第14話 (12月14日のおはなし)
今なお伝わる最も古い記録の限り、この大陸の名はエルムであった。そして現在も、同じくエルムである。
しかし、一時期その名が失われていた時代があった。一つの帝国が遍くこの大陸を統べていた時代。そのときの名がニームと言った。
ニームは大陸の名であり、帝国の名であり、元からこの大陸で暮らしていたエルムの民から名を奪い、文字を奪い、言葉を奪い――果ては寿命までをも奪った支配者たちの総称でもあった。
ニームがどこから現れたのかは記録に残されていないが、エルムのどの民とも異なる存在であることは確かであった。
彼らは彼らの神に仕えていた。その神が日々、夥しい量のエルムの民の血と肉を欲するがゆえに、ニームは日々、数十、ときによっては数百という数のエルムの民を屠った。神から分け与えられた恐ろしい力を行使して。
この時代のエルムの民の様子を伝える記録は少ない。ただ、天寿を全うした者はいないと言われている。畑に実った作物が必ず残さず刈られるのと同じく、エルムの民は神への捧げものとして刈られたのだ。
人としての生き方を奪われた彼らは、人であった時代の記憶を完全に失った。
まさにエルムにとっての暗黒の時代。そんな支配が千年以上続いたのである。聖者バルサムが、帝国に打ち込まれた神の軛を砕き、人々にエルムの名と知恵、そして歴史を取り返すまで。
バルサムは、エルムの民にニームに対抗する術を与えたが、ニームがいかなる存在かを語ることはついぞなかった。それについては黙したまま、戦いの終盤に至り、彼はニームの神を追い詰めるため、神々の次元――すなわち天へと昇る。ニームの神の撃退は成されたというが、彼はそのまま帰らなかった。
エルムの神々を守るため、戦いの後も天の門を守り続けているのであると、教典は語る。
遺された彼の血を継ぐ幾人かの子らが、地上での戦いを引き継いだ。
バルサムの功績は、現在の大陸の主教であるエルム教――別名バルサム教会――の教典として後世に残された。それは今もなお連綿と人々に説かれ、エルムの民の精神の根幹を形作っている。
その教典を記したのは、帝国からエルムの記憶を秘匿し、千年もの間守り続けた隠者の一族ヴィテックスの末裔で、バルサムの戦いを陰から支えたマンドレイクであると伝えられている。のちの世で賢者と尊称されることになる彼であるが、彼もまた、ニームが何者であるのか、それについては口を閉ざしたまま世を去った。
エルムの民は主にバルサムの子孫とマンドレイクの子孫に導かれ、ついにはニームに勝利した。そうして大陸はエルムの名を再び冠し、いくつもの彼らの国が建てられ現在に至る。
ニームの帝国が滅び去った大陸には、教典に謳われ、燦然と輝くバルサムの存在と、対照的にエルムの民の血と魂に刻み付けられたニームに対する恐怖が残された。
今もなお、ニームは自らの神のために、自分たちの血肉、果ては魂までも狙っていると、エルムの民は固く信じている。




