第3話
《聞いているのか閃也》
威圧感たっぷりの伊坂の声で、閃也は目を覚ました。という事はつまり、全く話を聞いていなかったわけだが、
「大丈夫、全部聞いている」
と適当に答えておく。
《ほう、なら先ほど伝えたものを復唱してみろ》
「そりゃ……あれだ。今日の晩飯がシチューになるって話だろ?」
《ふざけるのも大概にしろ。自分の立場が分かっていないのか?》
イヤホンから聞こえる伊坂の声が怒声に変わる。
「分かってるって。二四時間以内に解毒しないと死ぬんだろ? んで解毒の条件は下で暴れてるデカ物の制圧。いつもとやること変わらないじゃねえか」
閃也は空を飛んでいるヘリの中にいた。
ヘリの下にはそこらかしこに巨大なビル群、人工物の宝庫、コンクリートジャングルと呼ばれる巨大な都市が広がっていた。
緑化計画により多少の緑は見えるが、所詮その面積も全体の数%にも満たない数字である。
大都市ならではの人口密度の高さ。この都市は平日であろうとも様々な職種人種が行き来し、人々が生活している。
だが今現在、ヘリの下に広がる都市には人の姿は全く見られない。町を行きかう人の波も、絶えず走っている車の姿も無い。
数多くあるビルの中にも人の姿は無く、ただ空しげに交差点の信号だけが誰もいない道路で仕事を果たしていた。
街から人間だけが消え去った、その風景はこの世の終わりを連想させる。
《民間人の避難は完了している。何体かいた低級の魔物もすぐに封印が完了する》
「相変わらず逃げ足が速いな」
緊急避難警報が発令されたのはつい三十分ほど前である。それにも拘らず百万人を越える一般人が地下のシェルターに避難できたのは、驚くべき数字だ。
もっともそれを可能にしているのが日ごろからの慣れであることが、唯一の悲しい点かもしれない。
《無駄なことは考えるな。お前はお前の仕事だけをすれば良い》
「はいはい分かってるよ。俺だって死にたくはないからな。んで今回はどんな奴なんだ?」
《概要は先ほど伝えたはずだ。手間を取らせるな》
「あっそ。まぁいいけどな。どんな奴だろうと関係ない」
《……鬼種の魔物だ。一つ目に褐色の肌、体長六十メートルの巨体。今現在は都市の南部で暴れている》
「鬼ねぇ」
結局話すのか、という野暮なツッコミは入れないでおいた。
《現状の内蔵魔力はレベル5だが魔物の中でも抵抗力の高い鬼だ。大規模な魔術を使うことはないが、異様にしぶとい。複数の封魔師を動員しても、弱らせなければ封印できない》
「とりあえず片っ端からボコれば良いんだろ?」
《魔物の制圧がお前の仕事だが、都市への被害を最低限に抑えることも頭に入れて置け。降下は三分後、以上だ》
そこで回線が一方的に切断された。
「あのおっさん言いたいことだけ言いやがって」
苦い顔をしてイヤホンを外し、閃也は運転席に身を乗り出した。運転席に人の姿は無い。
ヘリの制御は先ほどの連絡相手、伊坂の傍にいるオペレーターが遠隔操作で行っている。
ヘリの前方、都市の南部には黒い煙がいくつか立ち上っており、倒壊しているビルも見える。
被害を抑えろと言われたが、どうやらもう十分なほどの被害が出ているようだ。
「まぁ俺の方もやりたいようにやらせてもらうぞ」
体内に混入した毒が回るまであと二十三時間。
それは閃也にとって、一番自由に過ごせる時間でもあった。




