#1-1
???
「…ハァ……ハァ…」
…降りしきる雨…
???
「―――ゴブっ」
何かが逆流し、口から粘度が高い赤い液体を吐き出す。
???
「…ハァ…ッ……ハァ…ッ…」
硝煙の臭い。赤く染まった視界。瓦礫と化した建物の側で、地面に崩れる。
―――どうしてこうなった?
???
『―――』
「カチャッ」という音とともに、銃口が向けられる。
―――どこで間違えた?
???
『………』
どうして―――
―――
???
「ーーー…さま」
ーーー
???
「ーーー…ゃくさま」
ーーー
???
「ーーーお客様!」
「ーーー!?」
呼ばれる声に、自分はバッと顔を上げた。
声がした方を見ると―――駅員が目の前にいる。
駅員
「終点に着きましたよ。…大丈夫ですか?酷くうなされていましたが…」
アカイ
「…あ、はい。すみません…」
駅員
「お気をつけて」
アカイ
「…どうも」
駅員に軽く一礼し、列車から降りると駅構内に行く。
入り組んだ通路を歩き、途中、売店で昼食を買うと外に出た。
???
「さぁさぁ!今はもう製造されてない、旧世代の魔導具がお手頃価格で手に入る最後のチャンスだァ!」
アカイ
「……」
駅前で開かれている露店。一瞬立ち寄り目を通すが、すぐにその場を立ち去った。
心地よい風がロングコートの裾をたなびかせる。
アナウンス
『―――クレイドルにいる皆さんこんにちはー!今日も明るく『アスナのスクープ』の時間だよっ!』
空にいる飛空艇から流れる軽快な音楽と活気のある声。
アカイ
(癒される声だぁ…)
隣に路面電車や駆動車が通る。
アナウンス
『今回お届けするのはこちらっ!『最新!上位パーティランキング』!まず第5位は~……うげっ―――』
―――ここならではの放送を聞きながらビル群を歩き、目の前の階段を上るとアカイはとある施設に入った。
自動ドアが開き、フロントが映る。
アカイ
(綺麗な場所だな…)
アカイは周りを見渡し、目的の場所を見つけるとそこに向かって歩き出した。
少年
「装備の準備は大丈夫?」
少女
「う、うん。地図も持った、S.M.Iも持った、バスと電車の切符持った…大丈夫、準備万端」
新米だろうか。要請を受けた子供のパーティがすぐそこで準備をしている。
少女
「初めてのD種討伐、緊張する…」
少年
「だね。けど今の俺達なら大丈夫」
―――
アカイ
「…」
心の中で微笑み、アカイは受付の前まで行った。
運良く誰も並んでない。
受付員
「…要請の受注か?」
…がさつっぽい女性が話す。
アカイ
「あ、いえ…ID登録をしたくて」
受付員
「だったらあっちの窓口だ…って誰もいねぇじゃん…」
「はァ…」と溜め息を吐くと立ち上がり、親指で左を示すとそこの窓口に移動した。
呆然としながらアカイも移動する。
受付員
「…書類とペン。これ見本。書き終わったら言え」
物凄いだるそうな雰囲気。
アカイ
「は、はい…」
尋常ではない威圧のようなものを感じながらアカイは書類を記入していった。
アカイ
「お願いします…」
記入し終わり、書類の向きを受付員の方にして渡す。
受付員
「…確認するから待ってろ」
椅子に深く腰掛け足を組み、用紙を片手で持って読む。
受付員
「…んじゃあ、次魔力計っからそこに手を置け」
アカイ
「…は、はい…」
窓口右側に備え付けられている魔力測定器が青白く光り、アカイは手を置く。
受付員
「…」
受付員は測定器のモニターを凝視する。
受付員
「…もっかい計る」
アカイ
「は、はい…」
2回目の測定。
受付員
「…変わんない?……」
受付員はじっとアカイを見る。
アカイ
(……)
受付員
「ハァ……二之内 アカイ?…こう言っちゃ悪いが、あんた28でその極微量の魔力量じゃ、解放者になんのは無理なんじゃねぇか?死ぬぞ?」
アカイ
「…あ、でも、戦闘経験は一応―――」
受付員
「…」
ギロッと鋭い視線が向く。
アカイ
「一応…」
「ハァ…」と息を吐く。
受付員
「…戦闘経験があったところで、連戦とかなんてできねぇだろ。D種数匹倒すのがやっと。それに―――」
カウンターに肘を置きながらアカイに指を指す。
受付員
「…一体一要請ごとにどんだけのS.M.Iを消費するつとりだ?魔力補充する時間なんてあるかも分かんねぇし、そもそも費用は?D級の報酬じゃあ明らかにS.M.Iだけで額を上回る」
自分の年齢、魔力量から解放者になった時のデメリットをこれでもかという程言われている。しかも…
アカイ
(何で急に怒られてんの…!?)
受付員
「―――魔力保有量は生まれつき決まってるもんなんだし良い歳なんだから、受け入れて全うな職を探せ。親を悲しませんな」
アカイ
(・・・)
言いきった感を出す受付員。
…どう言ったら良いものだろうか。コミュ力が低い自分は何を言っても無理な気がしかしてこない。
「「ざわざわ…」」
…周りの視線が徐々に集まってきてる気がする。
…今日はもう帰るか。そう思う―――が直ぐに否定した。
ここに来た目的を忘れるな。1日も無駄にできない。
アカイ
「―――…お気遣いありがとうございます…が、承知の上です。分かってて、ここに来たんですから…」
受付員
「…ほぉ?あんた、陰気な見た目してる割には言うじゃねぇか。だったら今ここで実力を―――」
???
