ブラックドラゴン討伐
結晶化した魔力溜り――通称『魔力塊』を所持しているとは言え、ワイバーンを生み出していたドラゴンは大きかった。
ドラゴンの巣穴は四方を岩で囲われていて、人が三人ほど通れる程度の細い道が岩の隙間に出来ていた。天井が無いからここにしたのか、警戒対象が天井だけで済むからここにしたのか。
ワイバーンの色が黒だったから予想は付いていたけど、ワイバーンの親のドラゴンは三つ角のブラックドラゴンだった。予想よりも少し大きい。その顔はコモドドラゴンに似ている。
成体のドラゴンの大きさは角の長さを除外して平均で全高五メートル、全長十数メートルの巨体で、尻尾だけで全長の四分の一前後の長さを保有する。
けれども、岩陰から覗き見たブラックドラゴンの全高はその二倍近くもあった。上から見ていないので判らないが、全長は二十メートルは超えているだろう。角一本の長さはそれぞれ一メートル以上はありそうだ。
間違い無く、国を挙げて討伐する対象だ。これからそれを一人で討伐する。一般的には狂気の沙汰と言われる討伐だ。
腹を縦に割って開きにすると『一番大きな面で取れる鱗が!』と怒られる。かと言って貫通攻撃を放つと『内臓を傷付けるな!』と怒られる。首を切り落とせばと思わなくもないが、首の真ん中で切り落としても『ドラゴン肉の中で最も食べやすい部位が!?』と、これまた文句を言われる。
どうやっても、傷が少ない状態でなければ文句を言われるんだよね。やり難いな。
一度だけ、流石に頭に来たので『そこまで言うのなら自力でやれ』と言った。そしたら、文句を言っていたドラゴン素材を買い取りたい武器加工職人、薬師、商人は顔を青褪めさせて黙った。ギルドマスターに『文句言った奴には売らないで』と頼んだっけ。
色々と思い出し、転送は仕留めてからで良いかと決める。
そう判断し、左手に持っていた長剣を道具入れに仕舞い、自作の回復薬二種類(体力と魔力の回復薬)を飲んで一息吐く。
次に右手に持っていた万刃五剣を半分に割った。元々二つの片刃の剣を背中合わせにして使っていたので、割れた訳では無い。
両手に武器を持ち、ブラックドラゴンと接触した。
ドラゴンブレスの種類と色は、鱗の『赤、青、緑、紫、黒』の五色と同じだ。赤は炎、青は氷、緑は風、紫は雷、黒は腐食となっている。紫と黒が雷と腐食になっている理由は知らない。
ドラゴンの全高から除外される角は基本的に一本で、最大三本だ。これが増えると、ドラゴンの力が強い事を示す。三つ角のドラゴンを見るのは初めてだ。
成体のドラゴンになって、初めて角が生える。そして、他の成体のドラゴンを食らって力を付けて、角は増える。このドラゴンがどれだけのドラゴンを食らったのかは知らない。
ただ判る事は、ドラゴンブレスの威力が『ヤバい』程度か。
ブラックドラゴンなので、ドラゴンブレスの能力は腐食。これが赤・青・緑辺りなら、三つ角でも余裕を持って倒せた。でも今回は黒だ。腐食の対策を行いながら戦うので、角が一本でも討伐するには時間が掛かる。
生半可な魔法はドラゴンブレスの腐食で打ち消される。角が増えると能力の使い方も変わり、全身の鱗にもドラゴンブレスと同じ効果を付与する事も可能となる。尻尾による薙ぎ払いの攻撃は強力な一撃となる。
簡単に言うと、魔法で保護していない剣で切り掛かったりしたら、腐食の影響で刃が融けて損傷する。下手すると剣が折れる。魔法で保護しても、数度で保護が剥がれてしまう。
なので、魔法で攻撃しつつ、数度剣を振るうだけで仕留めなくてはならない。
地上を走って移動し、たまに飛んで来るドラゴンブレスは重力魔法による疑似飛翔で空に逃げて回避し、攻撃の機会を探る。
狙うは首だが、ドラゴンは『二足』歩行では無く、『四足』歩行なので難しい。鼻先にサイの角を生やしたコモドドラゴンのような外見だが、高さ五メートルの壁が猛スピードで迫って来るようなものだ。しかも、口から色々と吐くので、正面から相対したくない。
けれども、何度か攻撃を見ていて気づいた事がある。このブラックドラゴンは顔を上に向け難いのか、地上から計測して、斜め四十度から上にはドラゴンブレスが飛んで来ない。何かが原因で首が負傷している。
ブラックドラゴンの背中を取って攻撃したいけど、大きな翼が邪魔をする。
