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その5

 鈍い鋼の音が、魔窟の地下に反響する。


 度重なる戦闘の中でマルル達は疲弊していた。特にマルルは、身代わりとサポートしか出来ない状態で仲間と共に戦わなければならないということもあり、肉体的だけでなく、精神的にも限界であった。彼女のバックの中にある機械の電源が切れる音だけが、唯一の希望であった。


 鈍い鋼の音が、魔窟の地下に反響する。


 巨大な空間にへたり込む4人。彼女らは詠次とサブレが居ない中で死闘を演じ、先程敵対する最後の人間を、僧侶と戦士の犠牲の上で、倒したところであった。


「はは。本当に死ぬんだね、人間って」


 魔法使いが動かなくなった二人を見る。瞳孔に光がない人間の顔は、本当に悍ましいものであった。


「…」


「…あんたが泣く必要なんてないわ。サブレと4人で挑んでいても、多分こうなってた。それに、…あなたは良く頑張ってくれた方よ」


 魔法使いは倒れたまま足を引き摺り、マルルの傍に近寄る。そして肩を震わせつつ俯いて座る、彼女の頭をそっと撫でた。彼の緑と白の毛は赤と茶色で染まり、所々抜け落ちている。防弾チョッキは破壊され、外側の鉄板が何枚か抜け落ちて周りに散らばっていた。


 鈍い鋼の音が、魔窟の地下に反響する。


「とりあえず、今はあの2人を待ちましょう。もう私達は動けそうにない」


「…」


「…」


 鈍い鋼の音が、魔窟の地下に反響する。


「…」


「…」


 鈍い鋼の音が、魔窟の地下に反響する。


「…聞こえますか」


「…ああ、私達にも、ちゃんとお迎えが来たみたいだわ…」


 彼女らは気付いた。聞き慣れない金属音。こちらへと向かう足音。それは死を表す恐怖の符号であった。


 鈍い鋼の音が、魔窟の地下に反響する。地の底の暗い空間から呼び起こされる恐怖が二人を脅迫した。どうすることも出来ない彼女達は状況をあるがままに受け入れるしか方法がない。彼らを殺すであろう人間あるいは魔物の影がまた伸び、そしてまた縮む。


 鈍い鋼の音が、魔窟の地下に反響する。彼らを置いて先に死んだふたつの怨霊が二人を脅迫した。どうすることも出来ない彼女達は状況をあるがままに受け入れるしか方法がない。彼らを殺すであろう人間あるいは魔物の影が伸び、そして縮む。


 そして、



「よくぞ私の仲間を倒した。素晴らしい強さだった」


 影が動きを止めた。現れた彼は王冠を被っていた。足と手は鼠色の金属で覆われており、素顔は長い髪で隠れて良く見えない。二人の前に立ったそれは左の柄から剣を引き抜き、円弧を描くようにゆっくりと右下の足元に下ろす。


