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カッパドキア 下

エイプリルフールは、二度刺す。

 カッパドキア。

それは世界七不思議の一つとされる奇岩地帯。

度重なる砂嵐によって侵食された岩の形は、まるで密集して生えた筍のよう。

違うとすれば、そのスケールの差だろうか。奇妙な形の巨岩は、それ自体が見るものを圧倒している。

そして奇妙な事に、それらのことごとくに黒々とした穴が穿たれているのだ。


 まさかアンカラに向かう途中にそんなものが見られるとは思っていなかった。

もしかすると道を逸れてしまったのだろうか?

そう思ってスマホを確認しようとする。

しかし、画面に表示されたのは圏外の文字。虹色に光って主張するその文字から恨めしげに目を逸らした。

まぁ、砂漠のど真ん中で携帯が通じるわけもないかと思考を切り替える。


 なんにせよ、気になることは気になるのだ。

私は砂漠用バイク、砂バイクの進路を遠目に見えるカッパドキアに向けた。


 エンジンをふかし続けて30分ほど経っただろうか。ようやく巨岩の麓にたどり着いた。

瞬間、感じたのは鉄の臭い。

……いや、これは……銅の臭いか?

ふと、さっき見たパンフレットの記述を思い出す。


 カッパドキア。

その意味は『尽きない銅』。

この奇岩は銅の一大産地であり、穿たれた穴は銅を掘り出す為の鉱道である。


 今や世界遺産としての保全が優先されている為、鉱山としては動いてはいない。

しかし、まだまだ相当量の銅が眠っていると噂される。


 その雄大な自然と人が千年近くかけて造った痕跡の前に圧倒されていると、砂漠セスナ、いわゆるセ砂が近くに降りてきた。そしてセ砂からぞろぞろと目出し帽を被った人たちが降りてくる。