……一度、首周りを氷漬けにするなりして動きを止めてみるか。いや、その前に翼を落とすか。別のところへ飛んで逃げられたら面倒だし。それなら尻尾も切り落としてしまおう。
両手の剣を一つに合わせて右手に持ち、道具入れに仕舞った長剣を取り出そうとしたら、背後から弦を弾いたような音が聞こえて来た。即座に自分の周囲に障壁を展開した。けれど、障壁すれすれの距離を弓矢が飛んで行った。
弓矢はブラックドラゴンに当たりもせずに、明後日の方向へ飛んで行った。遅れて、足音が聞こえて来た。どうやら参戦すると言う意思表示だったらしい。
ワイバーンが狩れなかったから、ドラゴンで帳尻を合わせる算段でも付けたのか? 邪魔だな。
ま、三つ角のブラックドラゴンを見たら、普通は腰を抜かして撤退する。そう思ってドラゴンブレスが届かない範囲にまで高度を上げて背後を見ると、ここに来る前とは別の騎士団と思しき一行が見えた。
その証拠に、先頭にいるのはクラスメイトだった。
獲物がいなければ大人しく帰ると思ったが、一団の先頭に立つクラスメイトは顔を強張らせてブラックドラゴンを見上げている。その後ろにいる騎士団の面々に至っては、顔を青褪めさせている。
ブラックドラゴンの個体数は少なく、千体に一体いるかいないかと言われている。更に今回の相手は三つ角を保有している。
一万分の一の確率で誕生する、非常にレアなドラゴンだ。
そんなレア度を極めたドラゴンは想像を超えた強さを誇る。
ぶっちゃけると、ワイバーンを狩る為だけに集めた人員では勝てない。
「ん?」
不意に、風が頬を撫でた。何が起きているのか確認すると、ブラックドラゴンの翼が動いている。
飛翔されては困る。腐食で無効化されるだろうが、魔法で作りだした巨大な水塊を翼の根元に叩き付けてから、魔法で凍らせた。水塊を大きくし過ぎたからか、ブラックドラゴンの背中が一対の翼と一緒に濡れて凍り付いた。ブラックドラゴンは凍った痛みで吼えて、空中に留まっている自分を睨む。
尻尾による薙ぎ払いの攻撃が来る前に、空間転移魔法を使って翼に近づいた。そして、魔法で剣身を伸ばして凍った翼を一つずつ切り落とし、長剣で叩いて解体所へ転送する。
転送が終わると同時に、ブラックドラゴンが体を横に回転させた。爪による攻撃が来る前に近づいた時と同じ方法で距離を取る。
距離を取り終わると同時に、ブラックドラゴンが着地した事で地響きが起き、悲鳴が聞こえた。悲鳴の中に『撤退を!』と叫ぶ声が聞こえる。
障壁を展開したままで声の方向を見ると、クラスメイトが騎士団の手で連れて行かれるところだった。
……邪魔がいなくなるのなら良いか。
新規でやって来たクラスメイトが率いる騎士団は、ぶっちゃけると邪魔だった。
意思表示とは言え、いきなり弓を射て来るような奴と一緒にドラゴンの相手はしたくない。
飛んで来たドラゴンブレスを高度を上げる事で回避しながら、右手の剣を確認する。
「剣は無事か」
魔法で剣身を伸ばしたとは言え、腐食による損傷を多少は受けると思っていた。けれども、翼を氷の上から切った事で、見た範囲だが損傷は免れている。
解体所では、今頃大騒ぎになっていそうだ。
ワイバーンだけで百体以上、そこにドラゴンの翼が送られたら、最早騒動では収まらない。……だが、三つ角のブラックドラゴン本体がここに加わる。
脳裏にギルドマスターが頭を抱えている姿と、逆にポッター所長は良い笑顔を浮かべている姿が浮かんだ。
その姿を実際に見るには、自分を見上げて唸っているブラックドラゴンを殺らねばならない。
ギルドマスターより事前情報の一つとして、ドラゴンの弱点の一つに『天鱗』なる部分が存在すると聞かされた。逆鱗ならば聞いた事があるけど、天鱗と言うのは初めて聞いた。
天鱗と言うのは、ドラゴンの眉間に存在する鱗の事だ。ここを貫くとドラゴンは死に絶えるらしい。
眉間を貫かれても生きている動物がいるのならば会って見たいよ。スライム系でもない限り必ず死ぬ。それ以前に、ドラゴンの眉間を貫くのは難易度が高い。普通に首を切り落とした方が早い。
それ以前に、手製の剣を使用しているから忘れていたけど、ドラゴンの鱗は硬い。
正攻法と言えるか知らないが、背骨を切断してから、天鱗を狙うしかないか?
