第0話
その部屋は異質だった。真っ白に統一された壁に窓は無く、ただ一面にだけ硬く閉ざされた扉があり、そこ以外は外部との接触を完全に経たれていた。部屋というよりは監獄と言った方が適切だろう。
部屋の中には椅子があった。一見してマッサージチェアとも思える鈍重なフォルム。そこに一人の少年が腰掛けていた。少年とは言っても幼い顔立ちをしている、というわけではない。
顔はマスクで覆われ髪と目だけが露出しており、そもそもの顔は確認できない。傍から少年と分かるのは、あくまで背格好の話だ。
着ているのは白いぼろきれの囚人服。腕は肘掛けの上に、両脚は椅子の脚の部分にきつくゴムのようなもので固定され、手先足先は金属に覆われている。
この椅子は少年の拘束具。そう連想するには十分だった。
少年はこの部屋で厳重に拘束され、身動きどころか口を覆っているマスクにより物を言うこともできない。生きているというよりは、ただその場に存在しているだけ。それが少年だった。
そんな少年の姿を、何重もの分厚いガラスの向こうから背広を着た男――伊坂が眺めていた。
三十半ばだが、それ以上に歳を重ねている厳格そうな容姿。その鋭い視線は絶えず少年に向けられていた。
「何とか……落ち着いてくれましたね」
伊坂の隣で、副官である五和が言う。緊張しているような言葉を発しているが、その言い方といい妙に締まらない表情といい、何か緊張感が感じられない。
少年の周囲の壁は少年側からは見る事はできないが、伊坂たちからは少年の姿がはっきりと見える素材で出来ている。
「致死量を軽く越える量の薬物でようやく鎮静だなんて、考えられませんよ」
「仕方が無い。そうしなければ我々が殺されていた。あの十歳にも満たない子供にな。それで……結果は出たのか?」
「はい……はっきり言って、夢だと思いたいですよ」
五和は苦い顔をして、伊坂にファイルを手渡した。受け取ったファイルを一枚目二枚目はあっさりと読み、三枚目で伊坂の手が止まった。
「表沙汰にできない研究を行う場所として秘密にされてきた第七研究所。噂話かと思いきやそれが本当に存在して。今更この業界で倫理観とか言えませんけど、これはいくらなんでもやば過ぎですよ」
伊坂の視線は三枚目から動くことは無かった。確かめるように、同じ箇所を何回も読み返している。その表情は先ほどより少しばかり堅さを増しているように見える。
だが、読み終えた瞬間に僅かに口の端を曲げたことを、五和が気づくことは無かった。
「なるほど。確かにとんでもない物のようだな」
「これからどうしますか? というか、そもそもこの件は上も知ってのことなんですか?」
「その上は何と言っている?」
「まだ具体的な事は何も。ただ紫堂さんが言うには第七研については、爆発事故で処理するみたいです。上も予想外だったんじゃないんですか。特査はこのまま少年の監視です」
五和の愚痴めいた言葉。伊坂は目線を再び少年へと向けた。これでもかというほどの拘束具に包まれた少年。だが伊坂の目には少年に対する同情は見られない。
「書かれてはいなかったが、あれがどこの誰かは分からないのか?」
「そのようですね。少年がどのようにして第七研に連れてこられたのかはデータにありません。言っては何ですがこの御時勢、魔物災害で孤児になった子供なんて大勢いますからね。第七研では識別番号の一〇〇八で呼ばれていたようですが……どうかしましたか?」
一人呟く伊坂に、五和は恐る恐る尋ねた。五和なりに嫌な予感がしたからだ。
「あの少年を特査で引き取るぞ」
「…………冗談ですよね?」
予期していたことではあったが、五和は頬を震わせた。
「捕獲時にA級二人にB級五人が重症。どう考えてもヤバイですよ。それにも書いてあったじゃないですか。いくら伊坂さんがいるとはいえ、とてもじゃないですけど特査でどうにかできる案件じゃないですよ」
「だがこのまま放置しておくには惜しい戦力だ。幸いまだ少年、考え方や性根はいくらでも叩き直せる。使い道は多い」
「正直な話、僕は少年をこのまま生かしておくこと自体に賛成できないんですが?」
「じゃあ殺すか? 首を飛ばしても再生したと書いてあったが?」
「魔物因子だけでも封印できないんですかね?」
「捕獲だけであの被害だ。ましてや埋め込まれているのは災厄の因子、封印には専用の儀式と対価が必要になる。そして対価の替えが利かないのは知っているだろう」
「でもここで下手に少年を刺激すれば、甚大な被害が出る確率の方が明らかに高いですよ。手懐けられるかも分からないし、不確定要素が多いんじゃないですか? 将来に不安を生むことなんて嫌ですよ僕」
「責任は全て私が取る。それで良いだろう」
伊坂のはっきりとした言葉に五和は反論しようとしたが、それは言葉にならなかった。呆然と口を開けた後、諦めたような苦笑いを浮かべ肩を落とした。
「もう分かりましたよ。伊坂さんの言う通りにします。それで上への報告はともかくとして、具体的に彼をどうするんです? 意思の疎通も出来るか怪しいですよ?」
「それも含めて、これから教育していくことになるだろうな」
伊坂はもう一度少年に目を向ける。体の自由が一切利かない状態にもかかわらず、先ほどから窮屈そうな素振りをまるで見せない。
多量の薬物投与により意識が混濁しているのか、それともただ単に寝ているだけなのか。
薬物が十分に効いているのなら、感情を一切感じない最強の兵器を作る事は容易い。
だがこの状況で寝られるほど者なら、最強の戦士になれる可能性を秘めている。
「一〇〇八……千八……センヤ…………閃也……だな」
伊坂には何故か少年――閃也が、後者側の人間に思えた。
魔獣との戦いを書いたお話です。
バトルの臨場感などをうまく書いていければと思います。
よろしければ評価、感想などよろしくお願いします。




