第4話
屋敷を飛び出した蒼生は、しかしどこに向かうかを迷った。
本来ならすぐさま通信機器に政府の管制機関から魔物の出現する場所の情報が送られてくるのだが、咄嗟に出てきたため蒼生は通信機器を持っていない。
もっとも持っていたからと言って、守護者がいない待機の封魔師である蒼生に情報が送られてくることも無いのだが。
何にせよこれでは一般にも伝えられている情報を得ることも出来ず、蒼生には魔物がどこに出現するのか見当がつかなかった。
また守護者がいない封魔師は一般人と同じ扱いとし、本職の封魔師に会えば無理矢理避難させられかねない。
一先ず蒼生は人が避難する流れとは逆に進み、同じ訓練生の姿を探すことにした。それと同時に避難する人々の声に耳を済ませ、少しでも魔物の情報を拾っていく。
蒼生がいた場所は都市の南部、緊急避難警報が発令された状態ではタクシーを使うことが出来ず、どれだけ遠くだろうとすべて徒歩で行くしかない。
もし魔物が北部に現れたら、とてもではないが蒼生の足では二時間はかかってしまう。
そこで周囲に悲鳴が響き渡った。その方に目を向けると、今まさに魔物が人々の前に出現をしたところだった。
一見真っ黒な大型の狼に見えてしまう外見。しかし輪郭は陽炎のように揺れ、巨大な牙を持つ口から獰猛そうな唸り声を上げる姿は、猛獣の威嚇すら可愛く見えてしまうほどの迫力を持っている。
レベル2相当のワイルドウルフ。魔物としては低級に属するが、現世の生き物で考えたら獰猛な熊さえ相手にならない。
現世の生き物ではないそれら、魔物の出現に気付いた人々が阿鼻叫喚の様子で逃げ出していく。
まだ周囲に封魔師の姿は無い。奇しくも蒼生は魔物に初めて遭遇した封魔師だった。
魔物は逃げる人々を追い立てるように動く。とてもではないが人間の動きで逃げ切れる速度ではない。
そして逃げ遅れた母と娘と思しき親子に飛びかかる。
させない! 蒼生は抜け出した封印武装の銃口を魔物に向け引き金を引く。それと同時に蒼生の瞳が金色に変色する。
鋭い爪がかかる寸前、魔獣はガラスが割れるように細かな粒子に砕ける。その粒子は蒼生の持つ封印武装へと吸い込まれていった。
「早くにげてください!」
「あ、ありがとうございます!」
母親が子供の手を引こうとしたが、娘は恐怖で震えてしまい、立つことができなかった。
蒼生は少女の前にしゃがみ込み、優しく頭を撫でた。
「もう大丈夫、お姉ちゃんがいれば安心よ」
「お姉ちゃんは危なくないの?」
「お姉ちゃんなら大丈夫。これがお姉ちゃんの仕事だから。さ、お母さんと一緒に早く逃げて」
蒼生の言葉に少女はうなずき、震えながらも立ち上がった。そして母親に抱えられるように去っていく。
危機は去り、周囲を見渡した蒼生はもう自分の周りに人の姿がない事に気付く。
逃げ遅れた人がいないか、また回りを見渡し他に魔物が出現していないかを確認する。
蒼生の前に現れたという事は、魔物は他にも近くに出現している可能性がある。
付近に魔物が存在しない事を確認し、すぐにその場を移動した。周囲が見渡せる広い場所を求め、蒼生は駅へと向かった。
もう避難が完了したのか、その間に民間人とすれ違うことは無かった。
駅についても、人の姿は無かった。魔物の姿は無いが、横転したバスやタクシーなど多少荒らされた形跡があり、どうやら封魔師が封印を終えたあとのようだった。
だがその割に封魔師の姿も見えない。移動したのかと思ったが、ここまで開けた場所に誰一人待機していないのは何か不自然だった。
全ての魔物を封印し終えたにして早すぎるし、魔物が顕現したとなれば最低でも二時間は警戒態勢が敷かれる。
一体何が? 妙に静まり返った町並みに不気味さを感じていたところ、蒼生の頭上で耳障りな音が響いた。
見上げてみると、一機のヘリが都市の更に南へと飛んでいった。
それを呆然と見送った蒼生は、意を決しヘリを追いかけることにした。緊急避難警報が発令されている今、何の意味も無くヘリが飛んでいる訳が無い。
その行く先に何かがある、そう判断した。そしてそれはきっと、目指しているものに違いないと確信した。