長剣を仕舞い、両手で剣の柄を握った。唸りながら自分を睨むブラックドラゴンを見据える。ドラゴンは学習能力が高いと聞いていたが、ドラゴンブレスが当たらないと理解するなり無駄撃ちをしなくなった。
魔物の一種にしては、賢過ぎるわ。
手持ちの馬上槍で一突きにしても良いけど、……いや、あれこれと悩むのなら、背骨を切断してから決めよう。
ブラックドラゴンが暴れた事で発生する戦闘音で、新たな騎士団がやって来る可能性は高い。
止めは、動けなくしてから決めよう。
足場となる障壁を展開してから、ブラックドラゴンに向かって障壁を踏み砕く勢いで跳ぶ。ブラックドラゴンは後ろに下がってから、ドラゴンブレスを吐いた。再度足場を作ってから直角に跳んでドラゴンブレスを回避する。
ドラゴンブレスが当たらないから、後ろに下がって攻撃をする。ドラゴンは賢いと聞いていたけど、予想以上だ。頭上に影が出来たので、左に跳んで回避する。
直後、ブラックドラゴンの尻尾が『縦』に通り過ぎた。縦に一回転したブラックドラゴンが着地する。
横薙ぎじゃなくて、縦薙ぎも出来るのか。それ以前に、前転するような一回転が出来たの!?
「うわぁ、初めて見た」
ドラゴンが回転する場合、大体が横回転だ。前転するような縦回転は見た事が無い。
感心している場合じゃないんだけどね。
ブラックドラゴンが縦一回転して着地した結果。轟音が鳴り響き、周辺の岩に罅が入り崩れた。慌てて空に跳んで逃げ、重力魔法による疑似飛翔で更に高度を上げる。障壁を展開して、濛々と立ち昇る砂埃から身を守る。砂埃以外に、視界不良の中で受ける不意打ちを防ぐ為にも、宙に浮いたまま障壁は展開を維持する。
「うわっ!?」
ブラックドラゴンを警戒していたら、案の定と言うべきか、ドラゴンブレスが飛んで来た。視界が真っ黒に染まり、ドラゴンブレスを浴びた障壁が少しずつ融けて行く。内側から障壁を重ねて展開する対策を取ったが、ドラゴンブレスが放たれる時間が思っていた以上に長い。いや、これまで以上に長い。
一瞬、脳裏に『足止め』と言う単語が浮かんだ。何故かその単語に寒気を覚えた。障壁を残し、空間転移魔法で十メートル以上も離れたところへ移動した。
直後、巨体を利用して砂埃を散らし、飛び出したブラックドラゴンが首を伸ばして障壁に噛み付いた。
間一髪の回避劇だったが、チャンスが到来した。
ブラックドラゴンはまだこちらに気づいておらず、首を伸ばしたまま障壁を噛み砕く事に集中している。
剣を大上段に構え、魔法で剣身を伸ばして振り下ろす。
ブラックドラゴンは、剣が迫っている事に寸前で気づいたようだが――少しだけ、遅かった。
数秒の差だが、これが決定的となった。
丁度良く、頭と首の境目辺りで、ブラックドラゴンの首を切り落とす事に成功した。