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ブラックドラゴンを解体する

 解体所でブラックドラゴンの解体が進む。

 自分はドラゴン素材の一部を凍らせる手伝いを行っている。

 凍結系の魔法の使い手が少ない事と、国王が何かをやらかした時の捕縛係としている。国王の捕縛に関しては誓約書に明記しているので、罪に問われる事は無い。障壁内に隔離する程度ならば、何も言われないだろう。『王の身を守るついでに』と言えば良いんだし。

 そんな国王(騎士服に着替えて、護衛二人といる)は何をしているのかと言うと、解体所の隅っこに置かれたブラックドラゴンの頭部を凝視していた。たまに、三つ角を触っている。

 解体現場を見たいって言う国王の我が儘は、討伐されたブラックドラゴンを直接見たかったから出た発言だった模様。言ってはいけないんだけど……ウザいな。

 作業の邪魔にならないのならば良いかと己に言い聞かせて、手伝いに集中した。

 ブラックドラゴンの解体は手足から血を抜きながら行う。貴重なドラゴンの血を無駄なく回収する為だ。

 血抜きが終わったら、職員が肉から鱗を慎重に剥がし、続いて肉を骨から剥ぎ取るように切り分ける。この過程でドラゴンの内臓も取り出すのだが、最も丁寧かつ慎重な作業を要求されるのは胃袋だ。

 誤って胃袋に傷を付けてしまうと、ドラゴンの胃液を頭から浴びかねない。ドラゴンの胃液は非常に強力で、人間が浴びたら確実に融解する。故に、胃袋周辺の作業は熟練者が行うのが決まりだった。

「マスター! 魔力塊と魔石が見つかりました!」

 慎重に裂かれたブラックドラゴンの胃袋から魔力塊が出て来た。胃液を魔法で作った水で洗い流し、魔力塊が床に置かれた。

 大体の魔力塊は飲み込まれるので、胃袋から出て来る事が多い。魔石は心臓近くで見つかる。

「でけぇっ!?」

「あら、想像以上に大きいわね」

 ギルドマスターは出て来た魔力塊を見て目を剥いた。自分もそれなりに大きいとは思っていたけど、想像以上の大きさで驚いた。

 魔力塊は全高三メートル、横四メートルを超える大きさだった。魔石も直径一メートル近い大きさだ。

「高さだけでも三ミューはあるぞ」

 ミューと言うのはこの大陸共通の長さの単位だ。一ミューで一メートルとなる。円周率の計算でも使われるパイ(π)ではない理由は知らない。

「これだけ大きいと、国に買い取って貰うの?」

「そうなるが、これだけデカいと国でも買い取りを躊躇うぞ」

「国が買い取らない場合はどうなるの?」

 魔力塊は基本的に国が買い取る。国を維持する様々なアーティファクトを稼働する燃料になるので、買い取り先は基本的に決まっている。魔石はアーティファクトの修理や魔力塊の補助として利用可能だ。その為、大きさが直径五十センチを超えた場合に限定されるが、こちらも基本的に国が買い取る。

 でも、見つかる魔力塊の殆どは直径一メートル級の大きさである事が多い。その三倍の大きさが見つかる事は滅多にないから、国でも買い取りを躊躇うのかもしれない。

 国が買い取らなかった場合の魔力塊と魔石の扱いを知らない。興味本位でギルドマスターに尋ねた。

「買い取れる大きさにまで割るか、持って来た奴に褒章の一つとして渡すかになる」

「コレって、割れるの?」

「一ミュー以下だったら、確実に割れる」

「その三倍の大きさがあるから不可能って事か。他国への販売は?」

「不可能だ。よって、ナタリア預かりとなる可能性が高い」

「……魔石はともかく、魔力塊は使い道が無いな」

 思わぬものが手元に転がり込んで来そうな展開になって来た。

「ギルドマスターよ。魔力塊は国が買い取るぞ。この大きさともなると分割支払いになりそうだが、魔石共々、買い取らない選択肢は無いな」

 頭痛を覚える展開になるかと思いきや、ブラックドラゴンの頭部を見ていた国王がやって来た。

「陛下。分割支払いは最大で五年以内の支払いで五分割までと決まっています。支払えますか?」

「その規則は知っている。だが、その規則にも抜け穴がある。五分割しても、一度の支払いが白金貨五枚を超える場合のみ、分割支払いを最大で十年で十回にする事が可能だ」

「……確かにありましたね」

 国王が満面の笑みを浮かべて、法の抜け道について胸を張って言った。

 とてもではないが、為政者側が言う台詞では無い気がする。

 ギルドマスターも自分と同じ事を思ったのか、物凄く呆れていた。



 ブラックドラゴンの解体作業が終わったら、ギルドマスターの執務室で国が買い取る分に関わる書類の作成に取り掛かる。

 魔力塊と魔石はどちらも非常に大きい事から、国の買取金額は高額になる事が予想出来る。

 ギルドマスターと国王が金額について話し合ったの結果、魔力塊で白金貨百枚、魔石で白金貨三十枚の値が付いた。ここで抜け道を使い十分割すると、一度の支払いはそれぞれ白金貨で十枚と三枚になる。

 あえて五分割すると、白金貨五枚を超えるような金額にしたのではないかと疑ってしまう。

 一年間に白金貨十三枚を支払えるのか、ちょっと疑問を抱いた。

 どこの予算が削られるのか気になったけど、それ以前にワイバーン二十数体を売却したお金があったな。高値で買わせたって聞いたけど、一体幾らで売り払ったんだろう?

