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研究所に寄る

 冒険者ギルドの研究所は、国が保有する国立研究所並みの設備を誇る。設備によっては、冒険者ギルドの研究所の方が国立研究所よりも格段に良く、たまに設備の貸し出しも行われる。

 そんな研究所の所属人員の割合は、国立だと貴族、ギルドだと平民が多くなっている。

 それぞれで妬みや僻みと言った悪感情を持つのはごく一部だが、たまに嫌がらせ合戦が起きる。嫌がらせ合戦が起きる度に、人事異動や厳重注意を始めとした処罰が下るのだが、完全に起き無くなる気配は無い。互いに余計なプライドが邪魔しているせいだ。

 過去に一度、当時の国王が事態を重く見て介入した結果、嫌がらせ合戦の回数は減った過去がある。

 国王が介入する程の事態を招いたとして、双方の研究所は罰として予算を削られたらしい。冒険者ギルドが貰っていた予算は微々たるものだったので、この一件を機に国から予算を貰う事を止めて、国家が介入出来ないようにした経緯が存在する。

 それでも嫌がらせが無くならないのだから、本当に迷惑だ。

 

 一介の冒険者が研究所内を闊歩するのは本来ならば珍しいんだけど、魔法薬の研究を個人で行っていた事が早々にバレた為、一級冒険者ライセンスを取得して以降、ギルドマスターの判断で小さい研究室を一室借りている。一部屋を借りる対価として、魔法薬の研究結果の報告が義務付けられている。

 そんな経緯があり、冒険者なのに研究室を借りている。冒険者兼研究員として扱われているので、研究所では割と顔見知りが多い。自分が伯爵家の次女である事は早々に明かしたが、嫌がらせの類は一切ない。要請が有れば他の研究を手伝っていたからかもしれない。もしくは、学園卒業後に家と縁を切ると宣言した事が原因かもね。

 広い研究所内を歩き、所長室へ入る。

 冒険者ギルドの研究所の所長は『没落貴族』と言う、ちょっと珍しい経歴を持つ壮年の男性だ。

 見た目は三十代半ばで、色素の薄い金髪を蓬髪にした、色の濃い青緑眼を持つ儚げな外見の男性だが、過去に行った魔法薬の実験が嫌がらせで失敗しただけでなく不本意な事に浴びてしまい、そのまま老化しなくなってしまったそうだ。その影響で、現在『九十歳』なのに未だに若々しい外見を保有している。

 そんな重い過去を持つ所長――テール・ポッターは机で実務作業をしていたが、前触れ無くやって来た自分を見るなり微笑んだ。

「おや、今日は入学式と聞いたのに来たのかい」

「学園の図書館で調べた結果、見つからなかったからその報告で来た。元々ギルドマスターに今後の予定を組む為に呼ばれていた」

「――あぁ、一級ライセンス保持者が学生生活を送るから、ダンジョン攻略の予定を組むのか」

「今日、年間の授業スケジュール表みたいなものを貰った。秘書課に寄ってコピーの作成を頼んだから、ギルドマスターに頼めば見れるかもしれない」

「うん、良い事を聞いた。私にもコピーを作ってくれるように頼もう」

 ポッター所長が微笑んでいる。ポッター所長は際立って整った容姿を持っている訳では無い。だが、その儚げな容貌は女性受けする。事実、ポッター所長の微笑みを見て、彼の秘書官の女性が顔を赤らめた。

 中身が九十歳の年寄である事を無視すれば、そこの秘書官みたいに大抵の女性は騙されるだろう。秘書官の女性はポッター所長の要望通りに秘書課へ向かう事になったが、その前に二人分のお茶を準備してくれた。

 ポッター所長と応接セットのソファーに対面で座り、秘書官が出してくれたお茶を飲む。茶飲みの話題は教員とクラスメイトについてだ。

「あの教導騎士団が学生相手に教師の真似事ですか。ふふっ、学園の教員も随分と落ちぶれましたね」

「ギルドマスターが言うには、十年前の卒業式の騒動が原因らしい」

「確かにありましたね。最も楽しんだのは陛下だったと聞いています。陛下は立場上、魔物の相手をする機会がないからと、嬉々として突撃したそうです」

「……ギルドマスターもそんな事を言っていたけど、事実だったのね」

「ふふっ、そうですよ」

 ポッター所長は紅茶が注がれたカップを優雅に傾けた。ポッター所長が『没落貴族』だってのは聞いていたけど、無意識の所作を見る限り厳しく躾けられた事が伺える程に優雅だった。元貴族とは言え、格式の高い家の出身だった事が判る。

