緊急依頼のドラゴン退治
翌々日の早朝。自分は何故か、ギルドマスターと一緒に王城の会議室を訪れていた。
空戦可能な奴に会わせろと言われたそうだ。迷惑だね。もう面倒になって来たから学園の制服姿だよ。
ギルドマスターと一緒に王城で会議に参加する。不躾な視線には、殺気込みの視線を返して黙らせた。
会議にはドラゴン退治に参加したい国の代表も混ざっていた。
ここで奇妙なのは、隣国以外の国も参加していた事か。公表したから参加したいとやって来たっぽいな。ざっと確認しただけでも、イーグリィ王国に隣接する国全てが参加していそうな程にテーブルが並んでいる。
会議が始まるや否や、何故学生がいると自分が標的となった。呼び出したのはてめぇらだろ。
「……ねぇ」
「言いたい事は解るが待て」
「ちっ」
隣に座るギルドマスターに待てと言われた。
無駄な時間を使うのなら、こいつらを全員殴り倒して、ドラゴンを狩りに行きたい。
と言うか、学生が自分以外にも十数人いる。その全員は魔法学園に留学生として通っている王族男子で、その内四人はクラスメイトだ。
国王から紹介が行われても静かにならない。イライラする。怒りを抑える為に出されたお茶を飲んだが、抑え込めない。何時まで経ってもガタガタ煩い。
怒りと殺気を抑えずにばら撒き、室内にいる全員を目を眇めて見回すと、全員が黙った。
特に煩かった豪奢な衣装の頭頂禿のオッサンと、その隣の鎧姿で額がM字になっているオッサン二人に視線を固定すると、揃って顔を強張らせて滝のような汗を掻き始めた。
「おい、ナタリア落ち着け」
「……落ち着いているけど?」
「落ち着いているのなら、殺気を抑えろ。陛下の御前だ」
比較的、自分の殺気を浴び慣れているギルドマスターに宥められた。国王の前だと言う事を思い出し、渋々殺気を抑える。怒りを抑える為に、出されたお茶に砂糖を多めに入れて飲んだ。
室内が水を打ったように静まり返った。会議を進める為に国王が手を叩いて、自身に注目を集め、会議は再開された。
国王の主導で会議は進んだ。
各国がワイバーンを狩る数で揉める度に、冒険者ギルド代表の自分に嘲りや嘲笑が飛び、殺気を込めた視線を飛ばして黙らせて、室内は静まり返るを何度か繰り返したけど、会議は進んだ。
会議の内容を聞いていると、ワイバーンの素材を求めて各国は参加している。思惑としては、格安でワイバーン関係の素材を手に入れたいと言う事だろう。
その証拠に、ドラゴン退治に参加したいと言う意見は少ない。完全なお零れ狙いだ。
ドラゴン系の素材は高価で、生き血は魔力回復薬の材料になると聞く。だが、ワイバーンの生き血が無くとも魔力の回復薬を作る事は可能だ。自分が作る回復薬もこれに当て嵌まる。
けれど、『一時的な魔力増幅効果付き』の回復薬を求めるのなら、ワイバーン(本当はドラゴンの生き血だが、効果が半減するとしてもワイバーンの生き血の方が入手しやすい)の生き血を使った魔力回復薬になる。そんな高性能で高価な回復薬が作れる人間は、大陸全土を探しても少ない。各国の宮廷薬師に一人いれば良い方だ。
会議が進んだ結果、ドラゴンが討伐されるまでに、各国はワイバーンを最低十五体を討伐する事で落ち着いた。参加国は『規定数を討伐したら、早々に引き上げる』と明言しているようなもので、マジで邪魔だ。一体何をしに来たんだよ。
肝心のドラゴン討伐の話し合いは、先程と打って変わって消極的で遅々として進まない。面倒な事を他人に押し付ける気満々だな。
案の定、イーグリィ王国の『冒険者ギルド』がドラゴン退治を請け負う事になった。
つまり自分が討伐する。本当に使えない騎士団だ。
でも、皆で一緒にワイバーンの討伐に行きましょうとはならなかった。その意味を考えて気づき、思わず国王を見た。
国王は良い笑顔を浮かべていたよ。甘い汁は吸わせなくて良いって事か。他にも気づいた人は何人かいたっぽいけど、今から準備したのでは遅いな。
会議は終わった。自分とギルドマスターは最速で冒険者ギルドに戻った。
ギルドマスターの執務室で復活したダンジョンの場所の確認を行う。
次に冒険者ギルドが保有する解体所で、マジックアイテムの転送機を起動させた。これ以降はギルドマスターの仕事だ。ギルドマスターが作った依頼書とダンジョンの地図を受け取る。
