乙女ゲー世界に転生した俺、気付かないまま世界を救う
コメディよりの異世界ファンタジーで、バトルものを書きたくて短編にしました。
乙女ゲーム要素は少ないですが、気軽に読んで頂ければ幸いです。
――景色が一変する。
「なっ、強制転移!?」
――学園のパーティ会場から、見知らぬ森の崖上に飛ばされる。
「あ、あんなところに、人が浮いているぞ!」
――この世界に転生して早十四年。
「フハハハ、愚かな人間共よ! まんまと罠に嵌まりおって! 太古よりちっとも学ばぬ種族ぞ!」
――俺は、このために生まれてきたのかもしれない。
「なんと卑劣な! その姿! さては貴様、悪魔だな!」
――ただ“魔法”という、わくわくする未知の力を追い求めていただけ。
「フハハハハハ、愚か、愚か、愚かなり! 悪魔と魔族の分別もつかぬとは! こんな低能な種族を警戒していたなど、片腹痛いわ!!」
――なんの説明もなしに生まれ変わった俺だけど。
「なっ!? 魔族は遥か昔、勇者によって全滅したんじゃ!?」
――ひたすらに魔法を極めていてよかった。
「フハハハハハハハ! やはり人間とは、かくも愚かなものよ! 時の首領を討っただけで支配者気取りとはな!!」
ブレイブスルー魔法学園の学生たちは恐怖に身を強張らせ、唇を噛みしめて宙に浮く魔族を睨みつける。
たった九人の学生では到底及ばないほど実力が離れているのは明白だった。
「ここで未熟な聖女を殺れるのは僥倖。勇者の末裔共々、始末してくれよう!」
「なっ、狙いはルミナラか!? そんなこと、このエマニュエル・フォン・サンジェスターの名に懸けて、絶対にやらせない!!」
「オイオイ、王子様。俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ!」
「そうですよ。私たちも、ルミナラのためなら、たとえ火の中水の中、どこへだって駆けつけます」
「ってぇか、王子。一人だけかっこいいところ見せて、アピールしてんじゃないだろうな?」
「そうです! ぼくたちだって、ルミナラ先輩を愛しているんですから! 抜け駆けなんて許しませんよ!!」
「……同意」
金髪の王子と呼ばれた少年を皮切りに、赤、青、緑、水色、銀の髪色をした少年たちも一人の少女に熱い視線を送る。
「……みんな、わたしのために争わないで! 今は目の前の魔人ガリアに集中しましょう!」
「おや、聖女はいくらか博識のようだ。我の名を知っているとは思いもしなかった」
嘲る笑みを浮かべた魔人は、その身から溢れんばかりの魔力を迸らせる。
大気が悲鳴を上げ、地は恐れおののき、空は雷鳴を零す。
湧き上がる恐怖で顔面蒼白になる彼らと少女。
「……嘘よ! 最終形態なんて、もっと先のはずじゃ――」
少女の呟きは、誰の耳にも届かない。
歯の根が合わず、かちかちと耳障りな音だけが響いていた。
「――うん、ここは俺の出番かな?」
そんな、震えあがる彼らを尻目に、一人の少年が躍り出る。
黒髪をなびかせ、怯えも見せない彼は、冷静に空の魔人を見上げていた。
「うん? 矮小なる人間が、この魔力の大海原で、なぜ平然としていられる?」
「自分で言うのはどうかと思うよ? それにこの程度、せいぜい水溜まりぐらいじゃないかな?」
少年の言葉で顰蹙する魔人。
「……力の差も分からぬ愚物如きが、我を愚弄するかッ!」
「そっくりそのままお返しするよ。あと、人類にも強い人はいるんだよ? ほら、君たちが恐れている『超越者』とかさ」
途端、苦虫を噛み潰したように顔を歪め、魔人は忌々しそうに歯を食いしばる。
「――そうだ! ウォルター、貴様たしか『超越者』と連絡がつくんだよな? 今すぐこの場に呼んで助けてもらうんだ!」
「なに!? なら、心配することなんてないじゃないか!」
「超越者」の名前が出た途端、息を吹き返す少年たち。
その現金な様子に苦笑した黒髪の少年――ウォルターは、小さく首を振って否定した。
「残念だけど、これしきの事じゃ助けてくれないかな? それに、呼ばなくたってなんとかなると思うよ」
