勧誘は物理で断れ
平和だったが、授業初日から数えて十日目の放課後。
何故か王立騎士団の訓練場に呼び出された。クラスの担任のハーディ班長も一緒に、と言うか自分をここに連れて来た本人だ。
何で呼び出されたのかと首を傾げたが、自分を呼び出した相手が王立騎士団の総騎士団長だった事で、合点が行った。
何せ、剣を背負った総騎士団長が訓練場の中心で、一人で待っていたのだ。
勧誘なら殴り倒して断れば良いな。
訓練場の中央で壮年の男性っぽい外見の総騎士団長と向き合った。総騎士団長は自分の姿を見るなり、ジロジロと観察し始めた。不躾な視線なのでちょっと鬱陶しい。
「馬鹿息子が殴り倒されたと聞いた時は、どんな女丈夫かと思ったんだが……本当にお嬢ちゃんが俺の息子を殴り倒したのか? 女学院の淑女科の生徒じゃないよな?」
「息子?」
誰の事だと首を傾げると、総騎士団長は渋面を浮かべた。
「授業初日の実技で、木剣使って軽く打ち合っただろ? その時に嬢ちゃんの一撃を受けて気絶した馬鹿が俺の息子の一人だ。忘れたか?」
「……ああ、あの。それで御礼参りですか?」
呼び出しの本当の理由を察したが、出て来た声は低かった。
「違う。ハーディに無理を言って連れて来て貰ったんだ。軽く模擬戦したいから、ここを選んだ」
「一応、冒険者ギルドから勧誘を受けているのでお断りしています」
「冒険者ギルドよりも、騎士団の方が待遇も良いぞ」
「騎士は性に合いません」
「やって見ねぇと判らないって」
「男尊女卑の価値観が根付いている職場は選択肢にありません」
「魔法士族の騎士が一人欲しいんだ。ちょっと考えてくれねぇか?」
「一考に値しません」
「取り付く島も無いか。……よし、模擬戦をするか」
何がよしなんだよと突っ込みたくなったが、イラっとする勧誘だった。全て断ったが。
と言うか、自分が魔法士族だと知っていて勧誘する気だったのか。
確かに、祖母が功績を立てた際に『アッシャー家の先祖には魔法士族がいた』と有名になった。
この大陸には二つの種族が存在する。
人族と魔法士族だ。
魔法士族と言うのは、高い魔力と魔法適性を持った長寿種族だ。見た目は人族とほぼ同じで、見分けは付かないが、例外なく黒髪黒目を保有していた。ただし、人族と共に暮らしていたからか、純血の魔法士族はいない。現存する魔法士族は、例外なく、混血の先祖返りだけだ。
髪と瞳の色がどちらか黒いと、先祖に魔法士族がいた可能性が高いとされている。
先祖に魔法士族がいて、黒髪黒目を持って誕生した場合は先祖返りと判断される。先祖返りの場合、種族も人族では無く、魔法士族となる。
自分も黒髪黒目を保有しているので、魔法士族として扱われている。
総騎士団長が背負っていた剣を鞘から抜いた。総騎士団長の武器は大剣だった。
「木剣を振り回す度に体が泳いでいたから、もしかしてと思ったけど、親と同じ剣を使っていたのか」
「嫌な事を聞いたな。……嬢ちゃんも、とっとと得物を取りな。流石に、素手じゃねぇだろ?」
総騎士団長の挑発を聞き流し、どの武器を使うか考える。
剣を使っても良いが、切れ味が良過ぎる。どこで入手したのか質問されても面倒だから……。
深呼吸をしてから、道具入れより戦槌を取り出した。大工道具の鎚と変わらない見た目だが、色々な機能を保有している。戦槌は直径約三十センチ、高さ約六十センチぐらいの大きさの円柱に、一メートル近い持ち手が付いた代物だ。打撃面にはオリハルコンを使っているので、魔法を打ち返す事も出来る。
「……嬢ちゃん。剣は使わないのか?」
「私が何を使おうが、自由でしょう?」
取り出した戦槌を見た総騎士団長の顔が引き攣ったものに変わった。自分が戦槌を引き摺って移動を始めれば、総騎士団長は慌てて剣を構えたが、遅かった。