「―――示して良い訳ないでしょ」
突如奥から女性が現れ、受付員の後頭部にチョップする。
受付員
「…もう良いのか…?」
頭を撫でながら振り返る。
???
「ええ。てかハスミちゃん、解放者志望の方に何て物言いしてんの!」
ハスミと言われた受付員と同じ制服を着込んだ女性。
腰に手を当て、怒りが込み上がってるのが分かる。
ハスミ
「…全うな道に正してやってるだけだが?」
???
「…いや全うな道にってね…『意思の尊重』っていう私達の信条忘れてる訳じゃないでしょ!?認定試験の説明もしてないし…!!」
ハスミ
「…限度ってもんがあるだろ…」
手元のモニターを指差し女性に見るよう促す。
アカイ
「……」
…別な人が来てどうにかなると思ったはずが、女性は気難しい顔をし更に時間がかかりそうな予感。
ハスミ
「…これで認定試験ができると思うか?マイ」
マイと言われた女性は「…ふぅ」と息をつくとアカイの方を向いた。
マイ
「…まずはハスミの失礼な態度を謝らせてください。…本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる。
アカイ
「…あ、い、いえ、全然」
直ぐ隣でハスミが反論しているが、マイの気迫で黙らせる。
マイ
「まだお時間は大丈夫ですか?」
アカイ
「…は、はい」
すると、マイは1枚の用紙を差し出した。そこには『認定試験承諾書』と書かれている。
マイ
「…大変失礼ですが、規則としてお客様のように魔力保有量が基準値を満たしていない場合、そちらの認定試験を受けていただくことになっています」
アカイ
「はい」
ハスミ
「ほらペン」
声と共に飛んできたペンをキャッチする。
ハスミ
「この試験はカナーーリ厳しい内容だ。―――が、でかい口叩いたんだ。まさか逃げるなんてことしねぇよなぁ?」
―――「ゴッ」という鈍い音が聞こえ、ハスミは頭部を押さえる。
アカイ
(・・・)
…気を取り直し、アカイはチラッと中身を見ると受け取ったペンでサインした。
マイ
「あ、あの、ちゃんと内容確認しました!?」
アカイ
「はい」
マイ
「………」
マイは疑いの目を向けるも、「…はぁ」と息を吐く。
マイ
「…では受理致します。…ですがその前に、もう一度試験内容を説明させていただきます。規則なので」
アカイ
「は、はい」
早くしてほしいと思うが、気持ちを抑えて説明を受ける。
マイ
「まずこの認定試験ですが、年齢、魔力保有量が基準に満たしていない方を対象に、解放者としての素質、力量があるかを見極めるために行います。…これ以上犠牲者を増やさないためとご理解ください」
アカイ
「はい」
マイ
「行っていただく試験内容ですが、試験管との模擬戦を行っていただきます。魔術を扱うことが厳しい以上、実戦では白兵戦しかありませんから」
ハスミ
「ちなみに試験管はこの私だ!3秒もしないうちに故郷に返してや―――」
マイがハスミを睨む。
ハスミ
「…」
マイ
「合格基準は、この試験管相手に1分間耐えることです。手段は問いません」
アカイ
「…分かりました」
ハスミ
「…やっぱ下がんねぇんだな」
マイ
「…では試験は明日、午前9時に執り行います。10分前にはロビーで待機していてください」
アカイ
「…今日はやらないのですか?」
話しが違う。
マイ
「…申し訳ありません。ハスミはこの後、本部に召集されているため、本日は執り行うことができないんです。もしご都合が合わなければ、日程を変更することもできますが…」
………
アカイ
「…いえ、大丈夫です。じゃあ明日、よろしくお願いします」
マイ
「はい、承知いたしました。では明日、お待ちしております」
ハスミ
「……」
ハスミは頬杖をついてアカイを見ている。
アカイ
「…ありがとうございました」
小さく会釈し、その場を後にする。…その時、アカイは歯を強く噛み締めていた。
アナウンス
『―――「アビス」から3年…かの未曾有の大災害により、私達人類は甚大な被害を被りました。犠牲者は60万人を越え、未だ発見できずにいる行方不明者は―――』
ふと後ろからテレビの音が耳に入る。
アカイ
「………」
…アカイは施設を出ると、階段を下りる。そして、そのままの足取りで次の目的地に向かった。
アナウンス
『―――続いて、現在発令されている注意報です。廃都市区 D3エリアにて、不規則なマナの乱れが観測されております。当該エリア周辺にいる解放者の皆様は、十分な警戒をお願いします。繰り返します―――』
空にいる飛空艇からのニュース速報。
―――チリリン
???
「おや、いらっしゃい。一人かい?」
ドアを開けると、そこには強面の男がいた。
アカイ
「はい…」
???
「…おいおい若者が、もっとシャキッとしろー、飯ちゃんと食ってっか?」
アカイ
「え、えぇ…」
答えながら、ハッハッハ!と笑う男の元に近づく。
???
「何日の宿泊だ?」
アカイ
「…30日の宿泊はできますか?」
???
「あぁ問題ねぇぜ。料金は日ごとに払うか?」
アカイ
「全額前払いで」
???
