第5話
「あれかよ」
前方に見えた巨大な物体を見て、閃也は面倒臭そうに呟いた。伊坂からの報告にあった褐色の鬼、それも六十メートル越えという巨大さだ。
とはいえ、周囲のビルの方がその鬼よりも大きいため、その風景は何か笑えてしまうものがあった。
頭から二本の角を生やした一つ目の鬼は、昔からの怪獣映画の如く無差別に建物を破壊しながら北上していた。
そこでヘリの中でブザーが鳴り響き、数秒遅れて後ろのドアが独りでに開いた。
《降下三十秒前だ》
慌てて閃也がイヤホンを構えると、堅物そうな伊坂の声が聞こえた。
《頭上に落とす。最初にデカイ一撃を食らわせて足止めしろ》
「りょーかい」
開いたドアから突風が吹き荒れる中、閃也は後方に移動し、縁に手をかけヘリから身を乗り出す。
ヘリは上空四百メートルを飛行しており、この高さから落ちたらひとたまりも無いだろう。
眼下の鬼がヘリに気付いた様子はない。プロペラが十分うるさい音を出しているはずだが、図体に似合うとおり鈍臭いのかもしれない。
《カウント五秒前……四……三……二》
カウント二秒前でヘリが急上昇を開始。そこから先、閃也は伊坂のカウントを聞くことなく、自分でタイミングを計ってヘリを飛び出した。
僅かな上昇のあと、閃也の体は重力に従って落下を始める。閃也の目算に狂いは無く、真っ直ぐ鬼に向かって落下していく。
鬼まであと百メートル。時間にして一秒にも満たない間。落下により暴風が吹き荒れる中、閃也は両手を強く組み頭上に掲げた。
「喰らっとけッ!!」
接触の瞬間に、鬼の脳天に両拳をハンマーのように叩き込んだ。
腹に巨大な重低音が響き、前傾姿勢で歩いていた鬼は衝撃でその巨体が上下逆さまになる。
頭部をコンクリートに打ち付け、そこを中心にコンクリートに環状のヒビが走った。
巨大な鬼の輪郭が大きくぶれる。そして今の衝撃で受けた実体の損傷を、魔力を使って修復し始めた。
「やらせっかよ!」
先ほどの攻撃の反動で再び上空に舞い上がっていた閃也は、落下しながら倒れている鬼の背中に拳のラッシュを叩き込む。
大きさにして約四十倍、体積的には千六百倍の圧倒的なウェイトの差があるにもかかわらず、鬼の体はVの字に折れ曲がった。
「ヴアアアアアァァァァァァッ!」
怒るように鬼が咆哮、背中にいる閃也を巨大な手で叩き落とそうとする。
それを危なげなく回避し、閃也は近くの信号機の上に飛び乗った。
「流石にキレたか?」
目の前で倒れている鬼の一つ目は、しっかりと閃也を捕らえていた。その巨体は先ほどより心なしか小さく見える。
プロの一個小隊の守護者でも太刀打ちできなかった鬼に対し、閃也一人の攻撃は明らかな効果を示していた。
鬼は立ち上がらずに、閃也を掴もうと手を伸ばしてくる。
「もう一回同じの食らわせてやるよ」
再び跳躍して避けた閃也は鬼の背中を目標に定め、右腕を引く。
巨大な体はやはり愚鈍であり、このまま起き上がらせずに攻撃を叩き込めば一気に魔力を減らせる。
そこで異変が起きた。閃也を追っていた鬼の一つ目が赤く発光したのだ。
そしてそこから巨大な光の奔流が放たれ、閃也の体を包み込む。
光はそのまま近くのビルを掠り、その部分をまるでマグマのようにドロドロと溶解させた。
鬼の中でも一つ目の鬼だけが持つ大規模魔術。二千度を越える熱光線は、当たらなくとも近くにいるだけでその熱波に中てられ瞬時に蒸発してしまう。
光線が止み、体を起こした鬼は体長が二十メートルほどに縮んでいた。その分だけ鬼の魔力が削られたということである。
「ヴァァァァァァァァ!!」
閃也という邪魔者を消し去り、すでに輪郭のブレも無く完全に復元した鬼は咆哮し、再び都市を闊歩しようとする。
「待てよ」