身体強化魔法を己に掛けてから戦槌を肩に担ぎ、間合いを一瞬で詰めた。
「ちょ、ま――」
ギョッとした総騎士団長が何か言おうと口を開いた。大剣を盾に使われたら面倒と判断した自分は、大剣の間合いを無視して間合いを詰めて、力任せに戦槌を振り回した。
「ぶ」
戦槌の打撃面が総騎士団長の顔面を真正面から捉えた。戦槌は総騎士団長を木っ端のように背後へ吹き飛ばした。宙を舞い、床に点々と落ちた白い欠片は総騎士団長の前歯だ。
放物線を描いて背後へ飛んだ総騎士団長は、訓練場の壁に後頭部から突撃した。ガラガラと壁が轟音を立てて崩れて、総騎士団長は瓦礫に埋まった。
総騎士団長が持っていた大剣は、吹き飛んだ直後、音を立てて床に落ちた。気を失った事で握力が無くなった結果だろう。
唯一、瓦礫に埋まらずに見える総騎士団長の足が、陸に打ち上げられた魚のように跳ねている。
「そ、総長―――――ッ!?」
一瞬の沈黙を置いてから、状況を把握したハーディ班長が血相を変えて悲鳴を上げた。
轟音を聞いてか、それとも木霊した悲鳴を聞いてか。
訓練場の出入り口が開き、『何事だ!?』と叫ぶ騎士が何人かやって来た。やって来た騎士は訓練場の惨状を見て呆然とするか、ハーディ班長と同じ悲鳴を上げた。
轟音と共に自分達の上司が瓦礫に埋まっていたら、流石に驚くか。
しかし、一発ではイライラは発散出来なかった。もう一発叩き込もう。軽く息を吐き、止めを刺す為に戦槌を引き摺って移動を始める。大盾を持って来いとか聞こえるけど、無視しよう。
「待て待て待て待てぇっ!! それ以上の攻撃は流石に駄目だ!!」
ハーディ班長が慌てて、救助作業が始まった瓦礫を背に自分の行く手に立ちはだかった。これ以上先へは進ませまいと強い意思を感じたので、一言問うた。
「何で?」
「いや、何でって……。総長が戦闘不能なのに、これ以上攻撃する必要は無いだろ!?」
「この手の勧誘は確実に止めを刺さないと何回でも来る」
「いや、止めを差したら駄目だろ!? 攻撃だって、殆ど不意打ちだったじゃないか!?」
「模擬戦をするかと言い放って得物を抜いておいて、不意打ちも何も無い」
「そ、それはそうかもしれないが……」
ハーディ班長も反論に困ったのか、言葉が尻すぼみになった。それでも、周辺を見回しているから、アイコンタクトを取っているのだろう。距離を取った状態で騎士達に取り囲まれているのが、何となく解った。距離を一切詰めて来ないところを見るに、何と言うか情けない。戦槌を肩に担いだだけで、小さく悲鳴が聞こえた。
「盾で取り囲め!」
不意にそんな声が聞こえた。声の方向を見ると、大盾の下部が前に出るように斜めに傾けた大盾が迫って来ていた。
「待て! 早まるな!!」
拳と戦槌のどちらで迎え撃つか考えていたら、ギョッとした声までもが聞こえて来た。
早まるなが、どちらに当てはまるのか知らない。
ただ、拳でやったら指を痛めそうだと思い、担いでいた戦槌を大盾に振り下ろした。
脆い大盾だったのか。戦槌で大盾に打撃を加えたらあっさりと砕けた。大盾は二人で持っていたのか、二人分の潰れた蛙のような悲鳴が聞こえた。周囲からも声なき悲鳴が聞こえた。
戦槌を持ち上げて下敷きになった物体を確認する。白目を剥き、泡を吹いて痙攣しているが、大盾の残骸に埋もれた騎士二名は生きている。総騎士団長と同じように痙攣しているけど……いっか。
生きているのなら放置で良いよね。
騎士二人から意識を外して、移動を再開する。自分を取り囲んでいた騎士達は腰が引けていた。遠巻きの騎士達に至っては、産まれたばかりの小鹿のようにガクブルと震えている。
来ないのなら良いかと判断して、戦槌を引き摺って進んでいた方向へ向かっていると、新たに軽快な足音が聞こえて来た。
「何じゃあこりゃあっ!」
足音が途絶えて代わりに轟いた声には、何故か歓喜で満ち溢れていた。