「は? それはどういう――」
「まぁ見てて」
エマニュエルの言葉を遮ったウォルターは、軽く手を振りながら前に進む。
そんな彼を呼び止める、一人の少女の声があった。
「あのっ――!」
「ん? どうしたの、アイヴィオラ?」
アイヴィオラと呼ばれた少女は、金糸を揺らし、不安げな様子を隠さない。
「えっと、その……“あれ”をやるのですか?」
おずおずと告げた内容に、ウォルターが軽く目を見張る。
すぐさま苦笑いに変り、小さく首を振った。
「いや、そこまでしなくてもいいかなって。まぁ、これだけで十分だと思うよ。安心して」
心配そうな彼女の手に軽く口づけをした後、踵を返して魔人へと歩みを進めていく。
「フハハハハハ! 何をするのかと思えば、そんなガラクタを使うのか! “出来損ない”は頭もなのだな!!」
出来損ないとは、魔力があるのに魔法が使えない人の蔑称だった。
ウォルターが手にした魔道具を見て嘲笑が止まらない魔人だったが、少年はそんな相手を異に返さない。
「じゃあ、そんな出来損ないに手も足も出ない君は、虫けらか何かかな?」
「……」
煽り返された魔人は、一瞬にして能面のような顔になる。
彼の瞳だけが煌々と燃え滾っていた。
「――もういい。お前の舌先三寸には飽きた。ここで屍を晒せ」
「ごめんね、その要望には応えてあげられないんだ」
笑って肩を竦めるウォルター。
ふと、何か思い出したように振り返った彼は、人差し指を唇に当て片目を瞑っていた。
「……忘れてた。これから見る光景は、ここだけの内緒だよ? じゃないと王様に叱られちゃうから」
暗に王命だと告げる彼は、皆の返事を待たずに向き直る。
「――じゃあ、始めよっか」
軽口と共に、腰に携えた魔道具を掴む。
こうして戦いの幕が切って落とされた
◆◆◆
「死ねッ!」
魔人が鋭い爪を立て、突撃する。
ウォルターは腰の魔道具を勢いよく引く。
――ガキンッ。
二人を鎖が隔てる。
火花を散らしながらせめぎ合っていたが、続く無数の鎖たちに、魔人は退避を余儀なくされた。
「――ッ!?」
飛び退いた魔人の元へしなやかな鎖が殺到する。
慌てて躱す魔人だったが、追撃は止まない。
大地を抉り、木々をなぎ倒し、空気を裂く鞭がとめどなく繰り出される。
堪らず距離を取った魔人は、顔を歪めてウォルターを睨みつけていた。
「あれ? ガラクタ、なんじゃなかったの?」
「貴様ッ!!」
青筋を立てた魔人が、先ほどとは比べ物にならない速度で迫る。
「そうこなくっちゃ」
再び魔道具を引っ張ると、ウォルターを取り囲んでいた鎖たちが踊り狂い、魔人の侵入を拒む。
目にも止まらぬ速さであっても、そのことごとくを打ち落とす。
手刀に蹴り、拳に体当たり。
四方八方から攻める魔人の攻撃は、鎖の牙城に傷一つ付けられない。
時には防ぎ、時には弾き、時にはいなし、時にはそっと受け止める――。
柔と剛を巧みに使い分け、その場から一歩も動かずに魔人を圧倒していた。
◆◆◆
目の前の光景が信じられないエマニュエルたち。
普段は“出来損ない”と罵っていた相手が、自分たちでは手も足も出ない相手に対し、優勢に戦っている。
彼の腰に付けていた魔道具は、普段からよく見るもの。
それは――。
「……おい、アイヴィオラ。ウォルターの使っている魔道具は、ただの魔道ランタンだよな?」
「お兄様のおっしゃるとおり、魔道ランタンですよ。“ただの”ではなく、特注品ですが」
冷たく言い放つアイヴィオラは、兄を一瞥しただけで、すぐ己の婚約者の勇姿に目を向けた。
「……なるほど、強力な効果が付与された魔道ランタンなんだな」
「はぁ――。違いますよ。特別な効果のない、ちょっと便利な魔道ランタンです」
「は? しかし――」
今度は顔も、視線すら向けず言い切ったアイヴィオラ。
混乱するエマニュエルの言葉を遮って、その効果を口にした。
「――効果は三つ。魔力を注いだ分だけ“頑丈になる”、“伸縮する”、“修復する”、この三つです。私もお借りして試してみましたけど、上級魔法数発分を注いだところで、鋼の剣に断ち切られるくらいしか硬く出来ませんでした。長さも倍が精一杯、途切れた鎖を直すなんて、不可能でしたよ」
