死に損ない』はその場にへたり込む。そういえば彼こそ立っているのがやっとのはずだった。