 解体が終わったブラックドラゴンの素材の売却は、国が行う事になった。

 どうやら、ワイバーンの素材を売却した時の騒動は城にまで届いていたらしい。

 国が売却を代理で行い、売上の一割を手数料として貰うそうだ。

 他国にワイバーン二十数体を高値で売り払った分とこの手数料を合わせた分のお金を、魔力塊と魔石の支払い分の足しにする気か。

 冒険者ギルドにとって困る事にならなければ良いけど、ギルドマスターの顔を見るにワイバーンの二の舞だけは回避したいみたい。

 互いに利益はあるみたいだし、納得した上で同意しているのなら良いか。

 ギルドマスターと国王の黒い笑顔は見なかった事にしよう。


 後日。ブラックドラゴンの素材は国の主導で売却された。

 ワイバーンの素材購入で有り金を使い果たしたと思しき商人が大量に発生していたので、完売には時間が掛かると思っていた。

 けれど予想に反して、僅か十日(値段の交渉含む)で完売した。

 どこにそんな資金が残っていたのかと思えば、購入先は他国が中心で、骨と血液が真っ先に完売した。


 ブラックドラゴンの素材に関する書類作成の殆どが終わったが、一つだけ取扱いに困っているものがある。

「ナタリア。ブラックドラゴンの角三本はお前の取り分で良いんだな?」

 それはブラックドラゴンの三つ角だ。解体作業員ですら、『切り落としは不可能だ』と匙を投げた。解体作業用の鉈に空間割断系の魔法を付与して切り落とすか考えたけど、その前に愛刀の漆で試したら斬れた。そのまま残りの角二本も漆で切り落とした。

「爪と違って、加工はおろか切り落としすら出来なかったんだよ。試したい事があるから、全部貰うね」

「まぁ、飾る以外に用途が無いからな。しかし、良いのか?」

「い・い・の」

 ギルドマスターの言葉は『献上品にしなくても良いのか?』で合っている。

 国王が何度も物欲しそうな目で見ていたけど、ガン無視したわ。

 ブラックドラゴンの角を保有する事に関わる書類にサインをしたら、これからは私物扱いとなる。保管も自分で行う事になるが、道具入れを保有しているので盗難の心配はない。

 国王が我が儘を言わない限り、角を献上する事は無いだろう。

 今回の依頼料が五分割支払いになる事に同意する書類にサインし、三本の角を道具入れに仕舞い退出した。



「見事な強度です。これならば、骨の代わりになる」

 研究所にいるポッター所長を尋ねて、ブラックドラゴンの角を見せた。

 かねてからの研究の一つ『戦闘にも耐える義肢製作』の材料に使えるかどうか、実物を見せて質問した。

「材料は揃った。ナタリア、貴女に義肢製作の許可を出しますが、指定重量の角を必ず提出しなさい」

「正確に重さを量るのは粉末にしないと難しいから、角の先端部分を切り落として提出で良い?」

「ふむ。この長さで先端部分だけなら、指定重量に達するか……。それで良いでしょう」

 三本の内の一本の角は先端部分を切り落として提出してから、残りの二つと一緒に道具入れに仕舞った。以前提出した計画書にポッター所長の認証のサインを貰う。

「しかし、陛下が真っ先に欲しがりそうなのによく手に入れる事が出来ましたね」

「切り落としが私じゃないと出来なかったの」

「作業員でも解体出来なかった素材の所有権は、冒険者ギルドから持って来た冒険者に移る。そんな規定がありましたね。献上品にしなかった理由は実家ですか?」

「その通り。跡継ぎにするから寄越せとか言われても面倒だし、跡継ぎになっても婚約とか面倒な話になる」

 魔法士族の寿命は混血であっても長い。自分の種族も魔法士族なので、寿命は非常に長いのだ。

 それを考えると、馬鹿四人を追い出して家を継ぎ、寿命寸前まで女伯爵でいるのも選択肢の一つだ。代わりに国から無茶な要求を受ける可能性もあるし、変な婿を押し付けられる可能性もある。