「そう言えば、今年も他国の王族男子が入学されたそうですね」

「同じクラスに四人もいるよ。自己紹介とかしていないからまだいるかも」

「今年留学して来た王族男子は四人です。他のクラスにはいないでしょう」

「成績四十位以内に全員入ったのか。その四人は今日一緒に来る事になって、ここに来る前にギルドマスターのところに預けたけど、会う?」

「止めておきます。国立研究所の方々に何を言われるか判りません」

「それは好きにすれば良いよ」

 ポッター所長は『そうします』と微笑んだ。



 ポッター所長とお茶を飲みながらの雑談を終えて秘書課に戻る。貸し出した小冊子の複製は終わっていた。最近になって『紙媒体限定の複製機』と呼ばれるマジックアイテムが開発されたらしい。

 魔法で転写するよりも速くて正確だと高評価を受けていた。

 転写魔法は使用する人間の魔法制御技量がはっきりと出る。正確かつ緻密な制御が出来なければ、文字が滲み、絵がブレる。しかも、時間が掛かる。

 下手をすると、手動で書き写した方がマシと言う評価を得てしまう。

 だからと言う訳では無いが、転写魔法の使い手は少ない。

 そこへ、代わりに仕事をやってくれる道具が登場したら……そりゃあ、喜ぶか。

 面倒な仕事を代わりにやってくれる道具の登場で、仕事が圧迫されずに済んだと喜色満面の笑みを浮かべる秘書課所属の女性に同情した。

 一緒に来た七人はギルドマスターに丸投げしたままで良い。再び遭遇する前に、良く利用している喫茶店に向かった。



 この大陸の食文化は非常に発達している。

 調理器具系のマジックアイテムが活躍している結果だ。

 特に、食べ物を冷やす冷凍冷蔵庫の恩恵は計り知れない。これの登場で長距離輸送が可能になり、内陸でも新鮮な魚介類が食べる事が可能となった。更に夏場は、氷菓が食べられる。実に最高だ。自力で作らなくても食べられるのは素晴らしい。

 

 そんな事を思い返しながら、レアチーズケーキを食べる。

 現在利用している喫茶店で取り扱っているケーキは注文の際に、カットされたピースタイプと、直径十センチ程度のホールタイプの二種類から選べる。

 自分が今食べているレアチーズケーキはホールタイプだ。レモン以外の柑橘が使用されているのか、爽やかな香りが口内に残る。

 お供に飲んでいるのは、最近流行っている黒茶だ。この黒茶の見た目は地球のコーヒーと瓜二つだが、色々と違う点が存在する。でも似ているから自分はコーヒーと呼んでいる。

 自分が黒茶をコーヒーと表現しているのは、単純に使用しているコーヒー豆が地球産と違う。

 このコーヒーをブラックで飲むと一発で判るのだが、ほろ苦いのではなく、アクセントのように後味がほんのりと苦い。そして、コーヒー特有の酸味を一切感じない。更にカフェインが入っていないのか、がぶ飲みしても眠気は覚めない。飲み過ぎても胃荒れは起きないし、腹も膨れない。

 ただし、地球産のコーヒーと同じく、豆を焙煎してから挽いている工程だけは同じなので、色と香りは全く同じだ。

 これでカフェイン入りだったら、良かったんだけど……そこは仕方が無い。

 砂糖抜きで気軽に飲めると思えば良いだろう。利尿作用が無いので、トイレが近くならないのは別の意味で良いかもしれない。夏場に飲んでも脱水症状を警戒しなくて良いとかね。

 そんな事を思いながら、レアチーズケーキを食べ終えた。コーヒーを飲みながら、店内の時計を見て時刻を確認する。

 時間に余裕は残っているが、そろそろ学園に戻った方が良さそうだな。

 会計時に持ち帰り用のケーキとクッキーを購入し、学園へ戻った。


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