ザマぁする相手がいない中で始まる学園生活
学園の事務室のカウンターに顔を出し、戻った事を連絡するついでに、兄と一緒に入学している筈の姉の寮部屋の場所を尋ねた。この学園の寮は希望者のみで、貴族は王都の屋敷から通う事が多いんだけど、念の為だ。
そして、予想外の事を聞く事になった。
「申し訳ありませんが、アッシャー伯爵家から入学されている生徒は一人だけです」
「は?」
アッシャー伯爵家から入学している生徒は一人だけ? 嘘でしょ?
思わず唖然としてしまった。事務員に確認を取ると、兄と姉はこの学園に入学していなかった。何てお騒がせな馬鹿共なのか。一発殴りたかったが、これで両親共々卒業以降も会う可能性は低くなった。
頭が痛くなる事実だが、事務員に礼を言ってから寮に向かう。
寮へ向かう道中、遠巻きに自分を見る生徒を何人も見たが、一瞥すると蜘蛛の子を散らすように逃げだした。これは女子寮に入ってからも同じだった。
……めんどくせー。
自室に入り、予想外の状況にため息を吐いた。
静かな学園生活を送りたかったが、この分だと無理そうだ。
翌日から授業が始まった。教科書類は入学前に入手している。授業中の席は昨日と同じで、クラスメイトは各々好きなところに座っている。
昨日遭遇した七人は一塊になっていた。今後、彼らに絡む予定は無い。干渉して来ない限り無視だ。
遂に始まった座学はそれなりに難し――くも無かった。無念。
この世界の魔法技術は発展しているけど、各国はマジックアイテムやアーティファクトの開発に注力している。
この世界では、魔法技術=高度な技術を用いて開発したマジックアイテムかアーティファクト、と言う認識が強い。けれど、個人の魔法技量が蔑ろにされている事は無い。
作成者が高い魔法技量を保有しなければ、アーティファクトはおろか、マジックアイテムすら作れない。
空間に干渉する魔法は存在するが、収納魔法しかない。空間転移系の魔法が使える人間は国に一人いれば、隣接する周辺国に対して威張れるレベルなのだ。
授業が望んだレベルで無くとも、この学園を卒業したと言う事実は色々と役に立つ。祖母にもそう言われてここの入学を目指したのだ。
四年間だが、のんびりと過ごそう。
午後。
実技の授業になった。だが、薪に使えそうな太めの木の枝を一本渡されて、何故か二メートル程度の高さの岩の前に立たされた。
ハーディ班長が言うには、この枝を使って岩を割れと言う事だ。
枝で普通に叩いたのではこの岩を割る事は不可能だ。岩が割れやすいところを、所謂『岩の劈開』を正確に見定めて、枝で打撃を叩き込む必要が有る。
クラスメイトのほぼ全員が苦戦していた。教導騎士五名は皆苦笑しているけど、時々枝の振り方を指導している。何となくだが、各々の剣の振り方を見ているように見える。
さっさと岩を割って、周りの見学をするか。そろそろやらないと何か言われそうだし。
岩の周りを見て回り、劈開と思しきところに枝で一撃を叩き込んだ。すると軽い手応えと一緒に岩は、パカッと、真っ二つに割れた。
割れた岩の断面を観察して気づいたが、この岩は魔法で作られていた。手応えが軽かったのは、岩の密度は低かったからか。
一人で納得していると、周辺が無音になっている事に気づいた。周りを見ると、教導騎士とクラスメイトの全員が、顔を引き攣らせてこちらを見ていた。
悪い事は何もしていないし、授業は枝で岩を割る事だ。それは既に達成した。
残りの時間は、クラスメイトが岩を割る事が出来ずに四苦八苦しているところを眺めて過ごした。
このあと、自分以外で岩を割ったクラスメイトは出現しなかった。岩の次は木剣を手にクラスメイト同士で軽く打ち合う。模擬戦では無く、軽い打ち合いだ。念の為。
自分は次席入学者だと言う男子生徒と打ち合う事になった。頭一個分以上も背の高い、体格の良い制服越しでも鍛えていると判る男子生徒だったが、その剣の振り方は力任せで『雑』だった。
全身を使った斬撃なので、普段から長さと重量の有る大きい剣を使用しているんだろうなと思う。でも、今授業で使用しているのは軽い剣だ。男子生徒が剣を振ると体が泳いでいた。隙だらけだ。
最小限の動きで男子生徒の斬撃をひょいと横に避けてガラ空きの腹に、両手で持ったバットでスイングするように、両手で持った剣で横薙ぎの一撃を叩き込んだら……白目を剥いて倒れた。男子生徒は泡を吹いて小刻みに痙攣している。
弱過ぎないか? それとも、強く叩き過ぎたか?
首を傾げていると、教導騎士の一人が男子生徒を担いで医務室に運んで行った。
去って行く二人の姿を見送り、暇になった自分はクラスメイトが打ち合っている姿を見学しようとしたが、ハーディ班長と打ち合う事になった。
先の男子生徒と違い、ハーディ班長が剣を振っても体が泳ぐような事は起きない。当然だよねと思いながら、何度か剣で打ち合う。見た目以上の腕力保持者なのか、打ち込んで来る剣は重かった。何度も受けると手が痺れそうだと判断し、打ち込まれる剣は横に弾いて対処し、一歩踏み込んで一撃を放つ。
自分が放った一撃を受け、ハーディ班長は慌てて剣を手元に戻して、自分の一撃を受けた。その後、ハーディ班長に三度剣を打ち込んだところで、打ち合いは終了となった。
今度こそ暇になった自分は、クラスメイトが打ち合っている姿を見学した。
初日の授業が終わり、放課後になった。
やる事は無い。早々に図書館に避難して、本を読んで時間を潰す事にした。
翌日になると、クラスメイトの自分を見る目が変わった。
これまで兄と姉が流した噂を信じて向けられていた、猜疑的な視線が無くなった事は良い。絡まれない限りは自分も無視する予定だ。
警戒していた留学生七人は接触して来ない。
初日にうっかり気絶させてしまった男子生徒も絡んで来ない。
ボッチだけど、やって来た平和な時間を楽しんだ。