 それなら、今のままがいいかもしれない。

 元貴族のポッター所長も、婚約に関する苦労について理解があるのか、曖昧な笑みを浮かべている。

「……まぁ、婚約関係の話は繊細な契約でもあるから、ある意味その通りですね」

「でしょう? 三年以内に没落する可能性が高くて、国王にも睨まれていて、下手をすると一年以内に債務過多で潰れるような家を再興したって、何が残るんだって話」

「債務過多で潰れた家に残るのは借金のみ。今の内に縁を切らないと借金取りが貴女のところにまでやって来ますよ」

「あ~、その可能性もあったか。夏休み中に籍を抜いちゃった方が良いかな」

「それは夏休み中に決めれば良いでしょう。今は義肢に集中しなさい」

 今後について決めてしまおうかと思ったが、ポッター所長の言う通り、今は義肢製作に集中しよう。

 ポッター所長に改めて礼を言ってから去った。



 魔法で四肢を生やし、欠損復元すらも可能とする自分が義肢を製作する。

 一見すると不要に思えるかもしれないが、魔力を惜しむような場合や、魔法が無い世界(もしくは治癒魔法が無い世界)で四肢を欠損した時に魔法で復元した結果、騒動になって困った事になった経験がある。

 何時の事だったか忘れたけど、何事も備えておいて損は無い。

 厄介な事に、この世界の治癒魔法の限界は骨折治療で、四肢の欠損は不可能とされている。

 つまり、うっかり欠損箇所を生やすなり復元するなりして治すと、大騒動になる可能性が高い。

 この義肢製作は緊急時の事を考えてのものだ。魔法を使わずに手足の長さを変えられたら、それはそれで面白そうだしね。

 そんな訳で、義肢の開発を始めたんだけど、これが思っていた以上に難しい。

 人形の四肢のような形を作るだけなら上手く行ったけど、これを己の意思で動かせるようにするには、……道が長い。想像以上に難しい。

 ゴーレム操作の要領でやれば良いのか、または別の要領でやれば良いのか。研究を重ねて、ポッター所長に意見を求めたりした。

 研究所でも、この手の義肢は『需要有り』と判断されて予算も貰えたし、あちこちから意見も貰えた。

 お零れとは言え、メイン材料のドラゴンの角を自力で採集して来たからか。他の研究員からの嫌がらせは今のところ無い。角を削る際に出てしまう少量の粉末を提供しているからかも。

 そもそも、貴重なドラゴンの角でやるなよって言われそうだ。

 けれど、この世界のドラゴンの角には変わった特性がある。

 魔力を込めるとそのまま保持し、魔力を込めた分だけ強度と切れ味が増す。

 伝承では、ドラゴンの角から削り出した剣に魔力を込めると、オリハルコン並みの強度と切れ味を持つ。この剣は使い方によっては魔法を吸収するとも言われている。

 どちらも伝承の域を出ないが、大陸に現存する実物の中には、大量の魔力を込めたこの剣で『戦場で百の鋼の盾を切り裂いた』と言う実話が存在する。

 武闘派な国王がドラゴンの角を欲しがった理由はこの剣を作る為だ。しかし、どうやっても王宮側では、角から剣を削り出す事が出来ないので詰んでいる。依頼? 受けないよ。

 他に、ドラゴンの角の『魔力を保持する』特性を利用した魔法薬が幾つか存在する。けれど、この研究所でその魔法薬の研究を行っている人間はいないので、角を欲しがる人間は別の『魔法付与』の研究者だ。

 ドラゴンの角を使った魔法薬の中で代表的なものは『魔力欠乏症』なる、体に魔力を留める事が出来なくなる難病の特効薬だ。この難病は十万分の一の確率で発症する。

 魔力が常に体から抜けると体力に影響を与え、日常生活にまで影響を及ぼす。個人が保有する、体力と魔力の量が偏っていても、どちらか片方を『常に使い続けて、そのまま回復しない』状況になると、もう片方にも影響を与えてしまい、日常生活にも悪影響を及ぼす

 発症者が余りにも少ないので、過去の診察で得た情報からこのように考えられている。

 実は、ドラゴンの角には『魔力を溜め込む効果がある』と判明してから誕生した薬だったりする。

 魔力欠乏症患者用に角を提供するのは別に構わない。

 患者が少ないとは言え、特効薬の材料集めは難しいのだ。最も重要な材料のドラゴンの角を手に入れとか、無理ゲーの領域だ。

 魔力を込めると強度が増す一点のみに着目して、ドラゴンの角で戦闘用の義肢を作ろうと考える自分が変わっているだけだ。

 戦闘用を作るとなると、多少の無理にも耐えられるようなものでないとすぐに壊れてしまう。

 材料を見直す気は無い。と言うか、ドラゴンの角はポッター所長から材料の一つに提案されたものだ。

 まだ半月以上も時間が残っている。義手に限定して、夏休み期間一杯、実験を続けてみよう。

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