「……ナタリア。冒険者ギルドが破産しない程度にして欲しいんだが」
「今回に限っては、全部売り払ってからでも良いよ。……んじゃ、行って来る」
「おう」
簡単な打ち合わせを終えて、ギルドマスターに一声掛けてから出発した。
復活したダンジョンはイーストン辺境伯領に存在した。
目的地までの移動は空間転移魔法で行ったので、数分と掛かっていない。こう言う時に魔法の便利さとありがたみを感じる。
領主のイーストン辺境伯に依頼を受けた事を告げる――必要は無い。
依頼を受けて討伐を終わらせたら、速やかに冒険者ギルドに報告する。冒険者ギルドからイーストン辺境伯のところへ報告が行く。遠回しだけど、こんな感じの流れだ。
自分の場合、見た目で色々と疑われるから、大体こんな流れで行っている。冒険者ギルドの負担が大きいけど、それを飲んで貰える程度の仕事はしている。
例えば、今回のような仕事とかね。
「おー、壮観だな」
推定、二百近い個体数の黒いワイバーンが空を飛んでいる。
やっぱりアレから増えたのか。まぁ、時間を掛ければ掛ける程にワイバーンは増えて行く。これ以上増やすと討伐が面倒になる。
制服の上から防護用のマントを羽織る。右手にバスターソード並みの長さを誇る剣、万刃五剣を一組持ち、左手には冒険者ギルドの解体所の転送機と繋がっている長剣を持つ。
この長剣で対象を切ったり叩いたりすると、対象が冒険者ギルドの解体所に設置されている転送機に送られる仕組みになっている。要は『討伐した魔物をすぐ転送する』為の道具だ。
これにより、生き血の採取を行わなくても済む、便利なマジックアイテムだ。ワイバーンが大量にいる中での生き血の採集とかやっていられないので非常に助かる。
身体強化魔法を己の体に掛けて跳び上がり、木立の天辺を足場にして近くのワイバーンに切り掛かった。
切り掛かると言っても、ワイバーンは大量にいるので、面倒な戦闘をしては体力的にも無駄だ。
万刃五剣でワイバーンの首を切り落として、左の長剣で転送して次を切る。魔法で一息にやってしまいたいが、ワイバーンの素材の価値を考えると、魔法で焼いたり凍らせるのは躊躇ってしまう。
焼いて凍らせても問題無いのは、ダンジョンボスのドラゴンだけだ。
一体狩ったら重力魔法による疑似飛翔で宙に留まり、次を狩って転送する。
ワイバーンがいなくなるまで、これをひたすら続けた。
暫くの間、同じ事を続けて周りを見るとワイバーンの数は大分減っていた。冒険者ギルドの解体所が埋っていそうだけど、ワイバーンはまだ残っている。
追加で十体のワイバーンを切り捨てて、解体所に転送した。
「ん?」
その直後、下から水の矢が飛んで来た。自分の気を引く為なのか、水の矢はあらぬ方向へ飛んで行った。
周囲にワイバーンがいない事を確認してから下を見る。そこには騎士団と思しき一団がいた。空を見上げると、太陽は大分高い位置にまで登っていた。傾きを考えると地球で言うところの十時か。
思っていた以上に早い到着だが、肝心のワイバーンは殆ど狩った。
高度を下げて騎士団の制服を見ると、一団はイーグリィ王国の王立騎士団では無かった。
先頭にいるのは、会議で見た他学年の王族男子だった。
地面に降り立つと、『何故いる?』だの、『時間が早過ぎる』だのと苦情を受けた。
「会議で同じ時間に、一緒に行く事になっていません。それをお忘れですか?」
「それは覚えている。覚えているから早くに来たのだ」
覚えているか。他国を出し抜く事を考えて、あえて言わなかったのか。
「そうでしたか。冒険者ギルドとしては、『人的被害が出る前の討伐完了』が望ましいと依頼を受けています。獲物が欲しかったのなら、他国を出し抜く事を考えずに、会議中に行動時間を決めておくべきでしたね」
暗に『策士策に溺れたな』と言えば、先輩は苦虫を嚙み潰したような顔をして黙った。
「ドラゴン討伐が残っているので失礼します」
先輩に一礼してから、重力魔法の疑似飛翔で空を飛び、ワイバーンの生き残りを探す。流石に狩りまくったからか、ワイバーンの姿は残っていない。ダンジョンに近づけばいるかもしれない。
一度宙で停まり、地図で場所を確認してから移動を始めた。