入学式を終えて
一学年千人を誇る王立魔法学園にはクラスが存在しない。
自分で授業を選択する形になるが、それは二年生からで、騎士科と魔法科のどちらかを選択する。
最初の一年は基礎を学ぶ事になっている為、一年生の頃だけ学園側が授業の割り振りを決める。
この時の組み合わせが一年間限りのクラスになるんだが、この仮初のクラス分けは成績順になる。一クラスは四十人だ。この四十人と、一年間クラスメイトのような関係になる。
なお、留年制度は一年生のみ適用されない。留年可能なのは二年生からで、最大三回までだ。一年で基礎を完全に覚えろと言う事だ。
まぁ、この学園には行事らしい行事が無いので、付き合いが無くても困らない。
入学式終了後、指定の教室に入った。一度に四十人を収容する教室は広々としていた。二十組の長テーブルと長椅子が並んでいる。教科書類を仕舞うロッカーは廊下に置かれている。
教室に足を踏み入れると、先にいた生徒達から視線を貰った。壇上の黒板を見ると『席順は決まっていない。好きなところに座れ』と書かれてあった。全てを無視して窓際最後尾の教室の隅の席に座り、頬杖を突いて窓から空を眺める。
卒業後は家から出て、他国に移住するか、冒険者ギルドに就職する予定なのだ。今ここでクラスメイトと交流しても、一体何時、役に立つか分からない。身分も数多の国々の往来が可能となる『自由民』に切り替わる可能性もあり、仮にそうなったら貴族の生徒との縁は切れる可能性が高い。
一年限りのクラスの担任が来るまで窓の外をぼんやりと眺めていると、室内がざわついた。
ちらっと壇上周辺を見たが、担任が来た訳では無かった。視線を窓の外に戻すと今度は足音が近づいて来た。だが、足音は近くで止まると聞こえなくなった。担任が来た訳では無いのならどうでも良い。
ぼんやりとしていると、担任となる教員がやって来た。襟足で切り揃えられた色素の薄いオレンジに近い赤い髪と黄色い瞳が印象に残る男性教員だが、何故か腰に剣を佩き、イーグリィ王立騎士団の騎士服を着ていた。その後ろには、何故か同じ格好をした紙束を抱えた四人の男性がいた。
疑問は湧くが、これから判るだろうと己を納得させて、視線を窓から教壇に向ける。そのついでにクラスメイトの男女比率を確認すると、男子の数が多かった。
この学園は『ダンジョンで実戦訓練』を行う、非常に珍しい授業(他国では騎士団に入ってから行う)が組み込まれている。
そのせいか座学の授業は少なく、実戦を想定した授業ばかりになっており、女子生徒の数は非常に少ない。このクラスでも例外は無く、自分を含めて十人程度だ。
王族男子が入学する年の前後となると、王族男子との接触目当てで入学する女子もいる。だがそう言う女子に限って、一年が経過する頃には大体退学してしまう。実際に卒業した根性の有る『王族目当ての女子』は少ない。
入学試験も男子が入学する事を前提とした試験内容が多く、実技七割・座学三割と言った感じか。座学もかなり高度な知識を要求されるので、実技満点・座学無得点では入学試験を突破するのは難しい。でも、入学出来た生徒の殆どが『実技ほぼ満点』なので座学でどれだけ点数が取れるかが勝負となる。
難関試験を突破する能力が有るのなら、女子でもやって行けると思うんだけど、『普通』の貴族令嬢や平民の女子では無理があるのかもしれない。
王族男子とは関係無く、この学園に入学する女子の殆どは『騎士を目指している』と言うのもあるんだろう。騎士を目指してもいない女子は去ってしまう程に厳しい。国によっては、この学院の騎士科を卒業したのなら女子でも騎士に成れるので、入学前からの覚悟が違うのだろう。
そんな事情があり、授業内容も実戦向けなので、他国からの留学生(ダンジョンで実地訓練を経験したい王族含む)も多い。
座学の授業は少ないが、四年掛けて学ぶ内容は非常に高度だと祖母から聞いている。
騎士科に行かなきゃ、授業には付いて行けるだろう。
壇上の男性教官は生徒数を数えて、全員いる事を確認してから口を開いた。流石に担任らしいので、姿勢を正面に直した。
「全員揃っているな。先ずは、入学おめでとう。私は王立教導騎士団第一班所属ジャック・ハーディ班長だ。イーグリィ王立魔法学園の一年生のクラスの担任は、十年前から王立教導騎士団から派遣される事になっている。事前に知っている生徒は少ないだろうが、そこは勘弁して欲しい」
教導騎士団と聞いて、思わず目を丸くした。聞いてないよ。自分と似たような反応をした生徒が何人かいたのか、ジャック・ハーディと名乗った教導騎士の口から『勘弁して欲しい』なんて言葉が飛び出した。しかし、十年前か。比較的最近だが、十年前に何か起きたっけ? 祖母が戦場で功績を立てた、隣国との戦争は三十年前だ。
「今日は各クラスを担当する教導騎士との顔合わせと、明日からの授業についての説明を行う」
ハーディ班長の言葉が終わると、四人の騎士の自己紹介が始まった。それが終わると、彼らは抱えていた紙束を生徒一人一人に配り始めた。生徒同士の自己紹介は不要なのか? 別に良いけど。
自分のところにも教導騎士の一人が来たけど、渡されたのは小冊子のような印刷物だった。五十ページもあるよ。
