つながるシャーペン
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
質問だ。仮にみんなが今から誰かにお湯を沸かすものを、売りに行くとする。何を売ろうと思う? みんなの資産的、技術的、社会的に支障となるものは全くないとして、だ。
さあ、どうする?
――鍋、ヤカン、電気ケトル……。
ふむふむ、なるほど一般的によく知られた方法だ。知られているということは、人気があって安定した需要があるってわけだ。英語のポピュラーの本来の意味に近いものがあるだろう。
つぶらやくんはどうする? お湯を沸かすものだ。
――なに? 一瞬でお湯を沸かすことができる魔法を売って教える?
ほ~う、これはこれは……いや、少し感心したよ。
最初に資産的、技術的、社会的な支障は全くないといったしね。技術面で魔法が扱えていいわけだし、それを用いて指パッチンでお湯が沸かせるなら、そりゃ楽だねえ。
どうだい、ほかのみんなはいっさいの問題がなければ指パッチン沸騰魔法、欲しくはならないか?
売られる側になって考えると、いずれのツールでも湯を沸かすことができるのは想像がつくだろう。そうなれば他の恩恵がほしくなるはずだ。
他より安けりゃ、そのお金を別のものに回せるかもしれない。他より安全なら、事故の心配少なく、自分含めた家族の健康につながるかもしれない。他より手軽なら、それによってできた時間で彼氏、彼女といちゃつく時間を長くとれるかもしれない。
客はお湯を沸かす結果を、自分に都合がいい形で欲しいのであって、それを満たしてくれるのならば、ツールが鍋でもヤカンでも電気ケトルでも沸騰魔法でもかまわないのだ。
もし、将来的に商売しようと思っている人がいるなら、考えていいかもしれないね。ただスペックが高いことを誇るんじゃなく、その高スペックがあるとどのような恩恵をお客は得られるか、とね。
物を売るとは難しいものだ。みんなも生きてきた中で、多くの買い物をし、損得を経験してきただろう。そこで買い手側となるとき、自分にもたらされるだろう利益を、幾度となく想像してきたはずだ。
先生も目先の利益を求めるあまり、ちょっとまずい買い物をしてしまったことがある。そのときのこと、聞いてみないか?
当時、学生だった先生は引き続き自宅学習をするか塾通いをするかの瀬戸際に立たされていた。
進学前の先生は校内でも五指に入るくらい成績が良かったが、進学後の順位は半分を下回る程度だった。
まわりが自分より頭いいのか、勉強していたのかは分からないが、これまで上位を走っていた先生には大きなショックだったよ。家の人にも同様であったらしく、これまで通りの上位を保つには塾通いも視野に入ったわけさ。
先生は悩んだ。自宅学習のみで、塾に通っている人よりもよい成績をとる、というのは当時の先生の中で大事なアイデンティティのひとつだったからだ。
塾に通わずに成績を上げる。そのための一歩としてテストでいい点を取る。不正行為は論外として、まっとうな方法かつできれば手軽で確実に達成したい。
そう、わらにもすがる思いで訪れた、近所の文房具店。そのシャーペン売り場で個包装されていた最後の一本が目に留まった。
「答えとキミを即接続! 使えば今日から15点アップ!」
なんとも、怪しい売り文句だ。だが、このときの先生としては15点という数字が琴線に触れた。
もし先生が普段から10点、20点程度しか取れないような子だったら、たかが15点上がったところで焼け石に水な印象だったろう。しかし、これまで頭いい自負のあった先生にとっては15点はかなり魅力的に感じられた。
半分より下といっても、みんなの点数はほぼ団子状態。一問の2点や3点でも容易に順位が入れ替わるんだ。そこへ15点ともなればごぼう抜き。一挙に上位へ食い込むのも夢じゃない。
値段もまわりのシャーペンよりやや高いが、許容範囲内。いっちょ、乗せられてやるかと先生は件のシャーペンを購入した。
しょせんはあおり文句。せいぜい高いものを買ったという優越感で、先生の気分がいくらか良くなる程度のものであろう、と思っていたんだが。
