諦めの悪い人達
時間は残っていると考えていたが、現実は甘くなかった。
三日後。自分とギルドマスターとポッター所長の三人は王城に呼ばれた。
何時ぞやかの会議室に案内されると、ブラックドラゴン討伐前の顔ぶれが揃っていた。
指定の席に三人で着席し、国王の挨拶が行われると、大量の苦情が飛び交った。
「ふふ。出し抜かれて苦情を言うとは、思っていた以上に面の皮が厚いですね」
「面の皮が厚くないと王族なんてやっていられないでしょう」
「それもそうですね」
やーねーと、井戸端会議のおばちゃんみたいなノリで互いに感想を述べ合ったポッター所長と自分は出されたお茶に口を付けた。
「……二人とも、聞こえていないと思わない方が良いぞ」
ギルドマスターは鳩尾の辺りを手で擦っていた。
国王は面白そうな顔をしてこちらを見ていた。
一方、どれだけ苦情を言っても無視している自分とポッター所長を見て、やたらと飾りが多い衣装を身に纏うでっぷりと肥えた白髭の禿頭の老人がテーブルを叩き、興奮で顔を赤くして叫んだ。
「小娘、小僧! 少しは年長者を敬わんか!!」
「年長者を敬え? 身分の貴賤よりも、年長者を敬えと仰るのなら、それはそちらですが?」
「は? いや、何を言い出す!? ワシは六十を超えているんだぞ!」
ポッター所長に嫣然とした笑みで言い返されて、額に青筋を浮かべたおっさんは目を白黒させた。しかし、自身の年齢を明かして勢いを取り戻した。
けれど、ギルドマスター以外のほぼ全員がおっさんと似たような反応を見せた。意外な事に、国王も知らなかったらしい。
困惑するものが続出した。ポッター所長の現在の年齢を彼らに教える。
「広く知られておりませんが、ポッター所長の年齢は九十歳です」
『……えっ!?』
室内の空気が音を立てて凍り付き、ほぼ全員がポッター所長を二度見した。ポッター所長の外見年齢は三十代にしか見えない。自分も一度だけ騙されたよ。
「彼女の発言通り、私の現在の年齢は九十になります。四十歳を過ぎてから研究中の薬品を不本意ながら浴びてしまい、このようになりました。かれこれ四十年以上も、私の見た目は年を取らないまま今に至ります」
『……』
痛い程の沈黙が下りた。そんな中でポッター所長は優雅にカップを傾けていた。
自分とギルドマスター以外の全員は、口を半開きにして固まっている。その中でも『年長者を敬え』と発言したおっさんに至っては、顔を白くしていた。
ポッター所長がカップをソーサーの上に戻し、おっさんを見て微笑んだ。
「さて、そこの六十の小僧。私に何か、言う事があるでしょう?」
ポッター所長に微笑まれたおっさんは目を泳がせて何かを言おうとして、けれど何も言えずに口を開いて閉ざしてを三度も繰り返して、結局何も言えずに項垂れた。
沈黙が下りたのを良い事に、国王が押し掛け連中共の要求を教えてくれた。内容を聞いて呆れたが。
「ブラックドラゴンの角を賭けて私と勝負をする? 私は別に構いませんが、お顔に傷が付いたら困るような方々しかおりませんのに、一体どなたが私の相手をするのですか?」
率直に思った疑問を口にすると、幾人かの額に青筋が浮かんだ。
殺気が自分に集中するけど、ブラックドラゴンに比べると大した事は無い。比較対象がおかしいのは認めるが、比較対象を別の魔物に変えても大した事は無い。
人間の殺気と魔物の殺気を比べてはいけないのかもしれないけど、それを差し引いても弱い。
対応について考えていると、真横から小さな失笑が聞こえた。
「確かにその通りですね。見た目を大事にされる王族ともあろうお方に出来るとは思えませんし、騎士もいるようには見えませんから、魔法の打ち合いでもするのですか? アッシャー嬢は魔法も得意ですよ。何と言っても、今年度の国立魔法学園の首席入学者ですからね」
「しかも、単身で三つ角のブラックドラゴンとワイバーンを二百体以上を討伐した、一級ライセンス持ちの冒険者だ。魔法で強化したとはいえ、素手でミスリルゴーレムを五十体も討伐している」
「ギルドマスター。それはミスリルゴーレムじゃなくて、スチールゴーレム」
「大差無いだろ」
ギルドマスターの言葉を訂正したが、同じだと言われてしまった。
スチールゴーレムはその名の通り『鋼』で出来たゴーレムだ。その強度はミスリルゴーレムと変わらない。
しかし、自分達の会話の衝撃が強かったのか、殺気立っていた幾人かは真顔になった。真顔になると同時に、放たれていた殺気も消えた。
「そう言えば、ウチの総騎士団長をぶっ飛ばして負傷させたのもアッシャー嬢だったな。『瓦礫に埋まった総長を掘り出すのが大変だった』と騒いだ奴がいた。他に二人持ち大盾を粉砕するなど、色々とやっていたな」
国王が自身の顎を撫でながらそんな事を言い、朗らかに笑った。
……ぶっちゃけて良い? 何故、今、言った!?
