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1-6.デコイラン

 日が沈みかけた夕暮れの砂漠。


 オレンジ色の夕日に照らされて、

 2機の守備隊所属のヴァンガードがようやく合流した。

 重装甲で重そうな機体は見るからに砂漠での移動に向いていない。

 本来はもっと足場がしっかりした場所で使うための機体なのだろう。


 2機の内、1機はアースドラゴンの方に向かい、

 もう1機は目の前に来るとこちらに手を伸ばす。

 肩を掴まれた軽い衝撃の後、コクピット内に相手の声が聞こえてきた。


『通信機が壊れてるらしいじゃないか。

 でもこうして接触回線なら聞こえるだろ?』


「聞こえてます。こんな通信手段もあるんですね」


『マナ回路のノイズを拾ってるだけだから音質も悪いし、

 お互いに魔法適性が無いと使えない手だがね。

 さて、少し話を聞かせてもらおうか』


 口調は親し気だが要は尋問だろう。

 向こうからすれば敵か味方かもわからないのだから当然と言えば当然だ。


『まずは自己紹介といこう。

 俺はレマン・オアシス守備隊のヴァンガード操者のエディってもんだ』


「こちらはアルベイン・クライドと言います。

 開拓者ギルドから仕事を紹介されてきた者です。」


『乗ってるのは兄ちゃん一人かい?』


「そうです。主任と呼ばれてた女性がさっきまで乗っていたんですが、

 負傷して気絶してしまったので、あそこの岩陰で旅行者の方に

 手当てしてもらってます」


『女性で主任って言うと装備課のニーナ主任かね。

 ケガの具合は大丈夫そうだったかい?』


「どうでしょう。酷い出血や骨折等は無かったように思いましたが。

 ちょっと待ってください。先ほどの方。聞こえますか?」


『聞こえてます。女性の容体ですね。ちょっと待ってください。

 アリス。その人の具合はどう?』


『マナの流れ具合を見る限り変な所は無いよ。命に別状はナシ。

 本当に気絶してるだけっぽい。』


『とのことです。』


「ありがとうございます。エディさん、聞こえましたか?

 とりあえずは大丈夫な様です。」


『ああ、良かったよ。その人は守備隊のヴァンガード乗りからしたら

 神様のような存在でね。身に何かあったら仲間に顔向けが

 できないところだった。感謝する』


 灰色の機体が律儀に敬礼のポーズを送って来た。


『さて、ジニアから大まかに戦闘の流れは聞いている。

 君の協力が無ければアースドラゴンの討伐は不可能だったそうだな。

 改めて感謝する。』


「いえ、成り行きでそうなっただけです。

 あの人が来てくれなければ俺の方こそ生きていなかったでしょう。

 実際にドラゴンに有効打を与えられませんでしたし」


『そのことだが、ジニアの1号機とは比較にならないパワーを

 発揮したそうじゃないか。

 差し支えなければ何があったか教えてもらえるかな?』


「この機体には一時的に出力を強化する機能が搭載されていたんですよ。

 それを使って何とか一号機からドラゴンを引き離すことができました。

 使用するためにはマナをチャージする必要があるんですが、

 個人的には燃費が悪すぎるように思います」


 聞かれたことに素直に答えていく。

 こちらが敵ではないことを判ってもらわねばならない。





「応急処置終わりっ!ディー姉、担架はできてる?」


「今出来たわよ。即席にしては悪くないと思わない?」


「リン姉の剣ってすごいね!担架の骨組みにもなるなんて!」


「褒められても嬉しくないぞフェンネ。早いところ私の相棒を返してくれ」


「アスター姉。準備できたよ。早く入国管理所にいこーよ。」


 アスターと呼ばれた、エルフのリーダー格の少女はしかし返事をしなかった。

 夕暮れの砂漠の向こうをじっと見つめて微動だにしない。


「アスター?」


「・・・来る」


 何が?とは聞かない。こっちを振り向いたアスターの無表情に、

 何が起きているかを察したからだ。


「皆、直ぐにあの半開きの門から中に入って。

 何があっても絶対に立ち止まっちゃ駄目。

 私が殿に付くから先に行って」


「担架は私とディーで担ぐぞ。アリスとフェンネは先に中に入って

 隠れられそうな場所を探してくれ。」


「ヴァンガードのお三方!聞こえますか!?緊急事態です!」





「ドラゴンがもう一体こっちに向かってるって!?」


『見渡す限りは何も見えんが?』


『砂の中を泳いでいる振動が足元から伝わってきます!