ここはファンタジーな世界だが、魔法科学が発達していた。そして、所々に英単語が散見出来るが、文字はギリシャ文字に似ている。謎だが、考えても判らない。
魔法科学で生み出されたものは『マジックアイテム』と呼ばれて、上中下の階級が存在する。マジックアイテムの中でも起動が大掛かりで複雑なものや、一人の人間では扱えない大きいものが『アーティファクト』と呼ばれて区別されている。
個人使用=マジックアイテム、不特定多数使用=アーティファクトの区分で大体合っている。
さて、魔法科学が発展しているが故に、ファンタジーな世界で見掛ける回数の多い『写本を職業とする人間』はいない。手元に来た小冊子は魔法科学で作られた印刷機を用いて、一括大量印刷されたものだ。活版印刷から発展したアーティファクトらしいが、詳しい事は知らない。
このマジックアイテムは簡単に作製可能なものから、難しいものまで存在する。使い捨て品をその場で作る事もあり、冒険者の中には捨てる短剣をマジックアイテムにして使い捨てるようなものまでいる。そこまで出来るのは一級ライセンス保持者の中でも少数だ。
自分は隠居した祖母からマジックアイテムの作り方について手解きを受けているので、作った経験は多い。自分が所有する魔法具の名称が、この世界では『マジックアイテム』に名前を変えただけなので、同年代に比べれば経験豊富だろう。
渡された小冊子を開くと、年間の授業スケジュールを始めとした授業に関する内容が書かれていた。嫌な予感を感じて、メモを取る為に自作の鉛筆(絵画用の黒炭)をポケットから取り出した。ついでに、音声を録音するマジックアイテムも取り出して起動させる。
全員に小冊子が行き渡った事を確認してから、壇上のハーディ班長が小冊子の内容を読み上げながら、時々書かれていない注意事項を口にした。すかさずメモを取る。冒険者ギルドに行く時には、必ず事務室に報告してからなのか。知らなかったよ。
座学はこの教室で行うらしいが、席順は毎回好きなところに座っていいそうだ。座学担当の教員もハーディ班長が行うらしい。他の四人は実技の補助だ。
口頭による注意事項とおまけ情報を小冊子の空きスペースに書き込んで行く。
「――説明は以上だ。明日の午前中は座学なので、解らない事は明日の午前中に聞きに来なさい。それから、冒険者ギルドに登録しているものは、このあとライセンスカードを私達に提示してくれ。記録を取る。では、解散」
ハーディ班長は『解散』と言った。けれど、椅子に座っていた半数近い数の生徒がほぼ同時に立ち上がり壇上へ向かった。成績四十位以上ともなると、冒険者ギルドに登録している生徒は多い模様。意外な事に、自分以外の女子も全員登録しているようだった。冒険者ギルドに登録していない他の生徒達は小冊子を読み直している。
この世界には収納魔法と呼ばれる高等魔法が存在する。小冊子を収納魔法で作った空間に仕舞うように見せて、道具入れに仕舞った。周囲から視線を浴びたが、無視だ。
五人の教導騎士の周辺から人が減ってから自分も提示する為に壇上へ向かった。ハーディ班長以外の教導騎士にライセンスカードを見せると、彼は動きを止めた。それどころか、自分が提示したライセンスカードを二度見どころか三度見した。
冒険者ライセンスにも、一~五までの階級が存在する。最高の一級保持者の数は、ユーディアル大陸の全冒険者の中でも一割にも満たない。自分の冒険者ライセンスの階級は一級だが、同年代でも大陸中を探せば、同じ階級保持者は数人いる。学費を稼ぐ為に活動していたら、勝手に上がっていただけなので達成感は無い。
それを知っているのかは不明だが、自分のライセンスカードを見た教導騎士は顔を引き攣らせて動きを止めた。
この学園に入学する意味が存在するのか聞かれそうだが、祖母と冒険者ギルドのギルドマスターから勧められて入学試験を受けた。冒険者ギルドから入学に関する推薦状も出ているんだが、知らないのか、あるいは知らされていないのか。
「どうした?」
「あ、いや……。この階級のライセンスカードを見るのが、初めてだっただけだ」
手隙になった他の教導騎士の一人がやって来た。そして、自分のライセンスカードを見て動きを止める。異変に気づいた残りの二人もやって来たが、同じ反応を見せた。ハーディ班長が来る前に、そして奇妙な質問を受けるよりも先に質問をする。
「不備でもありましたか?」
「あ、いや、入学時点でこの階級保持者は滅多にいないんだ。私が知っている限りだと、先代の総騎士団長ぐらいだな」
「……そうですか」
教導騎士に提示していたライセンスカードをポケットに仕舞おうとしたが、登録番号を記録するから待てと止められた。登録番号の記録が終わったら、速やかにライセンスカードをポケットに仕舞い、ふと午後の予定を思い出した。午後に冒険者ギルドの王都本部に顔を出すように言われていたんだっけ。
午後に冒険者ギルドの王都本部に向かうが、一年生の頃も事務室に言いに行けば良いのか? 確認を取ると、事務室で良いらしい。
教導騎士四人に礼を言ってから教室から出た。王都本部へ行く前に調べたい事があるので、図書館へ向かった。