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その1

「こちら第一部隊より、敵本拠地に到着。これより制圧作戦を…」



「…こちら第一部隊。敵の潜伏兵に奇襲攻撃を受けている。…」



「敵工作員による小規模な爆発を確認。総員、攻撃を避けつつ燃料保存タンクがある区画に付き進め。手柄を我らが故郷に持ち帰るのだ!」


「非常事態発生!これは罠だ!全員撤退!至急全員街の外に退避せよ!ビルの側には絶対に近付くな!繰り返す!非常事態発生…」



 その直後、切り裂くような光と共にビル群が一斉に爆発する。地面に近い基礎部分を爆破されたビル達は部隊がいる空間に覆い被さり、下にあるもの全てを跡形もなく粉砕した。




「…以上が、今回の敵方の映像となります」


 動画を止め、スーツを来た男がマルルの方を見る。


「結論から言えば、この作戦は大成功です。敵軍もまさかダミーの街をまるまる一つ作り上げるとは思っていなかったでしょう」


「それは…良かったです」


「敵も暫くはこちら側へ手を出して来ないでしょう。あなたのお陰です。ありがとうございます」


 そう喋る男の服には、鷲の形をしたバッジが付けられていた。マルルが地下で作戦を行っていた時、着けるように言われたものと同じだった。


「…どうも…」


「…どうかしましたか?」



「あっ!いや…!ちょっとボーっとしてただけです!すみません!」


「作戦は夜でしたからね。こちらこそ遅くに用事を入れてしまって申し訳ありません」


「いいいえいえいえいえいえいえ!!!そんなことありませんよ!!!はい!!!!」


 マルルの目がぐるぐるになっている。知らない人と話すとすぐに変になってしまう、というのは彼女が一番気にしている癖であった。


「夜!夜は私も結構起きる方で、爆…色んなものとかを作ってます!いいですよね!」


「分かります。夜は何故か創作する意欲が湧いてきますよね。疲れてても、いざ考え始めると意外と遅く起きれたり」


「いや!でも自分は疲れた時は寝ると決めているんですよ!ほら!爆弾とか寝ぼけて作ると危ないですから!」


「そうですね。爆弾で家が吹き飛んだら元も子もありませんからね、あの扱いに長けているあなたは本当に凄いですよ」


「実は家吹き飛ばしたことあるんですよ!本当やばかったです!バーンみたいな感じで!」


「…そうなんですね、ハハハ…


 …そういえば」


 男はにっこりと笑いつつ、彼女に話しかける。


「ベリーさんはよく我々の作戦に協力しておられますよね」


「はい。他の方はどうかは分かりませんが、恐らく多くやらせて貰っているかと思います」


「そうですよね。実は、今回の結果が上層部の目に留まりまして…これをどうぞ」

 そう言って男は、一枚の紙を机の上に出した。


「是非正式に軍に入ってくれないかということで、あなたの為に特別な入隊届を用意しました」


「あ、ありがとうございます」

 彼女は紙をじっと見つめる。そこに書かれている給料はとてつもない額だった。これを毎月貰えるならば、作れる爆弾の量は今までの2倍…いや、3倍になるかもしれない。


「こ…こんなに?これは月給ですよね…?」


「はい!ベリーさんの様な強い方に入隊して頂く為ならば、我々は出す金を惜しみません。軍に入れば仕事は僅かに増えますが、任務に自分の融通を利かせることが出来るようになります。夜遅くの時間帯を空けることも出来るかもしれませんよ」


 彼はこう言い終えた後、バッグの中にあるペンを探し始めた。彼女が断る理由など無いと思ったのだろう。


「確かに、給料の面は魅力的ですね」


「福祉も充実しています…よっ…私も務めていますが、軍という響きが似合わないような、しっかりした環境です」




「…でも」


「どうしました?」彼は手を止める。


「…う、いや…


 …やっぱり、お断りさせて頂きます」


 彼女は下を向いた。


「おっと…申し訳ない、何かベリーさんにとって都合の悪い点でもありましたか」


「同じ地元の仲間に迷惑をかけてしまうかもしれないので」


「というと?」


「私は…実は、ファウンネルの出身なんです」



 予想外の言葉。男は一瞬目を見開き、肩をピクリと動かした。彼は一瞬固まった後、目を閉じて息を付き、真剣な表情で彼女の方へ向き直る。


「…申し訳ありません」



 彼女が口に出したこの言葉はこの世界において特別な意味を持つ。


 ファウンネル。それはかつて大陸に存在し、レディスタ、デカラディアと肩を並べた強大な国を表すこともあり、今現在存在している傭兵集団の総称を表すこともある。ただ、この中でもし前者について語るのであれば、話者は人をよく選ばなければならない。何故なら、それは残虐的、非人道的な行為の生み出した、人類、魔族、その他様々な生物にとっての最悪の結末を、歴史という無慈悲に客観化された立場から俯瞰したものとして語ることになるからだ。


 内部の権力争いによりファウンネルが不安定化した際、その隙を付いて先ほどの2国は共同で宣戦布告を行った。ここで使われたのが最も非人道的な兵器と称される「狂気」である。吸った生物は自殺衝動と殺人衝動を抑えられなくなるという、名の通り人を狂わせる常温気体の化学兵器。本来なら国際条約により厳しく規制されているはずのこの兵器は、強大な二国による他国への無言の圧とともに、夕暮れ時のファウンネルへとばら撒かれた。