テスト期間中ということもあり、薄めの問題集を手に取って解き始めてみる。
これまで愛用してきたシリーズで、難易度が幅広く、手ごわいものは相応に時間のかかる代物だった。今回の単元もまた難しく思う問題がいくつもあるのを、先生は感じていたのだけど。
不思議と、解法がすらすらと頭に浮かんできた。基礎的な問題は瞬殺ものだから目立たないが、やや複雑な文章題に差し掛かると傾向が顕著だ。
かのシャーペンを握って、ちょっと考えると使うべき公式やその流れがティンとひらめく。試しにこれまでのシャーペンを使い、別の問題を解こうとしてもこうはいかない。
なぜかこの15点アップのシャーペンを使うときだけは、ひらめきがいい。もしやと思い、まだ習っていない単元のところも、いざ解こうとしてみる。
分かってしまった。いや、まだ習っていなくても解法を確かめてみると、頭に浮かんだものはそれと同じものだったんだ。
ひらめきどころでも、15点アップどころでもない。ほぼカンニング状態じゃないか。
とんでもない拾いものをしてしまったと思ったし、同時に名誉を回復する絶好のチャンスと思ったね。念のため、テスト前日まで効力を試し続けたけれど、力のかげりは見られなかったんだ。
テスト当日。
配られた問題たちに対しても、シャーペンはどんどんと正しいひらめきを運んできてくれる。先生はほとんど問題文を理解せず、流し見だけしたら後は頭に浮かぶままに解答欄を埋めていくのみとなった。
だが、ここでいきなり満点をとって目立つようなことをするのは悪手。急な得点向上は怪しまれるものだ。せいぜい、あのペンに書かれていた15点アップ程度にとどめておこう。
そう思い、いくつかは意識して答えを外した。それでも問題すべてへ入念に目を通したわけでもなかったのだけど。
問題はテストが終わった数日後。答案返却の間際に起こった。
先生は唐突に担任に呼び出されて、生徒指導室へ。そこに丸つけが終わったばかりの社会の答案を突きつけられる。
計算していた通り、前回より15点アップしている。点数の上昇だけでこれほど怪しまれるものか……と思っていたところ。
「なぜ、この問題に答えられた?」
担任に解答用紙中ほどの記述問題について尋ねられる。そこには先生の文字で整然とした文章が書かれていたが、シャーペンを持っていない先生はふと首をかしげた。
授業中に習った覚えどころか、素で頭に入っていない数字や情報を先生はそこにつづっていたんだ。まるでできの悪い物語の一節を読まされているかのよう。
問題用紙も見せられる。例の問題はぱっと見ただけなら、日本語のように思えるひらがな、カタカナ、漢字の羅列だが、よくよく読んでみると誤字や脱字がひどくて、まともに読めるものじゃなかった。
いや、そもそも意味のある文章なのだろうか? 実際、これを答えられた生徒は全然いないのだと担任は話す。
ならなぜ……と思ったところで、出し抜けに担任がこれまでと違う言語を話した
「!#&%*?」
わけがわからなかった。今度こそ先生ははっきり首をかしげて、疑問をはっきり伝える。
「“$‘@;*?」
また別のことを話したようだが、やはり分からない。その反応を見て担任は「どうやら、違うようだな」と、言葉を戻した。
「実はな、いまこの学校に『スパイ』が入り込んでいる。どのようなスパイかはいえないが、いてはならない手合いだ。この問題はそいつをあぶりだすためのもの。スパイだったら答えられるはずだからな」
そこで先生は、自分にその「スパイ」とやらの疑いがかかっていたことを知ったわけだ。スパイが露見した者の末路はだいたい想像がつくし、肝が冷えたね。
どのような方法で知ったかはわからんが、そのツールは手放しとけ。またいらない疑いを招くぞと注意されてね。例のシャーペンは封印してしまっている。
捨てていないのかって?
確かに学校のテストもろもろで使うには危ない代物と分かった。
しかしもし、先生が生きているうちに普通の人間ではどのようにしたらいいか分からない奇問、難問が立ちはだかったとき。
ひょっとしたら力になってくれるんじゃないかと思っているんでね。