「…大したもんだなお客さん。だが本当にそれでいいのか?カードで支払うんなら、途中で出ていっても差額は返金できねぇぜ?」
店主は出しかけていたアカイのクレジットを指差して言う。
アカイ
「大丈夫です。…きちんと弁えてますから」
???
「だったら良いんだが…まぁいい、食事は付けるのか?」
アカイ
「…いえ、泊まりだけで」
???
「はいよ…んじゃあ、宿泊代―――プラスちょいとまけてやってこんなもんだな」
アカイ
「…あ、ありがとうございます」
カウンターにあるレジのモニターに表示されている金額を確認し、機器へカードを差し込む。
???
「ここへは要請でか?」
アカイ
「…いえ、上京です」
ピーッと電子音が鳴り、支払いが完了する。
???
「ならここら辺のこと何も分かんねぇだろ」
アカイ
「そう…ですね」
???
「ならここは全部揃ってっから安心しろ。何たってこんな都会だからな!」
ハッハッハと笑いながら、店主は後ろの戸を開ける。
???
「それに大抵の事は支部に行けば何とかなる。飯だって中々だぞ?夜早速行ってみたらどうだ」
アカイ
「…そうしてみます」
財布にカードをしまうと同時に、鍵を差し出される。
???
「あんたの部屋はこの上の一番奥だ。何かあったら遠慮なく言えよ」
アカイ
「ありがとうございます」
鍵を受け取り、後ろを振り返ると左側にある階段を上っていく。二階に着くと、奥まで進み鍵と同じ番号のドアを開ける。
アカイ
「―――はァ…」
部屋に入ったアカイは鍵をテーブルの上に置き、目の前のベッドに横たわった。
アカイ
「………」
―――廃都市区 エリア―――
……ふらふらと歩き、立ち止まると両膝に手を置いた。
少女
「…はぁ……やっと着いた…」
少年
「ここまで遅れるなんて…」
雲一つない晴天。
心地よい風が、髪をたなびかせる。
少女
「…でも、しょうがないよ。注意報から警報に変わったんだもん」
少女の言葉に「そうだけどさ…」と言うが、すぐに気持ちを切り替えると前を見上げた。
―――正面にあるのは、壁が崩れた、一面苔で覆われている元区域入場口。
少年
「…よし、行こ」
少女
「うん…」
覚悟を決め、2人は入口を通る。廃都市区に入ると、少女は背負ってるバックから地図を取り出した。
少女
『―――流れよ』
簡易詠唱と共に極微量の魔力を地図に流し込むと、表面に周りの地形、現在の位置と目的地が浮き上がる。
少女
「で、できた…!」
乱れもなく、初めて地図を扱えたことに少女は目を輝かせる。
「おーっ」と少年はパチパチパチと拍手し、一緒に喜ぶ………が。
少年
「…この上位互換がスマホ…」
少女
「…はいそこボソッと言わないで」
少年
「…ごめんなさい」
だが少しの間のあと少年は「ぶふっ」と笑い、少女もそれに釣られて笑い合う。
それから少女は再び地図を見て方角を確認すると、表示に沿って歩き出した。
少年
「―――D3までの距離は?」
少女
「ここから大体20分くらい…」
元は舗装されていたであろうが、今はその面影が感じられない程崩れた道路を歩いていく。
斜めに曲がった黒ずんだ標識。点灯しない信号機。ガラスが割れ、中が散乱したショッピングモール―――
少女
「…ここも、昔は人で賑わってたのかな…」
少年
「…じゃない?故郷がそうだったんだから…」
少女
「…うん」
だがそこで、少年は自分の言ってる事に気付いた。
少年
「…ごめん。この話しはしない約束だったね」
少女
「…ううん、気にしないで。それに前にも言ったでしょ?―――…に、兄さんがいるから私は大丈夫だって」
少女―――妹の「ミユ」は顔を赤らめている。
少年
「―――…うん。俺もミユがいるから大丈夫」
―――それからD3エリアに着き、二人は廃ホテルのフロントに入る。
少年
「…よし、ここをキャンプ地とする!!」
少年―――ハルトは腰に両手を当て、宣言する。
ミユ
「……い、いぇーい…」
ハルトとミユは壁際に荷物を置き、D種討伐の準備をする。
ミユ
「…はぁ…」
不安そうに溜め息を吐く。
ハルト
「やっぱ不安がる?」
薄暗いフロントの端。窓枠から差し込む日光をもとに、バックからS.M.I等を取り出す。
ミユ
「…うん。だってさっきまでこの場所は封鎖されてて…」
ハルト
「…大丈夫だよ。『メイデン』が倒されてなきゃ、封鎖は解除されないし」
「それに―――」と瓦礫を避け、出口に向かいながら言葉を続ける。
ハルト
「―――折角俺達向けの要請を探してくれたんだ。心配ないよ」
ミユ
「…うん」
ミユは手を胸元でぎゅっと握り、顔を上げる。
ミユ
「…期待に応えよう…私達の夢のためにも…!」
ハルトの斜め後ろに付き、二人は建物を出る―――
―――クレイドル市街地 車内―――
ハスミ
「チッ…」
マイ
「………」
マイはちらっと隣の席を見た。
さっきからと言うもの、落ち着きがない。
マイ
「そんなに心配?」
ハスミ
「あ?何が?」
マイ
「ハルト君とマイちゃんのこと」
ハスミ
「は?私が?あのガキどもを?心配するわけねぇじゃん」