「だが、お前達はここで死ななければならない」




「…」


「…はは、思ったより弱そうじゃない」


「お前にはそう見えるか」


 死を悟った魔法使いの言葉を、単調に無表情で返す男。彼は剣をマルルに向けた。


「そこのお前。お前には、私がどう見えるか」



 彼女は俯いたまま反応しない。


「お前には、私がどう見えるか」


 男がもう一度問い直す。しかし、彼女は何も言わなかった。男は剣先を自分の足元に戻す。


「回答がないというのも良いだろう」


「ねえ。そんなつまんないことやってないで、さっさと私らを殺したらどう?この腰抜け」


 魔法使いが男を罵るも、男は少し彼女を見ただけで、剣は動かなかった。

 男が喋る。


「もうそろそろ、お前達の友人が来る。そこで、私は彼らを始末する」


「…!?」


 男は空間にただ一つ通じる通路に剣を構えた。剣先が暖色の明かりに照らされて鈍く光る。


「挨拶は要らない。一瞬で決着を付ける」


 髪の隙間から男の目が白く光る。「俗物を粛清する断罪の剣」。王冠の文字に刻まれた言葉が彼の剣を語っていた。


 その時、タイミングが最悪なことに、丁度、あの2人の声が近付いてきたのだ。


「…っちや……行くぞ…」


「…速…助け……なけ…」


「…さい…」


 男の目が更に鋭くなる。マルルと魔法使いは絶望した。詠次とサブレは一瞬にして切り刻まれる、そんな予感、半ば確信が彼女らに吐き気を催した。

「…詠次…」


 声が更に近くなっている。もう通路の角を曲がる直前だろう。角を曲がりあの視界に入った瞬間、最悪の結末が訪れるのだ。


 パキ、パキという、魔素が結晶化した時の特徴的な音が、男の剣先から静かに漏れる。


 …終わりだ。2人は目を閉じた。


「ああ、この角を曲がれば三層の広間なはずだ」


「よし、はよ行くで」


「サブレ来ちゃだめ!」

「詠次!止まって!!!」







「…詠次!!!!!!」


 男は光の速さで突進し、剣を振り下ろした。大広間の橋まで轟く爆風と轟音が吹き荒れる。通路の木々が弾け飛び、前方には大きな穴が空いた。


 そして、彼女らの元に一つの証拠が落ちてくる。



 …赤い瞳孔をした、一つの眼球だった。




「あ…あ…」






「…これって…マルル…あなたの」







「あ…あは…」








「あははははははははははは!!!!はははははははっ”!!!!!!!!!!!!ああああああああああああ!!!!!!!ああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」


 マルルは涙を流しながら空に向けて絶叫する。手を伸ばして落ちてきた眼球を抱きしめ、ただひたすらに、言葉にならない声で喋り続けた。詠次はまだ死んじゃいけない。詠次にかけた迷惑も貸した借りの返却もまだ何も済んでない。ありがとうもさよならも、大好きだって、まだ言えていない。それなのに。それなのに、それなのに…!


 彼女の思いは誰にも伝わらなかった。ここから見えるのは、遠く離れた通路の奥で剣から血を払い納刀する男の姿と、壁に付着した血の跡だけであった。本当に、彼にさよならも言えぬまま、私は命を終えてしまう。それが最大の不幸である気がした。今までの自分の人生に価値が無いとさえ思った。