 結果は、凄惨の一言だった。散歩をしていた老人が突然子供に傘を振り下ろす。飲食店の店主が叫びながらガスボンベに火を付ける。橋から突き落とされるもの、紐一本でぶら下がるもの。そして暮れ、仕事帰りの親が、血走った目で玄関の鍵を開ける。狂気によって、ファウンネルの人口は僅か5日にして8千万人から1000人程度にまで減少し、これに伴って国と文明は消滅した。


 そして、人類史上最大の虐殺と呼ばれたこの戦争から、まだ10年程しか経っていない。




 そして、


『ビバ=レディスタ』

 これがこのカフェの名前である。


 彼女はかつて見てしまった。こんな、こんな自分を愛してくれていた父が、包丁を持って襲い掛かってくる姿を。彼女は確かに感じてしまった。父の狂刃を代わりに受け止める母の、流れ出る血の生暖かさを。当時まだ幼かった彼女の脳裏に焼き付いたはずのこの光景は、彼女の性格を歪めるのに十分過ぎるものだった。…十分過ぎるはずだった。





 ではなぜ、彼女はレディスタに協力しているのか?








「…」


 彼はレディスタの軍人の立場として、この事態をより深刻に考えていた。


「あ…すいません。本当に断るのはつらいのですが、チームの方に申し訳ないので…」


「失礼ですが、少しお尋ねしても宜しいでしょうか」


 笑顔はない。


「なんでしょう…」


「チーム、と言いましたね。つまりあなたは、ファウンネルの傭兵集団の一員ですか」


「はい。ファウンネルの中でも小さなグループですが、居心地の良い場所です。みんな個性があって、それで、優しいんです」


「そう…ですか」


 彼女は嘘をついている可能性がある。彼女の顔の裏に殺意は張り付いていないか。我々を恨まないはずが無い。敵軍で働くだと?有り得ない。もしかして今までのものも、何らかのスパイ活動の一環…


「その、時々、同じ出身の方が言うんです」



「…何をですか」


「敵国に行く国の恥と、私を批判することがあります」


「…」


「でも、」誠実な目で彼女は言う。



「私、正直…それがよく分からないんです」



「昔のことを、全く覚えていないんです」



 その瞬間、男は時が止まるように感じた。


「それは、その、昔とは」



「ええ、まだ第一学校に行くか行かないかの幼い年齢です。今から丁度10年前。それより前のことが思い出せません。…思い出す思い出さないというよりは、何か、心の中に、大きな空白があるような感じで」



「その、失礼ですがご家族は」


「人間のおばあさんが一人居ます。”生まれたて”の状態で河原に捨てられているところを拾ってきてくれて、それから育ててくれたそうです」




「それは…それは恐らく…」


「…私も本当かどうかは分かりませんが、私の出自はおばあさんしか知らないですからね…。どうなんでしょう。でも、疑った所で、何も変わりませんよ…たぶん」


「…」


「でもやっぱり、昔のことは忘れ去られるべきだと思うんです」


 彼女は笑った。


「もしかしたら、私のおばあさんが言っていることは嘘で、私にも親が居たのかもしれませんし、もしかしたら、失踪したとか、戦争で殺されてしまった、そんなことがあったのかもしれません。


 …でも、過去にどんな嫌なことがあろうとも、人間は振り返らず、生きるために進む。獣人も魔族も亜人もみんな同じだ。そうおばあさんに教えられて、そしてそれを守って今まで生きてきました。だから、もし過去に何かがあったとしても、私はそれを恨みません」


 恨まない。男は彼女の言葉を信じることが出来なかった。彼女の幼少期、しかも戦争直後より前の不可解な記憶の喪失。目の前の人間が正直に話しているとするならば、その違和感の正体は、記憶に対する自らの無意識的な抑圧か、または恐らく何者かによってそうさせられたか。どちらにせよそこに隠されている真実は、ファウンネルでのあの悲惨な出来事、その中でも、隠されるに値する恐ろしい記憶であることにほぼ間違いは無かった。

 男は吐きそうになった。恨まない、と発する彼女の背後から、怒りに満ちた眼が自分を見ているのを感じた。しかもそれは一、二対だけではない。彼女の封じられ空白となった記憶が、その裏にある犠牲者の推測を拒絶したことで、男の目にはそれが数え切れないほど多く見えたのだ。また、もし彼女が空白期間の真実を知ったとき、恐らくその原因となったであろう我々への恨みは、一体どれほどのものとなるだろうか…そうも考えた。



「そう…ですか……それは……恐らく…あなたがかつて知っていた人間に…申し訳ない言葉だ……はは…」


 結果として、彼が表に表現した感情は悲しみであった。だが、震える唇を振り絞り、口から無理やり捻り出した鼻声がマルルに届くことは無かった。その少し後、何も知らない彼女は俯く男に気付き、自分が先程の会話で言ってはいけないことを言ったと勘違いして「あっごめんなさい!」とテイッシュを手渡す。


「本当にごめんなさい。あなたの悲しい記憶を掘り起こすようなことを言ってしまった私が全部悪いです。すいません」


「いや…そういうことじゃない…です。

 …最近徹夜でしたから、ちょっとおかしくなってしまっただけです。本当に申し訳ありません。これを」


 男はスーツケースを取り出した。報酬だ。


「ありがとうございます」


「入隊の話はまたいつかさせて頂いても宜しいでしょうか。…すみませんが…睡魔が限界です。報酬を持ってお帰り下さい。…ありがとうございました」


 下手な言い訳だ。男は崩れ落ちるように机に突っ伏し、わざとらしく肩を上下させる。もちろんマルルはそれが嘘であることは分かっていたが、こういう時は起こさない方がいいのだろうと思い、それを持って静かにその場を去った。




 マルルが去った後、男は机上の紙をくしゃくしゃにして破り捨ててしまった。

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