 窃盗団だ。


 近年、世界的に銅の価格は上がっている。

操業を停止してなお多くの銅が眠る鉱山となれば、ターゲットにされるのも頷ける……のかもしれない。


 降りてきた窃盗団は早速周りに転がっている石を物色し始める。

そこらの全てが銅鉱石に見えているのだろうか、あるいは転がっている石にすら銅が含まれているのか。

どうやら後者だったらしく、窃盗団はそこらの石をセ砂に積み込み始めた。


 その時、不意に嫌な予感がした。

思わず一歩後ずさると、目の前を高速で何かが横切る。それは煙を引き連れながら一直線にセ砂に向かい、命中した瞬間、その機体を爆発炎上せしめた。


 数瞬遅れて理解が追いつく。

あれは……ミサイルのようなものだろうか。

それが分かってしまえば、腰の力が抜けてしまった。

そうして動けなくなってしまった私に近づく影がある。

震えながら目を向けてみると、そこには黒々とした髪にてらてらとてかる皿を乗せ、大きく裂けた口にギョロリとした目、赤褐色の肌を持ち、手足に水かきのついた存在がいた。


 私は短くきゃあと叫ぶと、そのまま意識を失った。



 河童、という妖怪の存在は広く知られているだろう。妖怪の中でもメジャー中のメジャー、諺にもなるほどの大人気妖怪だ。


 しかしその源流がトルコにあることは知らない人が多いのではないだろうか。


 トルコはシルクロードの一部として中国に様々な文化や伝承を伝えてきた歴史がある。

その中にはオアシスの湖に潜む水怪としての『クァッパ』という存在がおり、それが中国で河童という存在の元になった。

かの西遊記に登場する沙悟浄という妖怪が河童の係累という話は有名だろう。

それがやがて日本に伝わり、江戸時代には今の川や池に棲む耐水性ボディペイント相撲おじさんとして成立したと言われている。


 つまり、トルコは河童の故郷なのだ。


 断続的な揺れで意識が目覚める。

周囲は薄暗く、赤茶けた洞窟の中に見えた。

体を動かそうとしてみたが、何かに覆われたように体が動かない。

簀巻きにされて抱えられているようだ。


 首だけくるりと三百六十度回して周りを見れば、辺りには大小様々な河童が闊歩していた。

カッパドキアとはより現地の言葉に則して言えば『クァッパ・ド・キャア』、『河童のマンション』と言う意味の言葉だ。

ここは河童たちの原種、そのホームなのだろう。


 私を抱えた河童はずんずんと洞窟内を進んでいく。

されるがままにしばらく揺られていると、すれ違う河童たちの中に人間を見つけた。

しかも、それは知り合いではないか。

私は思わず大きく声をかけてしまう。


「マハラジャ!」


 言ってしまって、思わず口をつぐむ。

この河童を刺激するのは危ないと本能が警鐘を鳴らしていた。


 じろりと、まるで蛇のような目で河童がこちらを睨め付ける。

 私は蛇の前で縮こまるスッポンのように首をすくめた。二人の間に緊張感が漂う。

しかし、それも長くは続かなかった。

男は私の呼びかけに応えてこちらを見ると、驚いたようにこちらに向かってきた。

間違いない、マハラジャだ。*1


「(ここに任意の名前を入力)!どうしたんだこんなところで!」

「それがかくかくしかじかで」

「いやそれではわからん」

私は順を追って説明した。


「というわけでして」

「なるほどなぁ、そりゃ災難だったな。ちょっと待ってろ」

マハラジャが私を抱えている河童に謎の言葉で何事か話しかける。

河童の言葉だろうか。

すると河童は、「あんたはんの知り合いやったら、そら無碍にはできまへんな!すまへんね、堪忍してや!」と言って私を解放してくれた。


 いや日本語話せるのか。

気さくだし。じゃあ最初から話しかければ良かったな。本能もあてにならないものだ。

私は本能にデコピンをした。これでしばらく出てこないだろう。


「ありがとう、助かった。それにしてもマハラジャはどうしてここに?」

と尋ねると、彼らは照れくさそうに答える。

「マハラジャじゃねぇ。婿に入ったんでな。今は大五郎だ」


 なんと再婚していたらしい。

しかもこうして彼がカッパドキアの中にいるという事は、お相手は……。

そう訝しんだところで、お腹の虫が鳴ってしまった。

カァァァァン。

見事なビブラスラップの音色。

ここ十年で一番小気味良い。


 それを聞いた大五郎は呵呵と笑って、「そうだな、もういい時間だ。うちのかみさんの料理は美味いぞ」と私を食卓に誘った。

その言葉は、私にあのホームステイの時の事を思い出させる。

思わず目頭が熱くなるのを感じながら、私はご相伴に預かる事にした。



 カッパドキアでの料理は豪華なものだった。

トルティーヤはもちろんのこと、トルコライスやクロワッサンが並んでいる。

立ち昇るスパイスの香りを目一杯吸い込むと、彼らの一員になれたような一体感を感じた。

現地の人、いや生物学上では人ではない彼らだが、普段食べているその全てが現地の人達の営みを感じさせている。


 ひとまず写真を撮ってインシタに載せる。

ハッシュタグには『カッパ飯』。

そしてこれよこれこれ、こういうのがいいんだよと思いながら箸を進めていく。

現地の人たちに混ざって同じものを食べる、これも旅行の醍醐味なのだ。


 特に河童たちはきゅうりをサルサソースで味付けしてタコスで巻いた、俗に言うカッパ巻きがお好みのようで、とみにそれを勧めてきた。

勧めに応じて私もそれを齧ってみる。

妙に口に馴染む味がした。

なんだか妙に懐かしい。

そんな私の様子を見た大五郎は言う。


 「カッパ巻きって元々はズッキーニを使ってたんだが、彼らには日本のきゅうりが特に舌に合うみたいでな。最近はわざわざ輸入して使ってるんだ」


 なるほど。

日本の食材を使っていたから、こんなに口に馴染むのか。

「そのせいで今や滅多に食えないご馳走みたいになっちまった」と大五郎は苦笑する。

輸入価格の高騰がこんなところにもきているらしい。

世知辛い話だ。



 私はトルコ料理を堪能したところで、帰路に着く事にした。

元々トルコ料理を味わいにきたので、その目標を達成したなら別にアンカラに行く必要はなかったのだ。

別れを告げる私に対し、河童たちは私が訪れたショッピングモールまで送ってくれるという。

助かります。

夜の砂漠を行くのは少し心細かったので、渡りに船とこれに乗る事にした。


 乗り込んだ船を砂漠トナカイ、砂カイが引っ張っている。彼らは自身の頭に生えた燃料棒を少しずつ消費しながら、かなりのスピードで駆けていく。

砂漠で高速移動するならこれが一番速いらしい。

夕食も終わり日も暮れたところ、少しでも早く人里まで送り届けたいという河童たちの心遣いに胸が熱くなった。



 砂漠を渡る船に揺られながら、物思いに耽る。

確かにトルコ料理を味わう事はできた。

未だ口内に残る芳しいスパイスの香りがその紛れもない証明。

しかし、その中には日本のきゅうりという別のものが混ざっていた。

『トルコならではの料理』というものを思えば、それは異物。私は元々のズッキーニのカッパ巻きを食べてみたかった。


 ……ふと、それは傲慢な考え方だ、とも思う。

現地の人たちは確かにそこで息づいている。

生きている以上は変わるのだ。

そこに変わらないものを求め続けるのは、相手を下に見ている事に変わりないのではないだろうか。


 今なおカッパドキアで暮らす河童たちを、私は無意識に見下していなかったか?

思えば砂漠地帯では通じなかった電波も、カッパドキア内ではしっかり通じていた。

中に基地局があったのだ。


 人ではないから、住んでいるところが違うから。

そうやって無意識のうちに、旅先の文化を下に見ていなかったか?

人は評価する事で、評価対象は自分より下だと思い込む悪癖がある。

ならば日本人の好きな世界三大〇〇のようなものとはそうした悪癖が飾り付けた、一つの陰湿な文化の一つなのかもしれない。


 こんなに遠く離れた異邦の地でも、否、異邦の地だからこそ人も文化も変わり続ける。

世界三大料理も、また時が経てば変わるのだろう。

それこそまた、人の悪癖が首をもたげた時にでも。


 私は変わることを許されない砦の中で、変わっていた河童たちを少し誇りに思っていた。

*1 第九話『ハワイ沈没!川・池・湖三大怪獣大接戦』にて登場した、ハワイ県でのホームステイ先にいた気の良いおっちゃん。

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