マイ
「素直じゃないわね」
ハスミ
「だからちげぇって!!」
「はぁ…」と肘掛けに頬杖をつく。
ハスミ
「あれだろ?落ち着きがねぇって言いてぇんだろ?」
マイ
「ピンポーン♪」
ハスミ
「………」
「ハァ」と溜め息を吐く。
ハスミ
「…本部のクソジジイと会うのが面倒なだけだ」
マイ
「はいはい」
ハスミ
「信じてねぇなっ!?」
―――廃都市区 D3エリア―――
ミユ
「―――見つけた…!」
もう水が出てない噴水の目の前。そこに黒一色の異形の生物が佇んでいる。
1m級の4本足…間違いない。あれは討伐目標の『メイデン-D種』。
ハルト
「行くよ!ミユは俺の後ろに!!」
ミユ
「―――うん!」
二人は手を突き出し、詠唱する。
ハルト&ミユ
『『―――顕現せよ』』
マナのスパークと共に地面に魔術の陣が形成され、掌に来るように魔導具が顕現する。
メイデン-D種
「ギィィィィィィンッ!!」
二人の存在に気付いたD種が、こっちに突っ込んでくる。
ハルト
『刀身に宿れ、凍てつく冷気よ―――』
心を落ち着かせ、何とか魔導具に意識を集中する。
ミユ
「………!」
目の前に迫ったD種は高らかに前脚を上げ、振り下ろさんとする。
ハルト
『―――属性付与』
刀身が蒼白い膜で覆われると同時に、D種の攻撃を受け止める。
ハルト
「ぐっ…!!」
『―― ――』
D種の脚が、刀身に触れてる箇所から、徐々に凍っていく。
ハルト
「ミユ!」
ミユ
『我が魔力で敵を穿て、氷塊よ―――』
後ろからミユの詠唱が聞こえてくる。
大杖の周囲に形成される3つの氷塊。
―――だがミユ自身には複数の氷塊を形成する能力はまだ無い。これは、魔力や制御能力を増長させる、魔導具による効果―――
D種の関節部分が凍り付く。
ミユ
「…う、うん!」
ハルトは後ろに飛び、ミユの射線を空ける。
D種はそのまま前のめりで倒れ、動こうとするが関節が凍ったことによりまともに身動きが取れない。
ミユ
『―――氷の刃』
唱えた瞬間、大杖の周囲に浮かぶ3つの氷塊がD種に突き刺さる。
メイデン
「― ― ―」
その箇所から徐々に全身を凍り付かせていき、最後にはD種自体が氷塊と化した。
ミユ
「……倒…した…?」
D種はビクとも動かない。それに倒した証拠として、体が塵となっていきジェムだけが残る。
ハルト
「……うん」
ハルトはミユを見て、「ニッ」と笑う。ミユもその意味が分かり、微笑むと二人はハイタッチした。
ミユ
「ジェムってこんな感じなんだ…」
―――それから倒した実感を噛み締めた後、二人は他のD種を探すため、少し離れた場所に移動していた。
ハルト
「いつもテレビでしか見てなかったからね」
ミユ
「取り敢えずこれで返済に一歩近付けた…」
ハルト
「…いつも苦労させてごめん…」
申し訳なさそうな表情をするハルトに、ミユは「ふふっ」と笑った。
ミユ
「…お互い様…でしょ?」
ハルト
「―――………」
…ミユの言葉に、ハルトは微かに微笑む。
ミユ
「…少しずつだけど…二人の夢を叶えに行こ」
ミユはハルトを見て微笑む。
ハルト
「…うん。そうだね!」
「よし」と気合いを入れ直し、道路を更に進もうとする。
ハルト
「この調子で残り二体も―――」
―――だがその瞬間、恐怖に囚われた。
心臓が凍り付き、体を動かせない。
ミユ
「………!?」
右の建物から感じるメイデンの魔力。だがこのどす黒い感じは―――D種ではない。
ハルト
「………っ!?」
ハルトは震える手で魔導具を構え、ミユを下がらせる。
メイデン-?種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
―――瞬間、重低の軋り音が轟、建物の上層からメイデンが飛び出してきた。
道路に着地したことによる激震が、脚に響く。
ミユ
「…う…そ…っ!?」
その姿を見て、ミユは口を押さえ悲鳴に近い声を上げる。
ハルト
「…何でこんな所に…!?」
…そいつはD種より遥か上位の存在。5m級の2本足、腕は杭のように肥大化し、ゴリラを連想させる風貌で―――
ミユ
「兄さんっ…!」
ハルト
「大丈夫…!落ち着いて…!」
正面にいるのはDエリアに存在しないはずのA種。けど―――
ハルトは拳を強く握り締める。せめて妹だけ逃がせることを必死に考える。
ハルト
「こっちに気付いてない。静かに、後ろに引き返せば―――」
―――だが瞬間、真後ろからもう一つの同じ魔力を感じた。
ハルト
「―――っ!?」
咄嗟に振り返る。だが既に腕が振り下ろされているのが直感で分かった。―――免れない死。
ハルト
「ミユ―――」
何としてもミユだけは守る。
『―――――』
―――そう、約束したんだから―――
だが急に胸に衝撃を感じると、ハルトは押し飛ばされていた。
ミユ
「………」
―――刹那に見えた、ミユの姿。
手を突き出し、ハルトを見ている。
ハルト
「―――っ!?」
メイデンの腕が頭に迫る。
やめろ―――
『…一緒に居るって言ってくれて、ありがとう』
やめろ…!!