 1分もせずにこっちに到達します!急いで!』


『嘘をつく理由は無いな。フレッド!お前が一番近い!

 町へ入って手動で門を閉鎖しろ!』


『お前はどうすんだよ』


『決まってんだろ。時間を稼ぐ。

 いざとなったら機体を捨てて壁の砂排出口にでも逃げ込むさ』


『わかった。無理すんじゃねえぞ』


 ドラゴンを調べていた灰色のヴァンガードが

 重量のある槍と盾を投げ捨てて門の方へ走り出す。

 少女の言う通り、振動が足元から伝わって来た。

 振動は徐々に大きくなってくる。


『兄ちゃんも行ってくれ。ここは俺一人でいい』


「この足場でその機体では厳しいでしょう。

 付き合いますよ。壁の中で鬼ごっこには多少慣れました。」


『言うねぇ。だがまあその通りだ。

 同僚が門に入るまででいい。手を貸してくれや』


「了解しました」


『機体の正面です!下から飛び出してきます!・・・3,2,1,今!』


 目の前の砂が隆起し弾け飛ぶと、

 大きく口を開けたアースドラゴンが飛び出してくる。


 左右に散開し回避した2機の間を巨体が通り抜けていく。


「避けた!なら次は・・・!」


 機体をドラゴンの頭部に突進させる、

 鼻先を撫でるくらいの距離で交差し背後へとすり抜けると、

 目の前のエサに食いつくように追いかけてきた。


「いい子だ!そのまま追ってこい!」


 間合いを維持しながら、ジグザグに走行して狙いを攪乱する。

 武器は無いがこの機体には足がある。

 街中と違って障害物を気にする必要はない。

 着かず離れずの回避に徹していると、アースドラゴンの死角で爆発が起こる。


 灰色のヴァンガードが背後から突進し、爆槍を起爆させたのだ。

 悲鳴を上げて転がりまわるアースドラゴン。

 命中した左後ろ脚が出血しだらんと垂れ下がる。生命よりも機動力を奪いに行く狙いだ。


 一撃を加えた灰色の機体は後退しながら器用に槍先の弾頭を交換している。


 再び狙いを引き受けようとドラゴンの視界に映る位置に移動するが、

 アースドラゴンはこちらの機体を無視して灰色のヴァンガードを猛追する。

 左足は使えなくなったが、ヘビの様に全身をくねらせながら砂上を

 恐ろしいスピードで這い進み、あっという間に灰色の機体へ追い付いた。


 弾頭は交換したものの、槍を逆手に持ち直していた灰色のヴァンガードは

 迎撃が間に合わず、代わりに盾を装備した左腕を突き出した。


 激突音


 槍は折れ曲がり、盾はひしゃげて吹き飛ぶ。

 体勢を崩して砂の上に転倒する灰色のヴァンガードに、

 アースドラゴンが追撃を加える。

 大きな口で機体を咥えると、力任せにかみ砕こうとする。


 見た目通りの堅牢な機体はドラゴンの顎の力に何とか耐えているが、

 ミシミシと今にも砕けそうな音を立てている。


 援護しようと接近すると、灰色の機体は自由な左手で腰にマウントしていた

 大型のナイフを引き抜き、こちらに投げて寄こしてきた。


「ありがたい!待ってろよ!」


 砂の上からナイフを回収し、そのままドラゴンに肉薄し右目を狙う。


 しかし、目を狙われていることに気が付いたドラゴンは

 噛みついていた灰色の機体を捨て、

 側転で距離を取ると砂の中に逃れてしまった。


 仲間の機体を見やれば、損傷は深刻ではないらしく走ってこの場を離れていく。

 失った装備を補充するべく、僚機が捨てた槍と盾の回収に向かっているようだ。


 その僚機はと言えば、ちょうど門の内側に入っていくのが見える。

 これで門の閉鎖は何とかなる。

 担架を担いだ少女達も見当たらないということは無事に逃げ込めたのだろう。


「(門が閉まったのを見届けたら撤退だな。

 門の外周に人が通れる通用口でもあればいいが)」


 そう考えていると、ふと違和感を覚える。

 砂に潜っていったアースドラゴンの気配がいつの間にか消えていた。


「・・・?静かすぎる。振動も感じない。どこに行った?」


 周囲を見渡すがドラゴンの姿は無い。

 その時、耳に嵌めた通信機から切羽詰まった少女の声が聞こえてきた。


『駄目!そこに行っちゃ駄目!あの灰色のヴァンガードを止めて!早く!』


「っ!?通信手段が・・・!」


