冒険者ギルド王都本部へ
学園が保有する図書館は予想よりも大きかった。
図書『室』ではなく、図書『館』なのだ。名称からしても規模と蔵書数が違うのだろう。地上四階、地下三階の巨大な建物には、本以外にも数多の情報資料が収蔵されている。図書司書と警備員以外には誰もいない、静かで厳かな空気を持つ図書館に足を踏み入れる。案内表示を見て移動し、目的の本を本棚から探す。
実は、入学式が始まる十日前に新しいダンジョンが見つかった。
ファンタジーな世界で定番のように存在するこの世界のダンジョンは『魔力溜り』と呼ばれる、自然界の魔力が集まってしまった場所を中心に出来上がる。
魔力溜りは自然に出来た水溜りのようなものだが、一定以上の魔力が一ヶ所に溜まってしまうと、石のように固まる『結晶化現象』が起きる。魔力溜りが結晶化してしまうと、今度は周辺の魔物を誘き寄せてしまう性質が生まれる。魔物は魔力溜りの魔力を求めて集まり、独占する為に縄張り争いを行う。その結果、一ヶ所に大量の魔物が集まってしまう。
魔物がただ集まるのならば、魔物が集合した場所を『ダンジョン』とは呼ばない。魔力溜りは地中に存在する(しかも大小様々で複数ある)事が多く、魔物は魔力溜りに向かう為に地面に穴を掘る。そうして出来た穴が『魔物の棲み処』となり、『魔力溜りへの道』となり、『ダンジョン』と呼ばれる地下空間となる。たまに地上にも存在するが、その場合は山上もしくは山腹か、枯れた谷底になる。
ダンジョンと言えば聞こえは良いかもしれないが、一帯に魔力溜りが複数存在する事が多く、その実態は『蟻の巣』と殆ど変わらない。
違う点は棲んでいる存在か。
魔物は他の魔物を捕食する事で強くなり、キメラのような進化を遂げてしまう。その為、ダンジョンが見つかる度に新種の魔物が発見される。
ダンジョンで新種の魔物だけが発見されるのならば良いが、魔力溜りは周辺の植物にも影響を与えてしまう。そのせいでダンジョンが見つかると周辺の植物の生態も変わり、新種の植物が稀に見つかる。
ダンジョンが見つかると、新種の魔物と変異した植物が発見されるのは、何時もの事だ。
植物の生態系に影響を与えるダンジョンは発見次第速やかな攻略が要求されるが、ダンジョンのボスは縄張りのボスの頂点に立つので非常に強い。まぁ、倒せば巨大な魔力の結晶と、魔物の余剰魔力が体内で固まる事で出来た魔石が手に入る。
魔力の結晶はアーティファクトの動力源となるので、大きなものは国が買い取ってくれる。
魔石は魔物の能力の一部を受け継いでいるので、様々なものに利用可能となる。こちらは生産ギルドで買い取りか、冒険者ギルドに採集依頼を出した人間が買い取る。
「あった」
本棚に収納されている本のタイトルを片っ端から眺めて本を探したが、中々見つからない。出ようかと思った時に、たまたま視界に入った本が目当ての本だった。本棚から目当ての本を抜き取って、目次と索引に目を通し、目的のページを開く。
「……無い、か」
だが、探していた情報は書かれていなかった。本を閉じ、元の場所に本を戻し図書館から出た。
お昼は冒険者ギルド王都本部に行く道中に、外で食べれば良いな。これからの予定を立てて、学園の敷地外へ出る為に事務室に連絡を入れに移動を始めた。
辿り着いた事務室のカウンターで用件を告げると、外出時の注意事項の説明を受けた。注意事項の内容はどれも想定内で常識範囲内だった。教科書と一緒に受け取った生徒手帳に書いてある通りのままだった。事務員に『生徒手帳通りなのですね』と言うと驚かれてしまったが、普通に喜ばれた。事務員は『校門が閉まる時間までに戻るように』と言うと事務室へ引っ込んだ。
外出カードを持っていないと駄目だとか、そんな事は無いのか。意外と言うか、もうちょっと色々と言われそうだと思っていたので拍子抜けした。
でも、最低限の規則は守った。このまま外に出よう。
自分は制服を隠す為の外套を羽織ってから、意気揚々と学園の外に出た。
イーグリィ王国の冒険者ギルド王都本部は大きく想像以上に広い。
広大な敷地には幾つもの建物が存在する。
依頼受付所や、依頼委託所、ダンジョンから持ち込まれた様々な素材の買取所。
様々な事務処理を行う事務棟と本部勤めの事務員と事務員用の宿舎。
持ち込まれた魔物と植物と魔石の調査と研究を行う研究者達が利用する研究所と宿舎。
冒険者達が訓練する為に利用する大小様々な広さを持つ二十近い数の訓練場。
ダンジョンへ向かい、負傷して戻って来た冒険者を治療する巨大な治療院は平民でも利用可能だ。