思わず国王を半眼で見てしまったが、言葉には続きがあった。
「見た目の割に過激なアッシャー嬢と、一体誰がブラックドラゴンの角を掛けて勝負をするのやら。余も興味があるんだが、……さて、誰が名乗り上げるのだ?」
そう言うなり、国王は室内にいる押し掛け連中を見回した。押し掛け連中は、一人を除き、誰も国王と視線を合わせなかった。国王と視線が合った日焼けした大柄な男子生徒(学園の制服を着た、クラスメイトでは無い人物なので、多分先輩)は腕を組んだ。
再び沈黙が下りた。
煩い連中が黙ると、国王が話を進める。
次の議題は『ブラックドラゴンの角を国で買い取りたい』と言うものだった。
義肢研究に使用している為、ギルドマスターは当然のように却下を要求した。魔法薬の材料分を残し、現在、三本中一本を削って使い切ってしまった。勿体無いなんて声が聞こえたけど、義肢に関しては一つを完成させてから材料の選定し直す予定――と言うか、完成させないと何も分からないのが現状だ。
ここでとある国の王子が『削り出した際に出た、ドラゴンの角の粉末の買取を行いたい』と挙手してから発言した。王子の顔をよく見たら、クラスメイトだった。
ギルドマスターが購入理由を尋ねると、魔力欠乏症と同じく『ドラゴンの角を使った魔法薬の材料』を探していたとの事だった。
冒険者ギルドが設定した『ブラックドラゴンの角の粉末の単価』は知らない。グラム単位で白金貨一枚は下らないと思われる。この予想金額は、希少なブラックドラゴンの角である事と、粉末にする手間賃が含まれる。赤・青・緑の三種類色のドラゴンの角だったら、もう少し金額は低めに設定される。紫だったら、黒より少し低く、三種類よりも高めに設定される。
買取に関わる話し合いは、後日改めて国を挟んで行う事が決まった。販売金額が高額になる事が予想された為、国家間交渉を挟んで多少の値引きを行うそうだ。
その他で買取を希望する国は無く、これで会議は終了になった。
幾つかの国が帰り支度をする中、『待った』の声と共にその王子は立ち上がった。
金髪と日に焼けた小麦色の肌に、野性味あふれる風貌の為か、見ようによっては『碧眼の獅子』を連想させる大柄な王子だ。クラスメイトでは無いので、上級生だろう。
帰り支度中に上がった待ったの声に、ギンコゥランド王国の代表者が座る席に耳目が集まる。
「ナタリア・アッシャー。角を賭けて俺と勝負しろ」
「先程、断念したのでは無かったのですか?」
「気が変わった。父に何もせずに手ぶらで帰ったと報告は出来ぬ」
「翻訳すると『手を抜いて負けろ』ですか?」
挑発しているのではない。要約でも無く『翻訳』である。つまり、『本当に言いたい事はこれか?』と確認を取っているだけだ。
「違うわっ! 俺は在学中に冒険者ライセンスを一級にまで上げた。それなりには出来る!」
先輩はテーブルを叩いて立ち上がり、ライセンスを掲げた。自分は隣のギルドマスターに確認を取る。
「在学中に一級ライセンスを取る人は多いって聞いたけど、凄い事なの?」
「入学してから三年以内に一級ライセンスを取る奴は約六十人と少ない。少ないが……、入学時点で一級ライセンス持ちのナタリアと比べると見劣りするな」
「一学年千人で、一クラス四十人だから、六十人って多くない?」
「……そう言われると多いのか? でも、一学年の一割以下の人数だ。少ないだろ?」
「そうかなぁ?」
ギルドマスターに確認を取り、言われた言葉に首を傾げていた間。立ち上がっていた先輩の顔は、王族がしてはいけないような凶暴な顔になっていた。
「イーグリィ国王陛下。訓練場を借りたい」
「アイザック王子。訓練場を貸すのは構わないが、すぐに行うのか?」
「この女は少し色々と理解させねばならん」
先輩は血走った目で自分を見た。対する自分は『へぇー、アイザックって名前だったの』程度の感想を抱いていた。
一触即発の空気を一人で醸す先輩を余所に国王の指示が飛び、あれよあれよと勝負の舞台は整えられた。
自分は承諾していないのに、受ける事を前提に国王が勝手に話を進められた。めんどいなー。
騎士団が保有する訓練場の一つに『会議に参加していた全員』で移動する。
国王曰く『見届け人が必要だろう?』との事だったが、どこからどう見ても『観戦』する気満々だった。
訓練場の中央で、無手の自分とやや短い二振りのショートソードを両手に持った先輩が向き合う。
「獲物は抜かんのか?」
「負傷させて文句を言われたり、言い訳をされても困りますので」
素直に回答したら先輩の額に太い青筋が浮かんだ。随分と怒りっぽいようだが、これで王族としてやって行けているのかね。腹芸とかが下手なのか。