ミユ
「―――」
ミユは、微かに微笑む。
―――瞬間、頭から吹き飛ばされた。
ハルト
「うわァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
ミユは地面をバウンドし、鈍い音と共に建物の壁面に衝突する。
ハルト
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!ミユぅぅぅッ!!!!」
ハルトは起き上がり、一心不乱にミユの元に走る。
腕が凍り付いているメイデンがこちらを向くが、意に介さない。
ハルト
「ミユっ!!ミユっっ!!」
道路に広がる血溜まり。
瓦礫をどかし、ピクリとも動かない妹を見つける。
ハルト
「ミユっ………!!!!」
その姿は人の原型を成しておらず、首や手足の関節があらぬ方向に曲がっている。
ミユ
『…私達の夢…?』
ハルトはミユを抱き締めた。
―――後ろから、地響きが近付いてくる。
ミユ
『―――…うん。ありがとう』
ハルト
「あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
強く強く抱き締めた。
―――二体目もハルトに近付いてくる。
ハルト
「…………っ!!!!」
…だが、その場から動かない。
一人にさせない。―――一人にしないで。
『―――』
ハルト
「―――!?」
そこで、ハルトは目を見開いた。
『―――』
気のせいじゃない。微かに…だが今にも消えかける心臓の鼓動。
ハルト
「ミユっ!!!!」
生きてる。―――まだ生きてる。
ミユ
『―――兄さん』
メイデン-A種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
ハルト
「…………っ!!!!」
メイデンの魔力が急激に近付いてくる。―――だがハルトはミユを抱え起き上がると、建物の中に逃げ込んだ。
お願い…お願いだっ…!!ミユを助けさせてッ…!!!!
―――壁が吹き飛び、メイデンが建物内に侵入する。
ハルトはすぐ裏口から脱出すると、路地裏を走り廃都市区の出口に向かった。
ハルト
「…ミユ……っ!!」
―――クレイドル 要請支部―――
受付員
「はい、ミートソーススパゲティお待ち堂さまですっ」
アカイ
「…ありがとうございます」
夕暮れの時間帯。
アカイは要請の帰還組で支部が混雑する時間に合わせて酒場に来ていた。
受付員はニコッと笑い、「注文良いか~?」と呼ばれた席に「はーいっ!」と返事をし向かってく。
アカイ
「………」
フォークで麺を掬い、口に運ぶ。
???
「―――今日の報酬でやっと!新しい機種に変更できる!!」
???
「―――一応!ちゃんと怪我は病院で見てもらった方が良いんじゃない…?」
???
「―――あんたもう爆裂魔術禁止。無駄にぶっぱなすからS.M.Iだけで赤字よ」
…アカイは聞き耳を立てていた。聞こえてくるのは全部どうでもいいことで、大した内容は聞こえてこない。
…初日は外れか。―――だがその時だった。
???
「―――」
右後ろの受付カウンターから聞き覚えのある声が届く。
その声には、緊張感が含まれていた。
…何かあったのか?
ちらと後ろを向くと、受付カウンターにマイとハスミがいる。
…意識を集中させ、魔術の感度を上げる。
マイ
「―――から二人とも、まだ戻ってきてないの!」
ハスミ
「…は?位置情報は?」
マイ
「どこにも反応がないのよ…!」
どこかのパーティが行方不明らしい。…解放者である以上、よくある事だ。
マイ
「まさか、まだ別個体がいるんじゃ…!」
聞こえてきた不穏なワード。―――そしてどこか引っ掛かりを覚えた。
ハスミ
「それはねぇだろ。マナはあれから安定してる。そもそもそうである限りDエリアでD種以外は活動できねぇ」
別個体、Dエリア…夕方の緊急放送の事だろう。―――そこで、フォークを持つ手が止まった。
アカイ
「―――!」
少女
『初めてのD種討伐、緊張する…』
少年
『だね。けど今の俺達なら大丈夫―――』
―――昼に見かけた少年少女。そしてマイが言っていた「二人とも」という言葉。ここまで帰還を心配する理由―――
アカイ
(まさか、あの子供達か…!?)
ハスミ
「…ま、運悪くガキ二人揃って電源切ってっか壊れたんだろ」
そういうとイスを動かす音が聞こえてくる。
それと同時に「バンッ!」と扉が開く音がした。
受付員
「先輩!」
マイ
「ど、どうしたの?」
足音がマイに近付いていく。
受付員
「あ、あのこれ、飛翔艇の観測システムの画像なんですけど…!は、廃都市区近郊で2体のA種が―――」
ハスミ
「―――は?」
受付員
「そ、それにここに映ってるの、ハルト君と、か、抱えられてるのミユちゃんじゃ―――」
―――「バリンッ!!」という大きな物音とともに、三人は振り返った。
支部内は静まり返り、入口自動ドアのガラスが突き破られていた。
―――廃都市区域 近郊―――
ハルト
「ハァ…ハァ…っ!!」
夜闇の森。
メイデン-A種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
木々を薙ぎ倒し、後ろからメイデンが迫ってくる。
ハルト
(誰か…っ誰か…っ!!)