「我が剣は、運命と同義である。…選ばれた哀れな魂達に、祈りを捧げよう」


 男は十字を切り、大広間の方へ戻る。彼女達の命も、今まさに尽きてしまおうとしていた。











 しかし、その時だった。



「〈インフィニフェスト〉」


 赤い、特大の鉱石が男の足を抉る。これに瞬時に反応した男は直ちに剣を抜き、鉱石を破壊した。


「〈ジャッジメント〉」


 しかし攻撃は止まらない。閃光が大広間を照らし、剣を振り下ろして隙の出来た男の体を蒸発させる。


「む………」


 男は剣を高らかに掲げ結界を作り、光を遠くに弾き飛ばす。


 男は唸った。


「全員仕留めたはずだが…まだ一人、生きていたか…」






「…?」


「バーーーーーーーカ!!!!!」


 斬撃により壁に撃ち込まれた、男、いや、赤目をした、白肌の少女が大声で笑う。彼女の半分は顔も含めて潰れ、右も太腿から下が切り落とされていた。


 しかし、そのような状況でも平気で、彼女は笑っているのだ。


「…何故…」



「生きてるかって?俺をただの人間だと思ってる時点でバカなんだよな。

 いいか?俺は、”神に愛されてる”んだよ」






 ~



 話は少し遡る。


「こっちや!早く行くぞ!」


「皆を…助けなければ…な」


 穴を駆け下りて第三階層に到達した詠次とサブレは、道中で偶然ジュリアに出会った。傷跡は綺麗さっぱり無くなり、白い肌に戻っている。


「お!ジュリア!あ、サブレ、別に武器は下ろさんといてもええよ」


「…?」


「まずいことになったぞ!!!」

 静かにあたふたしているジュリアを見て、詠次は何かを察する。


「マルルの方か」


「そう。通信機の反応が…消えたとか…何とか」


「…まあ電池切れやろ。這入ってからまあまあな時間が経っとるからな。俺のももう警告が何度も来てる」


「そうか?」


「それか戦いで外れたか。…まあ急いだほうがええのは違いない。一緒に行こか」


 大広間に続く道を走ろうとした二人を、ジュリアが慌てて止める。

「待て待て!」


「どうした?」



「シーッ!奴が待ち伏せてんだよ!」


 ~






「いいだろう…白髪の人間…もう一度死へと…」


「〈鋼刺〉」


 マルルの後ろから鉄糸が飛び、剣を振り上げた男の脇腹を貫いて壁に固定する。


「…小癪な…」




「〈ライトニングスラッシュ〉」


 そして、雷の如く接近し、男の背中を切り付ける大剣。彼のガラス玉のような目は、しっかりと前を見つめていた。






 ~


「王冠を被った奴がお前らを待ち構えてる。俺が身代わりになって注意を引くから、お前らは別のところから穴でも掘って出てこい!」


「そんくらいじゃどうにもならん。どうせなら3人同時に仕留めたと思わせたい」


「っていっても、どうするんだ?」


 詠次は羽織っていたコートを脱ぎ始めた。


「え!?何してんだよ!」


「持ってけ。あと、これ」


 彼は通信機からマイクのみを分離し、本体だけを渡した。


「通信機の自分の声だけを拾う機能を使って、一時的に俺たちの死を偽装する。音量を最大にしといてくれ。ほら、サブレも上着と通信機」


「…これでいいか」


「おお、ブカブカしとる。これなら騙せそうや」



「…本当に行けるのか?」


「少しでも長く気を逸らせればええから、最悪バレても問題ない。とりま大丈夫や。俺を信じろ」


「分かった」


「あと、お前の能力やけど」


 詠次が注意事項を付け加える。


「いくらほぼ不死身だからといって、安易に体を晒すなよ。心臓を突かれて一瞬で死ぬぞ」


「はいはい!分かった分かった!」


 ~








「…」



「詠……次…?」


「おうおまたせ。すまんかったな!」


 彼は申し訳なさそうに笑う。マルルは手をゆっくりと彼の方に伸ばし、頬を触る。


「…詠次だ…」


 幻覚じゃない。本当の、本当の詠次だ。



「当たり前やろ!何があったんや、全く…」


「……詠次だ…!!!」




 マルルは疲れを忘れたかのように立ち上がり、涙を浮かべて詠次を抱きしめようとした。が、彼はそれをすり抜け、男に目掛けて魔法を放つ。


「〈黒鉄格子くろがねこうし〉」


 強靭な鋼の網がサブレの頭上目掛けて放たれ、男の斬撃をすんでの所で防ぎ切った。


「色々あったのはあの倒れてる二人を見りゃ分かる。すまんかった。だが、今はあいつに勝つことだけを考えろ」


「…分かった。でも、爆発は駄目だし、私は一体どうしたら…」


 その時、独特な機械音が鳴り響いた。


『大気中の魔素濃度が許容値を計測しました。調節を終了します』


「…あっ」


 魔素消費装置の電源が、丁度切れたのであった。これは、爆弾によって魔素が誘爆する危険性が極めて低くなったことを意味していた。


「おお。これが聞いてた装置か。丁度良かったな、マルル」


「…」


 彼女は何も言わず、バッグの中から起爆装置を取り出す。ふと戻った仕事の感覚。感情は掻き消され、代わりに爆弾の知識が頭の中に反芻される。今、憂慮すべき対象はあの男、ただ一人。


「詠次”さん”」


「ん、なんや?」


「私は設置型爆弾を用いて対象に有効な火力を叩き込みます。詠次さんはサブレさんと協力して、今から指定する位置に対象を誘導してください」


 彼女の顔は、先程とは打って変わって引き締まった表情になっていた。


「…分かった。でもそこだとちょっと誘導まで時間掛かりそうやから、準備が出来るまで小型の投擲爆弾で支援を頼む」


「了解」


「久々の共同作業や。野垂れ死なんように頑張ろうな?はは」


 そんなマルルを見た彼もまた、普段の仕事の雰囲気に戻っていた。鉄糸による遠距離攻撃を止め、直ちに誘導のための近接戦に入る。




 傭兵団の「狩り」が、今まさに始まった。

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