第拾肆話 何者にもなれない人はいない
私は何者にもなれませんでした。
復讐を誓うにしても,自分の力を完璧に抑えることのできる鎖をつけられ、どうすることもできません。
抵抗することすら叶わず、一体この先に待ち受けているのはなんなのでしょうか。
破滅の道しか残されていないと感じた私は、ここから抜け出そうと試みますが、それを許してくれるものたちであれば……私のお兄様は助かっていました。断言できます。
抵抗虚しく、自分の殻に閉じこもって会話することすら煩わしく感じて来たある日のこと……異能の研究者がやってきて、私に薬を投与し始めます。
稲生がまだ安定していない状態だったというのもありますが、結局は自分たちの研究は間違っていなかったと、確証が欲しかったのでしょう。
自分はそんなのには反対でしたが、当然自分の論が相手に採用されないということはなんとなく想像がついていたので、黙ってそれに従いました。
お兄様を奪われた私は気力を失っていました。それこそ、復讐にしか心が燃えない状態……絶えず憎悪の念に身を苛まれながらなんとか生きていた状況だったので、この時の記憶は希薄と言っても良いでしょう。
しかし、部分部分ではもちろんはっきりと覚えているところもあります。
「おい、餌だ。食え」
私の食事を餌と称して渡す一人の研究員がいました。
その研究員は他の研究員とは違い、暴力を振るうこともなく……言葉遣いが荒いというだけでした。
私はそんな彼に聞いてしまったのです。なぜ私のお兄様を殺さなければならなかったのかということを。
最初はその研究員は当惑したと思いますが、聞かずにはいられなかったのです……。あの優しかったお兄様が死ななければならなかった理由が、私には分からなかったから。
「それは…………お前の兄貴はこの研究機関の秘密を知ってしまったからだ。だからその口封じに殺された。…………俺はそれはいくらなんでもやりすぎなんじゃないかとも思ったが、上の連中はそれすらを許さず闇に葬り去るつもりなんだろうぜ。自分たちが中心に世の中が回っているタイプだ……最悪、俺もこの話をしている時点で目をつけられて殺されるかもしれないな!」
「……なら、一体どうして」
「お前の顔を見ていたら、自分たちのやっていることはなんなのだろうかって振り返ることができた……俺は自分の手を地に染めたことがないが、やらせている内容はそれと似たようなものだ。そんな汚い大人になりたくはなかったのに、今ではそれに加担してしまっている……だから話したのさ」
そうぶっきらぼうにいうと、その研究員は見えなくなっていきました。
そして次の日、そのまた次の日も……あの奇特な研究員は私の前に姿を現すことはありませんでした。
そう、あの研究員が自分で秘密を話してしまったから、この組織に消されてしまったのです。
私はお兄様の時ほどではありませんが、深く悲しみに包まれました。自身のことを思ってくれている人間がいたことは、何よりも自分の支えになっていたのです。
あの研究員は私に気がありました…………それこそ、私を異常なぐらいまで構い、他の研究員を寄せ付けないほどの勢いだったので。本人は隠しているつもりだったかもしれませんが、私にとっては見え見え…………いえ、どの人間から見てもバレバレでしたね。
だから、私はあの時自分が質問したことを後悔したのです。
私が変な質問をしなければ、あの研究員は死ぬことなんてなかったというのに。これでは私が殺したのと同じようなもの。
深い自責の念と共に、また復讐の炎が自分を襲ってきます。
自身の中の【不浄なる力】が囁きます。
『殺せ…………殺せ!お前を苛む全ての人間を殺せ!私たちをこんなところに閉じ込めた人間たちを滅ぼし尽くすのだ!殺せ!今すぐにでもこの檻から出て殺し尽くせ!』
日に日にその声は大きくなっていきました。
私はちょうど声の大きくなった時に、上の階層へと連れて行かれたものですから、丁度いいと思ってしまいました。
ここなら全てを壊すのにちょうど良いと思ったのです。上の階層から下の階層に向けて力を使えば一掃できるではありませんか。
そんなことを考えていたからでしょうか、暴行が以前にも増して行われるようになってきました。
私を罵倒し蔑むもの。私を性の対象と認識して、傷つけて興奮するもの……色々ありすぎてわかりませんね。
私はあの研究員が消えてから、まともに固形物を食べていなかっので、力がほとんど出せずにいました。ずっと注射器に注入された謎の液体を体に投与されていたものですから、当然力など出るはずもありません。
しかし、私は最後の力を振り絞り、この階層にいる全ての研究員を【聖なる力】と【不浄なる力】を使い殺しました。
かなりの力を使い果たした私は、ここで復讐を遂げれずに死んでいく……何者にもなれないまま朽ちていくんだと、勝手に自分の生を諦めてしまっていましたが、何やら物音がすると、子供がこの研究所内に紛れ込んでいました。
私はそれにびっくりさせられると、子どもは困ったように顔を作ると……急に大きくなりました。
そう、この人は学長先生。自身の年齢を操ることのできる不老不死と捉えることのできる方です。
私はこの肩に抱えられてこの異能学園に入学することができました。
殺しの技術を学びながら、ゆっくりと殺意の炎を鈍らせないように、しっかりと牙は研いできたつもりです。
私はこの戦いで全てを終わらすつもりでいます。自身の生命と共に、この研究所を破壊し尽くすのです…………!
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「これがお話しできることの全てです。長い時間聞いていただきありがとうございました」
「……………………話しづらい内容もあったろうに。ありがとう、私に話してくれて」
この話を聞いて、自身の決意も固めた。
俺は、この研究所を完膚なきまでに破壊する。形がなくなるぐらいには全て壊すつもりだ。こんな人を傷つけるような研究施設は世のため人のためにならないだろう?だから、壊す。
決して、委員長の話が泣けたとかじゃ、ないんだからね?!
俺は何者にもなれなかった彼女は悪くはないと思う。今もこうして一緒にいるが、別にそれを悪いと感じたことないし。だから、彼女を救ってあげようと……そう思ったんだ。
どうやら甘いね、俺もあの人も。