涙が頬を伝い、だが歯を食い縛り逃げ続ける。
ハルト
「お願い…っ!!」
ミユを死なせないでください。ミユだけは助けてください。何でもしますから―――
メイデン-A種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
左の木々の間からもう一体のメイデンが迫ってくる。
すると、左頭部に違和感を感じた瞬間―――メイデンが真横に現れ、その箇所に向けて腕を振り下ろす。
ハルト
「………!?」
無意識に背中から地面に飛び込む。
既の所で回避し、振り下ろす腕の風圧がハルトの顔を撫でる。
ハルト
「う"………っ!」
弾き飛ぶ土が2人に当たる。
ハルト
「ハァ…っ…ハァ…ッ!?」
土埃の中からメイデンの姿が現れる。
―――その後ろには迫りくるもう一体のメイデン。
ハルト
「………!?」
ハルトはミユを抱き締め、後退りする。
―――足に力が入らない。何もできない。
メイデン-A種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
―――そしてメイデンが飛び掛かった瞬間、目の前に腕が迫る。
ハルト
「ごめ―――――」
―――――――――――
―――だがその腕はハルトに届くことはなかった。
突然目の前のメイデンが押しつぶされる。派手な土埃が舞い、メイデンは黒い塵に姿を変えていく。
ハルト
「―――――」
舞った土埃の中に浮かぶ一つの人影。
???
「ハァッ…ハァッ…」
土埃が消えると、メイデンの上にロングコートを着た男が立ったいた。
アカイ
「―――残り一匹…!!」
―――アカイは正面を向いたまま後方に声を飛ばす。
アカイ
「後ろに下がってッ!!」
高速で正面を右往左往するメイデンの魔力。だがそれと同時に、後ろから一人の魔力が消えかかっているのを感じ取る。
アカイ
「…っ!!」
アカイは感情をぶつけるかのように魔力弾を放つ。
だがそれはメイデンに当たらない。掻い潜り正面から突っ込んでくる。
メイデン-A種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
アカイ
「―――ッ!!」
アカイは直ぐ様手に魔力を込め、腕を交差させ正面に巨大な網目の膜を構築する。
メイデンは避ける動きを見せるも膜に捕らわれ、動きを一時的に封じ込めた。
メイデン-A種
「―――ギィッ!!」
アカイ
「―――」
アカイは止めをさすべく魔力を込める。
不規則に動くなら動きを正面だけに制御してやれば良い。
アカイ
「―――っ!!」
―――だが魔力を込めようとするのも束の間、徐々に構築・展開している膜が押され始める。
アカイ
(―――クソッ、もう魔力がッ…!!)
メイデン-A種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
アカイ
「―――ッ」
膜が突き破られる。アカイは直ぐ様メイデンの攻撃に備えるが―――メイデンはアカイを意に介していなかった。
ハルト
「―――っ!?」
アカイを通り過ぎ、後ろにいる2人に向かっていく。
メイデン-A種
「ギィィィィィィィィィィンッ!!」
眼にも止まらぬ速さで振り下ろされる腕。
アカイ
「―――ッ!!」
―――だが瞬時にメイデンの前に割り込み、攻撃を受け止める。
しかしそれは一瞬で、左掌に形成していた魔力の盾が打ち砕かれ渾身の一撃を喰らったアカイは吹き飛び、木の幹に叩きつけられた。
ハルト
「ぁ…っ…!?」
絶望の淵に落とされる。男の反応が無い。
ハルト
「…ぅ…ッ…!!」
ハルトの頬に大粒の涙が流れていく。―――そして顔をクシャらせ、怒りに満ちた目でメイデンを睨み付けた。
刹那、杭の腕が眼前に迫る。
???
「―――うァ"ァァァァァァァァァァァァァッ!!」
だが攻撃は伸びた一本の鎖によって防がれ、さらにメイデンの上下の空間に現れた8つの魔術陣から鎖が出現しメイデンに絡み付いた。
メイデン-A種
「ギィィィィィィッ!!」
???
「ハァ…ッハァ…ッ」
ハルト
「っ…!」
声がした方を向くと、左腕を伸ばしながらゆっくりと起き上がっている男の姿。
アカイ
「…イッ~…ッ!!」
残魔力を全て右腕に注ぎ、攻撃を防ぎ切った事による熱で湯気が立ち上っている。
―――そして、アカイの足元には空になったS.M.I。
アカイ
「―――離れてッ!!」
メイデンは鎖を解こうと渾身の力で動き回る。
―――1本、2本と鎖を引きちぎっていく。
アカイ
「―――ッ!!」
アカイは焼けた右腕を無理やり動かし、魔力を込める。―――これで終わりじゃない。
今にも崩れ落ちそうな体を酷使しメイデンに接近、残る6本の鎖で更に締め付け、右掌を奴の硬皮に触れさせる。
メイデン-A種
「―――」
刹那、灼熱の閃光が瞬き、衝撃音が轟くとメイデンの胴部に巨大な空洞を作った。
アカイ
「ハァ…っ、ハァ…っ」
メイデンはその場に崩れ落ち、黒い塵へと姿を変えていく。
アカイは絶命したのを確認すると左奥にいる子供達を見た。
ハルト
「ぁ……っ…」
…少年は怪我が酷いが無事なようだ。だが―――
アカイ
「…っ!?」
眼に映った変わり果てた少女の姿。…その子が少年に大事に抱きかかえられている。
アカイ
「…っ!…その子を置いて」
右腕を抑え、身体を引きずりながら少年の元に近づく。
ハルト
「―――っ!?ミユはまだ―――」
アカイ
「―――分かってるッ!!大切な子なんだろッ!?」
怒りをあらわにする少年にアカイはそう言葉を被せる。
ハルト
「―――」
少年は嗚咽し、泣きながら少女を傍に横たわらせる。
アカイ
「……っ」
少女の首、手、足が捻れ曲がっている。魔力が消えていっており、命を失うのも時間の問題―――
アカイ
「―――そんなことさせて堪るかよッ!!」
アカイは所持しているS.M.Iを全て地面に落とすと、そのうちの1本を自身に注入する。
アカイ
「俺が合図したらそれ背中に打ち込んでッ!!」
―――乱れる呼吸を抑え、全神経を魔力制御に集中する。
―――そして手を少女の首に当て、魔力を込めた。
アカイ
「―――ッ!!」
周囲に緑の光が迸る。
アカイ
「―――打ち込んでッ!!」
背中にS.M.Iが刺される。
アカイ
(―――――ッ!!)
