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第15話    (12月15日のおはなし)

 ティーゼルは唖然としながらも、まずはもっともな疑問を口にした。

「……どういうつもりだ。わざわざ近寄りたいと思う者などいないぞ。正気の沙汰じゃない」

 この言葉で『死に損ない』の推測を否定し損ねたことに、ティーゼルは後から気付く。しかし『死に損ない』は特段表情を変えることなく淡々と答えた。

「たぶん、ティーゼルよりはニームの知識があるから……多少なりとも役に立てると思う。気に掛けてくれた礼とでも思ってくれればいい」

「何を言っている……」

 ティーゼルは、自身の『死に損ない』に向ける目が得体の知れないものを見る目つきになっていくのを自覚する。

 ……いや、元から謎だらけではあった。そもそも彼は名乗りもしない。

 皮膚の損傷と付着した血痕に隠され、いまひとつ全容が掴みきれない容貌なのに、なぜか既視感を感じるせいで、彼に対する警戒心が著しく低下していたようである。

 身なりや話し方から、少なくとも騎士家の身分の出であろうという見当は付けていたが、ただの騎士に自分以上のニームの知識など得る機会は無いと断言できる。

 もちろん、こちらも何者かは明かしていないのだから、『死に損ない』の言葉をどこまで真に受けるべきかは検討の余地があるだろう。それでも、そのやけに確信に満ちた物言いがあまりにも気になった。

「ティーゼル……ちょっと手伝ってほしい」

 混乱と疑念で、いつしか自らの思考に意識を沈ませていたティーゼルは、『死に損ない』の声にはっとして顔を上げた。

「……なんだ?」

 ひとまず考え事は脇に置き、ティーゼルは『死に損ない』に応じる。

「この男の脚を持ち上げて。……身体を逆さにして、口の中に何か入っていないか確かめたいんだ」

 亡骸は『死に損ない』よりも発達した体躯の持ち主だった。怪我のことを差し引いても『死に損ない』ひとりでできる作業とも思われず、ティーゼルは請われるままに遺体に歩み寄ると、その両脚を掴み、腰を沈めて力いっぱい持ち上げる。

「……こうか?」

「そのまま……もう少し」

 ティーゼルはすねを掴んだ両手をさらに高く掲げた。力を失った身体はひたすら重い。頭に血が上っていく。

 『死に損ない』は屈んだまま、逆さに持ち上げられた男の顔を注視していたが、ほどなくその口から何かが零れ落ちる。

「出た……! ティーゼル、もう大丈夫」

「ああ……」

 きつかった、と内心でぼやきながら、ティーゼルはゆっくりと遺骸の脚を地面に戻した。

「何が出てきたんだ」

 検分している『死に損ない』に近づき、ティーゼルが覗き込もうすると、『死に損ない』は手で彼を制した。

「気を付けて。……あまり近寄らない方がいい」

 そう言う『死に損ない』自身はかなり顔を近づけて観察していたが、やがて身を起こす。

「毒か?」

「うーん、そうとも言えるけど……」

 歯切れの悪い『死に損ない』の言葉に業を煮やし、彼の肩越しに地面を覗く。

 砂状の物質が小さな山を形作っていた。人の口から出てきたにしては結構な量であり、また一粒一粒が玻璃のように陽光を弾いて輝いている。全体的に白く見えるが、それが色なのか硝子質による反射なのかは判然としない。通常の砂粒とはどこか異質な印象を受けるが、それが一粒一粒がすべて不揃いな形状を持っているせいだった。自然の中で磨かれた形ではない。何かを形作っていたものが壊れ、砕けた――そんな様子に見える。

「……なんだこれは。――いや、……見たことがある」

 自分が旅に出ることになったきっかけの、あの事件の際に。

 眉をひそめてその砂粒に見入るティーゼルに、『死に損ない』が声を掛けた。

「ねえ、ティーゼル。多分だけど、そう遠くない先に探しものは見つかるかもしれない」

「……どういうことだ?」

 『死に損ない』は自分の目の前の亡骸を視線で指し示した。

「どうしてこの地に影の者を入れてはいけない、なんておかしな盟約があるのかと思っていたけど……後付けなんだね。そもそも生かして帰す気がないんだ」

「帰す気がない? 誰に?」

「ニームに」

 あっさりと答えられた言葉にティーゼルは再度絶句するしかない。

「……こんな状態を見るのは初めてだけど……」

 言いながら、『死に損ない』は自身の旅嚢りょのうに手を突っ込み、中を探って空の小瓶を取り出した。栓を抜いて少量の砂粒を瓶ですくい上げると、ティーゼルに掲げて見せる。

「これは恐らく『ニームの息吹』。禁を犯した者の体内に直接送り込まれるのかな。ずいぶん器用なことができるみたいだ」

「……っ」

 ティーゼルはごくりと唾を呑む。『死に損ない』が語ったこの男の死因もとんでもないが、それ以上にこんなことを平然と語る彼が分からない。普通なら与太話と片付けてしまうに違いないが、問題は、彼が『ニームの息吹』と呼んだそれに、自分も見覚えがあるということだ。

「お前……何者なんだ……?」

「とりあえず、日陰に戻ってもいい? さすがに辛くなってきた……」

 『死に損ない』の言うことももっともで、ティーゼルは重い足取りで『死に損ない』と共に来た道を引き返す。

 日没まではまだいくらかある。それまでに今度は必ず素性を聞き出してやる……と彼は内心で意気込んだ。

 しかし、あともう数歩で日陰に至るというその時。

「見つけたぞぉ! 十五、六の騎士みてぇな若造、あいつだな」

 だみ声が響き、先ほどまで休息の場を与えてくれていた巨岩の向こうから、わらわらと剣を握った男たちがこちらめがけて駆け寄ってきた。

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