 灰色の機体はこっちに背を向けている。

 全速で追いかけるが遠い。


 目的に到達した灰色の機体が砂の上に捨てられていた槍を拾い上げた瞬間。

 砂中から現れた顎が灰色の機体を挟み込んだ。


「待ち伏せなんて知恵があるのかよ!」

『急いで!早く!』

「判ってる!」


 耳元の声に答えつつ機体を走らせるが、もはや手遅れだった。

 先程機体を噛み砕くことができなかったドラゴンは頭を上に振り上げると、

 灰色の機体を空中に高く放り投げた。


 アースドラゴンはその場でとぐろを巻くように丸まって力を溜めると、

 ゼンマイを開放したような速度で体を回転させる。

 その中でも最高速に達する尻尾の先が空中に居る灰色の機体を襲った。


 一閃。灰色のヴァンガードは上半身と下半身を切り離され、

 それぞれ砂の海に落とされた。


「クソッ!離れろ!」


 ナイフを逆手に振り被り、ドラゴンの脳天を狙う。

 が、先ほどと同じように砂の中に潜られてしまった。


 砂の中を泳ぐ振動が伝わってくる。だが正確な位置は判らない。

 ちらりと見るが門はまだ開いたままだ。


「おい!門はまだ閉まらないのか?どうなってる!?」


『開閉装置が瓦礫に埋まってるのよ!もう少し頑張って!』


「やってはみるがな・・・!」


『5時方向!避けて!』


「っ!」


 前転する様に機体を飛び退かせると、

 つい今まで居た位置をドラゴンが滑り抜けていく。


「向こうには見えてるのか!?」


『音よ!足音と駆動音目掛けて突っ込んできてる!』


「なら、こうだ!」


 機体を急発進させ、ランダムに方向を変えながら走り続ける。

 砂という粘り気のある流体の中を泳いでいるのだ。

 狙った位置に飛び出すには多少時間がいるだろうと読んでの行動だった。


「(倒す必要は無い!時間さえ稼げばいいんだ。粘れ!)」


『20mくらい後ろをずっと付いてきてるわ。止まったら駄目よ』


「・・・あんた、砂の中のドラゴンの位置がわかるのか?」


『エルフの体質ってやつね。

 地面の中で起こってることならマナの流れで大体判るわ。』


「羨ましい限りだ。・・・また危なくなったら教えてくれるかい?」


『そんなに下手に出なくていいわよ。

 私も助けてもらったんだし協力するのは当然でしょ』


 厳しい状況に弱気が出ていたらしい。

 実際、藁にでも縋りたい思いで漏らした言葉だ。


「下手にでも出るさ。俺一人じゃ幾らも持たない。君が頼りだ」


『アスターよ』


「ん?」


『私の名前。覚えておいてね。あなたの名前は何て言ったかしら?』


「アルベインだ。よろしく、アスター」


『戦闘中に呼ぶには舌噛みそうね。・・・"アール"って呼んでもいい?』


「命の恩人の要望では仕方ないな。それでいい」


『ありがと。・・・ドラゴンがスピードを上げたわ。追い付かれる。』


「位置は?」


『真後ろ!10m!』


「了解!」


 機体に急制動をかけ、反動で斜め後ろに飛び退く。

 砂中から飛び掛かってくるドラゴンを躱して後方へ。

 コクピットのスクリーンには、頭はこちらを向いているが

 慣性のまま前方へ流れていくドラゴンの姿が映る。

 傷ついた左足の分、踏ん張りが利かないのだろう。


 そんな体勢を立て直そうとするアースドラゴンに一本の矢が飛来する。

 変わった形の矢は刺さるでもなくドラゴンの鱗に弾かれた瞬間、

 破裂し大気を震わせた。周囲の砂山が崩れるほどの大音響。

 コクピット内にいる分には大したことは無かったが、

 至近距離でその音を聞いてしまったアースドラゴンは悶絶している。


 機体を振り向かせると、城壁の上に弓を構える金髪の少女が居た。


「至れり尽くせりじゃないか。助かった」


『何発も撃てないわよ!今のうちに距離を稼いで!』


 言われる通り機体を後進させていくと、

 アースドラゴンが砂中に潜っていくのが見えた。

 後がない状況には変わりはないが、不思議と悲壮感は無い。


「(こんなにも有難いものなのか。

 自分を見捨てず助けてくれる人が居るっていうのは)」

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