脳が焼ききれそうになる。激痛で顔をしかめる。
―――そもそも回復魔術は適正がある者にしか扱えない。適正が無い自分が使っても、大した効力にはならず、無駄に魔力を失うだけ。…だが、魔力は一切弱めなかった。
アカイ
「打ち込んでッ!!」
回復しない。骨が元の位置に戻らない。
アカイ
「打ち込んで―――」
…1本、また1本とS.M.Iが失われていく。
ハルト
「ミユっ…!!」
少年の涙混じりの声が届く。
アカイ
(………ッ!!)
―――S.M.Iが後2本しかない。
アカイの目と鼻から血が流れ出す。
―――その時だった。
『―――』
急に少女の傷が、骨が徐々に治っていく。
体内の塞き止められていた魔力が流れだし、円滑に循環していく。
アカイ
「―――っ!?―――打ち込んで!!」
アカイはすかさず身体全体に魔術をかけた。
―――更にもう片方の腕も差し出し、少女の魔力の循環をサポートする。
ハルト
「ミユっ……!!」
アカイ
「………っ!!」
頭が割れそうだ。
アカイ
「…打ち込んで……っ!!」
少年の声と共に最後の1本が打たれる。
…少女の首が、腕が、脚が元に戻っていく。傷が癒え、本来の姿を取り戻していった。
ミユ
「………う……」
それからも魔術をかけ続けていると、少女から声が微かに聞こえた。
アカイ
「ハァッ…!!ハァッ…!!」
同時にかけていた魔術が消え、地面に両手を着ける。
脂汗が止まらなかった。
ハルト
「―――ミユっ!!」
少年は少女の元に駆け寄り、抱き抱えた。
ハルト
「ミユっ、ミユっ!!」
涙混じりの声が響く。
ミユ
「……ぅ……」
小さな声を漏らし、少女は微かに目を開けた。
ミユ
「…兄…さん……?」
ハルト
「………ぅっ…!!」
掠れる声で、少年を呼ぶ。少女は一命を取り留めた。
ハルト
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
少年は少女を抱き締め泣き叫んだ。
ハルト
「良がっだぁぁぁぁっ!!生ぎでで良がっだぁぁぁぁっ!!!!」
ミユ
「…兄さん……ごめんね……」
…少女も涙を流し、微かな力で抱き返した。
アカイ
「ハァッ…ハァッ…!!」
アカイは過呼吸が収まらなかった。意識を失いかけ、滝のように汗が滴り落ちる。
―――2人は直ぐ様その異変に気づいた。
ハルト
「あっ―――」
アカイの耳には少年の声が入ってきていなかった。
ミユ
「…わ、私の事はいいから…あの人の事を…!」
ハルト
「う、うん…!」
ハルトは優しくミユを地面に横たわらせ、男の元に寄った。
ハルト
「大丈夫ですか―――」
だが肩と背中に手を当てた瞬間、ハルトは異変に気づいた。
ハルト
「ま、魔力が……!?」
男の魔力は底をついていた。それだけではない―――
ハルト
「何で…俺たちのために…」
ミユ
「…兄…さん…」
ミユは力ない動きで体を起こした。
ハルト
「ーーー!?動いちゃーーー」
ミユ
「…大…丈夫…もう…動ける…」
そう言って震える手を差し出す。
ミユ
「……これ……」
手には猫のキャラが描かれているS.M.Iが握られていた。ーーーミユが所持していたものだった。
ハルト
「…ゔん…!」
ハルトはミユからS.M.Iを受け取ると、すぐに男に打ち込んだ。
アカイ
「ハァ…ッ…ハァ…ッ…ーーー…ハァ…」
呼吸が少しずつ落ち着いていく。
アカイ
「…た…助かった…」
アカイは落ち着きを取り戻すと、体を上げ両膝に手を当てた。
「ーーー」
ズザッと地面が擦れる音が聞こえ、アカイは顔を上げる。
アカイ
「…?」
少年は地面に座り頭を下げていた。
アカイ
「なーーー」
ハルト
「…ありがとうございまず…っ…」
少年は涙混じりの声で言う。
ハルト
「…ミユを助けてくれて…っ…ありがどうございまず…っ!!」
聞こえてくる嗚咽音。
ミユ
「兄さん…っ…」
少女も涙混じりの声になり、頭を下げた。
アカイ
「ーーー!?だ、大丈夫だよ顔を上げて…!!た、たまたま近くにいて良かった…」
だが2人は顔を上げようとしなかった。
アカイ
「………」
アカイは優しく、子供たちの頭に手を置いた。
アカイ
「…よく、頑張ったね」
『ーーーー』
すると遠くから、ヘリの音が聞こえてきていた。
アカイ
「支部の人たちが来てくれたみたいだね」