「……」
同年代でも指折りの魔法使いとして知られるアイヴィオラでさえその程度なのだ。
目の前の光景を作り出すなんて到底あり得ないと、エマニュエルたちは悟る。
彼らの目が戦場を支配している少年に集まる。
彼はただひたすらに楽しそうな笑みを浮かべ、相手を打ち倒さんと闘志をみなぎらせていた。
そんな彼を見たエマニュエルたちは、これまでの行いの悔恨やら、罪悪感やら、やるせなさに打ちひしがれる。
彼らの心境などお構いなしと言わんばかりに、ウォルターと魔人の戦いはさらに熾烈を極めていた。
◆◆◆
「人間、なかなかやるではないか。しかし、防戦一方では我を倒せんぞ!」
「え? 攻めていいの? ――じゃあお言葉に甘えて」
「は? それはどういう――」
魔人の言葉は、轟音と共にどこかへ飛び去った。
真横から縦一線に振るわれた鎖。
綺麗なくの字に折れ曲がった魔人は、地面を数回跳ね、木々に受け止められる形で勢いを止めた。
土煙が立ち込める。
トンッ、と軽い音と共に、ウォルターが近くに降り立つ。
「貴様! 猪口才な真似をッ!!」
「注意を怠った君が悪い。戦いなんだから、常に気を張ってないと」
激高する魔人に正論をかます。
歯噛み魔人は、不意ににやりと邪悪な笑いを浮かべた。
「……そうだ、馬鹿正直に貴様と同じ土俵で戦う筋合いはないのだ! ガラクタを振り回すしか能のない貴様には、こうしてやればよかったのだ!!」
飛び退いて天へと手を掲げる。
ぶつぶつと何か口ずさむと、曇天を照らす太陽の如き爆炎が生じる。
「これでも食らえッ!!」
振り下ろされる腕に、莫大な魔力の乗った炎が堕ちる。
遠く離れたエマニュエルたちにまで熱気の届くそれは、ウォルターの目の前で停止した。
赤熱した鎖が絶えず走り、彼への進行を阻んでいた。
十にも及ぶ停止線が、耳障りな焼けつき音と急冷される金属音で不協和音を奏でる。
眉をひそめるウォルターに、空から勝ち誇ったような声が降り注ぐ。
「フハハハハハ、そうやって耐えていられるのも今のうち! 貴様は絶望に打ちひしがれるがいい!」
「絶望? この程度、どうってことないさ」
「――これを見ても、同じことが言えるのか?」
魔人は再び手をかざしたと思うと、今度は無数の雷鳴を生み出した。
そのぐらいどうってことないと豪語する彼だったが、次の瞬間、目を吊り上げる。
魔人の生み出した雷鳴は、遠く戦いを見守る少年少女へ向けられていた。
「貴様は強い。――だが、他の連中はどうかな?」
「やめろッ!!」
彼の制止虚しく、雷鳴が空を一閃する。
上がった悲鳴は、二つの爆発音に呑まれてかき消されてしまう。
「フハハハハハ! どちらも潰れるとは、滑稽、滑稽! 我を愚弄した、当然の報いだ!」
高笑いする魔人は己の勝ちを確信した。
持てる手札の中で最大級の魔法。
たとえこれで倒せなくとも深手は負わせた。
あとはじっくりと調理してやるだけだ、と。
次第に晴れる土煙を見下ろしながら、一人悦に浸る。
視界が鮮明になるにつれ、その笑い声を大きくしていた。
「――いつまで笑ってんだ、この腐れ外道がッ!」
突然聞こえてきた声に、魔人は冷や水を浴びせられる。
大口を開いたまま目を凝らすと、そこには鈍色の輝きがあった。
「なっ――!? な、なぜ生きているのだ、貴様は!!」
ウォルターの姿は、エマニュエルたちの前――アイヴィオラを背に庇うように立ち塞がっていた。
多少の火傷痕はあるが、五体満足で大きなダメージを負った様子はない。
「なぜ? ――それは、お前がアイヴィオラに手を出そうとしたからだ!」
今までの涼しい顔とは打って変わり、憤怒の形相で吠えるウォルター。
その気迫に呑まれた魔人が思わずたじろぐ。
頼もしい少年の背中に、ぽつりと心境を少女が心意を零す。
「……ありがとうございます、ウォルター様」
腰を抜かして座り込むエマニュエルたちとは違い、一人毅然と佇むアイヴィオラが仄かに頬を染める。