「うっひょーっ!! 治験が、出来るぞおおおっ! 何をしとる!? さっさと担架で運ばんかい!」
声の方を見れば、やって来たのはマッドな医者だった模様。白衣を着た猿のような小柄な爺さんが、うひょうひょと小躍りをしていた。その姿を見て周辺の騎士達が顔を青褪めさせた。
「喜ばないで止めて下さい!」
「嫌じゃ! 死に掛けているのだ! 治験を! 一杯! やりたいのじゃあああああっ!」
中々にぶっ飛んだお爺ちゃんだった。
「治験は何人必要なの?」
「ここにいる全員と言いたいが、そんな贅沢は言わん! 『追加』十人で良い!」
試しに質問を飛ばしてみたら、喜色満面の笑顔で爺さんが中々にぶっ飛んだ事を言い放った。
訓練場に来ている騎士は、ざっと数えても、三十人近い人数がいた。これを全員、半殺しにするのは流石に不味い。でも、十人も追加で半殺しにして良いものか。
ちょっと悩んだけど、五人ぐらいなら良いかもと妙案が浮かんで来た。ただし、これ以上戦槌で暴れて良いものかと思ってしまい、何となく爺さんを見た。
「ワシが責任を持って必ず治す!!」
「……んじゃいっか」
『良くないっ!!』
爺さんは笑顔で責任を取ると言い放った。同時に騎士達が慌てふためく。大盾が小刻みに揺れる。
再び戦槌を肩に担いで少し考える。生身の人間では無く、人数的に周辺の大盾を狙うか。二人で持つ大盾が自分の周囲に七つも並んでいるのだ。
戦槌を振り被らずに使えば適度な手加減になる。死人が出なければ良い。
適当に選んだ大盾に近づき、戦槌を腰だめに構え直してから横に振るった。
「「ギャァァアアアッ!?」」
大盾は呆気無く砕けた。持っていた騎士二人が放物線を描いて背後へ飛んで行った。だらりと力なく垂れた二人の手足は、気を失っている証拠か。二人はそのまま、同時に背中から床に叩き付けられて、二回バウンドしてから転がった。数秒待っても、一向に起き上がる気配が無い。小刻みに痙攣したままだ。
「騎士の癖に、根性が無いわね」
『アンタがおかしいんだよ!!』
ぽつりと呟いたら、突っ込みを受けた。おかしいなと首を傾げてから、次の獲物をを選択し、合計六回も戦槌を振るった。
追加で合計十四名を戦槌の餌食にした。
「いっやー、久々に腕が鳴るのぅ。掠り傷にもならん傷を治せとギャアギャア騒ぐ騎士共では物足りんかった。新入り共の訓練じゃー! 何をしている! とっとと医務室へ運べ!」
ウキウキしているマッドな医者の怒声が訓練場に木霊した。騎士一同が慌てて、負傷した同胞を背負って運んで行く。とばっちりを受けたくいない残りの騎士達は、瓦礫の中から総騎士団長を掘り出し、担架に乗せて慌てて走り去った。途中で何度かコケていたけど、仲間の救助訓練はやらないのか?
「助かったぞ嬢ちゃん! 近頃の騎士共は掠り傷すら嫌がる軟弱ものばかりで、困っていたんじゃ」
「何が助かったのか知らないけど、こっちに責任を問わないでよ? 呼び出されただけなんだから」
「その辺は瓦礫に埋まっておったゴリラに聞くから心配は不要じゃ。しかし、魔法学園の生徒にはゴリラを瓦礫に埋める逸材がおったのか。将来有望じゃの」
「……それはどうも」
うひょうひょと笑いながらマッドな医者が去って行った。
ふと訓練場を見回すと、自分とハーディ班長以外には誰もいなかった。
戦槌を道具入れに仕舞ってからハーディ班長に一言尋ねる。
「さて、学園に帰っても良いですか?」
「帰っても良いが、他に言う事があるだろう……」
「呼び出されて、模擬戦を行っただけですよ」
「確かにそうだが、そのあと、がな」
「責任を取ると明言した人がいるから良いでしょう」
反論したらハーディ班長は肩を落とした。落胆しているのが判るけど、何も言わん。
どうにか立ち直らせて学園に戻った。
後日、呼び出し類は無かった。