ここまで様々な建物を所有しているのには、相応の理由が在る。各国の冒険者ギルドは拠点の人口が多さに比例してその規模が変わる。イーグリィ王国そのものがユーディアル大陸でも比較的大きい国なのだ。その王都ともなれば、非常に広い。
その為、冒険者ギルドの王都支部は高位貴族の邸宅十軒分以上の広大な敷地を保有していた。比較的治安の良い、王都内の三等地では最大の広さを誇る。
ちなみに、一等地での最大規模の敷地面積を誇るのは王城で、二等地では王立魔法学園が最大規模の敷地面積を誇る。
「予想以上に広いな」「我が国でも、ここまで広くは無いぞ」「三等地とは言え、ここまで広大な敷地が良く手に入ったな」
到着した冒険者ギルド王都本部の威容を見て、一緒に訪れる事になった――食後の移動中に貸切の魔力駆動車に乗っていた七人に見つかった――クラスメイトの七人の男子生徒が目を瞠っている。この男子生徒は全員留学生だ。
事務棟の出入り口で、警備員に保有する冒険者ライセンスカードを提示して中に入る。後ろの七人は『諸事情より、事前に留学受け入れ先の学園でのトラブルを無くす為にも、ギルドマスターに会わせたい』と言って押し通した。
留学の一単語が決め手になったのか、警備員から反対は受けなかった。
この七人の場違い感が強いと言うのもあるんだろうね。王族とその護衛だし。他国から留学生が来るとは聞いていたけど、同じクラスになるとは思わなかった。
六階建ての事務棟の二階に存在する、冒険者ギルドイーグリィ王国支部ギルドマスターの執務室を目指す。自分の後ろをついて歩く七人は、移動途中も廊下の窓から見える外の光景に目を奪われている。玉突き事故でも起きればいいのにと、思う程度に鬱陶しく感じる。
さっさとギルドマスターに押し付けてしまおう。
辿り着いた部屋の前で、物見遊山気分の七人に一言掛け、ドアをノックしてから部屋に入る。
「んあ? 何だ、ナタリアか。……って、う、後ろのガキどもは、な、何だ!?」
自分の顔を見るなり初老のギルドマスターは刈り上げた色素の抜けた金髪を掻いて鷹揚な反応を見せた。だが、自分の後ろにいる七人を見るなり、ギルドマスターはギョッとして腰を浮かせた。見覚えの無い顔の場違いな空気を持つ、学園の生徒らしい男子生徒がいきなり七人もやって来たら、驚くか。
狼狽え始めたギルドマスターを落ち着かせてから、七人を連れて来た経緯を教える。
「あぁ~、今年もか」
「今年『も』?」
「そうだ。今年もだ。去年は王族と皇族が一人ずつで、揃って一年限りの留学だったんだが、在学中、何かと張り合って揉めていてんだ。攻略済みとは言え、ダンジョン内で揉めたと聞いた時は、肝が冷えたぜ」
ギルドマスターから聞かされた去年起きた揉め事の一端を聞き、『もしかして』と疑問を抱く。
「もしかして、一年生の担任が教導騎士なのはそれのせい?」
「それは違う。十年前に犯罪組織の下っ端が留学生として堂々と来たんだよ。犯罪歴が無いから誰も気づかなかった。卒業式の日に引き起こされた魔物を使った騒動が原因で、監視役として教導騎士が教師の真似事をするようになった」
「襲撃事件が起きていたの!?」
今度は自分がギョッとした。でも、『卒業式でやるのは効率悪くない?』と思考が回り、すぐに落ち着きを取り戻す。
「そうだ。ま、卒業生と陛下の護衛騎士の活躍で速攻で鎮圧された。陛下も剣を手に、魔物へ突っ込んで行ったらしい」
「訓練を受けていない奴が多い入学式でやれば確実だったでしょうね。何で卒業式でやったの?」
成功率が低くないかと、疑問が口から出てしまった。ギルドマスターは自分の疑問を聞いて、額に手を当ててため息を零した。
「それは知らん。つぅか、怖い事を言うんじゃねぇよ。それよりも、見つかったのか?」
「無かった」
「そうか。新種の可能性が高まっちまったか」
「研究所の連中にも言いに行った方が良い?」
「悪いが頼む。後ろの七人との話をしなくてはならねぇんでな」
「秘書課に寄って八人分のお茶頼んでおくね」
「ああ、頼んだ」
ギルドマスターに簡単な報告を行ってから部屋を出た。
ずっと空気だった七人は『えっ!?』みたいな顔をしていたけど知らん。用件があって自ら来たんだから、そこからは自分でやって欲しいわ。
七人をギルドマスターに預け、隣の秘書課に顔を出す。ギルドマスターと何度も会っている事もあり、すっかり顔なじみ状態だ。将来的には冒険者ギルドの幹部になって欲しいとか言われている身でもあるからか、割と待遇は良い。
ギルドマスターから無茶な事を頼まれて、それを達成しているからでは無いと思いたい。
秘書の一人に声を掛けて、学園で貰った小冊子のコピーと八人分のお茶を出すように頼み、研究所へ向かった。