紡がれた言葉に振り返る。
「――すぐ倒してくるから、待っててね」
「はい、ご武運を」
二人は見つめ合い、どちらともなくそっとはにかんだ。
ウォルターは魔人に向き直り、表情を引き締めて油断なく見据える。
空気が変わった彼に口惜しそうにする魔人。
互いの視線が交錯した。
沈黙は一瞬。
両者の姿がブレ、激しい衝突音が鳴り響く。
空気の振動とその余波が、遅れて周囲にまき散らされる。
魔人の魔法も打撃も、すべてウォルターの鎖に打ち捨てられる。
宙を舞う鎖はまるで意志を持ったよう。
空中でもその軌道を変えて魔人に迫る。
ウォルターも張り巡らされた鎖を足場に、縦横無尽に駆け回る。
接近すると、鎖を巻き付けた拳を打ち出していた。
「グハッ――」
吹き飛ぶ魔人の体を反対から再度打ち付ける。
ボールのように空を飛び跳ねる魔人は、その体を襤褸切れの如く擦り減らす。
地面に叩きつけられたそれを、ウォルターは最後とばかりに蹴り上げる。
「――お前の敗因は、俺を怒らせたことだ!」
再び鎖が光を伴って、ウォルターの拳に巻き付いていく。
「や、やめッ――」
「その性根を叩き直して生まれ直してこいッ!」
振りぬかれた拳は、魔人を果てまで吹き飛ばし、その腹に大穴を穿った。
静寂が訪れる。
忘れたように徐々に音が帰って来る。
次第に治まる土煙の先には、力なく地に臥した魔人の姿を露わにした。
「ふぅ……」
「お疲れさまです、ウォルター様」
いそいそと近寄ってきたアイヴィオラが労いの言葉を掛ける。
「大丈夫だった? 怪我はない、アイヴィオラ?」
「はい、ウォルター様に守っていただきましたので、私は大丈夫です。それよりも、ウォルター様の顔にやけどが……」
「平気平気。これぐらい、すぐ治るから」
そっと頬に触れる手を慈しみながら、ウォルターが笑みを浮かべる。
「……あまり無茶はしないでください。お強いことは存じていますが、心配なことに変りありませんから」
「えっ、そうだったの!? いつもすまし顔で見送ってくれてたから、てっきり――」
「いつもいつも、心配で胸が張り裂けそうです! ……ウォルター様が気にされるので秘密にしていましたが」
頬を真っ赤に染め、視線を逸らしたアイヴィオラの声は、次第に小さくなる。
耳まで赤くし目を伏せた彼女を、ウォルターは柔らかな笑みで見つめる。
そんな二人だけの空間に、無神経な横やりが入る。
「――おのれ、このままで終われるものかッ!!!」
地を這う魔人が最後の力を振り絞り、己が身を犠牲に黒炎をまとった隕石を放った。
進路上の障害物を一切合切燃やし尽くし、彼らに迫りくる。
「はぁ……。流石にあれはランタンじゃ防げないかな」
水を差されたウォルターは、ため息を吐いて迫る炎を見つめていた。
「どうするのです?」
「こうする」
――パチンッ。
小気味いい指の音が鳴り響くと、まるでそこだけ切り取られたように隕石が消え去った。
「なっ――!?」
魔人の疑問の叫びは、再び聞こえた指の音で、その存在諸共消え失せる。
「……よろしかったのですか?」
戸惑いがちに尋ねるアイヴィオラ。
その力の正体を知る彼女は、ちらりと横目を向ける。
一瞥した先には、唖然として固まっているエマニュエルたちがいた。
「まぁこれも、口止め案件かな。面倒事は全部王様に丸投げで!」
「……はぁ、私の父でもあるのですが。……今度、愚痴を零されたら労わってあげないとですね」
「ははははは」
彼らは腕を組みながら、救助が来るのを待つ。
幸い、激しい戦闘のおかげで場所の特定は容易だったので、しばらくして近衛騎士や王宮魔導士が続々と駆けつけた。
保護された彼らは、怪我の確認や事情聴取でしばし拘束されるのだった。
◆◆◆
――なお、ウォルターが倒した魔人ガリア・レプトは、乙女ゲーム「愛と勇気は世界を救う!? ~聖女の生まれ変わりは、勇者の末裔たちと学園生活で愛をはぐくむ~」第一部のラスボスであった。
彼がそのことを知るのは、この事件の半年後、三年生に上がってからだった――。