遠方上空にライトの光が見える。
アカイは腰ホルスターにある信号銃を取り出すと、上空に打ち上げた。
アカイ
「さあ、帰ろう」
2人に頭を下げなくてもいいことを言い、アカイはその場に座った。
アカイ
「ーーー2人とも、帰ったらすぐ病院に行くんだよ。支部に申請すれば保険下りるから」
ハルト&ミユ
「は、はい…!」
「は…はいっ…」
ヘリが徐々に近づき、スピーカーから声が届き始める。
マイ
『ハルトくーーーんッ!!ミユちゃーーーんッ!!』
ハルト
「ーーー!マイさーーーんっ!!」
ハルトは駆け出し、ヘリに向けて手を振った。
その後ろにミユが駆け寄る。
マイ
「ーーー2人とも良かった…!!」
ヘリが着陸し、中からマイが出ると安堵の声を漏らした。
マイ
「でもハルト君もミユちゃんも酷い怪我…待ってて、今治療してもらうからーーー」
「ーーーおいガキども」
すると後ろから声が聞こえた。
マイはふっと微笑み、立ち上がり横にずれる。目の前にはハスミがいた。
ハルト
「ハスミさーーー」
ーーーすると、ハスミは2人を抱きしめた。
ーーーー
ハルト
『ーーーあ、あの、解放者登録をしたいのですが!』
ハスミ
『ーーーあぁ?ここはてめぇらガキどもが来る場所じゃねぇ、帰れ』
ーーーー
ミユ
『ーーーさ、採取対象はこれでしたでしょうか…?』
ハスミ
『ーーーあぁ?ぜんぜーーーハァ………合ってるよ。…あと今から勉強会な』
ーーーー
ハスミ
『ーーーそろそろ、ガキどもも実戦に出ても良いんじゃねぇか?私が丁度いいやつを探してやるよ』
ハルト
『ーーー…!』
ハルト&ミユ
『『ーーーありがとうございます!!』』
――――
ハスミ
「…無事で良かった……!!」
…その言葉に、2人の緊張が解けた。目尻に涙が浮かび、声を上げて抱き返した。
受付員・医療係
「ちょっと沁みるが我慢しろよ」
ミユ
「は、はい…」
傷口に薬を浸み込ませたガーゼが当てられる。
ミユ
「っ…!」
ハスミ
「ーーーそういや、A種どもは誰が片づけた?」
ハルト
「ああ!それは、あそこの方がーーー」
ハルトは手で男がいる位置を示すが、そこには誰もいなかった。
ハスミ
「…誰もいねぇが?」
ハルト
「あ、あれ…!?さっきまでそこにいたのに…」
ハスミ
「…どんな奴だった?」
ハルト
「く、黒髪で、コートを着てて…」
ハスミ
「…そうか。偶然ここにいたんだな」
ハルト
「は、はい。たまたま近くにいたって…」
受付員・医療係
「ーーーよし、応急処置は完了だ。あとは病院でちゃんと診てもらった方が良い」
ミユ
「ありがとうございます…」
支部員・医療係
「後はそこの坊主だ」
ハルト
「お、お願いします…」
ハスミ
「………」
ハスミは辺りを見回した。
人の魔力は微塵も感じられない。
ハスミ
「ーーーハルトの治療が終わったらクレイドルに帰るぞ」
ミユ
「…え、ちょ…ちょっと待ってください、あの人は…!」
ハスミ
「もうここにはいねぇよ。魔力を感じねぇ」
マイ
「そうね…」
ミユ
「で、でも体調が物凄く悪くて…!」
ハスミ
「1人になる理由があんだろ。それに、A種を2匹も倒せる奴がこんなとこでくたばんねぇよ…信じろ」
ハルト&ミユ
「「………」」
支部員・医療係
「処置完了だ。ーーーヘリを出して良いんだな?」
ハスミ
「ああ」
支部員はヘリの操縦席に乗り込み、離陸の準備をする。
マイ
「さ、戻りましょう」
ハルトとミユはマイに連れられヘリに乗り込む。
ハスミ
「………」
ハスミは男がいたという場所を見ていた。
ハスミ
(たまたまDエリアにいて、A種をブッ殺した男、ねェ)
アカイ
「ーーーハァ…ッ…ハァ…ッ…」
アカイは木に手を当てると、そのまま寄りかかり腰を落とした。
アカイ
(ここまで来れば…魔力探知外…)
アカイ
「ハァ…ッ…ハァ…ッ…」
息が荒い。視界がぼやける。
アカイ
(ヤバい…無茶しすぎた…)
頭痛が酷い。右腕に激痛が走る。
自分もその場にいるべきだったか。…いや、解放者登録もしてないのにあの2人に会えば厄介事になる。…目的が遠のくのはごめんだ…
…けど、あの子たちを救えてよかった…
アカイはそのまま地面に倒れた。
アカイ
(意識が…)
瞼が重くなる。魔力制御もままならない。
アカイ
「………」
…アカイの意識が闇へと沈んでいった。