今回に限り、ギルドマスターからも『怪我をさせるとあとが面倒だ。素手で行け。三手以内で終わらせろ』と言われている。その意見に自分も同意したので、今回は徒手空拳で対応する。
審判役を買って出た国王が少し離れた場所に立ち右手を上げた。
「双方、準備は良いな?」
国王の確認に『問題無い』と短く言葉を返す。先輩も同様の対応をした。
「始め!」
国王が右手を振り落として合図した。それと同時に、スピードを生かした戦闘が得意なのか、先輩は前傾姿勢でジグザグに駆けて来た。自分はそれを棒立ちで観察する。先輩は『どうだ! 俺の速さは!』とか言っている。先輩には悪いが、目で追える速度なので何とも思わん。
真っ直ぐに走っては持ち味が活かせないのか。先輩はこちらを翻弄するように無駄に動いている。
観客からは『速い』だの、『何と言う速さだ!』だの、『殿下ぁ! 傷物にしてやって下さい!』とか、感想以外に言ってはいけない事を口走っている奴がいる。言葉から発言者を推測すると、ギンコゥランド王国のものだろう。
さっさと終わらせて、締めに行くか。
そう決めた自分は身体強化魔法を己に掛けてから右足を頭の高さにまで持ち上げて、地面に踵を振り下ろした。地面は蜘蛛の巣状に砕け、衝撃波が周辺にまき散らされた。地面が盛大に揺れて、観客から悲鳴が聞こえたけど、勝敗が決まっていないので無視した。
「うぉっ!?」
視界の隅にいた先輩は衝撃波の直撃と地揺れを受けてたたらを踏んだ。それにしても、この程度で二の足を踏んだのか。本当に一級ライセンス持ちかよ。三級から出直せ。
ギルドマスターにこれが終わったら『この先輩が一級ライセンスを取得した時の状況』を尋ねるか。
さて。浴びた衝撃波と地揺れから立ち直れていない棒立ちの先輩に近づき、アッパーカットの要領で腹に拳を一発だけ叩き込んだ。
「がはっ!?」
先輩の体がくの字に折れて宙に浮いた。間髪入れずに回し蹴りを叩き込み、訓練場の壁にまで蹴り飛ばす。先輩は猛スピードで肩から訓練場の石壁に突っ込んだ。
そして、何時かの時と同じように石壁が轟音を立てて崩れて――先輩は崩れた壁の瓦礫に埋まった。剣を手放さなかったのは、ただの意地だろう。
『で、殿下ぁあああああああっ!?』
訓練場一杯に悲鳴が響き渡った。一拍の間を空けて、悲鳴を上げなら幾人かが瓦礫に向かって走り出した。
回し蹴りを放った体勢のままで悲鳴を聞いた自分は静かに足を降ろし、呆けた顔のままの国王に声を掛けた。一度声を掛けただけでは国王は全く反応を返さなかった。近づいて三度も国王に声を掛けると、漸く正気に戻ってくれた。非常に遅いが、『勝負あった』と国王が声を上げた事で、正式に終った。
ギルドマスターに近づいて、注文通りに三手以内に終わらせたと告げた。ギルドマスターは渋い顔をして、瓦礫に視線を向けた。
「確かに三手で終わらせたが、『ああ』する必要は無いだろ」
「いいえ、必要ですよ。身分以外に価値の無い馬鹿揃いのようですし」
ギルドマスターの苦情を却下したのは、せせら笑うポッター所長だ。
ポッター所長の視線はギルドマスターと同じく瓦礫に向かっている。瓦礫の撤去作業をしている面々の中には、先の会議中に『年長者を敬え』と言い放ったでっぷりと肥えた白髭の老人もいた。装飾品の多い服が汚れる事を疎んでか。衣服と己の顔が埃で汚れる事を厭わずに、瓦礫から掘り起こし作業を行っている面々に向かって口煩くケチを付けて、逆に怒鳴られていた。締めようかと思っていたけど、面倒臭くなって来たな。
勝負は終わったので帰ろうと、ギルドマスターに提案した。ポッター所長も『これ以上は時間の無駄だ』と自分の案に同意した。
ギルドマスターは渋ったが、ポッター所長が国王に許可を求めに向かおうとしたので、慌てて引き留めた。
状況が呑み込めず、未だに呆然としている観客を放置して、自分達三人は城から去った。
地球の暦で言うと、入学式が四月で、今が八月半ばだ。
それは、入学してから『まだ』四ヶ月しか経過していない事になる。
まだ四ヶ月しか経過していないのに、何故こうもイベントが発生するのか。
総騎士団長と騎士をぶっ飛ばし、暴れるゴーレムをぶっ壊し、ワイバーンとブラックドラゴンを討伐して、他国の王子を蹴り飛ばした。
暴れる以外の事をしていない気もしなくも無いが、何故たった四ヶ月でこんな事をしているのか。
そして。
学園の中庭でおやつに作ったどら焼きを食べていたら、元日本人の転生者の男子生徒と遭遇した。
ここが何かのゲームの世界だと知らされて驚きはしたが、似たような経験はしている。
どら焼きを賄賂に使って、情報を根掘り葉掘り聞きだし、ゲームのジャンルを知って頭を抱えるのは――夏休み最終日の事だった。
FIN